会議資料・開催案内等



29次地方制度調査会第3回専門小委員会 次第



平成19年10月31日(水)14時00分〜16時00分
全国都市会館第1会議室(3階)


1   開会


2   議題

   1) 市町村合併に関する意見聴取、質疑応答
熊坂 義裕  岩手県宮古市長
石岡 錬一郎  秋田県藤里町長
矢嶋 民雄  長野県富士見町長
池田 勝一  大分県旧山国町長
コ田 勝章  鹿児島県薩摩川内市峰山地区コミュニティ協議会会長
     
  2) 委員間のフリーディスカッション


3   閉会

配付資料(PDF)
 
資料1   ヒアリングの対象者について
資料2 (熊坂市長提出資料)
資料3 (矢嶋町長提出資料)
資料4 (池田元町長提出資料)
資料5 (コ田会長提出資料)
資料6 住民発議と合併の状況
資料7 未合併要因に関する調査(追加分)
資料8 合併後の住民等アンケート調査結果(報道機関が実施したもの)
資料9 (石岡町長提出資料)





○林小委員長 それでは、定刻の少し前でございますけれども、おそろいのようですので、第3回「地方制度調査会 専門小委員会」を始めさせていただきたいと思います。
 本日は、市町村合併に関する意見聴取を1時間、質疑応答を30分、最後に委員間のフリーディスカッションとして大体30分程度を取るといった組立てで行いたいと思います。
 本日、市町村合併に関する意見聴取に5名の方に御出席をいただいております。御紹介をさせていただきたいと思います。
 岩手県宮古市長の熊坂義裕様でございます。
 秋田県藤里町長の石岡錬一郎様でございます。
 長野県富士見町長の矢嶋民雄様でございます。
 大分県旧山国町長の池田勝一様でございます。
 最後に、鹿児島県薩摩川内市峰山地区コミュニティー協議会会長のコ田勝章様でございます。
 よろしくお願いいたします。
 まずは、5人の皆様からそれぞれ、誠に恐縮でございますけれども、12分を目安に御説明をいただきたいと思っております。何とぞ御協力のほどをよろしくお願いいたします。
 それでは、熊坂様、よろしくお願いいたします。

○熊坂岩手県宮古市長 御紹介いただきました宮古市長の熊坂です。本日はお招きいただきまして、大変光栄に思っております。
 私が用意いたしましたカラーの資料をお手元に御用意いただきたいと思います。
 1ページをお開きいただきたいと思います。ページは右下に書いてございます。
 岩手県宮古市でございますが、本州最東端に位置しておりまして、人口5万人以上の市では、東京から公共交通機関を利用しまして一番遠い市でございます。遠い順に1番が宮古市、2番目が沖縄県の名護市になっております。
 平成17年6月6日に隣接する2つの町村と合併をいたしました。当時、広域行政組合は1市3町3村で構成されておりました。1市3町3村を全部併せますと、面積は2,700平方キロメートル。神奈川県と同じぐらいの広さで、そこに10万人が暮らしているわけです。初めは全町村に声をかけましたけれども、やはり面積が広いということもありまして、結果的には隣の、津波災害で有名な田老町、そして新里村との合併ということになりました。
 私は、合併は最大の行財政改革だと思っておりまして、改革なくして合併なしというスローガンを掲げて合併を進めさせていただきました。合併できましたのは、私も含めて両首長さんとも最後まで合併するんだという気持ちが全く揺るがなかったからだと思います。首長がその気になれば、必ず合併はできると思っております。
 現在、合併新法の下に、盛岡市と宮古市の間にある川井村との合併が新たに進むかもしれません。川井村の村長さんも合併は最大の行財政改革だと思っております。合併を公約に新しく当選されましたので、もう一つの合併が進むかもしれません。
 2ページの「宮古市の概要」ですけれども、宮古市の面積は約700平方キロメートルです。
 65歳以上の高齢者割合は26.0%。
 子どもの出生数が多い都市でありまして、合計特殊出生率は1.67でございます。
 人口は約6万人です。
 森林面積が90.1%、森林はたくさん酸素を供給しておりますので、ここら辺も交付税で見てもらえればいいなと思っております。
 3ページを開いていただきたいと思います。
 まず、行財政改革では何と言っても人件費の削減効果が一番でございます。もともと旧宮古市の時から徹底して行財政改革に取り組んでまいりましたけれども、合併によってさらに加速をいたしました。この2年間で96人削減。私が市長になりまして、旧宮古市時代を含めて11年目ですけれども、正職員で約25%削減しております。一方で、国はなかなかそこがおっとりしているということで、そういうところもやはり国には少し不満があります。市町村は、今、限界に挑戦して、こういうことをやっていると思っております。
 4ページは、合併して何をしたかということです。
 宮古市は多様な子育て支援と産業振興ということに特化して、これをやるために合併するという目標を掲げました。
 出生率は高い。保育料を大幅に軽減する。
 また、全国でもあまり例がありませんけれども、幼稚園を選んでも、保育所を選んでも、どちらも保護者の負担が同じになるような施策。こういった、さまざまな子育て支援をしております。
 それから、東京から一番遠いということで、セットメーカーはとても立地はできないんですけれども、それを逆手に取って、物流コストがかからない金型・コネクター企業の誘致を進めました。皆さんの使っておられる携帯電話にはかなりの確率で宮古で造られたコネクターが入っていると思います。特にマイクロコネクターにつきましては、世界一の生産技術が集積しているまちと言われています。
 こういうことをやりながら、合併を進めてきたところです。
 5ページは「行政改革の取り組み」です。
 ラスパイレス指数もどんどん低くなっていますし、職員数も減らしてきています。
 バランスシートなども全国に先駆けてつくりました。
 また、アウトソーシングや入札制度改革も徹底して進めております。
 6ページ「市町村合併に伴なう人件費の削減」です。
 3市町村併せて6万人ぐらいのまちですけれども、15年間で47億円ぐらいの削減ができます。
 7ページです。先ほどもどんどん職員を減らしていると言いましたけれども、今まで、例えば3つの自治体で同じ事業を3人でやっていたことを、ITが進んでおりますので、当然1人でできるようになります。そういうことで、どんどん職員を減らしてきておりまして、最終的には合併後15年で約34%の正職員が削減されるということになります。それでもきっちりとしたサービスが確保できるものと思います。この削減した効果を、先ほど言った子育て支援などのさまざまな施策に使っております。
 8ページです。アウトソーシングですけれども、養護老人ホームを民間の宮古市社会福祉協議会にお願いいたしました。そうしたところ、人は1.5倍に増えて、逆に経費は相当減る。結局、公務とは何だということになるわけですけれども、こういうことを行いながら、合併して更に改革を進めております。
 9ページです。市を経営するということで、最高意思決定機関として経営会議を設けております。この経営会議で決まったことには、私は基本的には従います。時々悔しい思いもいたしますが、私は経営会議の決定を尊重しております。
 10ページです。この経営会議はNPM、ニュー・パブリック・マネージメントの概念で進めておりまして、職員にも大分徹底されてきました。我々は税金をいただいて、市民に雇われて仕事をしているわけですから、NPMは合併後も更に加速させるということです。
 11ページです。人事権も部課長に移譲いたしました。忙しいところには暇なところから人を移す。部課長に人事権が与えられておりますので、年度内であっても部長・課長の権限で簡単に異動できるという制度にいたしました。
 12ページです。組織のフラット化を実施しました。ですから、渡りとかそういうことは一切ありません。グループ制も実施いたしました。
 13ページです。宮古型MBOです。これまでは私に部長からマニフェスト、協約書を出してもらっていたのですけれども、それを一本化いたしました。私、部長、課長、それから、主査以上はMBOで目標が統一されておりますので、事務事業がどこまで進んだかということがすぐわかるようになっております。
 14ページ「子育て支援策」です。合併による行財政改革により削減されたお金をこういうところに使ったわけでございますけれども、出生率がこれ以上下がらないように頑張っていきたいと思います。
 15ページ「宮古市の産業振興」ですけれども、もちろん地方交付税もたくさんいただいておりますけれども、できる限り、そういうものに頼らないでやっていきたいということから、内発的な発展を考えておりまして、今、金型、コネクターを中心とした産業振興を一生懸命やっております。
 16ページ。今日の本題になるわけですが「合併の主な効果」といたしましては、行政経費の削減に伴う財政基盤の安定。まさにこれに尽きるかと思います。
 今までつくれなかったものをつくらせていただきました。火葬場もつくらせていただきましたし、文化会館もリニューアルすることができました。
 それから、おおむね旧田老町、新里村のサービスより旧宮古市の方がサービス水準が高かったわけですけれども、合併により質の高いサービス水準に合わせることができたということです。合併して、2年数か月経ちましたけれども、第3セクターの統合を除き、合併協定書にある各種団体についてすべて統合することができました。
 それから、行政課題に対応するため新たな部署の設置が可能になりました。人が増えましたので、私はまだだぶついていると思っておりますが、そういうことが可能になったということです。
 合併に関するデメリットについて紹介を、というお話をいただいたんですけれども、私は基本的にはデメリットはないと思っております。ですから「合併に伴う不安の解消」ということでお話しさせていただきます。
 広域化に伴う住民不安の軽減のため、まず地域住民の意見を反映させるための地域自治区を設定いたしました。もともと、3市町村は生活圏が一緒で学校、教育、買物、医療等、私はかつて県立宮古病院の内科医師をやっておりましたので、田老地区、新里地区の患者さんもたくさん県立病院に入院したわけですけれども、そういう意味では宮古市が中心になっております。そういうことから広域化による不安といったものを余り感じない地域だったということも、これまで合併に余り文句が出ることなく、やって来られた一つの原因かなと思っております。
 それから、地域創造基金を設置いたしました。一番最後の20ページで、運動会をやっている写真資料があるんですけれども、これは合併した旧田老町のイベントが新市でも引き続ききちんと行われている例です。地域創造基金を設けることで、各種の地域イベント、あるいは伝統芸能が更に盛んになるという仕組みをつくりました。新市では、宮古地区の人口が全体の86%で、田老地区は4,000人、新里地区は3,000人ぐらいですけれども、両地区にも宮古地区と同じ1億円を配分し、それを10年間住民活動のために使う。こういう仕組みをつくりました。非常にこれはよかったと思います。
 総合事務所を旧町村の役場に置いたんですけれども、さらに田老総合事務所には産業振興部、新里総合事務所には教育委員会を入れました。ですから、かつての役場と同じ人数が確保できたということです。そういったことも不安の軽減につながっていると思います。
 それから、自治基本条例をつくっております。自治基本条例はもともと合併前に旧宮古市で制定を進めていたんですけれども、委員に新しく、旧町村からも入っていただきまして、自治基本条例をつくりました。自治基本条例では、18歳以上の市民1万人以上の連署で、いつでも、議決を経ずに住民投票ができるという仕組みをつくりました。こういった自治の保証をするということが非常に大切かと思っております。協働のまちづくりにふさわしい、自治基本条例を合併して新たにつくりまして、自治を保証する形で進んでおります。
 おおむね、私どもの3市町村の合併は、私が言うと手前味噌に聞こえるかもしれませんけれども、うまくいっているのではないかと思っています。そういったこともありまして、もう一つの合併が、今、新法の下に進みつつあるわけです。合併のデメリットと言うのは簡単ですけれども、それをメリットに変えていく、こういった仕組み、そして、協働の仕組みを担保していけば、私は納得が得られると思います。
 合併してみて、首長がその気になれば絶対に合併はできるということを確信しました。合併できないのは、首長がその気がないということだと感じました。
 以上です。

