諮問第70号の答申 :国民経済計算の作成基準の変更について

府統委第25号
平成27年3月23日


内閣総理大臣
安倍 晋三 殿

統計委員会委員長   
にしむら きよひこ


諮問第70号の答申
国民経済計算の作成基準の変更について

 本委員会は、諮問第70号による国民経済計算の作成基準の変更について審議した結果、下記の結論を得たので答申する。

1 変更の適否
 国民経済計算の作成基準については、諮問のとおり、変更して差し支えない。

2 理由等
 今回の作成基準の変更は、平成28年度中に実施が目指されている我が国国民経済計算の次回基準改定において、国際連合において合意された国民経済計算の新たな国際基準である「2008SNA」への対応等に取り組むためのものである。こうした取組は、以下の(1)〜(4)のとおり、国際比較可能性の向上や、提供情報の充実に資するものであり、もって統計利用者の利便性を高めるものであると考えられることから、諮問のとおり変更して差し支えない。
 なお、具体的な対応事項の中には、現行基準の我が国国民経済計算(平成17年基準、以下、「現行国民経済計算」という。)からの変更内容やその計数への影響の在り方が複雑なものも含まれることから、次回基準改定に向けては、作成部局において、これらについて統計利用者に対して丁寧に説明していくことが必要である。

(1)生産に貢献する非金融資産の範囲の拡充
 「研究・開発(R&D)の資本としての記録」においては、1(1は丸の中に数字)現行国民経済計算では企業内研究開発等の自己勘定で行われているR&D活動の産出額を計測していないのに対し、次回基準改定ではこれをR&D活動に要した費用の合計により明示的に計測するとともに、R&Dへの支出を知的財産生産物に係る総固定資本形成や固定資産として記録すること、また、2(2は丸の中に数字)R&Dに関連して、特許使用料等について、現行国民経済計算では財産所得の受払に記録しているが、次回基準改定ではサービスの受払に記録する、といった変更案を審議した。本事項は、R&Dという知識ストックの蓄積が将来の生産活動に貢献するという経済的実態を反映するものであり、また、2008SNAの中でも国内総生産(GDP)の水準への影響が最も大きく、諸外国も積極的に対応している事項であることを踏まえれば、変更案は、GDP等の国際比較可能性の向上や提供情報の拡充を通じて我が国国民経済計算の有用性の向上に資するものであり、本案のとおり変更することが適当である。これに伴い、諮問のとおり、作成基準においてR&Dの産出額の計測や固定資産としての扱いを明記することは適当である。
 「兵器システムの資本としての記録」においては、現行国民経済計算では政府部門の中間消費として扱っている戦車や艦艇等の防衛装備品への支出について、次回基準改定では政府部門の総固定資本形成や固定資産として記録する等の変更案を審議した。本事項は、2008SNAに対応するものであり、諸外国も積極的に対応している事項であることから、変更案は、GDPや公的需要等に関する国際比較可能性を向上させるなど、我が国国民経済計算の有用性の向上に資するものであり、本案のとおり変更することが適当である。これに伴い、諮問のとおり、作成基準において防衛装備品の固定資産としての扱いを明記することは適当である。
 「非金融資産分類の拡充・細分化」においては、固定資産、在庫、非生産資産からなる非金融資産の分類について、次回基準改定において、既述の「研究・開発」や「防衛装備品」を新たな項目として設けるほか、2008SNAに対応して項目の細分化等を行う、といった変更案を審議した。変更案は、国際比較可能性の向上や提供情報の充実により、統計利用者の利便性に資するものであり、本案のとおり変更することが適当である。これに伴い、諮問のとおり、作成基準において、住宅や機械・設備のほか、研究・開発や防衛装備品など非金融資産に含まれる内容を明記することは適当である。

