日米比較を通して日本の労働生産性向上の方策を考える

■労働生産性の各国比較

 一国の人口が減少する中で経済的な豊かさを実現するには、一人当たりが生み出す経済的な成果を増やすことが必要となります。これを定量的に表す指標の1つとして「労働生産性」が用いられます。労働生産性とは、一般に、付加価値を労働投入量で割ることで算出され、就業者1人あたり又は就業1時間あたりの経済的な成果とされます。労働生産性の我が国の国際的な位置付けをみると、OECD加盟35カ国の中では21位、G7各国の中では最下位となっています。例えば米国の労働生産性(122,986ドル)と比較すると、日本(81,777ドル)は概ね3分の2程度の水準となっています。

1 OECD加盟国の時間当たり労働生産性比較
(出典)日本生産性本部「労働生産性の国際比較2017年版」を基に作成

OECD加盟国の時間当たり労働生産性比較 単位:千USドル(購買力平価換) アイルランド169 ルクセンブルク144 米国123 ノルウェー118 スイス116 ベルギー115 オーストラリア105 フランス104 オランダ104 イタリア102 デンマーク100 スウェーデン100 オーストラリア98 ドイツ98 フィンランド97 スペイン92 アイスランド90 英国88 カナダ88 イスラエル86 日本82 スロベニア75 ニュージーランド74 チェコ72 トルコ71 ギリシャ71 韓国70 ポルトガル69 スロバキア67 ポーランド65 エストニア60 ハンガリー60 ラトビア57 チリ53 メキシコ44 OECD平均93 2016年・就業者一人当たり/35か国比較 (出典)日本生産性本部「労働生産性の国際比較2017年版」をもとに作成

■産業の構造変化とイノベーションの重要性

 日本の生産性が米国と比べて低水準であるのは、分子である付加価値が伸び悩んだ要因が大きいと考えられます。先行研究によると、1990年代、米国ではICTによって需要の伸びが大きい新たな財・サービスが生まれた一方、日本ではICTが消費ではなく主に投資を目的としたものであったこと、供給側でICTを導入したものの、日本では業務及び組織の見直しや人材の再訓練など様々な仕組みの見直しが進まなかったことが指摘されています。
 さらに、1990年代以降、ICTが企業内、産業組織(各産業内)、産業構造(各産業間)それぞれのレベルにおいて従来の垣根を越え活用されるようになり、コミュニケーションコストや探索コストが下がったことで、従来の固定的な取引関係に関わらず分業・協業が進んだ結果、多様な組合せが可能となっています。「多様な組合わせ」は「新たな結合」とも解釈可能であり、古くは経済学者のシュンペーターが既存の技術・資源・労働力などを従来とは異なる方法で新結合することをイノベーションと定義したこととも関連します。最近では、イノベーションは、OECDEurostat(欧州委員会統計総局)が合同で策定した国際標準(オスロ・マニュアル)において、4分類されています。それらは、(1)プロダクト・イノベーション(新しい又は大幅に改善した製品・サービス)、(2)プロセス・イノベーション、(3)組織イノベーション、(4)マーケティング・イノベーションです。分業・協業が進む昨今、改めてイノベーション、特に新結合の意義は高まっていると言えます。


図2 OECD「オスロ・マニュアル」のイノベーションの4類型

イノベーションの
4類型
 
類型と定義はOECD「オスロ・マニュアル」に準拠
プロダクト: 自社にとって新しい製品・サービス(プロダクト)を市場へ導入すること
プロセス: 自社における生産工程・配送方法・それらを支援する活動(プロセス)について、新しいもの又は既存のものを大幅に改善したものを導入すること
(技法、装置、ソフトウェア等の変更を含む)。
組織: 業務慣行(ナレッジ・マネジメントを含む)、職場組織の編成、他社や他の機関等社外との関係に関して、自社がこれまでに利用してこなかった新しい組織管理の方法の導入
マーケティング: 自社の既存のマーケティング手法とは大幅に異なり、かつこれまでに利用したことのなかった新しいマーケティング・コンセプトやマーケティング戦略の導入

(出典)文部科学省 科学技術・学術政策研究所「第3回全国イノベーション調査報告」(2014
http://data.nistep.go.jp/dspace/handle/11035/2489

■イノベーション実現度の日米比較

 日米企業へのアンケート結果を基に、日米の大企業 での直近3年間(組織イノベーション及びプロセス・イノベーションは3年以上前の取組も含む )のイノベーションの実現度を比較すると、いずれのイノベーションにおいても米国企業の方が多いことがわかります(図表3)。組織イノベーションやプロセス・イノベーションについては、3年以上前の実現度は、米国企業(組織6.7、プロセス8.2)が日本企業(組織3.4、プロセス3.4)よりも高く、直近3年間の実現度については、米国企業(組織1.9、プロセス1.3)は日本(組織2.9、プロセス3.4)よりも低くなっています。これは、米国企業は3年以上前に両イノベーションを概ね実現済みである一方、日本企業は直近3年間に取り組んでいる企業が未だ一定数あることを示しています。次に、マーケティング・イノベーションとプロダクト・イノベーションについては、日本企業では特にマーケティング・イノベーションが遅れています。今後、日本企業が成長していくためには、これらの取組をより一層加速させていくことが求められます。

図表3 日米企業のイノベーションの実現度
(出典)平成30年版 情報通信白書

 

