一国の人口が減少する中で経済的な豊かさを実現するには、一人当たりが生み出す経済的な成果を増やすことが必要となります。これを定量的に表す指標の1つとして「労働生産性」が用いられます。労働生産性とは、一般に、付加価値を労働投入量で割ることで算出され、就業者1人あたり又は就業1時間あたりの経済的な成果とされます。労働生産性の我が国の国際的な位置付けをみると、OECD加盟35カ国の中では21位、G7各国の中では最下位となっています。例えば米国の労働生産性(122,986ドル)と比較すると、日本(81,777ドル)は概ね3分の2程度の水準となっています。
図1 OECD加盟国の時間当たり労働生産性比較
(出典)日本生産性本部「労働生産性の国際比較2017年版」を基に作成
日本の生産性が米国と比べて低水準であるのは、分子である付加価値が伸び悩んだ要因が大きいと考えられます。先行研究によると、1990年代、米国ではICTによって需要の伸びが大きい新たな財・サービスが生まれた一方、日本ではICTが消費ではなく主に投資を目的としたものであったこと、供給側でICTを導入したものの、日本では業務及び組織の見直しや人材の再訓練など様々な仕組みの見直しが進まなかったことが指摘されています。
さらに、1990年代以降、ICTが企業内、産業組織(各産業内)、産業構造(各産業間)それぞれのレベルにおいて従来の垣根を越え活用されるようになり、コミュニケーションコストや探索コストが下がったことで、従来の固定的な取引関係に関わらず分業・協業が進んだ結果、多様な組合せが可能となっています。「多様な組合わせ」は「新たな結合」とも解釈可能であり、古くは経済学者のシュンペーターが既存の技術・資源・労働力などを従来とは異なる方法で新結合することをイノベーションと定義したこととも関連します。最近では、イノベーションは、OECDとEurostat(欧州委員会統計総局)が合同で策定した国際標準(オスロ・マニュアル)において、4分類されています。それらは、(1)プロダクト・イノベーション(新しい又は大幅に改善した製品・サービス)、(2)プロセス・イノベーション、(3)組織イノベーション、(4)マーケティング・イノベーションです。分業・協業が進む昨今、改めてイノベーション、特に新結合の意義は高まっていると言えます。
図2 OECD「オスロ・マニュアル」のイノベーションの4類型
イノベーションの 4類型 類型と定義はOECD「オスロ・マニュアル」に準拠 |
プロダクト: | 自社にとって新しい製品・サービス(プロダクト)を市場へ導入すること |
プロセス: | 自社における生産工程・配送方法・それらを支援する活動(プロセス)について、新しいもの又は既存のものを大幅に改善したものを導入すること (技法、装置、ソフトウェア等の変更を含む)。 |
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組織: | 業務慣行(ナレッジ・マネジメントを含む)、職場組織の編成、他社や他の機関等社外との関係に関して、自社がこれまでに利用してこなかった新しい組織管理の方法の導入 | |
マーケティング: | 自社の既存のマーケティング手法とは大幅に異なり、かつこれまでに利用したことのなかった新しいマーケティング・コンセプトやマーケティング戦略の導入 |
(出典)文部科学省 科学技術・学術政策研究所「第3回全国イノベーション調査報告」(2014)
http://data.nistep.go.jp/dspace/handle/11035/2489
日米企業へのアンケート結果を基に、日米の大企業 での直近3年間(組織イノベーション及びプロセス・イノベーションは3年以上前の取組も含む )のイノベーションの実現度を比較すると、いずれのイノベーションにおいても米国企業の方が多いことがわかります(図表3)。組織イノベーションやプロセス・イノベーションについては、3年以上前の実現度は、米国企業(組織6.7、プロセス8.2)が日本企業(組織3.4、プロセス3.4)よりも高く、直近3年間の実現度については、米国企業(組織1.9、プロセス1.3)は日本(組織2.9、プロセス3.4)よりも低くなっています。これは、米国企業は3年以上前に両イノベーションを概ね実現済みである一方、日本企業は直近3年間に取り組んでいる企業が未だ一定数あることを示しています。次に、マーケティング・イノベーションとプロダクト・イノベーションについては、日本企業では特にマーケティング・イノベーションが遅れています。今後、日本企業が成長していくためには、これらの取組をより一層加速させていくことが求められます。
図表3 日米企業のイノベーションの実現度
(出典)平成30年版 情報通信白書
営業利益の増加にICTの導入や利活用、イノベーションが影響していることは推察されるが、相互の関係は明らかになっていません。これを明らかにするため、以下では、企業におけるICTの導入や利活用が4イノベーションのどれを通じて成果(アウトカム)に結びついているのか、日米企業へのアンケート結果を基に、グラフィカルモデリングという、要因間の相互の関係の強弱を分析する手法を用い、日米の相違点を明らかにしていきます。
まず、ICT投資等については、日米ともイノベーションとは直接的な関係がなく(図表4)、営業利益との間のみに直接的な関係があります。これはイノベーションの実現に関わらず、営業利益を増加させた企業がICT投資等を増加させているため関係性が示されたと考えられることから、ICT投資等を増やすのみで営業利益の増加に結びつくことを表しているものではありません。
図表4 グラフィカルモデリング分析結果の日米比較(ICT投資等)
(出典)平成30年版 情報通信白書
ICT利活用については、日米とも、ICT利活用からプロダクト・イノション、組織イノベーベーションと直接的な関係がある点は同じであるが、以下の違いがみられます(図表5)。
図表5 グラフィカルモデリング分析結果の日米比較(ICT利活用)
(出典)平成30年版 情報通信白書
まず、日本の企業では、ICT利活用から組織イノベーション、マーケティング・イノベーションを通じて営業利益増加につながっています。イノベーション相互の関係については、組織イノベーションから他のイノベーションへ網状のつながりがみられます。
米国の企業ではICT利活用から組織イノベーション、マーケティング・イノベーション、プロダクト・イノベーションを通じて営業利益増加につながっています。ただし、日本の企業と異なり組織イノベーションからプロセス・イノベーションやプロダクト・イノベーションへの直接的なつながりはありません。
これらから、大きく特徴が3点挙げられる。第一に日米ともに組織イノベーションが営業利益増加の前提となっていること(図表5中の(ア))、第二に日米ともに、組織イノベーションとマーケティング・イノベーションとの間には直接的な関係はある(図表5中の(イ))が、プロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーションについては、日本のみ関係がある(図表5中の(イ)‘)こと、第三に営業利益増加に直接つながるのが、日本ではマーケティング・イノベーションである一方、米国ではプロダクト・イノベーションとなっていること(図表5中の(ウ))が挙げられます。