毎年10月26日には、姫路市において「太平洋戦全国空爆犠牲者追悼平和祈念式」が(一財)太平洋戦全国空爆犠牲者慰霊協会の主催により開催されています。国からは、内閣総理大臣及び総務大臣(代理出席)が参列しています。

「追悼のことば(中野政務官:令和7年度)」
「太平洋戦全国空爆犠牲者追悼平和祈念式」における内閣総理大臣の追悼の言葉
令和七年度の太平洋戦全国空爆犠牲者追悼平和祈念式に当たり、空爆により犠牲となられた御霊に対し、謹んで哀悼の誠を捧げますとともに、御遺族の皆様に深く追悼の意を表します。
先の大戦から八十年が経ちました。今、私たちが享受している平和と繁栄は、戦争によって犠牲となられた方々の尊い命と、戦災からの復興に立ち上がった国民のたゆまぬ努力の上に築かれたものであります。私たちはそのことを片時たりとも忘れません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念を捧げます。
戦後八十年間、我が国は一貫して、平和を重んじる国として、ひたむきに歩み続けるとともに、歴史の教訓を深く胸に刻み、世界の平和と繁栄に力を尽くしてまいりました。
戦争の惨禍を、二度と繰り返さない。歳月がいかに流れても、この信念を、世代を超えて継承し、これからも貫いていくとともに、世界が直面する様々な課題の解決に向け、国際社会と力を合わせて不断の努力を重ねてまいります。そして、今を生きる世代、明日を生きる世代のため、希望に満ちた国の未来を切り拓いていくことをお誓いいたします。
終わりに、いま一度、空爆によって犠牲となられた方々の御霊に平安を、御遺族並びに参列者の皆様の御多幸を、心よりお祈りし、追悼の言葉といたします。
令和七年十月二十六日
内閣総理大臣 高市 早苗

「太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔」
空襲等の被害を受けた都市の団体である「全国戦災都市連盟」の提唱により、「太平洋戦全国戦災都市空爆犠牲者慰霊協会」が昭和27(1952)年に結成され、同協会により、「全国戦災都市連盟」の発祥の地である兵庫県姫路市に昭和31年に慰霊塔が建立されました。
以来、毎年竣工記念日の10月26日に太平洋戦全国空爆犠牲者追悼平和祈念式が行われており、政府からは、内閣総理大臣(代理)が出席しています。
| 所在地 | 姫路市西延末440 手柄山平和公園内 |
|---|---|
| 建立 | 昭和31(1956)年10月26日 |
| 建立者 | 太平洋戦全国戦災都市空爆犠牲者慰霊協会(会長:故石見元秀姫路市長) 全国113(→合併等で現在110)の戦災都市が加盟(令和6(2024)年10月現在) |
| 概要 | 塔は剣を地中に埋めた形で、「もう戦争はしない」ということを表現している。造りは鉄筋コンクリートで、外部は花崗石貼り。塔身の下に「御霊室」がある。塔身の高さは26.75m、前室約196m2、施設の区域の広さは、約2,550m2。側柱1本毎に全国113都市(1都99市13町)の被爆日時、死没者数、罹災人口及び歴代復興担当市長名が夫々刻んである。 |