○林小委員長 ありがとうございます。
 それでは、石岡様、よろしくお願いいたします。

○石岡秋田県藤里町長 秋田県藤里町の石岡といいます。私の方からは、単独運営を選択した理由ということでお話をしたいと思います。
 その前に、私の町の状況につきまして少しだけお話しさせていただきます。
 秋田県の一番北に位置しておりまして、県境は青森県と接しております。御承知のように、秋田県にまたがるブナ原生林の白神山地が世界遺産に登録されましたが、その秋田県側4,344ヘクタールは私どもの行政区域にございます。
 そうした町ですが、平成6年までは全くの袋小路でありました。隣の二ツ井町から入りますと抜け道がなかった町でございます。平成6年に青森県の西目屋村と奥地等産業開発道路でようやく結ばれたということで、横の連絡も取れない町でございました。そういう事情がございまして、何となく、風土としては開放的でない面があるかもしれません。そうした町が、今回の市町村合併という課題を投げかけられました。
 県から示された合併の枠組みがございまして、この枠組みは1市7町村、つまり秋田県の山本郡地域が一本化した合併の枠組みを提示されまして、この1市7町村がどうしていくかということで話し合いをした結果、まず、やはり勉強会を開かないとだめだろうということで、1市7町村、それぞれ担当レベルの派遣をして、約1年かけて勉強会を行いました。その結果が、やはり最終的には徹底した行革は欠かせないというふうな結びでございました。
 実は、私どもの町は、地方分権が叫ばれました当初から、自治体の力をつけていくためにはやはり行革は欠かせないということで、プロジェクトチームを編成しながら行革そのものに少しずつ取り組んでまいりましたので、合併するための、あるいは単独でいくための行財政改革というのは特別に考えなくても、実はそれをすっと移行できる経緯があったというふうなことであります。
 県から示された枠組みの中では、そうした結果が得られ、それでは、単独の町としてどう考えるべきかというふうなことで、これもまた町の職員のプロジェクトチームで勉強会を開催してまいりました。その中で、やはり町のよさというものを確認するべきではないか。町のよさというのは、これから単独でいくにしても、そういうよさというのを生かしていけるかどうかということになりますので、まず町のよさというのは何だろうかというふうなことを勉強していただきました。
 1つは、公共施設の完成度。これは言ってみると、ないものというと陸上競技場ぐらいなものではないかと思われるぐらい、体育館はあり、野球場はあり、図書館はあり、集会施設はありというふうなことで、そこから行くと、施設はかなりある。
 それから、先ほどお話ししたように、恵まれた自然がある。白神山地だけではなくて、町全体の85%は森林でありますので、実は風光明媚な箇所がたくさんございます。そうした意味で、非常に自然にも、あるいはそうした観光的な面でも恵まれているのではないかというふうな結論になりました。
 3つ目が、高速交通ネットワークであります。先ほどお話ししましたように、縦の線がようやく平成6年に開通したというお話をしましたけれども、あきた北空港に約25分で到達できる。それから、今年は秋田で国体が開催されましたが、その国体までにはということで、隣の二ツ井町まで高速道路が延びてまいりまして、その道路が完成しましたことによりまして、県都秋田市まで約1時間半で到達できるというふうなことになりました。
 それから、横の線です。実は日本海側の方から林道米代線という道路が延びておりまして、平成24年度までにこの道路が完成しますと、日本海側の方から町のちょうど、先ほどお話しした縦の線までは横の線が半分延びてくる。
 もう一つ、更にそれから東側の横の線が、今、盛んに県道として整備中でございますが、まだ完成年度は示されておりませんが、これも手をつけているということで、それらの道路整備がやがて完成すると、縦横が結ばれる。
 更に、我が町には昔から伝わってきている駒踊り、あるいは四十七士の討ち入りの模様を表した荘士舞、あるいは昔から豊作相撲といって、根城豊作相撲というのがあるわけですが、そうした相撲大会がある。それから、蟹沢の番楽といった、昔からそうした伝統がずっと受け継がれてきておりまして、そうした伝統文化もまだまだ継承されてきておりますし、そういうものに取り組んでいる、協調性のある住民性というのは非常に誇りに思っておりますし、町の発展から言うと力になるのではないか。
 更には共有の財産がございまして、3,097ヘクタールの町有林がございます。このうちの人工林が1,368ヘクタールございます。大正時代から、多くは昭和30〜40年代に植栽されておりますが、これらが、今、伐期65年に順次達してきているというふうなことから、主伐30か年計画を立てまして、年間、大体10〜13ヘクタールぐらいの伐採を進めております。それと同時に、伐採後は再度、造林をしておりまして、造林・保育・伐採のサイクルを今後ずっと続けていきたい。そういうふうに、今、計画どおり進めているところであります。
 こうしたことで、やはり我々のよさというのを何とか残していきたいという強い願いが単独の選択になったというふうに言っても過言ではないと思います。
 ただ、選択に当たっては、当初から私は、やはり地方自治の本旨は、住民が主体だ。住民の意思を最大限尊重していこうというふうな当初からの考えを持って、実は、この合併問題に入っていったわけです。そうした意味で、今、お話ししたようなこと、それから、合併枠組みの勉強会の中身といったものを全部提示しましてアンケート調査を取った結果、合併反対というのが多かったので、単独に踏み切りました。
 そうしたものの、やはり克服すべき問題というのは、人口減少は依然として続いておりますし、それから、徹底した行革が必要だということで、それも前から進めてきているとおり、継続して実施しておりますし、その中で何としても、やはり一番我々が心配しているのは財政です。財政が、この後、どうなっていくのか。おちおち眠れない。そこら辺まで心配しておりますが、やれるだけのことはきっちりやっていこうというのが我々の考え方であります。
 これらの解決策として、先ほど申し上げましたように小規模的になると思うんですが、町のいろんな資源を最大限活用していく。そして、交流人口を増やしていこう。これを消費拡大に結び付けていこうというのが我々のねらいであります。勿論、ここに書かれてありますように、エコ・ツーリズム事業、グリーン・ツーリズム事業が今年の3月で計画が終わりまして、今、実行段階に入っておりまして、順次、手をつけていこうという計画でおります。
 特に取り組んでおりますのは、先ほどお話ししました30か年の主伐計画をやっておりますが、なぜ、これに踏み切ったかといいますと、白神山地の川上の町として、水をきれいにして下流に流してやる。それがやはり我々の責務だろうということで、下水道の整備をしております。下水道の整備はしても、加入促進が図られないと何ともならないということで、加入促進のために、今、この主伐30か年計画で伐採している木の代金をもって約7割の助成をしております。
 それが今、取り組んでいる事業でありますし、先ほど申し上げましたエコ・ツーリズム、グリーン・ツーリズムの取組みも本格的にスタートしているという状況でございます。
 以上で終わらせていただきます。

