2026.08.28 島根県 松江市

自由提案型のミスマッチをどう防ぐか。島根県松江市が取り組む密なコミュニケーション術

◾ 取材協力:
島根県松江市役所 産業経済部定住企業立地推進課 定住雇用推進係
(令和8年7月取材)

この記事では、着任後に自ら活動内容を計画する募集形態により、高い定住率と起業率を実現している島根県松江市定住企業立地推進課にその秘訣を伺いました。

松江市の地域おこし協力隊は、定住率89.2%(全国平均53.1%) 起業率88.0%(全国平均41.4%)と全国的に見ても定住率・起業率が非常に高いのが特徴です。「地域の課題に対して自身の長所や経験を活かしながらアプローチしビジネス、生業、新しい文化を創出する」を目標に掲げ、現役隊員を含めてこれまでに20名以上が起業に至っており、「地域と一緒に事業を創り、根付く」仕組みが機能しています。

最大の特徴は、全員が着任後に自分で活動内容を計画する方法を取っていること。すでに起業して定住している協力隊経験者との強固な繋がりや、着任年数に応じた段階的な起業までの伴走、起業支援補助金の交付など、隊員のエネルギッシュな挑戦を温かく、かつ実践的に支える松江市ならではの支援の様子を紹介します。

◾ 地域概要
島根県松江市は、宍道湖・中海・日本海・堀川に囲まれた「水の都」として知られるまちです。県庁所在地・中核市として商業や医療、教育など都市機能が充実し、暮らしやすさを備える一方、市街地から少し足を延ばせば豊かな自然や美しい景観が広がります。地域には、十年に一度の船神事「ホーランエンヤ」や美保神社の祭礼、日本有数の湖上花火大会「水郷祭」など、歴史ある祭りや伝統行事が今も受け継がれ、人と人とのつながりを大切にする風土が息づいています。また、全国一の漁獲量を誇る宍道湖のシジミをはじめ、日本海の海産物や東出雲町畑地区の干し柿が特産品として知られるなど、多彩な地域資源を有しています。

◾ 地域データ
人口:約194,000人(令和7年1月末現在)
面積:572.96km²
高齢化率:65歳以上の高齢者は約30.88%(令和7年3月31日現在)
産業別就業人口割合:第一次産業(農林水産業)約3.3%、第二次産業(建設・製造業など)約17.9%、第三次産業(サービス業など)約76.1%(令和2年国勢調査)

◼ 協力隊制度
・平成28年度より導入
・現在までの受け入れ人数37名(累積)、現役隊員数9名(令和8年現在)
・任期終了後の定住率:途中退任込み88.8.%(24名/27名)、途中退任無し96%(24名/25名)(令和8年度時点)

ふるさと島根定住財団主催のイベントに協力隊で参加し、特産品等で松江をPR

募集開始まで

1.松江市の地域おこし協力隊事業の特色は?

松江市最大の特徴は、全員が協力隊着任後に自分で活動内容を計画する方法を取っていることです。現在活動する9人の隊員も、アスレティックトレーナーとして健康増進教室を開いている方や、高齢者向けスマホ相談会を開催する人、就農を目指す人、地域情報を発信する人など、活動内容は実にさまざまです。

松江市では地域おこし協力隊導入11年目を迎え、これまで37人を受け入れてきました。卒業者27人のうち24人が市内へ定住しており、多くの協力隊経験者が地域で活躍を続けています。定住率の高さや、経験者達による現役隊員のサポートも、大きな特徴となっています。

また松江市では、担当とは別に、地域をよく知る経験豊富な再任用の職員を協力隊専属のコーディネーターとして配置しており、担当とコーディネーター間で常に隊員の状況や活動内容を共有、相談しながら、各隊員ごとの適正に合わせたサポートを行っています。

2.現地受け入れの企業や団体との調整はどう進めた?

