公益財団法人 学習ソフトウェア情報研究センター・特非 沖縄県マルチメディア教育研究会
株式会社 エウレカスイッチ・インタラクティブ・株式会社 電脳商会
子供の自発的な気づきと参画を促す実践的指導案やプログラミング教育の評価指標、評価ツールの開発 「じんぶなー」育成モデル
プログラミング教育については教育効果の評価手法が確立されていないため、実際にプログラミング教育を実施する際に、子供たちに効果があったのか、メンターの指導内容が適切であったか、などが評価されているとはいえない。 そこで本事業では、プログラミング教育を通して子供たちに育したい能力を体系的に定義したうえで、評価指標を設計し自己評価ツールを作成することで、メンターによるプログラミング教育効果の可視化を目指した。 なお、本モデルの名称である「じんぶなー」は、沖縄の方言(ウチナーグチ)で、「かっこいい人・できる人」を意味する。子どもたちに、「プログラミングができるってかっこいい!」ということを強調したいとの現地メンターの思いから名付けられた。 本事業では、ベースとしてプログラミングに関する全体スキルマップを設計した。その中から「コーディング・プログラミング能力」を中心として、今回のカリキュラムで取り扱うスキル領域を選択した。(図1)
この全体スキルマップを元にして、コーディング・プログラミング能力のスキル領域を中心として、プログラミング講座で育成するスキルをどのような視点から評価するかを定義し、プログラミングスキル評価シートを作成した(図2)。なお、想定される学習者のレベルとして、1入門レベル(初めてコンピュータに触れる)・2初級レベル(コンピュータの操作経験はあるが、プログラミングは初めて)・3応用レベル(プログラミングの経験を有する)を設定している。
プログラミングスキル評価シートは、特定の言語や教具に限定されないよう汎用にデザインしているが、本事業ではプログラミング講座の教材としてビジュアル言語のScratchを使用したため、評価内容と評価基準をScratchの環境に合わせたものに書き改めた。(図3) その際に、学情研が開発しWebにて一般公開しているScratchのデジタル教材に収録されているサンプルプログラムが、スキル項目のどれに該当するかを提示することで、メンターが事前に該当部分のプログラムを操作しておくことによりプログラミング講座の指導イメージを得ることも可能なように配慮している。
プログラミングスキル評価シートを元に、実際の沖縄のプログラミング講座で教材として用いることを念頭に置き、スキルの自己チェックシートを設計した。(図4)その際に、メンターの意見を入れて、プログラミング教育においての言語活動の実践を意識した評価項目を追加した。また、該当するスキル項目について、子どもたちが知識を得た段階なのか、実行する段階までなのかが自己評価できるように、評価基準欄を分割した。
図4 プログラミングスキル自己チェックシート(Scratch用)
この自己チェックシートを、プログラミング講座の受講者配布用にデザインしたものが下記である(図5、図6)。 自己チェックシートの目的は、以下のとおりである。
このプログラミングスキルの評価の仕組みは、メンターの意見を入れて改良・改善を加えている。
2016年7月から9月
連携主体である(特非)沖縄県マルチメディア教育研究会を通して、同会の会員を中心に募集を行った。 沖縄県マルチメディア教育研究会は、ICTを活用した教育を推進する沖縄県の小中高の教員を中心に構成された団体である。
募集の際には資格を設けていないが、那覇市を中心とした小中学校の教員を中心に応募が合った。
募集前は、メンターに応募される方の属性として(1)大学生や地域のICT指導者のように、プログラミングに詳しいが教育経験に乏しい者(2)教員など、子どもたちの教育・指導経験は豊富だがプログラミング経験の無い者 の2種類を想定して教材の準備を進めていた。ところが、実際の応募者のほとんどが(2)に該当する方であったため、コーディングスキルを重視するカリキュラムに変更を加えて実施した。