○林小委員長 どうもありがとうございます。
 それでは、矢嶋様、お願いいたします。

○矢嶋長野県富士見町長 富士見町長の矢嶋でございます。資料は3枚だけですが、一番最初に地図の方を出してください。
 昭和30年に4か村が合併して富士見町になりました。このときの人口は大体1万7,000人。それが一切りで1万3,000人くらいに減りまして、今、1万5,500人。このままで大体推移しております。
 高齢化率が27.62%。
 財政力指数は0.588というふうに、私は承知をしております。
 実質公債比率が14.6%。
 それから、製造品の出荷額ですが、1,279億円。このほとんどはうちに大きな企業、セイコーがありまして、ここの売上げが多いわけでございます。
 地図をごらんください。黒くなっていますが、この富士見町は山梨県から入ってくる中央東線の長野県へ入った一番先のところでございます。この湖周地域と岳麓地域の2つがありますが、これは後に説明いたしますので、6つの市町村がある中で、湖周地域、岳麓地域という、大体2つに分かれているということを御承知おきください。
 次に御説明申し上げますが「1)住民投票で合併推進を否決された経緯と理由」でございます。
 経緯については、諏訪6市町村の合併については今まで過去3回ございまして、そのたびに破談になっております。
 平成14年10月。これは総務省のお声がかりで、合併に伴ういろんな利点もあるということで、任意合併協議会の設立をいたしました。私どもはこれに参加しながら、合併をしていくという前提の中でどうしましょうかということで住民投票をいたしました。投票資格は18歳以上の日本人及び永住の外国人。それから、投票した場合に投票資格者の2分の1以上で成立するというふうなことでやっていきまして、3分の2以上の場合は、町長はその意思を尊重するということで、合併に関する住民投票をいたしました。
 それからずっと、住民懇談会をして御説明申し上げてきました。その中には、財政的な不安が考えられる中で、将来、合併という選択が賢明だろうということで御説明申し上げました。この財政的な不安というのは、1つには、その前の世代からつくってまいりました第3セクターのスキー場の借金が50億円ございます。この圧迫に対しても、合併をして、大きな中でこれを消していくということでやっていったらどうかということで、住民懇談会をし、住民投票をいたしました。
 その結果は、そこにお示しのとおり、反対が67.36%で、議会の議員は12人が賛成、反対が4人でございましたが、見事に住民とは逆になりました。
 この理由でございますけれども、反対派は命がけで活発に運動いたしましたが、賛成はまあいいではないかということで何もしなかったら全然引っくり返されたということでございます。県内では合併をしない方がいいというふうな、非常に高いところの方のお考えもございます。そういう中で「とりあえず今のままで」というふうに考える町民が多かったということでございます。
 それから、過疎化の進行がありながら、やはり末端の方にはサービスが来ないだろうというふうな心配がありました。これは昭和30年に4か村が合併して、山梨県境に幾らかわだかまりが残っておりましたことと、市町村合併の直前に農協が合併をいたしまして、このデメリットについて、やはり大きく懸念をされたということがございました。
 それから、先ほど見ておいてくださいと言った八ヶ岳山麓と諏訪湖周とは相当に気質が違います。湖周の方は工業・商業の御町のところでございます。山麓の方はほとんど農業のところでございます。実は皆さん方御承知の御柱ですが、これも山麓の方は上社、湖周の方は下社ということで、気質が全く違うというふうなこともございます。
 「2)現在抱えている課題」としては、財政基盤の強化。それは先ほど申し上げました、一番のネックでありました社団法人富士見町開発公社の債務がありました。これは、今、だんだん、本社の方などにもお願いをいたしまして、結局は大手企業のメンバーも入れて、ここ3年は黒字になってきておりますが、いずれにいたしましても、50億円という借金を返していきますので、非常に大変であることは確かでございます。
 次に、やはり全国的にあります土地開発公社の債務と、ほとんど売れない土地を抱いているということでございます。
 御多分に漏れず、少子・高齢化の進行でございます。27%の高齢化。
 基盤産業である農業の将来について不安がある。農業についても私どもで、つい、この間も町民説明をいたしましたが、国の方針が毎年変わる。米を、反別を減らせ。次には量を減らせ。今度はつくれということで、右往左往しております。
 それから、地域医療への不安。これについても、産婦人科のお医者さん、小児科のお医者さんが、御多分に漏れず、おいでにならない。これについては、つい最近、目途がつきましたので、安心して子どもを増やせるかなと思っております。
 「3)今後の合併に対する考え方」でございますけれども、今のところは住民投票で示された民意を尊重して、当面、合併をするという選択はしないつもりでございます。しかし、将来的には財政的な問題、それから、国の大きな方針等によってあり得るだろうということでございます。
 それと、合併をしないということによって、私どもは町の体制を大きく変えました。その中に課の統合だとかいろんなこともありますし、人員の削減というふうなことがありますが、大きくは、人数は少なかったんですが、新しいまちづくり係というものをつくりました。これは、通常の役人の業務を一切与えない。明日からおまえたちは、富士見町がこれから先、どういうふうにしていけば生きられるかについて考えなさいという係をつくりました。
 これに最初に当たった人は、次の日から何をしていいかわからないのでうろうろしましたが、今は立派に、大体、こういう背広は着ておりません。作業服を着て、ほとんど役割がない。それで、町中から、恐らく東京辺りから長野県、秋田県辺りまであちこち行っておりますけれども、この間は北海道まで行ったそうですが、富士見町が立っていくのにどうするかということで研究をしております。
 その中で出てきたものが、私のあれですけれども、とにかく富士見町で売れるものはみんな売れ。まず、空気を売れ。その次に水を売れ。その次に人間を売れということで、まず水は商品化しました。それから、今、空気と気候を売るという意味で、大手の企業に花をつくる会社をつくっていただきました。
 そのほかに、富士見町でなければならないような、ほかにはないような、食べ物についてのブランド化について考えております。そのほかに、第3セクターのスキー場を使って、夏、自転車レースをお呼びしてやっていただくというふうなことについても、この人たちが中心になって企画しております。
 そういうことで、役場中が今までのいわゆる役人体制から、全員で富士見町をどういうふうにしていくのかについて考える体制をつくりました。
 もし、次に合併があるとすれば、6市町村という大きな枠よりは、先ほど申し上げた気質の違うところを一遍やっておくのが早道かなということくらいです。やるつもりはまだありません。
 つい、この間、6市町村で合併しないことになりましたので、今のところは、この6市町村では合併する機運はございません。
 私の説明は以上でございます。

○林小委員長 ありがとうございます。
 それでは、池田様、よろしくお願いいたします。

○池田大分県旧山国町長 本日の委員会に御指名をいただきまして、誠にありがとうございます。大分県中津市山国町からまいりました池田と申します。本日のヒアリングの対象者ということで資料に紹介されておるのは、合併により他の市町村に編入された市町村の元首長ということで紹介されておりますので、それに沿っていきたいと思います。
 また、今日のヒアリングは、私たちの町だけではなく、合併をした全国の旧自治体に対して少しでもお役に立てればと思うところでありますし、また、これから更に合併をしようとしている自治体の一助になればと願うところであります。
 山国町の地勢、新市の概況、新市建設計画の基本方針は資料として配付していますが、新市である中津市は1市3町1村の市町村合併の枠組みでは全国的には珍しい、1級河川山国川の源流から河口までの形態の縦長の合併で、山国町は山国川の最上流部の源流に位置しております。下流部の中津市とは川沿いに走っていました耶馬渓鉄道の始点と終点、海と山としての商業的交流、そして、人的交流は約40キロの距離的な隔たりを感じさせない深い関係が歴史的にもありました。
 しかしながら、鉄道廃止後は道路の整備により、山国町と境をなす日田市とは所要時間は車で3分の1の近い関係にあり、合併議論の中でも日田市へとの声は一部ありましたが、合併の中心を流れる山国川の水と緑と歴史で、新中津市への編入合併となりました。
 まず、合併に至った経緯と理由としましては、国の構造改革による地方分権の推進が一番の原因であります。基礎的自治体には程遠い人口3,000人余りの山国町としては、将来の国の行財政改革の影響を考えると、従来の行政サービスは遠のき、少子・高齢化の波は大きなものが予想され、山国町のような自主財源の乏しい小規模自治体は、行政の効率化を推進する合併という施策に従わざるを得ませんでした。
 また、山国町はし尿処理を広域市町村圏事務組合での海洋投棄に依存していましたので、平成19年1月の海洋投棄禁止時限までにはし尿処理場の建設が迫られていましたが、町単独で建設することができず、合併の要因の一つとなりました。
 町民感情としては、合併をしなくても済むならば、しないでほしいとの声が大でありましたが、将来的な財政展望等の推計で合併やむなしとの7割の町民の方の支持もあり、総合的に判断して合併に踏み切りました。
 合併後の旧山国町の影響を一部御紹介申し上げます。
 新中津市は緩やかな合併を目指し、旧山国町役場は総合支所方式となり、行政的な見地からでは、合併後は職員の数が2割減員となりました。地域になじんだ職員の減は、住民にとりましては数よりも更に大きく減ったような感じを与えていますし、支所を訪れる業者の数も大きく減り、寂しくなった要因は大きく感じるようであります。
 また、それに伴い、旧町の中心部の商店街が少し影響を受けておりますし、田舎の基幹的産業でありました建設業界も、仕事量の減少、更に競争の激化ということもあり、そのことにより、農林業の不振の中で建設業に就労しながら農地や山を守ってきた者にとっては大きな影響が出ているところであります。
 次に、山国町の市職員も、本庁・支所間の人事交流により中心部に居を移し生活する者が増え、従来の町内の職員は町内に住むという慣例がなくなり、自治消防団員の減少ということにも拍車をかけております。
 また、合併前の小規模自治体同士の競争感というものも薄れたようであります。すべての面で、隣の町よりは何事も優れたことをという、よい意味での切磋琢磨する機運がなくなりました。地域の均衡化というところが前面に出ているようであります。
 スポーツの振興という点では、かつては郡内で年に1度、郡民体育大会なるスポーツの祭典が開催されておりましたが、選手の少ない町であっても、ほとんどの競技で選手を繰り出し、総合優勝を目指してスポーツの振興を図ってきました。今ではレベルの違いで、楽しむスポーツの祭典も少なくなり、県民体育大会の出場は郡部の者にとってよりレベルの高い者のみの大会になりました。その分、地域住民が気軽にスポーツを楽しみ、取り組む必要があると考えています。新市となってから、新たな施設運営の在り方として、公営の温泉宿泊施設等との連携によるスポーツ合宿、大会誘致の取組みを推進していただいていますが、施設の活用と地域住民とのスポーツの交流につながることを期待しているところであります。
 さて、今後の地域振興に対する取組みについてでございます。
 今、大分県も、そして、中津市も、周辺地域の振興対策に独自の助成金を設けて活性化を図っていることに対して感謝しております。合併により、町民の意識がよい方向に変わりました。以前は何事も行政にすがることが多かったのですが、今、地域は自助自立の精神が大きくなったような気がしますし、行政に甘えることは少なくなり、できることは自分たちでしようとする動きが見受けられます。このような機運があるときに、行政の差し出す支援は以前よりも更に大きな行政効果と振興につながると思いますので、地域周辺対策はこれからも続けてほしいと思っております。
 今、全国の自治体すべてが行財政改革に頭を悩ませていると思いますが、それにより、地域の文化・伝統を壊しては絶対にいけないと思っています。例えばイベントの見直しでありますが、イベントはそこに住む人の活力であります。人が住むところには祭りがあり、祭りは文化をつくるものと考えております。
 また、公共交通機関が少ない山国町では、移動手段としては自家用車に頼らざるを得ない状況であり、合併により面積は広くなり、過疎化や少子・高齢化などの問題を抱え、地域で生き残るためにもまだまだ生活道路を始めとする市道等の道路整備が必要であり、緊急医療や災害対策といった市民の安全・安心を確保するにも、また、地域の活性化を図るにも道路整備は不可欠なものであり、その必要性は過疎に住む者ほど強く感じております。これからは、過疎の町は大きな都市部の人と手を結ぶことが一番の振興につながると考えており、そのためにも道路整備は切実なものとなっております。
 合併前の財政的な期待、よそとの隔たりについて申し上げます。
 中津市は、合併により行政範囲が拡大し、財政需要等が増大する中において、国の三位一体改革による補助金、地方交付税の削減により財政状態は悪化し、厳しい財政運営を余儀なくされ、平成17年度から緊急に2か年を、引き続き平成19年度から5か年の住民負担を含めた行財政改革に取り組んでいるところです。しかしながら、行財政改革を行っても、平成19年度以降、収支は赤字が続き、財政調整基金は平成22年度に枯渇し、平成23年度以降は他の基金を取り崩さなければ極めて厳しい状況であります。
 特に、市町村合併に対する財政支援措置であります。地方交付税については、合併特例債、元利償還金の70%が増額されるようなニュアンスであったと思います。国の財政改革により、地方交付税の総額は抑制されており、借金だけが増えている状況となっています。このようなことから、合併特例債も新市建設計画で位置づけた投資事業が計画よりも後退せざるを得ない状況となりました。
 この際、地域を守るために国に要望させていただきます。行財政改革の取組みを行っても収支不足が続く厳しい財政であるために、地域住民からの要望や本来行うべき事業が山積みされている状況であり、特に山国町のような中山間地域には過疎化と少子高齢化が同時に早い段階で進展していくものと思われます。
 生活基盤整備における都市部との格差はますます拡大していくことが懸念されますので、以下について要望いたします。
 1つ目。合併特例債の要件である合併一体性の速やかな確立、均衡ある発展については、新市で行う事業は基本的に該当すると考えられます。新市に必要な事業は、すべて優良債であります合併特例債の対象とするなど、弾力的な取扱いをしていただきたい。
 2つ目。普通交付税に算定される合併補正を現行の5年から、合併算定がえと同じ10年に拡充していただきたい。
 3つ目。財政基盤のひ弱な地域の実情に見合う地方交付税総額の安定的な確保をお願いしたい。
 4つ目。地方切捨てにつながらないよう、都市と地方の財政格差を是正する地方交付税制度の確立をお願いしたい。
 5つ目。限界集落対策への積極的な財政支援と取組みをお願いしたい。
 6つ目。中山間地域を中心とする過疎地域の活性化や振興対策、定住促進を図るための過疎地域自立促進特別措置法が平成21年度末に期限切れとなります。過疎地域に対する支援はこれまで以上に不可欠であることから、新たな過疎地域振興対策の創出をお願いしたい。
 7つ目。東九州自動車道及び地域高規格道路中津日田道路等、幹線道路及び身近な生活道路整備のための道路特定財源の堅持と地方の重点的な配分をお願いしたい。
 以上、この場をお借りして新市からの要望もお願い申し上げましたが、半世紀ぶりの自治体の再編の中で、住民には苦渋の決断をしていただきました。この合併に当たっては、国が地方のために施策を行ってくれることを前提に、町民に説明をして納得していただきました。最後の町長は二枚舌を使ったという町長と言われないことを願っております。10年先、20年先に誇れる決断をしたんだと言われるように、国の方もよろしくお願い申し上げます。
 以上でございます。

