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茨城師範学校学徒殉難碑

基本情報

所在 助川台アパート跡
住所 茨城県日立市助川町5-14(JR日立駅より日立電鉄バス バス停「小平会館入り口」下車 徒歩10分)
連絡先 都合により記載せず
建立者 茨城師範学校本科一組、予科十九会
建立年 平成3年7月17日

※H22.11発行「平成22年度 全国戦災史実調査報告書」より
(調査時期H22.7〜10月)

施設の写真

茨城師範学校学徒殉難碑

説明文1

説明文2(拡大)

碑文

嗚呼勤労学徒殉難碑

説明文

学徒殉難碑の由来

 私達は 昭和十九年十二月二十五日より 学徒
動員令によって 日製日立工場 日立電線工場に
おいて軍需生産に従事したが 戦局日々悪化し
昭和二十年七月十七日夜半 日立沖合からの米国
海軍の艦砲射撃により宿舎は全壊し 恩師級友
相次いで血に染まり倒れた 折しも 宮田 助川の
山麓一帯における死亡者三百十七名 重傷者
三百七十六名を数え 軽傷者家屋の倒壊その数知れず
の悲惨さだった

 以来 昭和二十二年七月十七日 三回忌追悼会
を期して殉難碑を建立し 教育の道を志ながら
不幸にもその前途を絶たれた霊を弔い 常しえの
平和を希求してきた

 この度 昭和の終焉と平成の時を迎えるに当り
殉難碑を修復し その由来を添え 改めて 十二
御柱のご冥福と 永遠の平和への願いを込めて
謹んでここに銘記するものである

 平成三年七月十七日

茨城師範学校本科一組
豫科一九会
長須 正文 撰文
大久保邦夫 謹書

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