管轄と引継ぎ

ちょうせい第9号(平成9年5月)より

プラクティス公害紛争処理法 ‐第9回 管轄と引継ぎ

1 はじめに

 管轄とは、複数の機関が同種の事務を処理する場合における各機関の権限の範囲をいう。本稿においては、はじめに、公害紛争処理制度における管轄に関する基本的事項を整理し、次いで、管轄違いの場合の移送の手続について概説し、最後に、管轄に関する例外的手続としての調停事件の引継ぎについて、その仕組みと実際の運用に当たっての注意すべき点について整理することとする。

2 管轄

(1) 基本的事項の整理
 ア 公害等調整委員会と都道府県公害審査会等との関係
 公害紛争処理法に基づき公害紛争を処理する機関として、国に公害等調整委員会(以下「中央委員会」という。)、都道府県に都道府県公害審査会(審査会を置かない都道府県においては、都道府県知事は公害審査委員候補者を委嘱し、名簿を作成する。以下審査会及び審査会を置かない都道府県における都道府県知事を併せて「審査会等」という。)が設置されている。
 公害紛争の処理は、以下に記すとおり中央委員会及び審査会等により分掌されており、両者は上下関係にはない。また、公害紛争処理制度においては二審制はとられていない。

 イ 中央委員会及び審査会等の管轄
 中央委員会は、いわゆる重大事件注1)、広域処理事件注2)、県際事件注3)に関するあっせん、調停及び仲裁(公害紛争処理法(以下「処理法」という。)第24条第1項)並びに裁定(処理法第42条の12、第42条の27)について管轄することとされている。裁定については中央委員会が専属で行うこととされている。ただし、県際事件に関するあっせん及び調停の場合、申請は関係都道府県のいずれか一の知事に対してなされなければならず、当該知事と関係都道府県知事との間で、当該紛争を処理するための連合審査会を置くことについての協議が整い、連合審査会が設置されたときは、当該連合審査会が県際事件について管轄し、中央委員会は管轄しないこととなる。
 また、審査会等は中央委員会が管轄する紛争以外の紛争に係るあっせん、調停及び仲裁について管轄することとされている(処理法第24条第2項)。

 ただし、以上の管轄については、次に掲げる特例が定められている。
  1. 紛争を放置したときは、多数の被害者の生活の困窮等社会的に重大な影響があると認められる紛争について、職権によるあっせんを行う場合については、当事者の住所、紛争の実情その他の事情を考慮して相当と認める理由がある場合に限り、中央委員会と審査会等が協議して管轄を定めることができる(処理法第27条の2第3項)。
  2. 1.について職権により調停を行う場合については、1.により定めた管轄による(処理法第27条の3第2項)。
  3. 仲裁については、両当事者の合意に基づき管轄を定めることができる(処理法第24条第3項)。
  4. 裁定事件において職権で調停に付す場合、当事者の同意を得て管轄審査会等に処理させ又は中央委員会自ら処理することができる(処理法第42条の24第1項、第42条の33)。
 さらに、調停事件については、引継ぎ制度により、本来の管轄にかかわらず、審査会等又は連合審査会における係属事件を中央委員会に引き継いだり、反対に中央委員会における係属事件を審査会等に引き継いだりすることができる(処理法第38条)。

注1) 重大事件
(1) 大気の汚染又は水質の汚濁による慢性気管支炎、気管支ぜん息、ぜん息性気管支炎、肺気しゅ若しくはこれらの続発症又は水俣病若しくはイタイイタイ病によって死亡した者又は日常生活に介護を要する程度の身体上の障害をうけた者が一人でも生じた場合の紛争
(2) 大気の汚染又は水質の汚濁によって人の生活に密接な関係がある動植物に被害を生じ申請書に記載された被害主張額が総計5億円以上の紛争を含む紛争
注2) 広域処理事件:航空機の航行又は新幹線鉄道の列車の走行に伴う騒音に係る紛争
注3) 県際事件:1、2以外の紛争で加害地、被害地が異なる都道府県の区域内にある紛争、又はその一方若しくは双方が2以上の都道府県の区域内にある紛争

(2) 移送
 中央委員会又は審査会等は、その管轄に属さない事件については処理することができないことから、当該事件は管轄を有する審査会等又は中央委員会に移送しなければならない(処理法第25条)。
 管轄に属さない場合としては、次の二つの場合がある。第一は、申請人が管轄を誤って申請した場合であり、第二は、申請時には管轄に属していた事件が手続の進行中に管轄に属さなくなった場合である。第二の場合としては、例えば、上記注1(1)中に掲げられている原因による健康被害に係る紛争であって申請当時は被害の程度が著しくなかったものが、その後死亡者が発生するに至り重大事件に該当することとなった場合などが考えられる。
 事件が移送されると、移送を受けた管轄審査会等又は中央委員会が事件を処理することとなる。事件を移送するときは、当事者が提出したすべての文書、物件等を送付することとされており、当事者は再度一から手続をやり直す必要はない。また、中央委員会又は審査会等がその管轄に属しない事件を処理することは管轄違反となるが、その場合でも、中央委員会又は審査会等の行うあっせん、調停等の手続において成立した和解契約等の効力には影響がない。

3 引継ぎ

(1) 基本的事項の整理
 管轄の規定に対する例外として、調停に係る事件について、相当と認める理由がある場合には、審査会等又は連合審査会から中央委員会へ、又は中央委員会から審査会等へ、それぞれ、事件を引き継ぐことができる(処理法第38条)。引き継ぐ場合には、当事者の同意を得、かつ、引き継ごうとする先の機関と協議する必要がある。なお、あっせん及び仲裁に係る事件については引継ぎの規定は置かれていない。