○林小委員長 どうもありがとうございます。
 それでは、コ田様よろしくお願いいたします。

○コ田峰山地区コミュニティ協議会会長 私は、鹿児島県薩摩川内市高江町の峰山地区コミュニティー協議会の会長のコ田でございます。本日は貴重な、この専門小委員会の合併関係ヒアリングということでお招きをいただきまして、私どもの活動の紹介ができますことを心から感謝申し上げます。
 本日は、地区コミュニティー協議会について、コミュニティーにおける取組状況について、それから、合併のコミュニティーへの影響についての3点について、限られた時間の中でございますけれども、紹介させていただきます。是非、委員の先生方の御指導も賜りますようにお願い申し上げます。
 それでは、資料5でございますけれども、カラーの12ページ物がございますので、これに基づいて、12分の間でございますけれども、簡単に説明をさせていただきます。
 まず、表紙でございますけれども、私どもの峰山地区は高江町全体ということでございまして、小学校区単位で地区名を取っております。したがって、小学校が峰山小学校ということでございまして、峰山地区という表現でございます。
 キャッチフレームは「田田太古の響くSLOWな都市づくり」でございまして、初めの「田」というのは300町歩の水田農地を表しておりまして、これの保全。
 次の「田」は、田んぼを取り巻く水環境の保全、あるいはメダカ等の水生生物の保存。それから、カラフトワシなど野鳥の保存という、水環境を大事にしていこうというのが次の「田」でございます。
 「太古」というのは、伝統文化、伝統芸能、史跡というものを大切にしながら将来に向かって生かしていこうというような、響き合う、ゆったりとしたまちづくりをしようというのが私どものキャッチフレーズでございます。
 表紙の写真を簡単に御説明申し上げますと、左側の上の方が300町歩の水田でございます。それから、雲が出ておりますのが、後ほど御説明申し上げますけれども、私どもの共生・協働の手づくりの自然観光公園柳山アグリランドの山頂が見えております。
 右の方が、花卉園芸の、九州でも有数のシクラメンの農家でございます。
 中ほどの左側が、私どもが手づくりで昨年7月から整備いたしました柳山アグリランド。昨年は、人一人行かないこの山に、9〜11月で3万人のお客さんが来られました。今年も9月以降、5万人近くの方々に御来園いただいております。
 右側の方が、薩摩藩を最後に出た、肥後の石工の岩永三五郎さんがつくった、現地現存橋では県下でもこの1つだけの江之口眼鏡橋でございます。
 左下の方が、伝統文化の保存ということで、小学校6年生を含めた農耕劇を披露しているところでございます。
 右の方は、子どもたちの交流を含めて「鬼火焚き」と「たこ揚げ大会」をやっている写真でございます。
 それでは、1ページをごらんいただきたいと思いますが、位置としては、ここに書いてありますように、九州の南、西海岸側でございまして、1市4町4村の合併を平成16年10月にいたしました。ちょうど3年を迎えました。
 この合併の中で、西海岸の方にございます甑島という離島4村を含めた合併をしたというのが、非常に、この薩摩川内市当局の勇断であったろうと思っております。
 それから、協議会の概況と組織でございますが、平成16年10月に合併いたしまして、1市4町4村、10万3,000人の町ができました。
 この中で、原則的には、この市内に小学校単位で48地区にコミュニティー協議会をつくったということです。そして、市内の隅々まで諸団体・組織を網羅いたしました、このコミュニティー協議会が地域力でまちづくりをやっていこうというのが、この最大の合併の効果であったろうと思っております。そして、48地区のコミュニティー協議会がそれぞれ地区の振興計画をつくりまして、第1次薩摩川内市総合計画に組入れをしたということでございます。
 (1)の私どもの町でございますけれども、人口が1,600人、世帯数が730世帯、高齢化率33.6%の水田農業主体の町でございます。
 2ページで、この地区コミュニティー協議会の会議体でございますけれども、運営体としては7つの部会に分けております。
 峰山地区地域振興計画推進のために、5つの専門部会を設けております。
 それから、柳山アグリランド作業準備委員会ということで、コミュニティー協議会の役員及び専門職を網羅して、この自然観光公園の設立をいたしました。
 2番の振興計画でございますけれども、地区をわかりやすく(1)〜(10)の10ゾーンに分けまして、水稲農業振興から、一番下の健やか福祉ゾーンまで、この振興計画に基づきまして、現在、活動を進めております。
 3ページで、まず「(1)河川・野鳥専門部会関係」でございますけれども、八間川「水辺の楽校プロジェクト」。これは国土交通省さんの薩摩川内市で唯一の選定でございますけれども、そこを活用した子どもたちの野外学習、保育園の野外保育、あるいは大人たちの、今月実施いたしましたけれども、星空コンサートなど、こういうことで活用いたしております。
 2)の木造和船「薩摩型船」。全国的に船大工が少なくなった中で、地元の若者が第1船に続いて第2船を、今年、竣工・進水をさせました。これも全国的な受注を受けて事業化を図りたいと考えております。
 次に、4ページで「(2)農業振興専門部会関係」でございますけれども、平成16年からそばいっぱい栽培事業を3年間いたしました。ところが、台風の常襲地帯ということで、そばを植えてもすぐやられてしまいました。それで、初年度植えまして、2回も収穫した実が種より少なかったということでございました。
 したがって、昨年から切花栽培を実施いたしまして、画面の一番下の左側にございますけれども、ギガンチュームというネギボウズの大きいもの、直径が十数センチございますけれども、これであれば、相当、県下でも数が少なくて、何とか商品化できるのではないかということで、これは薩摩川内市のコミュニティー活性化事業ということで、20万円の補助でございますけれども、ボランティア活動でもって、今年も栽培を始めております。来年の5月には商品化できるだろうと思っております。
 右の方は、同じく活性化事業を使いまして「星空コンサート」を手づくりでやったのが今月でございます。
 5ページの中ほどに「2)南九州西回り自動車道の建設促進」というのがございますけれども、市内に3つのインターができます。ここを拠点にして定住促進を今後図っていきたい。そういう面では、魅力あるまちづくりということで、皆さんが、農業もできる、食糧も自給できる、そして、自然観光公園を含めて、そういう自然のゆったりとした、魅力あるまちづくりができるような形を取って、定住促進と交流人口増を図りたいと思っております。
 6ページで、これが私どもの地区の最大の共生・協働の事業でございます。これは全国にも誇れるのではないかと思うぐらいの私どものボランティア作業でございます。
 これは、手づくり自然観光公園柳山アグリランドということで、コスモスを始めとする四季折々の花、それから、今年はサツマイモの栽培。これを商品化して、今年はおよそ3,600本の焼酎をつくってコミュニティー協議会の収益を上げていこうということで、今、取り組んでおります。1年間で延べ3,500名のボランティア、それから、今年は既に5万人の方が御見学にまいっておられます。
 7ページで、薩摩川内市が補助金改革ということで年間7,000万円を削減いたしました。そして、その中からおよそ半分の3,000万円を原資にして、地区の提案公募型の補助金ということで事業を進めました。これを今年度、薩摩川内市の提案公募型の補助金をもって、柳山アグリランド事業を進めております。
 それから、中学生を含めたこれへの取組みを、子どもたちも含めてやっております。
 ずっと飛ばしまして、10ページで指定管理者制度ということで、市の施設、コミュニティーセンターと運動広場を受けております。これも経費実績は9割を持って、人件費を若干持っていただきますけれども、ただ、10万円の利益が上がっても、住民税と所得税に12万円持っていかれるという非常に不合理なものがございまして、この件については国の方でも、このコミュニティー協議会における税制問題について格段の御配慮をいただきたいと思っております。
 11ページが「3)薩摩川内市のコミュニティマイスター事業の実施」。これは市から材料などの支給をいただきまして、人件費はボランティアでやるという作業でございまして、平成17〜18年で合計7件やっております。例えば右側の真ん中からございますけれども、100メートル・幅4メートルの道路は14、15名で3日間かかって手づくりでやりました。これが何十年経ってもできないような農道を、こういう形でボランティアでやっております。
 12ページの最後は「4 今後の課題について」でございますけれども、私どもがコミュニティー協議会をする場合に、最終的には国、県、市の御支援もいただきたいし、私ども自体もいろいろな運営、活動をする場合に、収益事業を上げていかなくてはいけないだろうと思っております。
 「5 市町村合併による影響について」でございますけれども、薩摩川内市が48地区のコミュニティー協議会をつくりまして、それを1つの軸にしながら、市当局、市議会、コミュニティー協議会が三位一体でまちづくりをすれば、すばらしい地域力が出てくるのではないかと考えております。
 現在、48地区ともに、それぞれ地区振興計画を競い合いながら一生懸命やっておる。これが非常に薩摩川内市の大きな合併の目玉であろうと考えております。
 以上簡単でございますけれども、峰山地区のコミュニティー協議会の紹介と課題についてのお話とさせていただきます。どうもありがとうございました。