松江市では、特定の受け入れ団体や企業に所属して活動するスタイルではありません。

隊員は市役所の「定住企業立地推進課」に所属する「地域資源活用コーディネーター」として採用されます。着任後2〜3ヶ月をかけて市内各地を巡り、じっくりと地域資源や課題について学びます。その過程で地域のキーパーソンや自治会、さまざまな団体との関係を築きながら、自分の強みを生かせる活動分野を探して調整を進めていくという流れをとっています。

3.募集開始までの間で特に難易度が高い事項は?

地域おこし協力隊制度は毎年3月頃に制度改正が行われるため、その内容を理解し、4月には市の設置要綱や募集要項へ反映させなければなりません。限られた期間のなかで制度改正の内容をどのように実際の市独自の運用へ落とし込み、設置要綱や募集要領に反映させるかという点に難しさを感じています。

高齢者向けスマホ相談会の様子

募集開始後

1.説明会実施や協力隊関連イベントへの出展など、どんなPRを行った?

全国規模の協力隊イベントやオンライン媒体を効果的に活用し、幅広く情報を届けています。

対面の施策としては主に、ふるさとしまね定住財団主催で、東京の交通会館で開催される「しまね地域おこし協力隊募集説明会」で募集活動を行っています。また、島根県の移住イベントには毎年欠かさず参加し、松江の暮らしや協力隊のPRを行いながら、自治体の担当者と現役隊員が直接制度の説明や交流を行っています。

また、オンラインの情報発信はニッポン移住・交流ナビ「JOIN」や、民間の移住情報サービス、市ホームページを中心に実施しています。

2.募集開始後の問い合わせなど反応はどうだったか?

募集開始後に、数件の問い合わせが寄せられます。各年で何名かは「オンラインで話を聞きたい」というアプローチがあるため、その都度個別のオンライン面談や相談会を設定し、丁寧に対応しています。

OBOGたちの梅の事業を、現役隊員が体験している様子

着任時〜活動中

1.隊員着任後、自治体の協力隊担当としてどんな仕事内容がある?

各隊員が自身で活動内容を設定する形を取っているからこそ、一人ひとり活動内容が異なるのが松江市の特徴です。そのため、担当職員の業務範囲は非常に幅広く、多岐に渡ります。主な業務は以下の通りです。

  • 新規協力隊員の採用活動(募集PRなど)
  • 地域のキーマン、先輩隊員、市役所内の関連部署や施設へ繋ぐ
  • 活動報告会のセッティング(外部関係者向けの報告会と、市長・副市長・部長級を対象とした庁内報告会の年2回実施)
  • 各種研修の案内、市独自での隊員向け研修のセッティング、定例ミーティングの運営
  • 補助金関係の事務手続き(家賃補助、卒業時の起業補助金の手続きなど)
  • 個別の活動面談や相談対応、伴走支援
  • 視察関係の相談受け、出張手続
  • 活動に必要な契約業務(専用レンタカーの公用車契約、コワーキングスペースの借り上げ、消耗品の購入・支払いなど)

2.隊員とのコミュニケーション頻度はどれくらい?

かなり高い頻度で密にコミュニケーションを取っています。

平日は毎日朝9時から全員が集まる「対面朝礼」を実施しています。朝礼でその日のスケジュールを毎日直接共有しあうことで、活動の相談や情報交換の場にもなっており、隊員同士の会話が活発になったり、「その活動に一緒に行きたい」「担当として現場を見ておきたい」といったスムーズな連携も生まれています。

さらに、月に1回の定例ミーティングと、2ヶ月に1回の個別面談(担当者およびコーディネーターによる対応)も実施しています。個別面談では活動の進捗だけでなく、生活面や人間関係の悩みについても話を聞き、必要に応じて支援につなげています。

3.隊員の定住に向けて工夫している点は?

