◾ 取材協力:
弘前市企画課
(令和7年7月取材)
この記事では、地域の声を大切にした制度作りをされている青森県弘前市企画課にその秘訣を伺いました。
◾ 地域概要
青森県西部に位置する弘前市は、人口約16万人を擁する津軽地方の中心都市。面積は約524km²で、岩木山をはじめとする山々や津軽平野など豊かな自然環境に恵まれています。冷涼な気候を活かしたりんご栽培は日本一の生産量を誇っています。弘前公園のさくらまつりは国内外から多くの観光客を集め、秋の紅葉や冬の雪燈籠まつりも人気で、弘前ねぷたまつりも多くの観光客を集めています。伝統芸能や食文化も豊かで、近年は観光と地域資源を組み合わせたまちづくりが進められています。
◾ 地域データ
・人口:157,619人(令和7年8月1日現在の推計人口)
・面積:524.20km²
・高齢化率:65歳以上の高齢者は32.4%(令和2年国勢調査)
・産業別就業人口割合:第1次産業(農林水産業)13.2%、第2次産業(建設・製造業など)15.7%、第3次産業(サービス業など)66.3%
◼ 協力隊制度について
・平成27年度より導入
・現在までの受け入れ人数:40名(累積)、うち現役隊員数8名(令和7年度)
・協力隊の任期終了後の定住率:市内71.9%、県内84.4%
・会計年度任用職員として雇用 ※平成30年~令和5年まで起業型に特化した隊員の導入あり
弘前市の地域おこし協力隊は、岩木・相馬など複数の地区で、それぞれの地域資源や協力隊自身のスキルを活かした活動を展開しています。
大学・行政・地域住民とのネットワークを丁寧に築きながら課題を可視化しすくい上げていることも特徴。多面的な視点を持つことは「地域ならでは」の活動をより深化させる効果をもたらしています。
募集開始まで
1.弘前市の地域おこし協力隊事業の特色は?
平成18年に旧岩木町と旧相馬村が合併して誕生した弘前市では、平成27年度に相馬地区(旧相馬村)で地域おこし協力隊2名の受け入れを開始しました。令和7年7月現在、累計40名の隊員を受け入れており、そのうち12名は起業型の募集で、8名が市内で実際に起業しました。
活動のフィールドは、市内の特色ある地域ごとに広がっており、現在は8名の隊員が活動しています。
・岩木地区では、伝統工芸である竹細工の担い手として3名の隊員が活動。
・相馬地区では、地域に根づいた暮らしを支えるフリーミッション型で2名の隊員が活動。
・観光分野では、四季の観光資源を生かし、課題となっている通年観光や冬季観光の企画を担う2名の隊員が活動。
・農業・ワイン用ぶどうの産地化にも取り組み、将来的な担い手を見据えた隊員1名が活動。
このように弘前市は、地域資源を基盤にしつつ、起業や事業承継、新規産業の創出など、多様なミッションを設計している点に特色があります。
2.地域課題に対して協力隊の活動ミッションをどう設計したか?
弘前市では、協力隊の活動ミッションを決める際、地域の声を大切にしながら設計しています。相馬地区や岩木地区では、地域で活躍されている方や農業・商工業に関わる方、町内会長さんなどにお声がけし、協力隊の活動を支える協議会を立ち上げました。相馬地区では「相馬地区地域おこし協力隊活動応援協議会」、岩木地区では「岩木みらい協議会」として活動しています。
協議会では定期的に会議を開いたり、日々の活動の中で意見を伺ったりしながら、地域から出てきたアイデアを市が整理し、最終的にミッションに落とし込んでいきます。「一方的に市が決めるのではなく、対話を重ねて一緒につくっていく」────そんな進め方を意識してきました。
3.参考にした人や地域の事例はあったか?
弘前市では制度導入の初期段階から、制度に詳しい専門家の助言を得ながら仕組みづくりを進めてきました。幸いにも市内に、総務省の地域おこし協力隊アドバイザーを務める大学関係者などがいらっしゃり、導入の検討段階から多くのアドバイスをいただいてきました。現在も市からアドバイザーをお願いし、協議会にも参加いただくなど、継続的に知見を取り入れています。
4.募集要項を作り始めて完成させるまでどれくらいかかった?
募集要項の作成にはおおよそ2か月をかけています。ただし、要項を作成する作業そのものよりも、各課との意見交換や調整に時間を割いています。取りまとめ課としては、現場から上がってきた案をそのまま掲載するのではなく、「この表現で応募を検討している人に伝わるか」「活動イメージに齟齬が出ないか」といった点を重視しています。
特徴的な点として、募集要項には「1年目はこういう活動を想定」「2年目にはこのような展開を目指す」といった形で、年度ごとの活動イメージをおおまかに記載しています。応募者にとっても将来像が描きやすく、安心して応募できる工夫につながっていると考えています。
スケジュールは概ね1年単位で、4月からの採用を予定した場合、前年6月に募集を開始し、8月にオンラインでのおためし協力隊説明会を実施し、9月に現地でのおためし協力隊を開催。その後、10月末に募集を締め切り、11月に一次選考(書類)、12月に二次選考(面接)、年末から1月にかけて正式決定。2月頃には住居の調整を行い、翌年度の着任に備える流れです。
5.募集開始までに特に難易度が高かったハードルは?
大きな課題のひとつは住居の確保でした。地区配属の隊員については、その地区に住んでもらう前提で募集しているため、空き家を探す必要がありますが、情報が少なく、なかなか候補が見つからないこともありました。そうした時は町内会長さんなど地域の方に徹底的に聞いて回り、時には「もう難しいかもしれない」と思った後から情報が出てくることもありました。結果として、地域のネットワークに頼ることが最も有効であると実感しました。
募集開始
1.募集開始後の問い合わせなど反応はどうだったか?