○林小委員長 どうもありがとうございました。
 随分時間に御協力いただきまして、ありがとうございます。恐らくまだお話が足りないと思いますので、それは地制調の委員との質疑の中で、また補足をしていただければという具合に思っております。
 合併に関しまして、合併を実現したところ、合併をしないで単独で行政運営を行うところ、合併の意思を問う住民投票が反対多数であったために合併しなかったところ、合併によって他の市町村に編入されたところ、合併市町村における自治会長等、コミュニティー組織の代表ということでお話をいただきました。
 それでは、時間が限られておりますけれども、地制調の委員より御説明をいただいた皆様に対して、質疑応答をお願いしたいと思います。質問等ございます方は、挙手をお願いいたします。いかがでしょうか。どなたでも遠慮なくお願いいたします。斎藤委員、どうぞ。

○斎藤委員 御説明どうもありがとうございました。
 東京におりますと、東京ではどうも自分のことしか考えていないな、と率直に反省するところがあります。
 宮古市長の熊坂さんにお伺いしたいのですが、資料でいいますと6ページの2つ目の■で、地域自治区を設置しておられるということです。地域自治区はどういう単位で設定されているのか。旧町村で3つなのか、それとももっと区割りをしておられるのかということです。
 レジュメでの位置づけでは、人件費の削減効果のところに地域自治区を載せられているのですが、地域自治区がどういう規模で設けられているのかにもよるのでしょうが、地域協議会の委員の方はどういう方がなっていて、会長さんはどういう方がなっておられるのか。地域自治区は合併後の行政運営にどのようなメリットがあるのか、ないのかということです。
 あと、財政的にはここで報酬を抑制しているとお書きになっているんですが、一般型の地域自治区については、たしか国会の附帯決議に報酬を支給しない。言わば、住民がボランティア的に参加するものであるという趣旨が強調されていたと記憶しておりますが、その点で報酬を出しておられるというのは、どういう観点なのかということで、少し地域自治区について補足していただければありがたいと思います。

○熊坂岩手県宮古市長 地域協議会は、各市町村の旧市町村ごとに3つつくりました。
 また、会長につきましては、旧宮古市は純粋に民間の方ですけれども、旧町村につきましては、旧町村長さんが就任されました。それは委員の中からの互選で会長さんに就任されたということでございますが、こういうことをあえて書きましたのは、岩手においてもそうなんですけれども、旧町村長さんが参事という名称が一番多いんでしょうか、あるいは助役とは違うんですけれども、そういう形でそれなりの給与をいただいて、しかも、2年あるいは4年のところもあるように聞いています。私どもは、会長に旧町村長さんがなってもらうために委員に選んだわけではなくて、一番知っているということで選んだんです。旧市は余り問題ないと思うんですけれども、どうしても合併したところ、小さな町村は、いろんな意味でそういう不安を抱えますので、そこを地域協議会の方に調整というか、保障していただくということでつくりました。
 先ほど運動会の話をさせていただいたんですけれども、地域協議会で予算といいますか、自由に使っていいお金を10年間で各1億円ずつ配分いたしました。宮古市が圧倒的に人口が多いんですけれども、宮古市も1億円、旧田老町、旧新里村も1億円、1億円ということで、その配分あるいはどういったものに使うかということを地域協議会の委員の皆さんに決定していただく。それを基に、私は予算化する仕組みをつくらさせていただきました。これは地域の自治、今までやっていたイベントといったものが崩壊しないために、非常に有効な手段だったと今になって思っております。
 報酬につきましては、法的なことはわかりませんでしたけれども、おおむね年6回程度で、1回多分6,000円か7,000円ぐらいだと思います。合併協議会の中で報酬を支払うということで決めましたが、勿論ボランティアという形がベストだと思いますので、次のところでは考慮したいなと思っております。

○斎藤委員 どうもありがとうございました。

○林小委員長 それに関して1つ、規模に関係なく1億円ずつ配分されることに対して、規模の大きいところから、それは不公平ではないかという意見は出なかったでしょうか。

○熊坂岩手県宮古市長 私は旧宮古市の市長でしたので、そういうことも思いましたけれども、合併したところは、特に中心部の市は町村に対して十分に配慮しなければいけない。これでもかといっても、いろんな不満不平が出ますので、ここは太っ腹でやっていくのが中心の自治体の責務だと思って、こういう形にすんなりと決まりました。

○林小委員長 ありがとうございます。
 ほかにございませんか。眞柄委員、どうぞ。

○眞柄委員 秋田県藤里町の石岡町長様に少しお伺いしたいと思いますけれども、先ほどのお話を伺っていまして、大変自然が美しくて、貴重な文化なども大切にされているということで、本当にすばらしいお話をどうもありがとうございました。
 藤里町の場合、合併をしないという決定をされて、単独で行政改革のためのプロジェクトチームをつくられたということです。そして、町が非常にすばらしいという認識を持たれて、公共施設の完成度の高さなどを指摘されているわけです。
 一番新しい試みとしては、今年3月に計画が終わって実行にされつつあるというエコ・ツーリズム、グリーン・ツーリズムは、私にとって大変魅力的に聞こえたんですけれども、その反面、人口減少が続いていて、かつ財政が少し心配だというお話なんですけれども、すばらしい面とやや心配な面と両方お持ちだということで、私が聞かさせていただきたいのは、例えばエコ・ツーリズム、グリーン・ツーリズムなどの試みは、若い世代にとって、どのように魅力的なものなんでしょうか。そして、人口減少や財政などを解決できるようなものとして、お考えなんでしょうか。教えていただければと思います。

○石岡秋田県藤里町長 若い人たちにとって魅力かどうかという点。これについては、具体的に若い人たちがどんどん魅力を感じているとは言い切れない面もあると思います。ただし、プロジェクトの中には、各層から参加していますので、私は若い人たちもそれなりに賛同してくれていると思っております。
 それから、人口が減少していく点との関連でございますが、やはり減っていくということは、当然消費が伸びない、減退していくことにつながってまいりますので、そうした意味では、交流人口を増やして消費の拡大を図っていこうというのが、今、私どもが考えている構想であります。
 例えば藤里の食、郷土料理の提供という、いわゆる食祭り等も今は実施しておりますし、また今、道の駅があちこちにありますが、森の駅というものも今回スタートさせております。
 それから、1つの小学校が来年3月で統合になります。その廃校を活用したことも考えております。どういうふうなことを考えているかというと、体験型の拠点にしていこうと考えております。
 そうしたことで、自分たちがやれることは、計画に沿って進めていく段階であります。

○眞柄委員 どうもありがとうございました。

○林小委員長 金子委員、どうぞ。

○金子委員 3名の方にお聞きしたいと思います。
 秋田県藤里町の石岡町長、長野県富士見町の矢嶋町長にお聞きしたいのは、合併をしないという決断の中には、やはりそれほどまでに財政的に追い詰められていない状況があったのかなという感じがするんですけれども、その辺りはどうか。
 多分、藤里町は町有財産で町有林を3,000ヘクタール持っておられて、それを販売されて、かなりの収益がある。やはり財政基盤は強固であるから単独でいこうと思われた。それが一番の合併しなかった要因かなと思わないでもない。
 あと、富士見町については、セイコーさんが工場を持っておられて、そこからかなり税収もある。ICT市場が拡大を続ける中で、当分大丈夫だろうという面があったので合併しない。多分、富士見町の方は町民自身が安定だからいいのではないかという雰囲気があったのかなと思わないでもないんですけれども、その辺りをお聞かせ願いたいと思います。
 池田元町長にお聞きしたいのは、先ほど道路対策ということで道路を整備していただきたいというお話だったんですけれども、実は私は山形におりまして、山形市から仙台市に高速道路が走っているんです。地元では高速道路を通してくれと前に言っていました。そうすると、山形の産業も振興するからということで、高速道路を通してくれということでつくった途端、何かというと、買い物需要とか産業発展につながるようなものは、どちらかというと、すべて仙台市に吸い取られている。買い物客もみんなあちらに行くし、就業も山形に住んで仙台に勤めるという状況がすごく見られていて、地元では何のための高速道路だったのか。何だこれはというような声もあがっておるんです。その辺りをどうお考えになるのか。
 旧山国町も道路が通ったら通ったで、隣の日田市に交流人口などを全部吸い取られて、本当にどちらがいいのかよくわからないんですけれども、その辺りはどう考えておられるのかということを、御参考までにお聞かせ願いたいと思います。

○石岡秋田県藤里町長 それでは、まず私の方からお答えします。
 森林は確かにありますし、前に処分しておりますが、年間6,000万円から8,000万円の収入ですから、そんなに大きな財源力にはなっていない。
 ただ、合併しないという結論を出したときに、合併したら財政が豊かになるのかと聞かれると、私には説明できなかったということです。合併したら豊かになるのか、合併したら人口は増えるのか、合併したら少子高齢化は解消できるのか。私には答えられませんでした。それが最大の理由です。つまり、住民説明会をやっても、住民に納得させるだけの、合併すればいいんだ、これが解消されるんだという説明ができなかったということです。

