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調停内容が履行されない場合は?(その1)

ちょうせい第15号(平成10年11月)より

プラクティス公害紛争処理法 ‐第15回 履行義務の勧告について

はじめに

 調停の成立後、義務者において、理由なく義務の履行を行わないということがある。また、公害紛争においては、損害賠償その他の金銭の給付だけでなく、工場の移転、防除施設の設置・改善、加害行為の停止、不作為等を問題とするものが多いが、このような事項について合意が成立した場合において、その履行の段階で、具体的な実施の方法や効果について当事者間に意見の食い違い等が発生するようなこともあり得る。公害紛争処理法(以下、「法」という。)は、このような場合に審査会等は、義務者に対し、当該義務の履行に関する勧告を行うことができることとしている。
 これは、当該紛争の解決に積極的に関与した審査会等が、紛争の解決に至った経緯等を踏まえつつ、その履行に関して専門的・中立的な立場から勧告を行うことにより、義務の円滑な履行を図り、紛争の解決をより実効性のあるものとしようというものである。今回は、事件が終了した後の、いわばアフターケアともいうべき義務履行の勧告の制度について見てみることとする。

1 義務履行の勧告の制度

 公害等調整委員会又は審査会等は、権利者の申出がある場合において、相当と認めるときは、義務者に対し、公害等調整委員会又は当該審査会等若しくは関係連合審査会の行った調停、仲裁又は責任裁定で定められた義務の履行に関する勧告をすることができることとされている(法第43条の2第1項)。

(1) 勧告の主体
 義務履行の勧告は、事件の終結後かなりの期間が過ぎてから行われるのが普通であることから、事件を処理した調停委員会等ではなく、常設の機関である公害等調整委員会(以下、「公調委」という。)や都道府県公害審査会(審査会を置かない都道府県にあっては都道府県知事。以下「審査会等」という。)が行う。なお、連合審査会が処理した事件については、連合審査会に委員を出した審査会等の一つが義務履行の勧告を行うことになるが、この場合は、あらかじめ、委員を出した他の審査会等と協議しなければならない。

(2) 対象となる義務
 法が規定する権利者とは、調停、仲裁又は裁定によって、損害賠償、差止め等に関し、具体的な権利を有することが確定した者を、義務者とは、権利者の権利に対応する法律上の義務を有する者をいう。
 ここで、法が直接規定しているのは、あくまで法律上の義務の履行についてである。「円満な近隣関係を築くよう相互に努力する」など、単に抽象的な道義的義務を定めた条項については、勧告の対象とならない。ただし、調停の場合は、「騒音が発生しないよう十分注意する」、「住民の意見が反映されるよう適切な措置を講じる」等、強制執行という観点からは十分な具体性を持たない調停条項が含まれることが多いが、このような具体的とは言い難い義務についても、法律上何らかの措置を取るべきことが定められていると考えられる場合は勧告の対象となると解される。

(3) 勧告の内容・効果
 勧告の内容については、調停条項に定められた義務を履行せよとの勧告に留まらず、義務の円滑な履行を促進するために必要な見解の表明(権利義務の具体的内容や細目を明確にするもの)、妥当と認められる履行方法の指示、履行に関連して義務者の採るべき具体的措置等が考えられる。例えば金銭の支払いについて本人に資力がない場合に、分割払いにする、その親族に保証をさせるようにする等、義務の履行に関し幅広いアドバイスをすることができる。ただし、義務履行の勧告の制度は、両当事者の合意の上に成立した調停を前提とするものであることから、調停条項によって定められた義務の範囲を逸脱することのないようにする必要がある。
 勧告の効果としては、法的には単なる行政指導の一種にすぎず、勧告に従わない場合でも罰則はない。しかし、中立的な第三者機関である審査会等が、義務の履行の有無、妥当性等について判断を下し、勧告を行うわけであるから、当事者に対して大きな影響を持つと考えられる。