メンター募集に際しては、沖縄県マルチメディア教育研究会の委員の意見を取り入れて、プログラミング教育の実践に役立つ内容となるようにアップデートを行った。沖縄県マルチメディア教育研究会のホームページやメールニュースへの記事掲載により、プログラミング教育に対する問題意識の高い参加者を確保することができた。
2016年9月24日、10月19日、12月10日の3回が開催された。 第1回の9月24日の受講者が12月10日ではメンター指導者となるという構成により、効果的にプログラミング教育の実践経験を積むことができるよう配慮した。
基本的なカリキュラムとしては、(A)プログラミング教育の特徴の理解とプログラミング講座の運営についての講習(座学)、(B)ワークショップ形式でのプログラミング体験で構成されており、全3回実施された。研修形式としては、指導者2名が担当し、(A)パート1名、(B)パートを2名が指導を行っている。実際には、メンター指導者が担当した回(2回)と、メンター講座を受けた方が指導者を担当した回(1回)がある。
沖縄の場合は、主なメンターが小中学校の教員であるため、どのように子どもたちに指導するかといった教育方法に悩むことはなかったが、そもそもプログラミングをどう扱えばよいかというきっかけをメンターに方に掴んでいただくまでにディスカッションを行ってカリキュラムに反映させた。エンジニアであるメンター指導者は、プログラムやツールといった知識を理解させようとする押し付け型の教材を作りがちだが、それをメンター研修を体験することによって、子どもたち自身が達成感を得ながら自らプログラミング能力を身に着けていくための教材に軌道修正することができたと考える。
前述の「プログラミングスキル評価シート」の仕組みは、使用する言語や教材に合わせて修正することによって多様に展開することができる。しかも、低年齢の学習者でも「わかった」「できた」ら100均のシールを貼るという行動が、低コストでプログラミングを学ぶ楽しさを増してくれるであろう。
2016年7月
実証校である琉球大学附属小学校の生徒を対象に、校内掲示と教員による案内で募集を行った。 なお、基本は全4回とし、連続して参加することが望ましいとして募集した。
小学校4年生から6年生
プログラミング能力は必ずしも学齢に制限されないが、教材で使用する漢字の表記など生徒の読解力を鑑みて、小学校4年から6年までとした。
教材に使用する「Scratch」という名称を前面に出すのでなく、「ゲームを作ってみよう!」というゴールを示すことで、子どもたちに興味関心を持ってもらうよう配慮した。
第1回 2016年11月26日 初級編
第2回 2016年12月10日 中級編
第3回 2016年12月23日 (午前) 上級編
第4回 2016年12月23日 (午後) 上級編 成果発表
プログラミング講座では、内容を3レベルに分けている。 レベル1は、初めてコンピュータに接する生徒が、PCやScratchの基本的操作に慣れるまでをゴールにしている。 レベル2は、Scratchの基本的な操作を理解している生徒が、より高度で応用的な表現や論理的な制御ができるようになることをゴールにしている。 レベル3では、Scratchの応用的操作ができる生徒が、プログラムの開発として発展的に行動できることをゴールにしている。実際の講座は、レベルごとに開催するのでなく、1回の講座に各レベルの内容をミックスして実践している。 また、それぞれのレベルでは、自分のプログラムで実現したいことを文章にして、他人に発表し、プログラムを作る途中で他の生徒の話を聞いて自分のプログラムの構想に反映させ、完成したプログラムを「工夫したところ」「見てもらいたいところ」を言語化して実演するという学習内容の言語活動を実践させている。(図7)
「つくってみたいプログラム」欄は、全般的には「○○のようなゲーム」とう記載が多い中で、彼女は機能的な面を記述している。専門職としてのプログラマーという存在に興味を持ったのは彼女だけであった。プログラミング講座の第3回、第4回では、自己チェックシートによって生徒は自己評価を行うが、メンターが指導した学習内容が知識としてうまく伝わったか、それを行動に結び付けられたかが可視化できる。(図8) 事前には「シールを並べたくて、分からない項目やできない項目にまでシールを貼ってしまうのではないか?」という懸念があったが、実際には子どもたちの自己評価はかなりシビアであった。