日米企業のイノベーションの実現度 日本 組織 直近3年間2.9 3年以上前3.4 合計6.3 プロセス 直近三年間3.4 3年以上前2.9 合計6.3  マーケティング 直近3年間3.5 プロダクト3.3 米国 組織 直近3年間1.9 3年以上前6.7 合計8.7 プロセス 直近3年間1.3 3年以上前8.2 合計9.4 マーケティング 直近3年間8.3 プロダクト 直近3年間 4.9

■ICT利活用とイノベーション実現は付加価値増加にどう結びつくか

 営業利益の増加にICTの導入や利活用、イノベーションが影響していることは推察されるが、相互の関係は明らかになっていません。これを明らかにするため、以下では、企業におけるICTの導入や利活用が4イノベーションのどれを通じて成果(アウトカム)に結びついているのか、日米企業へのアンケート結果を基に、グラフィカルモデリングという、要因間の相互の関係の強弱を分析する手法を用い、日米の相違点を明らかにしていきます。
 まず、ICT投資等については、日米ともイノベーションとは直接的な関係がなく(図表4)、営業利益との間のみに直接的な関係があります。これはイノベーションの実現に関わらず、営業利益を増加させた企業がICT投資等を増加させているため関係性が示されたと考えられることから、ICT投資等を増やすのみで営業利益の増加に結びつくことを表しているものではありません。

図表4 グラフィカルモデリング分析結果の日米比較(ICT投資等)
(出典)平成30年版 情報通信白書

図表4 グラフィカルモデリング分析結果の日米比較(ICT投資等)

 ICT利活用については、日米とも、ICT利活用からプロダクト・イノション、組織イノベーベーションと直接的な関係がある点は同じであるが、以下の違いがみられます(図表5)。

図表5 グラフィカルモデリング分析結果の日米比較(ICT利活用)
(出典)平成30年版 情報通信白書

図表5 グラフィカルモデリング分析結果の日米比較(ICT利活用)

 まず、日本の企業では、ICT利活用から組織イノベーション、マーケティング・イノベーションを通じて営業利益増加につながっています。イノベーション相互の関係については、組織イノベーションから他のイノベーションへ網状のつながりがみられます。
 米国の企業ではICT利活用から組織イノベーション、マーケティング・イノベーション、プロダクト・イノベーションを通じて営業利益増加につながっています。ただし、日本の企業と異なり組織イノベーションからプロセス・イノベーションやプロダクト・イノベーションへの直接的なつながりはありません。
 これらから、大きく特徴が3点挙げられる。第一に日米ともに組織イノベーションが営業利益増加の前提となっていること(図表5中の())、第二に日米ともに、組織イノベーションとマーケティング・イノベーションとの間には直接的な関係はある(図表5中の())が、プロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーションについては、日本のみ関係がある(図表5中の()‘)こと、第三に営業利益増加に直接つながるのが、日本ではマーケティング・イノベーションである一方、米国ではプロダクト・イノベーションとなっていること(図表5中の())が挙げられます。

■分析結果の日本企業への示唆

 以上から、日本の企業への示唆をまとめます。まずICTは導入するだけではなく、利活用[1]を行うことが必要です。その前提として、ICTの能力を効果的に引き出し、利活用するための組織改革を実施すること、次に価格設定の工夫や他社製品・サービスとの差別化等マーケティングの取組を行うこと、その上でのプロダクト・イノベーションが有効と考えられます。
 組織改革の具体例としては、社内ICT戦略の明確化(例:データを活用した経営戦略の策定・事業推進など)、事業部門の分割や分社化、経営陣と中間管理職の間での権限の見直しなどのほか、CIO・CDOの設置が挙げられます(CIO・CDOに関する詳細は、平成30年版情報通信白書第3章第4節参照)。また、自社のサービスのAPI(Application Programming Interface)を外部に公開することも、外部の知見を取り入れ、オープンイノベーションの促進や既存ビジネスの拡大の効果があること(平成30年版情報通信白書第3章第3節参照)から、広義には組織改革の意義を有すると考えられます。
 他社製品・サービスとの差別化等の取組の具体例としては、保険業においてスマートフォンアプリやウェアラブル端末からバイタルデータを取得してユーザーの健康状態を把握したり、カーナビゲーションやドライブレコードから自動車の利用データを取得したりすることにより、加入者ごとに保険料の割引率を算出する例、観光業で受付等のためにサービスロボットを導入しロボット活用に関するデータやノウハウを蓄積し、同業種の他企業や他業種の企業向けに新規製品・サービスとして提供する可能性が考えられます。
 

[1] グラフィカルモデリング分析におけるICT利活用は、ICT端末(パソコン、タブレット、スマホ、IoT端末)、ネットワーク(専用線、一般固定回線、無線回線)、社内向けサービス(グループウェア、社内ポータルサイト、社外からのモバイル端末アクセス)、社外向けサービス(外部向けHPの開設、外部向けSNSアカウントの開設、SNSで顧客の意見や反応の収集・活用)、クラウド(SaaS、PaaS、IaaS)の利用状況(全16項目)について確認した。

問い合わせ先

連絡先:情報流通行政局
情報通信政策課情報通信経済室
電話:03-5253-5720
FAX:03-5253-6041
Mail:mict-now★soumu.go.jp
(★をアットマークに変換の上、お問い合わせください)

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