2 手続

 義務履行の勧告の手続については、法はほとんど規定を置いておらず、審査会等の裁量に任されている。このため、義務履行の勧告は、(1)あくまで任意の手続であること、(2)第三者機関が行う中立・公正なものであることを考慮しつつ柔軟に対応することが求められる。
 手続は、権利者の申出により開始される。すでに一連の調停手続が終了した後に、新たに手続の開始を求めるものであり、申出書により、調停条項等の内容、勧告を求める事項を明らかにさせるとともに、住所、連絡先等を再度明記させ、当事者についても確認することが必要である。なお、義務履行の勧告の申出については、手数料は不要である。
 申出を受けた後は、基本的には各審査会等が手続を進めて行くことになるが、公調委では、主任の委員を置き、その委員を中心に事案を処理することとしている。当該調停事件等を担当した委員が在職するときは、その委員が主任の委員となってこの事務を処理することとなると思われる。
 勧告を行うか否かを判断する上では、調停成立以後の義務の履行状況を十分に把握することが不可欠であることから、審査会等は、当該義務の履行状況について、当事者に報告を求め、又は調査をすることができることとされている(法第43条の2第2項)。場合によっては当事者の出頭を求めることや参考人を呼ぶことも可能である。ただし、これもあくまで任意の手続であり、当事者の自発的な出頭が必要である。
 審理の結果、勧告を行う場合のみならず、勧告を行わない場合も審査会等の決定が必要となる。また、義務履行の勧告は、当該調停条項にかかる義務の履行状況に関し審査会等の判断を示すものであることから、文書で勧告を行い、記録上明らかにすることが必要であろう。

3 実際の運用

(1) 公調委における実例
 公調委に係属した義務履行勧告申出の事件は、昭和62年に申出があった大阪国際空港騒音調停申請事件の調停条項に係る事件及び平成8年に申出があった冷暖房室外機騒音被害職権調停事件の調停条項に係る事件の2件しかないが、いずれも紛争の実質的な解決に向けて柔軟な対応を行っている。
 大阪国際空港の事件は、昭和53年に成立した調停条項の義務の履行を求めるものであったが、その内容は必ずしも調停によって成立した義務に即したものとはいえず、法律上の義務の履行を求めるものかどうかという点では微妙な事例であったが、公調委では、この申出を、調停条項のうち、空港周辺地区の整備計画に関する総合的研究、調査の促進等を求めるものとして受け取り、手続を進めた。そして、両当事者(国と申出人)の話合いが行われるよう指導し、必要に応じて事務局の職員が話合いに立ち会うなどして両者の話合いの後押しを行った。この結果、平成3年、公調委事務局職員の立会いのもと両者間に協定が結ばれたことにより、申出が取り下げられ、事件が終結している。
 また、室外機の事件は、平成3年に成立した調停条項のうち、(1)室外機の維持管理に留意し、良好な状態に保たれるよう努力する、(2)室外機の取替えに際して既存のものより極力低騒音型のものとし、取替え後においても騒音の影響を増大させない、(3)被申請人は本件の建物の入居者に対してもその趣旨を徹底する等の義務について履行を求めるものであった。この事件は、最終的には勧告を行わないこととされたが、職権で騒音の測定を行い、義務の履行状況を確認すると共に、新たに室外機の移設ができるかどうかについて当事者の意見を聴取するなど、紛争の実質的な解決が図られるよう努力を行った。

(2) 公調委におけるその他の取組
 義務履行の勧告の制度とは異なるが、公調委では、紛争の実質的な解決のため、必要に応じて調停の成立後も関与を行っている。
 例えば、大阪空港調停事件では、調停案の提示に当たり、「当委員会は、今回、幸い当事者間において合意が成立した場合には、その調停成立事項の実施状況を必要に応じ、適当な方法をもって把握し、当事者間の調整を図るなど現行法上可能な限りの努力を払う所存である」との委員長見解を発表し、調停成立後も両当事者の話合いに公調委の事務局職員を関与させた。また、山梨・静岡ゴルフ場農薬被害等調停申請事件では、調停条項中に「本調停の成立後当分の間は、上記の説明の場に公害等調整委員会事務局職員の立会を求めて行うこととする。」として調停終了後も公調委の関与を明記し、公調委に対しても施設の運営状況について報告させるとともに、調停条項の実施状況に係る住民への説明会に公調委の職員が立ち会うなど、紛争の最終的な解決に尽力している。
 これらは、法律では規定されてはいないが、公害紛争処理制度を更に実効あらしめるという義務履行勧告の制度が設けられた趣旨に合致したものといえる。いずれにせよ、紛争の終局的な解決のために、こうした柔軟な措置がとれるのが公害紛争処理制度の大きな特色だといえる。

公害等調整委員会事務局

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