○矢嶋長野県富士見町長 終わりですか。

○石岡秋田県藤里町長 はい。

○矢嶋長野県富士見町長 それでは、順番で私からお答えします。
 おっしゃるとおり、セイコーの税収は非常に大きいです。このことを町民が知っていたかとなると、やはり知らなかったと思います。
 合併をしなかった一番の理由は何かと申しますと、先ほど言いました3セクの50億円の借金が返せるかどうかという話がありました。この方が合併に向いていて、一緒になった方がいいという向こうからのアプローチ、市からもそれはみんなで一緒に消しましょうという話がありました。それはそういうことです。
 もう一つは、長野県人かたぎということを御承知でしょうか。千万人と雖も我往かんといって、俺だけは勝手だ。その上に自ら省みて猶くんばとあるんだけれども、それはきれいに忘れるものですから、自分の思ったとおりにやりたいという気質が根にありました。それがそのときに出てきたとは言いませんけれども、根にできることなら、人と手を組みたくないという思いがあります。長野県人というのは余りうまくないんです。いわゆる社交的でない。これを言うと、私は家に帰って怒られるかもしれない。
 1つ反対の運動の中核になった人は、割合によそからお出でになった方が中核になりました。なぜかというと、富士見という名前がよくてここに来たのに、その名前を消すとは何事だということだったんです。それは私どものような先から住んでいる者から見ると、落合、本郷、境、富士見の4か村が合併した。そのときに、落合、境、本郷の名前を捨てているわけです。それで富士見になっている。
 今更、富士見ではないだろうという気持ちが多かったんですけれども、やはりよそからお出でになった人たちの方が弁が立ちますし、車を動かして村の中を飛び回ると、その方が強いんです。こんなことを言って怒られないですかね。宣伝は非常に上手だったんです。
 だから、先ほど言いましたように、町会議員の12人が賛成で、反対が4人だけれども、議会であのままどうしましょうかといったら、合併になっていたでしょう。でも、1つの町の名前がなくなるかどうかということで、議会だけでなくて住民全部に聞いてみましょうといったら、ひっくり返された。こういうことでございます。
 金の問題は、セイコーがあるから大丈夫だという判断はなかったと考えています。
 もう一つは、先ほど申し上げましたように、長野県の特殊な事情がありました。

○池田大分県旧山国町長 それでは、道路の件についてお答えします。
 ストロー減少を心配されているんだと思いますが、現在、大きな買い物をするときは、私たちの地域は日田市が近いものですから、日田市に高速のインターがございます。それを使って、博多の方に行きますので、もう慣れております。
 それから、中津日田高規格道路に関しましては、現在の道路と私たちの地域は併用道路として広げてくれ。余り山の中に追い込まないでくれ。国もお金がないだろうから、なるべく併用にしてくださいというお願いを申し上げております。
 東九州自動車道に関しましては、北部九州で年間に自動車の生産が150万体制になろうとしています。その中で、中津市もダイハツが2年前から進出してきまして、年間12万体制だったものが、20万体制で操業しております。輸送に対して大変便利が悪いもので、やはり私たちの田舎からも中津まで40キロありますが、雇用を大分していただいておりますので、雇用の問題等を考えると、どうしても中津日田高規格道路、東九州自動車道の通過をお願いしたいと思っております。そういうことでございます。ストロー現象は多分にありますけれども、我慢していきますので、よろしくお願いしたいと思います。

○林小委員長 ありがとうございます。
 それでは、小田切委員、どうぞ。

○小田切委員 皆さんどうもありがとうございました。
 私も池田元町長にお尋ねしたいんですが、御発表の中で合併によって自助自立の精神が高まったという御報告がありまして、私も合併周辺部をよく歩くんですが、なかなかそういうふうになっていないのが実態であります。そういう意味で、自助自立の精神が合併によって高まった秘訣といいましょうか、例えばコミュニティー組織をつくっているのかどうかとか、そういう点を教えていただきたいと思います。
 それと同時に、先ほど御発表の中では、一方では競争心がなくなったという別の表現もされておりますので、それとの関係なども含めて御説明いただければと思います。

○池田大分県旧山国町長 自助自立の精神が高まったというのは、私たちの町は本当は人口3,000人ちょっと小さな町でございましたので、はっきり言って、至れり尽くせりの、何かをすると言えば、行政に補助金がないかと言ってきたような土地柄でございます。
 しかし、人口が6万人の中津市と一緒になるということでございまして、都市としての機能を中津は持っていて、いろいろな団体に対して、そこまで手を出していなかったんです。補助金がないということで切っておりましたので、そこと一緒になったんだから、地域を活性化するなら自分も動こうではないかという動きが強まりました。例えば婦人会にしろ、いろんな小さな組織にしろ、観光を起こそうではないかというような動きも、補助金は要りませんということでやっております。
 各市町単位で、今、振興対策として年間300万円いただいております。それはその市町長の権限で、何の団体に使っていいですということでやっていますので、補助金をあてにしないで頑張っているようなところに、それを使って更に大きくしなさいという支援策をやっておりますので、大変ありがたいと思っております。だから、そういう自立自助です。
 老人クラブもそうです。昔は弁当が出たけれども、今は弁当を出してくれない。町と一緒になったら、自分たちで小銭を持って中津市の大会へ行かなければいけない。自分たちで運転していかないと、マイクロバスも使えない。ゲートボール大会にも、何人か助け合って乗り合いで行こうではないか。そういう活力というものが、案外出てきたような感はしております。
 それと競争心がなくなった。これは合併の均一化とか均衡を図ることも1つの手段であったかと思いますが、市町同士の競争心がなくなりました。前は市と町の闘いで、いろんなスポーツにしても、隣のあそこのクラブは強いからやっつけてやろう。こちらも少し応援するから、補助金を出してあげるから頑張れというようなことで、スポーツ活動に対しても競争心がありました。
 向こうはおいしい米をたくさんつくっているけれども、負けないような米をつくれというような、米づくりの面でもそういうような施策があったんです。これをやってあげたいんですが、同じ市になると、均一化ということで、そこら辺が少し落ちた。いい方に均一化になってくれればありがたいと思っております。
 以上でございます。

○小田切委員 ありがとうございました。

○林小委員長 それでは、小幡委員、どうぞ。

○小幡委員 いろいろな立場からのお話を伺えて、大変興味深かったです。私から藤里町の石岡町長さまと、峰山地区のコ田会長にお伺いしたいと思います。
 まず藤里町の石岡町長にお伺いします。先ほども御説明があったのですが、合併について説明会などをやっても、なかなかというお話がございましたが、合併反対の声が住民に多かったという御説明でしたが、それは住民投票等をなされたということではないようでございますが、どういう形で住民の声を聞かれたのかということを参考までにお伺いしたいと思います。説明会でということであればその状況を伺えればと思います。
 先ほど町民を納得させる説明ができなかったというお話があったのですが、世界遺産である白神山地があるということが、町民の方の意識として、自分たちがここで単独で守っていくというような意識があったのではないかと多少推測したのですが、その辺りのことをお伺いしたいと思いました。
 続けて、峰山地区のコミュニティー協議会のことで伺いたいのですが、薩摩川内の合併自身は1市4町4村の合併でございますね。それで、地区コミュニティー協議会は48あるのですね。

○コ田峰山地区コミュニティ協議会会長 はい。

○小幡委員 ということは、合併前の町村という単位ではなくて、もう少し細分化した形で改めてこれができたという感じになろうかと思いますが、峰山地区というのは、そもそも川内市の中におありだったわけで、概況によりますと、昭和31年に高江村から川内市へ合併されたということでのようですね。
 そこで雰囲気をお伺いしたいのは、昭和31年にあった高江という地域です。それが川内市になって、かなり長いわけでございますけれども、独立性といいますか、昭和31年のことですから多分かなり移り変わっていると思うのですが、今なおまとまりのある単位として存在していたのか。これは、よい意味でも、悪い意味でも、両方あり得ると思うのですが、そこら辺りの雰囲気をお伺いできればと思います。

○林小委員長 よろしくお願いいたします。

○石岡秋田県藤里町長 まず、私からお答えします。
 説明会のお話ですが、何回もやっています。何回やったというのはなかなかいいにくいあれですけれども、ただ、説明会に当たって、誘導するようなことは一切避けよう。町長の考えはどうなんですかと言われますけれども、私は言いません。皆さんで考えてください。そのかわり、合併した際のメリットもデメリットも、ちゃんと私たちが勉強したとおりに出しましたし、単独の場合も私が勉強したとおりに出しましたし、それで選択をしてください。アンケート調査を実施した。アンケート調査を実施した結果、反対という答えが出た。
 もうちょっと中身をお話ししますと、実は30代に合併した方がいいという意見が多かったんです。ところが、20代、10代の後半は合併しない方がいい。若い人たちは、案外そういう意見に分かれました。先ほどと関連があるかと思います。若い人たちの考え方については、意外と合併に対しては、反対ということでした。
 その背景は何だろうか。確かに白神もあると思います。
 もう一つは、森林の財産の有効活用がスタートした時点でありましたので、そうしたことも白神山地と一緒に、同じくらいの影響はあったのかなと思っています。

○コ田峰山地区コミュニティ協議会会長 では、峰山地区の方からお答えをいたします。
 薩摩川内市は、1市4町4村の合併でございまして、その中に小学校が48近くございまして、その地区単位で全ての住民を網羅した形でいろいろ意見を言う、計画をつくる行動をしようということで、48区のコミュニティー協議会をつくったわけです。
 ですから、一声かければ10万3,000人の住民にいろいろな伝達、報道もできるというシステムでございまして、区長制度とか審議会制度はとっていないわけです。今、3年目になりますけれども、これが非常に大きなまちづくりになっておるわけです。
 私どもの地区は旧薩摩郡高江村で、今でいきますと3つの地区に分かれておりますけれども、やはり合併後の動きとしては、これは私どもの地区だけではなくて、やはり停滞していました。いわゆる公的物に依存するという雰囲気が非常に強かったわけです。
 これは48区コミュニティー協議会をつくりましてから、私どもの地区も1つの大きなまとまりとして、振興計画をつくり、そして自分たちの手でまちづくりをやっていこう。行政にはほとんど頼らずやっていこうという共同意識というものが、子どもたちを含めて、今、出てきておるということです。そういう面では、名実ともに薩摩川内市の場合は、すばらしいコミュニティー協議会組織ができておるなと思います。
 ですから、こういう合併の場合のやり方としては、私どもの立場から言えば、区長制度とか審議会方式ではなくて、コミュニティー協議会方式というのは、非常に実行が上がるのかなと思っております。
 以上です。