松江市では、「卒業して終わり」ではなく、「卒業後も地域で活躍してもらうこと」を見据えて支援を行っています。任期中から一人ひとりの希望を聞きながら、起業や就職に向けた相談に応じていることが特徴です。

大きく分けて3つの工夫があります。

1つ目は「先輩隊員との強固な繋がり」です。市内に残る多くの先輩隊員たちが現役生を温かく気にかけてくれており、定例ミーティングにアドバイザーとして参加してもらったり、伴走型の独自研修の講師をお願いしたりしています。そういった機会などをきっかけに、個別に先輩隊員たちとやりとりもしています。任期中から卒業後まで、いつでも先輩を頼れる環境があることが定着に大きく寄与しているのではと考えています。現役隊員にとっては、「3年後の自分」を身近な先輩の姿から具体的にイメージできることが大きな安心につながっているのではないでしょうか。

2つ目は「年数に応じた段階的な伴走支援」です。1年目は地域での繋がりを作る時期、2年目は活動内容を具体化していく時期、3年目は卒業後の起業や就労に向けて関係各課や施設を繋ぐ時期、と本人の意向を聞きながら年数に応じたサポートしています。

3つ目は「起業支援補助金の個別適正化」です。着任2年目から卒業後3年以内まで活用できる上限100万円(累計額に達するまで複数回利用可)の支援補助金を用意し、チャレンジを後押ししています。行政側としてもこの助成金の交付を単なる事務処理で終わらせず、「このタイミングでこういう使い方をした方が活きる」「このメニューなら市の別の補助金を使うのが良い」など、個別にアドバイスを行い、隊員のチャレンジを後押ししています。

先輩隊員をアドバイザーとして招聘した定例ミーティング

全体を通して

1.採用側(=地域)と隊員のミスマッチを避けるために気をつけたこと、気をつけていることは?

松江市では、着任後に自ら活動内容を計画する募集形態を実施しているからこそ、着任前の認識合わせをとても大切にしています。着任後のミスマッチは隊員だけでなく地域にとっても負担になるため、お互いが納得した状態でスタートできる仕組みを整えています。

まず募集段階では、活動がイメージしやすいように過去の活動例を12例ほど紹介。採用面接でも時間をかけて、松江市への愛着や卒業後に残る意思があるかをしっかり確認します。

さらに大きな特徴は、内定通知後にも丁寧なすり合わせを続ける点です。毎年4月の着任を迎えるまでの間に、コーディネーターと担当者が一人につき2〜3回のオンライン面談を実施。「本当に松江市で活動したいか」「活動内容の理解にズレはないか」をじっくり確認します。もし面談を重ねる中で認識に大きな乖離があると感じた場合は、無理に着任させることはしません。徹底して「お互いの納得感」を重視しています。

2.こんな工夫をしたらうまく回り始めた!というエピソード

担当者自身が「隊員の現場に同行する(外に活動を見に行く)」という行動を増やしたことです。異動した当初は事務作業に追われがちでしたが、意識的に外に出て活動を直接目で見るようにしました。そうすることで、活動内容を実際に見ながらアドバイスができたり、安全面を確認できたりと、より実践的な支援にも繋がっています。
現場同行をするようになったことで、例えば移動中の車内というリラックスした空間のなかで、「実はこういうことで悩んでいる」「この先がちょっと心配」といった、本音や相談事を引き出すことができるようになったことも、大きな変化です。

3.初めて採用/受入担当になった人、悩みがある人へのメッセージを!

地域おこし協力隊の担当業務は、「人と向き合う仕事」だと感じています。通常の行政の事務業務とは性質が異なり、自治体側のクリエイティビティや裁量に委ねられる部分が多いため、大変さを感じることも多いですが、地域の課題解決や貢献にダイレクトに繋がる、非常にやりがいのある仕事です。

まずは、受け入れ側である自治体が制度の要綱をしっかりと頭に入れ、実際の運用イメージを固めることが成功への第一歩です。松江市役所内には幸いにも、総務省の地域おこし協力隊アドバイザーを務める大先輩が在籍しており、日常的にアドバイスを求められる心強い環境がありました。

みなさんも、 全国のアドバイザー制度を活用したり、同様の応募形態をとる近隣自治体の担当者さんと情報交換をしたりしながら、担当者一人で課題を抱え込まずに周囲を巻き込んでいくとヒントが見つかるはずです。私も力になれることがあればと思いますので、一緒に頑張っていきましょう。