第二次世界大戦の末期、米軍は、沖縄本島への上陸に先立ち、南九州全域の軍事施設を攻撃しました。都城は昭和20年3月18日早朝、初めて空爆され、以降終戦まで20回余の無差別爆撃によって街は廃墟と化し、多くの人命が奪われました。街は、戦後いち早く復興しましたが、空襲犠牲者については、半世紀余も放置されてきました。戦後50年の行事を通し、「空襲犠牲者の掌握なしに、都城の戦後は終わらない」と調査が始められました。
治安維持法犠牲者国家賠償同盟県南支部と都城市の積極的な取り組みによって、44名の子供を含む88名の犠牲者が判明。
本追悼会は、そうした取組みによって判明した空襲犠牲者を、心から悼むとともに、恒久平和を誓うため実施しています。
開催時期 | 毎年8月5日 |
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開催地住所 | 宮崎県都城市小松原町1146番16 |
開催場所 | 都城市神柱公園忠霊塔広場 |
主催者 | 都城空襲犠牲者遺族会 |
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連絡先 | 都城空襲犠牲者遺族会 |