「分かった」欄にシールが無いのに「できた」となっている項目があるが、これはサンプルプログラムを編集していたら実現できたものと思われ、自身だけでは再現できないと想定される。将来的には、こうしたの自己評価をメンターにフィードバックすることにより、個人の理解度や弱点に合わせた指導計画を立てることも可能であろう。同時に、プログラミング講座の第3回第4回では、「沖縄の良いところが分かるゲームを作ろう!」をテーマにすることで、学校教育におけるしらべ学習を応用したり、検索エンジンから素材を集め、既存の素材の著作権について体験的に学んだりといった活動も行っている。
メンターがプログラミング講座を実践するに際しては、メンター指導者が制作した教材や指導案を元に内容を自分でやりやすいように修正していただいた。実際のプログラミング講座では、実証校の生徒を異なる学校の教諭が(入れ替わりで)指導することが行われたが、生徒はとくに違和感なく学習することができた。(図9)
実際のプログラミング講座ではこのまま指導を行うのでなく、担当するメンターがこれを参考にして、ニュースの話題やロボットなどの教材を組み合わせるように改変して使用している
自己チェックシートなど各種のツールは、場所を選ばず低コストで再現できると同時に、地域特性を活かして改変し、生徒の成長に合わせて改良することが容易になるようデザインしてある。とくに自己チェックシートを地域の特徴を活かしたデザインにすることで、生徒のプログラミング講座に対する参加意識を高めることにもつながるであろう。 また、これらのツールが整備されたことにより、児童生徒への教育体験のないメンターであっても、案を参考にして(あるいはそのまま利用して)自分の指導案を作成することができるため、プログラミングは分かるが教え方が分からないといったエンジニアがメンターとして活躍することが容易になることが期待できる。
沖縄「じんぶなー」モデルは、特別な教材・教具を使用すること無く、地域のメンターが自立自走して、今後も自力でプログラミング教育を継続して実践できる環境を構築することをゴールとしている。 沖縄のメンターは、現職の小中学校の教諭がメインであるが、この講座を受講するまではプログラミングを行ったことがないという方がほとんどであった。そこで本事業のメンター講座をデザインするにあたり、まずはメンターの先生方に「プログラミングを好きになってもらうこと」「プログラミングの楽しさを体験してもらうこと」を目標に置いた。 従来のプログラム言語の教育では、ともすれば見本のプログラムを再入力し、文法エラーを起こすと減点といった評価がなされることもあったが、沖縄「じんぶなー」モデルでは、「プログラミングができるってカッコイイよね!」というイメージを重視して、プログラミング「できるようになったことを評価する」仕組みを構築しようと考えた。そこでデザインされたものが、プログラミング能力を要素に分解したスキルマップと、自己チェックシートなどのツールである。 このようにプログラミング能力が客観的に可視化されたことによって、評価を共有したり個別の指導内容のデザインが容易になるなど、メンター活動を支援するツールを得ることができたと考える。
最大の変化は、ユーザーとして既存のゲームソフトをプレイしていただけの生徒が、「もし自分だったらこうしたい」と、自分なりの機能やルールを考え始めたことである。 プログラムにもそれを作っている人がいる、という気付きを得たことから、社会におけるプログラムの役割や、プログラマーという専門職へのキャリアデザインに言及する生徒が出るなど、単にプログラミング言語のコーディングスキル育成にとどまらない効果を得られた。
メンター講座開講前は、一部の受講者にプログラミング言語の習得を目的とする内容との誤解があるようだったが、「プログラミングができるようになる楽しさ・実感」を体験してもらうことがねらいであり、その達成感を生徒にも伝えたい、というゴールを理解していただいてからは、メンターからも積極的にツールの改良意見を得られるようになった。 実際のプログラミング講座でも、用意した指導案にメンターが独自の拡張を加えて子どもたちの興味関心を引きつけることができたなど、メンターが現職の教員であるメリットを充分に発揮することができた。