(2)金融市場の発展を反映した金融資産・負債の範囲の拡充
 「雇用者ストックオプションの雇用者報酬、金融資産としての記録」においては、現行国民経済計算では計測されていない雇用者ストックオプションの価値について、雇用者報酬のうち賃金・俸給に含めるとともに、家計部門の金融資産として記録する等の変更案を審議した。変更案は、提供情報の拡充や国際比較可能性の向上に資するものであり、本案のとおり変更することが適当である。これに伴い、諮問のとおり、作成基準において雇用者ストックオプションの雇用者報酬や金融資産としての扱いを明記することは適当である。なお、本事項の推計にあたって利用可能な情報に一定の制約があり、雇用者ストックオプションの権利付与・行使等について標準的なパターンを仮定せざるを得ないことから、推計手法について次回基準改定後も定期的な検証が必要である。
 「企業年金の年金受給権に係る記録の改善」においては、1(1は丸の中に数字)確定給付型の企業年金や退職一時金に係る受給権(ストック)について、現行国民経済計算でも発生ベースで記録されているが、範囲が上場企業中心に限定されているため、次回基準改定ではこれを一国全体に拡大することや、2(2は丸の中に数字)現行国民経済計算では明示的に記録されていない積立状況について、次回基準改定では「年金基金の対年金責任者債権」という形で記録すること、また、3(3は丸の中に数字)雇主の社会負担等の関連するフロー面の記録について、現行国民経済計算では実際の支払額ベースで記録が行われているのに対し、次回基準改定では企業の財務情報等を活用して発生ベースで記録する、といった変更案を審議した。変更案は、国民経済計算の原則である発生ベースによる記録を徹底するものであり、また、国際比較可能性の向上や提供情報の拡充といった有用性にも資するものであることから、本案のとおり変更することが適当である。これに伴い、諮問のとおり、作成基準において、年金受給権の金融資産としての扱いを明記するほか、所得の使用に関する勘定に年金基金の社会負担と社会給付の差額が記録されることを明記すること等は適当である。ただし、本事項は、我が国では家計の貯蓄率の水準を押し下げる要因と見込まれるが、変更の内容や計数への影響の在り方については複雑であることから、作成部局においては、次回基準改定に向けて統計利用者に対して丁寧な説明が必要である。
 「金融資産分類の拡充・細分化」については、次回基準改定において、既述の「雇用者ストックオプション」等を新たな項目として設けるほか、2008SNAに対応して、住宅ローン等の債務保証について「定型保証支払引当金」を新たに金融資産・負債に位置付ける等の変更案を審議した。変更案は、国際比較可能性の向上や提供情報の充実により、統計利用者の利便性に資するものであり、本案のとおり変更することが適当である。これに伴い、諮問のとおり、作成基準において、現金・預金、貸出・借入、持分のほか、雇用者ストックオプションや年金受給権など金融資産に含まれる内容を明記することは適当である。

(3)一般政府部門に係る記録の改善
 「一般政府部門に係る記録の改善」においては、公的企業から一般政府への支払のうち、特別な立法措置が採られるなどの例外的・不定期な支払であり、支払の原資が公的企業の資産の売却や積立金の取り崩しであるものについて、現行国民経済計算では「資本移転」という非金融取引として記録している一方、次回基準改定では、2008SNAを踏まえ、「持分」という金融資産の引き出しとして記録する等の変更案を審議した。変更案については、これに対応することにより、一般政府の純貸出/純借入やプライマリーバランスについて、一時的な要因である例外的支払の影響が取り除かれることとなり、その趨勢的な動向の把握が可能となること等から、本案のとおり変更することが適当である。なお、作成基準において資本移転や持分に含まれる具体的内容を記述する必要はないことから、作成基準には特段の変更を要しない。

(4)経済活動別分類等の分類の改善
 「経済活動別分類の改善」においては、生産活動を捉える概念で産業別GDP等の分類として用いられる経済活動別分類について、次回基準改定では、現行国民経済計算のように、まず「産業」、「政府サービス生産者」、「対家計民間非営利サービス生産者」と区分するのではなく、国際標準産業分類と可能な限り整合的な分類に改め、サービス業については「宿泊・飲食サービス業」や「教育」、「保健衛生・社会事業」などに細分化する、といった変更案を審議した。変更案は、産業別GDP等に関する国際比較可能性を向上させるとともに、サービス業の動向に関する提供情報の拡充にも資するものであり、本案のとおり変更することが適当である。これに伴い、諮問のとおり、作成基準における経済活動別分類の記述を変更することは適当である。なお、統計利用者の利便性に資する観点から、分類変更に関する新旧対照を示すことが重要である。
 「制度部門別分類の改善」のうち、「私立学校の取扱いの変更」については、私立学校について、現行国民経済計算では非市場生産者である「対家計民間非営利団体」と位置付けているのに対し、次回基準改定では、2008SNAにおける市場と非市場の区分の考え方を踏まえて、市場生産者である「非金融法人企業」として取り扱う変更案を審議した。変更案は、国際基準である2008SNAにおける市場・非市場の区分の考え方に沿ったものであり、我が国国民経済計算体系全体としての国際比較可能性に資するものではある一方、教育という特定のサービスについて、その供給主体が民間か公的かによって結果として産出額の計測の在り方が異なるという点について懸念が示され、意見が大きく分かれた。このため、次回基準改定においては、私立学校については現行国民経済計算の取扱いを維持することが適当である。なお、作成基準において各制度部門に含まれる具体的内容を記述する必要はなく、諮問においても本事項による変更はないことから、作成基準には特段の変更を要しない。
 「制度部門別分類の改善」のうち、「金融機関の内訳分類の精緻化」においては、制度部門のうち金融機関について、2008SNAを踏まえ、「マネー・マーケット・ファンド」、「その他の投資信託」、「公的専属金融機関」を新たに内訳部門として設ける等の変更案を審議した。変更案は、国際比較可能性の向上等に資するものであり、本案のとおり変更することが適当である。なお、作成基準において各制度部門に含まれる具体的内容を記述する必要はなく、作成基準には特段の変更を要しない。

3 今後の課題
 2(4)で述べたとおり、私立学校について、非市場生産者から市場生産者に分類を変更する案については、諮問に係る審議の中で意見が大きく分かれ、次回基準改定においては本事項の対応は見送ることが適当とした。本事項については、我が国国民経済計算の国際基準への対応を引き続き検討する中で、必要に応じて、次々回の基準改定に向けた作成基準の変更の機会に再度検討することが適当である。