○林小委員長 ありがとうございます。
 では、最後にお願いいたします。

○名和田委員 今のコ田会長のお答えに関連してなんですけれども、峰山地区は3年前までは3地区あったということですか。

○コ田峰山地区コミュニティ協議会会長 昭和31年当時です。

○名和田委員 昭和31年当時に3つの地区があった。こうやって合併を機会に中心になった大きな都市もコミュニティー地区に分けるというのは、割と普通のことだと思うんです。その前提として、昭和の大合併のときに消えた町村が基になっている区とか連合自治会がある。これも割とどの自治体でもそうだと思うんです。
 峰山地区は、3年前にコミュニティー協議会ができる前はどうだったのかということを聞きたかったんです。それは3地区に分かれていたということですか。
 それから、ついでにもう一個だけ簡単に教えていただきたいことを御質問させていただきたいんですけれども、鹿児島県の共生・協働の研究会では、私も委員でお世話になっておりまして、今日またお話を伺って大変勉強になりました。
 やはり、鹿児島県のコミュニティー組織の特徴は、収益を上げていくというコミュニティービジネスの観点が非常に強いというのが特徴だなと感じているところなんですけれども、しかし、他方でやはりそれだけではなかなか賄えないという面も、例えば御報告の紙の一番最後のところにも「もっと公的支援が人的にも資金的にも必要である」と言われておられます。「ほとんど行政に頼らない」とおっしゃったわけですけれども、この辺がどこまでできるとお考えになっていますか。ちょっと抽象的な質問で申し訳ないんですけれども、お答えいただければと思います。

○コ田峰山地区コミュニティ協議会会長 2点ございましたけれども、昭和31年に合併いたしまして、旧川内市に高江、久見崎、寄田という3つの地区がございまして、それが今も独立した地区になっておるわけでございますけれども、3年前までは自治会長さんの連合組織があるだけで、言うならば、行政の委託、嘱託員のような形で、例えば配布をするとか、あるいは自分の自治の何か共同作業をするとか、そういう単発的な組織であったわけです。
 3年前の合併以降、コミュニティー協議会ができましてからは、例えば学校長、PTA会長、農業委員、土地改良、消防団含め、全ての例えば私どもの地区でいけば51の組織をば網羅した会議体ができまして、そして一緒の気持ちで計画をつくる、共同作業をするという体制をとっておるということです。ですから、昭和31年の合併後については、そういう単純な組織だけしかなかったということです。
 柳山グリーンランド自然観光公園でございますけれども、昨年始めました。そのときに、鹿児島県の共生・協働の地域社会づくりの助成金100万円をいただいたわけです。
 実際は、事業費を別途100万、これも寄附金等で賄ったんですけれども、実際の事業としては、1億円程度のボランティア作業が、重機利用、人の投入も含めて、今も続いております。もうちょうど1年3か月ですけれども、毎日みんな山の方に集まって、自主的にやっていただいておるわけです。
 やはり将来的に、今年度は薩摩川内市の提案公募型の500万でございますけれども、それだけではとても足らないわけです。そうすると、補助金も一切なくなったとすれば、何らか収益を上げて、それをそういうまちづくりに生かしていかなくてはいけないというのが大きな悩みでございます。
 もう一つは、公的支援が欲しいというのは、自然観光公園ができました。これは合併推進課長さんにも山頂まで登っていただいたんですけれども、今まで未開の地ですから、道路が本当に狭いんです。離合ができない。
 そういう面については、薩摩川内市あるいは鹿児島県の大きな集客を呼ぶ自然観光公園を私どもはつくったわけですから、そういうアクセス道路のせめて離合ができるような道路整備が欲しい。
 もう一つは、48地区コミュニティー協議会がございますけれども、なかなか事務的能力とかそういう面で人的支援が欲しいんです。例えば提案公募型の書類をつくるにしても、コミュニティー協議会でも事務能力のある方ない方おられるわけです。そういう面が、例えば市の職員さんが1週間でも張り付くとか、そういう面を加勢してもらって、本当に共生・協働のコミュニティー協議会が名実ともに活動ができる体制をとっていきたいなと思います。
 ですから、私どもコミュニティー協議会そのものも、お互いに研鑽をしながら、あるいは援助しながらやっていかなくてはいけないなということでございます。

○林小委員長 どうぞ。

○石岡秋田県藤里町長 言い足りないことがありまして、1市7町の枠組みが示されまして、現在、1市3町になっております。1市3町になっております中に私どもも入っているわけですが、単独を支えてくれているものは、実は公益事業がございまして、ごみ処理、消防業務、介護の認定審査、信用です。こうしたものを公益でやっておりまして、非常に助かっております。
 以上です。

○林小委員長 もうしばらく時間よろしいですか。
 そうしたら、せっかくですので、まだ御質問なさっておられない方、政所委員、片山委員、江藤委員、もうしばらくお使いいただければと思います。

○政所委員 御説明ありがとうございました。宮古市長に3点御質問をさせていただきたいと思います。
 市政組織改革に関することが2点、広域化ということについては、先ほどデメリットがないと力強い御意見があったので、そこをお伺いしたい点、以上3点あります。
 市政組織改革のことですが、現場レベルでプロジェクトによっては、例えば旧市町村出身からの編成をどのように工夫されているのか。人数からして、宮古の方が多くなってしまうのか。その辺の配慮は如何ですか、どういう体制づくりをとられているのか、現場レベルの話で伺いたいです。
 2点目としては、入札等々の話がありましたけれども、これは落札業者としては宮古市在中の業者さんとなるのか。
 次の、2番目の質問は、産業面だけでなく伺いたい、学校が8校ほど統合されているようですけれども、こういった通学形態は、結果的に下宿が発生して、御父兄の負担が増えているのか、その辺のことをお聞したいと思います。
 広域化について、先ほどデメリットがないということなのですが、これに関してです。税収が期待できる経済活動は、宮古市以外の周辺市町村に対してこれからの期待はどのように考えられているのかどうか。その辺のことを伺いたいです。
 以上、3点です。

○熊坂岩手県宮古市長 まず、行政の体制でございますけれども、合併いたしまして、人事はごちゃごちゃにといいますか、分け隔てなく行いました。旧町村の職員も数多く本庁に来ていますし、それは意識的にやりました。
 また、副市長は合併した旧新里村の総務課長でしたし、企画総務部長は隣の山田町の出身です。また、企画課長は旧田老町の総務課長。私も地元出身でないということもありまして、要するに全く人事に境目をつけずにやりました。そういうことで職員にとっても、旧宮古市の職員だからどうこうということは皆無だと思います。
 もともと中心が旧宮古市ですので、職員は地元の宮古高校の出身が一番多いんですけれども、一体感はそういうこともあるかと思います。意識して垣根を取り除くようにいたしました。
 入札に関しましては、入札改革は浅野知事の宮城県か宮古市かと言われるぐらいかなり厳しくやってきたんですけれども、入札が余り厳しいと、旧町村からすると、ここは非常に微妙なところです。新市になりましてから、自治法で認められています130万円以上は一般競争入札ということでやっております。
 入札参加の範囲も、工事によりましては、かなり広げる場合もありますし、新宮古市だけということはほとんどないような形で進めております。ですから、落札率が60%台になるときもあります。
 学校統合でございますが、旧宮古市で私の時に5校、旧新里村で前村長の時に3校行われたんですけれども、面積が非常に広いので、現在は小学校は残すという方針で進めております。小学校を無くしますと地域のコミュニティーが崩壊してしまいますので、新市になりましてからも、児童数が十数人の小さなところの小学校も新築をいたしました。
 新里地区には4つの小学校があるんですけれども、文科省の補助を入れまして、四つ葉の学校ということで、バスあるいはタクシーで、子どもたちが1週間に一回それぞれの学校に集まりまして、共同でやった方が効果が上がる例えば音楽とか体育とか、あるいは国語などの授業を行う実験をしております。私とすれば、今後もできる限り小学校は無くしたくないと思い、いろいろな取り組みを行っております。
 中学校は、受験とかさまざまなクラブ活動とかがありますので、統合してもいいのかなと思っております。
 合併にデメリットはないと断言しましたけれども、それを克服していくわけでして、勿論合併をしなくても生きていけるのであれば、どうぞ生きていってくださいというふうに言いたくなりますね。私のところの3市町村は、生活圏は一体ですし、やはり運命共同体ですから、そういう意味では、合併を選択して持続可能にしていくということで合併したわけです。合併することで更によくなるとかではなくて、悪くなるのを防ぐという意味合いが非常に強いと思っております。
 税収に関しましては、2つの旧町村は財政力指数は0.1台でしたから、そこはもう、太っ腹で一緒にやるということですね。そうしないと、地域が崩壊してしまいます。
 長い目で見れば、合併してもしなくても、永久にそのまちは隣なんです。ということは、ずっとそのままおつき合いをしていくということになる。ならば、やはり合併という選択をすることになるのが自然だと思います。合併市町村の首長さんはみんなそうだと思うんですけれども、私も会合の大半は圧倒的に旧町村に行っている方が多いです。それでもなんだかんだと言われるのが合併だと思います。

○政所委員 ありがとうございました。

○林小委員長 副会長、どうぞ。

○片山副会長 宮古市長さんにちょっと実感を伺いたいんですが、そもそも合併というのは何のために国を挙げてやったんだろうかということなんですけれども、国のためにやったわけでもないし、行革が目的でやったわけでもないと思うんです。
 やはり、それは住民のためにより質のいい行政をより低コストでということだと思うんです。より質がいいという中には、自分たちの地域のことは自分たちで決められるようにする。要するに分権を進めるためということだったんです。
 分権を進めるためには、しようと思っても規模が小さいから、受け皿としてどうも具合が悪いという話になって、それならば合併という流れがあったと思うんです。
 そこで、合併されて、実感として分権というのは何かありましたでしょうか。これは率直なところを伺いたいと思うんです。
 それから、藤里町長さんに伺いたいんです。私、藤里町はもう28年前に何回も行っていたことがありまして、最近は変な事件とか裁判とかでちょっと心を痛めていたんですけれども、今日は自立のための元気のいいお話を聞いてちょっと安心したんですが、秋田県は合併を相当進めたでしょう。それに抵抗するのに、相当骨が折れたと思うんです。その後、何か嫌がらせとか、邪険にされるというのはありませんでしたでしょうか。
 もう一つは、先ほどの消防とかの仕事を能代山本行政管理組合でやられていると思うんですけれども、行政管理組合の中で何か合併をしたしなかったで冷たい雰囲気があるとか、そんなことはありませんでしたでしょうかということを聞きたいです。
 それから、池田さんに伺いたいんですけれども、こんなはずではなかったとか、合併したらばら色だと言われていたけれども、町民から見てこんなはずではなかったというのは全くあませんでしたか。
 ということと、先ほど、これから新しい過疎地域の振興対策が必要だということを言われていたんですけれども、具体的に例えばどんな過疎地域振興対策があればいいなというイメージがあれば、お聞きできればと思うんです。
 以上です。