プログラミング講座を受講した生徒が、自宅でも継続してプログラミングをしたいとの要望があったため、家庭のPCやタブレット端末でも実行する方法を指導している。また、保護者自身がプログラミング講座を受講したいとの声も上がっているため、メンターが自主的に対応することを検討している。
公開で実施したメンター講座を受講した他県の高校教員から、本事業の内容を高校生向けにアレンジできないかとの要望があった。内部的に中学生向け教材案は作成しているが、高校生向けとなると表現などに変更が必須となるため、今後の課題としている。
学習ソフトウェア情報研究センターは、本事業で開発したスキルマップ、カリキュラムと教材を元に、中学生向けのScratchプログラミング体験講座を開発し、埼玉県の中学生を対象として3回開催している。 また、ロボットを使用して小学生にプログラミング教育を実践している団体にスキルマップとチェックシートを提供し試用・評価していただいたが、非常に好評であり自団体の活動に使用したいとの要望を受けている。
プログラミング教育は、高価なハードウェアを教材に使用することが多いが、そうした教材に依存したプログラミング教育のカリキュラムは、バージョンアップなど環境の変化によって陳腐化してしまうリスクを負いかねない。 沖縄モデルでは、なるべくハードやソフトに依存しないカリキュラムをデザインすることを目指しているが、それでも使用するソフト(Scratch)にメジャーアップデートが行われてしまうと、教材とのミスマッチが生じる可能性がある。とくに、プログラミングに不慣れなメンターに配慮して、教材コンテンツにツールの詳しい操作や説明を加えると陳腐化のリスクが高くなる。 カリキュラムや教材の寿命を考えて教材コンテンツの表現を抽象的なレベルに留めるか、メンターのスキルを考慮して具体的な表現にするか、カリキュラムデザインをするにあたっては、このバランスをどう見切るかが難しいところである。
メンター指導者が現役のソフトウェア事業者であるため、当初想定していたメンターのスキルと実際とのギャップが大きかった。メンター指導者にとっては「当たり前」の知識が、メンターにとっては「専門的」であると評価されることもあった。そこで、まずはメンター指導者とメンターの間で、育成すべきプログラミング能力についての合意形成を持ち、それに合わせてカリキュラムを修正する必要があった。 そのため、沖縄モデルを他地域に展開する場合でも、事前に地元メンターとのプログラミングスキルを合意形成し、ゴールとする地域ならではの「じんぶなー」像の設計をしておくことが重要であると考える。
本年度は成果として、メンター講座教材、プログラミング講座教材、プログラミングスキルマップ、児童生徒による自己チェックシートを開発した。このうち、自己チェックシートによりプログラミング講座を受講した児童生徒のスキルを可視化することが可能になったが、これを指導するメンターのスキルは可視化されていない。また、自己チェックシートの記載内容を活用する仕組みまではデザインしていない。
そこで、沖縄モデル普及に向けては、以下の改善による深化を検討している。(図10)
沖縄ブロックでは、地域の自立自走によるプログラミング教育の継続実施に向けて、本年度の成果を活かした活動を続けていく計画である。実際には、H29年度の異動によりメンターの学校が変わることが見込まれるため、新任メンターの育成に向けた活動を核に活動を拡大するとともに、教育の質の向上を図る垂直展開を行う。 また水平展開として、他地域との展開で2つの方向性を検討している。
なお沖縄モデルでは、プログラミング全体スキルマップで整理したスキル領域の中から、とくに「コーディング・プログラミング能力」「表現力」「意欲の向上」に力点を置いてカリキュラムを設計しているが、現実のプログラミングスキルとして求められているスキル領域は、より幅広いものである。 そこで他地域の展開として、沖縄モデルのスキルマップとスキル自己チェックシートなど仕組みを共通に利用しながらも、異なるスキル領域を取り上げたプログラミング教育のモデルが登場することが望ましいと考える。