低周波音による被害は?

ちょうせい第27号(平成13年11月)より

Q&A こんなときは? 第16回

 公害紛争・苦情処理に携わる地方公共団体担当者の皆さんの疑問にお答えする「こんなときは?」のコーナーの第16 回です。今回も最近寄せられたお問い合わせの中から、業務の参考となると思われるものを選んで掲載します。公害紛争処理制度等についてご質問等がありましたら当委員会事務局までおたずねください。

低周波音による被害を理由とする調停の受付について

事例
 甲は、自宅に向かって設置された乙の事業所の冷凍・冷蔵庫の屋外機から24 時間発生する低周波音に気付いてから、イライラ、不眠、身体の不調など障害が続いている。甲は乙に対して、しかるべき防音措置を講ずるよう申入れ、また、甲が居住する丙市にも苦情相談をし、乙は屋外機をトタンで覆う等の対策を行ったが低周波音はなくならず、身体の不調も続いた。このため、更なる措置をとるよう申入れたが、乙はこれ以上の費用をかけて改善するつもりはないと回答し、甲は止むを得ずアパートを借りて生活している。以上の経過の後、甲から都道府県公害審査会に対し、調停申請があった。

 近年、低周波音に起因する苦情相談や低周波音による被害を主張する公害紛争が多く見られるようになってきている。
 人間の聴き取れる音は、概ね20Hz〜20KHz と言われており、20Hz 以下の超低周波音を含めた100Hz 以下のものは低周波音と呼ばれている。
 低周波音による苦情には、大きく分けて、物的苦情(音を感じないのに戸や窓がガタガタする、置物が移動する等)と心理的・生理的苦情(低周波音が知覚されてよく眠れない、気分がいらいらする、胸や腹を圧迫されるような感じがする等)とがある。注1)
 環境省においては、平成12 年度に全国43 の自治体に測定器を貸与し、低周波音の測定を依頼したところであり、測定データの分析と合わせて人への心理的・生理的影響に関する医学的知見、低周波音防止対策の進展状況など、最新の知見を集積し、低周波音対策に関する検討を開始することとしている。注2)
 このように、現状では低周波音の人への影響の解明や対策についてはまだ模索中の段階ではあるが、以下では、都道府県公害審査会に調停申請された上記の事例を参考に低周波音による被害を理由とする調停の受付の可否について整理してみたい。
 公害紛争処理法では、第2条において、「この法律において「公害」とは、環境基本法(平成5年法律第91 号)第2条第3項に規定する公害をいう。」と規定し、公害等調整委員会において扱う公害をいわゆる典型7公害(大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下及び悪臭)としている。そして、一般には聴き取れないとされる低周波音については、「騒音」あるいは「振動」に含まれるかどうかが問題とされている。
 騒音とは、一般には、不快な音、あることの好ましくない音、あるいは好ましくない不愉快な聴感覚を引き起こす音響学的現象というように、さまざまに定義されている。音の三要素としては、大きさ、高さ、音色があげられるが、騒音であるか否かについては、できるだけ客観的、具体的な基準によって判断する必要がある。しかしある程度主観的な要素が入ってくることは避けられない。
 振動とは、土地、建物等の上下縦横の揺れのことである。
 ところで、調停申請の受付の段階においては、事実関係が解明されていないことが通例であり、調停申請書等における申請人の主張自体と、若干の添付資料に基づいて、「騒音」あるいは「振動」といえるか否かを審査せざるを得ない。その結果、申請の内容が全く理由が見出し難いような場合ではなく、騒音あるいは振動による被害と一応認められるときは、公害紛争処理制度の対象として、当該調停の申請を受け付けて差し支えないものと考えられる。
 そして、実際の調停申請の内容をみると、不快感を生じる音に気付いたといった主張や建具のがたつき等があるといった主張が多いことから、「騒音」ないし「振動」の問題としてとらえることが可能な場合が多いと思われる。
 本事例においても、甲は当該屋外機から発生する音に気付き、この音によってイライラその他の心身の不調が生じている旨を訴えており、「騒音」による被害を主張していると解し得る。一方、調停申請前に、甲宅前において環境庁大気保全局(当時)作成の『低周波音の測定方法に関するマニュアル』(平成12 年10 月)に基づく測定が行われたところ、屋外機からと見られる低周波音が計測されているようである。
 このように、「騒音」による被害の主張があり、かつ、その発生源とされる屋外機を音源とする低周波音も計測されていることから、本事例については公害紛争処理制度の対象として取り扱うことが可能であるとして、調停申請は受理された。

注1) 環境庁大気保全局、『低周波音の測定方法に関するマニュアル』、平成12 年10 月。
注2) 森本英香、「低周波音に関する施策の現状と展望」、『資源環境対策』、第37 巻第11 号(2001 年9月号)。


(参考)
20Hz を下回る超低周波音による被害について損害賠償を容認した裁判例

  業務用乾燥機から発生する低周波音による被害について、京都地判平4・11・27(判例時報1466 号126〜)は、「被告は、本件低周波音の最大音圧レヴェル(20Hz における57dB。)が、20Hz での最小可聴平均値はもちろん最小可聴最小値(約62dB)さえも下回っているという事実をもって、本件低周波音は、社会生活上受忍すべき限度を超えるものではないと主張するけれども、そもそも被告のいう最小可聴平均値とは、……短時間の暴露による実験の結果である上、低レヴェルでの低周波音の暴露でも長時間にわたると慣れが生じる等して最小可聴値ないし閾値が低下することがあるといわれ、また、低周波空気振動の生理的影響等に関する研究(殊に低レヴェルでも長時間にわたる低周波音の暴露の影響について)が不十分であり、しかも受ける影響の程度は個人差が大きいというのであるから、本件のように低レヴェルでの長期暴露の事案で、最小可聴平均値・最小可聴最小値を受忍限度の基準として用いて、これに達しない低周波音について一律に受忍限度内であるとするのは早計である。」とした上で、20Hz を下回る低周波音による被害について損害賠償請求を容認している。

公害等調整委員会事務局総務課企画法規係長 室伏 謙一

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