昨年度の募集では、観光振興のミッションに対して7名、ワイン産地化のミッションに対して5名の応募がありました。任期終了後の進路が比較的見えやすいことが、応募の多さにつながったのではと分析しています。一方で、観光分野では若い世代からの応募が目立ち、移住関係のミッションへの応募はまだ少ない印象です。
また、竹細工の担い手を募集した際には3名の応募がありました。応募者の背景はさまざまで、竹細工の専門学校に通っていた若い方や営業職から転身を希望された全くの未経験の方もいました。昨年度の募集ではありませんが、「りんごが好き」というきっかけからおためし地域おこし協力隊に参加し、その経験を経て正式に応募・採用され、現役で活動されている方もいます。
2.説明会実施や協力隊関連イベントへの出展など、どんなPRを行った?
広報活動としては、弘前圏域で出展される「おいでや!いなか暮らしフェア」や「JOIN移住・交流&地域おこしフェア」、県主催の移住イベントにブースを設け、職員と協力隊員が参加して情報発信を行っています。また、東京にある弘前市の事務所でも相談会を開催し、首都圏在住の希望者に直接対応できる機会を設けています。
さらに、「おためし地域おこし協力隊」の企画も実施しています。特にワインぶどうの産地化に関するミッションでは、このおためしへの参加を経て正式応募につながるケースもありました。
着任時〜活動中
1.隊員着任後、自治体の協力隊担当としてどんな仕事内容がある?
着任時には辞令交付式を行い、その後に初任者研修を実施しています。研修は弘前圏域で委託している移住交流専門員(協力隊経験者)へ依頼しており、制度理解や心構えを共有する場としています。今年からは1年目の隊員だけでなく、2〜3年目の隊員にも参加してもらい、隊員同士の横のつながりを強める機会にもしています。
2.隊員とのコミュニケーション頻度はどれくらい?
研修に加えて、年4回の四半期ミーティングを設けています。ミーティングには企画課のほか、受入担当課(りんご課、観光課、岩木総合支所、相馬総合支所)が参加し、職員と隊員が一堂に会する場となっています。ここでは活動の報告だけでなく、課をまたいだ意見交換が行われ、隊員にとっても多面的なインプットの場となっています。
例えば、観光ミッションの隊員が検討していた企画で提供する食事に、りんご課より「ワイン産地化隊員OBが醸造に携わっているワインを組み込んでみてはどうか」といった提案があり、連携のきっかけが生まれるなど、分野を超えたシナジーが生まれています。
地域おこし協力隊事業を円滑に進める上で、地方自治体の内部組織を超えた活発な対話型コミュニケーションは重要な要素となっています。
3.隊員の定住に向けて工夫している点は?
定住する上での重要な課題の1つに、定住先での仕事の問題があります。市では起業を考える隊員へは、ひろさきビジネス支援センターでの起業相談の紹介や、卒業を見据えた2~3年目を中心に活動内容に関連するスキル、将来の生業に活かせる資格取得なども活動の中でできるよう配慮しているほか、起業補助金により資金面でのサポートをしています。
また、ミッション内容がそのまま仕事に繋がり、それだけで卒業後も安定した生活ができれば良いですが、なかなか難しい現状もあるため、複数の収入の柱をつくるのも1つの手段と思っています。そのため、副業や兼業については柔軟に認め、会計年度任用職員であっても届け出制で兼業可能としています。実際に協力隊の業務に影響の出ない範囲で、前職の経験等を活かして兼業している隊員も複数人います。ぜひ制度をうまく活用して、生活が安定し、定住につながればと考えています。
全体を通して
1.採用側(=地域)と隊員のミスマッチを避けるために気をつけたこと、気をつけていることは?
弘前市では協力隊を募集するうえで「おためし協力隊」を必ず実施しています。事前に弘前市のことを知ってもらったり、どのような人々が関係者として関わっているかなどを理解した上で応募していただくことを重視しています。
また、地区配属の場合にはそれぞれに協議会(「相馬地区地域おこし協力隊活動応援協議会」「岩木みらい協議会」など)があり、地域のニーズを整理し、人材要件を明確化しています。二次選考の交流会には協議会のメンバーも参加し、地域の方の意見も伺いながら採用者を選考しています。
2.こんな工夫をしたらうまく回り始めた!というエピソードがあれば
市としては、担当と隊員のコミュニケーションをこまめに取ることを何より大切にしています。企画課(取りまとめ課)は全体を広く見ているため、隊員が担当課に直接伝えにくいことを第三者的な立場で受け止め、調整することもあります。
「疑問やモヤモヤを寝かせないで、できるだけ早めに解決する」ことを心がけることで、信頼関係が築かれ、結果的に活動がスムーズに進むようになると思います。
3.初めて採用/受入担当になった人、悩みがある人へのメッセージを!
初めて採用する自治体は、制度設計から始めることになると思いますが、推進要綱に載っていないことは自治体ごとに判断することになります。
協力隊の活動をしばりすぎないよう、ポイントを整理しながら自治体独自の制度を設計するのは大変なことですが、やりがいはあると思います。
困った時は、サポートデスクのほか、既に採用経験がある自治体のご担当は、前任の方を頼ることも大事です。ノウハウや人脈(卒業した隊員など)はしっかりと受け継いでいくと、事業が進めやすくなるはずです。共に頑張っていきましょう!