(参考条文−公害紛争処理法)
(事件の引継ぎ)
第38条 審査会等又は連合審査会は、その調停に係る事件について、相当と認める理由があるときは、当事者の同意を得、かつ、中央委員会と協議をした上、これを中央委員会に引き継ぐことができる。
2 中央委員会は、前項の規定により引き継いだ事件については、第24条第1項の規定にかかわらず、調停を行うことができる。
3 前2項の規定は、中央委員会の調停に係る事件について準用する。この場合において、第1項中「審査会等又は連合審査会」とあるのは「中央委員会」と、前2項中「中央委員会」とあるのは「関係都道府県の審査会等」と、前項中「第24条第1項」とあるのは「第24条第2項」と読み替えるものとする。
※ 処理法制定の当初は審査会等又は連合審査会から中央委員会への引継ぎのみが認められていたが、昭和49年の改正により、中央委員会から審査会等への引継ぎも認められることとなった。

(2) 相当と認める理由
 管轄とは、複数の機関で同種の事務を処理する場合における各機関の権限の範囲を定めるものであることから、明確な基準によって一律に定めることが要請されるため、その規定は、性質上、形式的・画一的なものとならざるを得ない。公害紛争処理制度における調停事件については、先に見たように、重大事件、広域処理事件及び県際事件を中央委員会の管轄、その他の事件を審査会等の管轄としている。
 しかし、それぞれの事件の実情を見ると、審査会等又は連合審査会の事件の中にも中央委員会で処理した方が適当であると思われるものもあり、他方、形式的には中央委員会の管轄に当たるが審査会等により処理した方が適当である場合も考えられる。
 例えば、形式的には処理法第24条第1項第1号には当たらないが、実質的には人の健康又は生活環境に大きな影響を与える事件や、同様に第2号には当たらないが全国的見地から解決する必要がある事件もあり得るし、また、形式的には申請被害額が5億円以上であることから処理法第24条第1項第1号に当たるが、実質的には被害地域が一つの都道府県の区域内に限定されている事件なども考えられる。このような場合には、引き継ぐことについて相当の理由があると認め得るものと考えられる。
 また、審査会等又は連合審査会に係属している事件において、都道府県自体が被申請人となっていることなどにより、当該審査会等又は連合審査会に対する申請人の不信感が強い場合、また、中央委員会に係属している事件において、費用面等から当事者が地元都道府県の審査会等において処理することを希望している場合などについても、引き継ぐことについて相当の理由があると認める余地があるものと考えられる。
 いずれにしても、「相当と認める理由」については、当該調停事件を解決するためにはどの機関で処理することが最も適当であるかという視点から、それぞれの事件の実情に即して総合的に判断することが必要である。

(3) 実際の引継ぎ例における相当と認める理由について
 処理法の施行後(昭和45年)現在までに審査会等から中央委員会に引き継がれた事件は3件あり、他方、中央委員会から審査会等への引継ぎが可能となった昭和49年以来、中央委員会から審査会等に引き継がれた事件は無い。したがって、審査会等から中央委員会に引き継がれた3件について、相当と認める理由について見ることとする。

 1件目は、昭和46年に中央委員会に申請のあった「鹿児島湾における真珠養殖不能に係る損害賠償調停申請事件」である。本事件は、鹿児島県公害審査会の管轄に属すると判断され同審査会へ移送されたが、その後、中央委員会に引き継がれて処理された。同審査会は、
  1. 民事法上の調停の基本原則は、被申請人の住所地において行うこととなっており、被申請人の住所地が東京都にあることから、鹿児島県で手続を進めることは被申請人に多大の時間的、経済的負担をかけること
  2. 申請人は中央委員会における処理を希望し、被申請人は何れの機関でも構わない旨を表明していたこと
などから引継ぎが相当であると判断したものと思われる。

 2件目は、昭和62年に長野県知事に対して申請のあった「スパイクタイヤ粉じん被害等調停申請事件」である。長野県知事は、
  • 申請人は当初は長野県内でのスパイクタイヤの販売停止のみを求めていたが、その後、本事件解決のためにはスパイクタイヤの製造そのものを中止すべきであるとの意見が出されたため、全国的・広域的見地から解決する必要があること
などから引継ぎが相当であると判断したものと思われる。

 3件目は、平成元年に中央委員会に申請のあった「スパイクタイヤ使用禁止等調停申請事件」である。本事件は、長野県の弁護士グループからの申請については長野県知事に、北海道の弁護士等のグループからの申請については北海道公害審査会に、それぞれ移送されたが、その後、中央委員会に引き継がれて処理された。長野県知事及び北海道公害審査会は、
  • 申請人は、スパイクタイヤの製造、輸入、販売、使用を全面的に禁止する等の措置を求めているが、スパイクタイヤの粉じん問題は同県だけの問題ではなく、全国的・広域的見地から解決する必要があること
などから引継ぎが相当であると判断したものと思われる。

4 むすび

 管轄に関する考え方について、基本的な事項の整理をしてきたが、実際の事件を処理するに際しては、管轄の規定を正確に理解した上で管轄の有無について判断することに加えて、既に記したように、管轄の規定の性質上の限界を理解して、当該事件を解決する上で有効であると考えられる事情が存すれば、引継ぎの可能性について積極的に検討し、関係各方面との調整・協議を進めるべきである。

公害等調整委員会事務局

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