今治市戰災の碑

基本情報

所在 別宮山南光坊
住所 愛媛県今治市別宮町3−1
(JR今治駅 徒歩8分)
連絡先 新居田大作
建立者 今治市戦災遺族会、今治市の戦災を記録する会
建立年 平成20年3月

※H24.11発行「平成24年度 全国の戦災の追悼施設・追悼式」より
(調査時期H24年度/情報提供元は、新居田大作)

施設の写真

引き

碑文

周辺

碑文

【正碑】

今治市

戰災の碑


【副碑】

碑文
今治市は 太平洋戦争末期 昭和二十年(一九四五)
米軍の大型爆撃機B29 により 三度にわたり空襲を
受け 市民をはじめ 県内外からの動員学徒など
愛媛県下で 最も多くの人たちが 犠牲となった
 戦災・終戦から六十三年が経過し この歴史的
試練が風化しつつある今日 ここに今治市における
戦災の記録を残し 戦争の惨禍を後世に伝えると
ともに あわせて犠牲者を追悼し 永久の平和を
祈念するため 被災市街地のこの地に、戦災の碑
を建立する。


第一回空襲・・四月二六日.
 死者六八名・重傷者三四名・
 全壊家屋四一戸・半壊六三戸

第二回空襲・・五月八日.
 死者二九名・重傷者四名・
 全壊家屋四三戸・半壊九八戸

第三回空襲・・八月 五〜六日.
 死者四五四名以上・重傷者一五〇名以上
 八二一二戸全焼・三四二〇〇名以上罹災

   平成二十年(二〇〇八)年三月
      今治市戦災遺族会
      今治市の戦災を記録する会

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