○熊坂岩手県宮古市長 最初の質問は、私としても大変答えにくい質問なんですけれども、非常にいい質問だと思いました。
 これから基礎的自治体が中心になってやっていかなくてはいけないという気概は持っております。その中で、やはりある一定の規模でないとそれはできないと思っています。近接・補完性の原理の中で、それなりの規模の自治体でなければやっていけないと思っております。幾ら国の手厚い支援があったとしても、そうであろうと感じております。
 そういう中で、今までの歴史とかさまざまなことを考えて、私どもは生活圏域が一緒ですから、合併を選択したわけでございますが、その合併によって地方分権が進展したかというのは、また次元の違う話だと思います。合併は極めて国の施策誘導によるものですけれども、ここ何年間かは合併だけでほとんどのエネルギーを費やしました。
 合併した後、合併特例債とかさまざまな優遇措置をいただきましたけれども、地方分権に関しては、裁量権が広がったかというと、県という微妙な存在もありますので、なかなかそういう実感は持てないというのが正直なところです。
 岩手県は増田前知事が熱心に分権を進めました。宮古市はそれを積極的に受け入れておりますが、合併と地方分権の進展というものを考えた時、ここはなかなかイコールになっていかないというふうに思っております。

○石岡秋田県藤里町長 県は強力に合併を進められました。知事さんが私の方に直接参られまして、合併をしろというお話をされましたけれども、私は町民の意思がそうなっていないということで、断固反対をいたしました。
 16年3月に、ならばまちづくりの計画を出しなさい。単独立地のまちづくり計画というものを出しなさい。その内容を見て県がお墨付きをやるという記憶でありました。私どもはこういうものをつくりました。16年3月に出しました。
 ところが、私が6月にちょっと病気になりまして、4か月ぐらい入院しておったものですから、なかなか許可が下りなくて、私が退院した10月にようやく、では藤里はこの計画で頑張りなさいよと言ってくれまして、現在に至っているという状況であります。
 1市7町村、今、広域でやっているものは、先ほどお話ししたとおりありますけれども、皆さんが何となく私の方が単独、手を挙げたことによってほっとしているような状況でありまして、1市7町の枠組みが壊れたことによって、それで3町の合併、1町1村の合併、1市1町の合併が進みまして、それぞれ皆さん思い思いの合併が、小規模ながらやられた。そして、それから今、広域で、先ほどお話ししたようなことをやっていますので、もう毎月最低1回は集まっているという状況で、特に藤里が虐待されているようなことは一切ないです。むしろ広域はこれからどんどん、もし学校吸収でも何でもやれるものはやった方がいいのかなと思っています。
 以上です。

○池田大分県旧山国町長 こんなはずではなかったということがあるんではないかということでございますが、今、私は城を持たない元の城主でございまして、余り大きなことは言えませんが、合併をするさいに、合併特例債は必ずいただけるものと思っておりました。
 ですから、合併する数で計算して割ると、このぐらいは自分たちの町で合併特例債は事業に使えるなということで、生活基盤を10年なり頑張ってつくっていこうではないかということを町民に勧めてやったんですが、合併特例債そのものが厳しいものになったということを、ここに来る前に市役所の方の財政で聞きました。
 ですから、それはちょっと国の方も約束違反かなと思いましたので、それはこんなはずではなかった第1のことでございます。
 今後の振興対策ということを言われましたが、私の中でも古いと思いましたが、やはり大きな都会との交流、中途半端な交流ではなくて、私どもは町単位でかつてから博多にある博多商人塾という団体とつき合っておりました。
 そんな方々たちは、自分たちの町をふるさとのように思って、いろいろな観光的な支援をしてくれていますし、米や商品も買ってくれております。合併しても、山国町が一番いいんだ、ほかの町村と合併したけれども、山国町を支援するという体制でやってくれておりますので、そういうことに対して新しくなった新市が交流事業に経費がかかります。やる気ある職員もおります。
 ですから、やる気ある職員を伸ばしていただいて、支援していただければ、どんな交流でも末永くできると思います。その体制がこれからの自治体にあってもいいんではないかなと思います。他町他市との交流。大きなところとするための支援を国の方も考えていただければ、私どものような小さな地域が助かるなという思いがしますし、合併しても旧町という文化は多少ずつ自治体で違います。その特色を生かす方策がもう少し欲しいなと思います。それに対することは、やはり周辺部の対策支援事業としての年間300万のことでいいんですが、それぐらいでも自由に使えという支援がずっと欲しいなという思いがしております。
 以上でございます。

○林小委員長 それでは、江藤さん、最後に簡潔にお願いします。

○江藤委員 合併を一様に議論できないのかなと思いました。ありがとうございました。
 私は、合併をするにしても、合併をしなくても、自分たちの地方政府をどういうふうにつくるかという、すごくよい機会だったとは思っているんですが、宮古市長と富士見町長に1点ずつお聞きしたいと思います。
 宮古市長は、合併して、自治基本条例をつくられているんですね。これは合併して2年後になるわけですか。新聞を今、読ませていただきましたら、2002年からその議論があった。その後、合併の議論が出てきた。合併の議論と並行して、自治基本条例の議論も恐らくあったんだと思います。
 なぜこういうことをお聞きするかというと、やはり合併というのは、新しい政府をつくるんですから、そこの政府ではルールが必要なんですけれども、並行してどんな議論をされていたかどうか。どのようにされていたか教えていただきたいと思います。
 富士見町の合併議論では、かなりの反対が出ているということなんですけれども、恐らくそれも予想されて、それでも住民自治にとって大事だからということでやられたと思います。反対した方も歴史や文化については「疎」いということもあったかもしれませんけれども、反対だけではなくて、いろんな提案もされていると思うんです。その提案を今の町としてはどのように支援したり、その議論をどのように組み込んでいくかということについて教えていただければと思います。
 今のとは文脈が違うんですが、もう藤里町長は帰られてしまいましたね。先ほどちょっと言葉が気になったものですから。許可と「お墨付き」を県からもらったと。単独自立のまちづくり計画で、というお話だったと思います。対等・平等の町と県であるはずですが、「許可」という発想をお聞きしたかったのですから、どの計画だったかなと思いました。

○林小委員長 もう飛行機の時間がおありだそうですので、もしあれでしたら、事務局を通じて聞いていただくということにさせていただけますか。

○江藤委員 そうですね。お願いします。

○林小委員長 それでは、お答えいただけますか。

○熊坂岩手県宮古市長 自治基本条例ですけれども、平成14年に旧宮古市のときにつくりたいというお願いをいたしまして、住民の皆さんに委員会をつくっていただき進めてきました。ほとんど成案としてできていたんですけれども、合併するに当って、旧田老町、新里村から、憲法とも言うべき自治基本条例をそのまま認めるわけにはいかないという申し入れをされたことで、一旦止めまして、もう一度委員を改めて選びまして、そして新しい議会で可決いただきました。
 自治基本条例はここにも書いておりますとおり、制定までに5年数か月かかったんですけれども、30人の議員、議長も含めて満票で通りました。これはもう画期的なことだと思います。やはり時間がかかった分だけ各地域に出たりしながら、苦労してここまでつくりました。自治基本条例があるということは、例えばこれから合併とか、今、1つ進んでいるんですけれども、やろうとするときに、住民の皆さんがすぐに住民投票ができる常設型ですから、こういう仕組みを保障していくことも、合併した市町村には大切ではないかと思います。
 歴史ある我々のふるさと、地域が生き残っていくために、今回合併したわけですから、バラ色とかよくなること以前に、生き残っていくために、合併を住民の皆さんと選択したわけです。そのときに、自治基本条例や、この条例に基づく、共働条例、参画条例、住民投票条例の3つをつくっていますけれども、こういう条例があることは、新しい合併のとき、またこれから大きな問題が起きたときに、私は有効に働くのではないかと考えております。

○矢嶋長野県富士見町長 お答えいたします。
 反対派に対してどうかということですけれども、ここでおわかりいただきたいのは、反対をしたことによって、元の形で、そのまま何も変わらないということですから、住民にとっては賛成をして新しい合併の中へ入るというと、相当いろいろな生活の変わり目が出てまいりますが、反対したということは、今までの暮らしが続くことですから、余り大きな抵抗はありません。
 もう一つ、私どもが賛成をしていかなければならない第3セクターがキーワードなんですけれども、50億円の借金があります。これは総務省の方のお力添えをいただいて、新たにお金を出していただいて、その中から第3セクターの立ち上がりについての努力をしてまいりました。
 私が町長になってからコンサルを入れましたし、副町長は二度倒産した企業の総務部長を入れましたので、逆境というか、企業がひっくり返されたときに起こしていくことについてのエリートを入れました。
 そういうことで、総務省のお力とその者の知恵と、今は大きな企業の力もいただいておりますので、何とか向こうへいくという方法がつかめてきているということですので、私どもの方でお前反対したのでないかということはありません。

○林小委員長 ありがとうございました。非常に貴重な意見をいただきました。今後の審議に生かしていきたいと思っております。延長してお付き合いをいただきましたことに、感謝申し上げます。お忙しいところ、お越しいただきまして、ありがとうございました。
 委員の皆さんは、ちょっと残っていただけますか。

(ヒアリング対象者退室)

○林小委員長 本来ならば、今日この後、委員の間での質疑応答を予定しておったんですけれども、私の不手際もありまして、時間が予定時間の4時を過ぎてしまっております。恐らく今後御予定がおありだと思います。ただ、これは質疑をしないままに次のテーマに移ることは難しいと思いますので、少し事務局、会長とも相談しながら、次のテーマに移る前に、一度質疑応答をさせていただいた方がよろしいかと思います。
 日程等につきまして、また事務局から御連絡をさせていただきたいと思います。12月に2回開催する予定でございますけれども、委員の先生方のスケジュール等も調整しながら、それまでにできるのか、あるいはその辺のところを具体的に調整をさせていただきたいと思っておりますので、御承知おきいただきたいと思います。
 そういうことでよろしいですか。ありがとうございました。
 時間がまいりましたので、今、私が申し上げましたことについて、何か補足がございましたら、事務局からお願いしたいと思いますが、よろしいですか。

○門山審議官 はい。

○林小委員長 それでは、これをもちまして、本日の第3回目の専門小委員会を閉会いたします。長時間、どうもありがとうございました。


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