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特集 国と地方公共団体との連携 宮古島市における海中公園工事による 水質汚濁原因裁定申請事件について

東京高等裁判所第21民事部判事(元公害等調整委員会事務局審査官)
吉田 光寿

1.事案の概要

 本件は、沖縄県宮古島市において、サンゴ礁保全を目的とした活動を行っている申請人らが、平成23年2月4日、被申請人である宮古島市に対し、申請人らの被害は、被申請人が工事関係法規に背き、海中公園工事現場から流出させた赤土等による水質汚濁公害による、との原因裁定を求めた事案です。原因裁定の制度は、民事上の損害賠償の要件のうち、加害行為と被害結果との間の因果関係に限定して法律判断を行う制度です。
 宮古島海中公園は、宮古島北部狩俣西岸の水深約2mに設置された長さ29.6m、幅5m、面積150m2のコンクリート製海中観察施設を主とする観光施設です。平成22年8月に起工され、同年10月から11月にかけて海中観察施設工事場所の造礁サンゴが保全のため移植された後、同月から平成23年3月にかけて海底掘削工事が行われました。しかし、同工事中に工事場所に設置された汚濁防止膜等がしばしば破損したことにより、濁水が流出、拡散し、また、破損した汚濁防止膜の一部は波浪により海底を移動して周辺のサンゴに死滅等の悪影響を及ぼした可能性が指摘されました。
 当初は、沖縄県公害審査会に調停が申し立てられた後に、公害等調整委員会に原因裁定の申請が行われたことから、公害等調整委員会は、本申請受付後、公害紛争処理法第42条の27第2項の規定に基づき、沖縄県公害審査会に対して原因裁定申請の受理について意見照会を行い、受理について特段の支障はないとの回答を受けたので、直ちに裁定委員会を設けることとなりました。ちなみに、沖縄県公害審査会の調停事件は、平成23年9月12日に調停が成立しておりますが、その後も、原因裁定の手続を進めることとなりました。
事件の処理経過
平成23年
2月4日
申請受付
4月28日 事務局による現地調査
5月23日 第1回裁定委員会
7月15日 土屋誠氏を専門委員に任命
7月25〜29日 サンゴ類生息状況調査
12月20日 第2回裁定委員会
平成24年
5月9日
第3回裁定委員会
5月16日 第1回審問期日(那覇市)
6月27日 第4回裁定委員会
8月2日 第5回裁定委員会
12月3日 職権により調停へ移行
12月13日 第6回裁定委員会
12月17日 第1回職権調停期日(那覇市)(調停成立)

2.審理の経過

(1)専門委員の選任

 自然環境に関する事案だったことから、担当者としては当職のほか、環境省出身の審査官及び審査官補佐が担当となりました。まずは、早期に情報を収集するとともに現場の状況を把握するため、平成23年4月28日、事務局による現地調査を実施し、周辺のサンゴ生息状況について確認したほか、当事者双方から、海底掘削工事の内容及びサンゴ被害の実態に関する説明を受けました。これと並行して専門委員の人選を進め、当時、日本サンゴ礁学会会長、琉球大学教授であられた土屋誠氏を同年7月15日に専門委員として選任することができました。
 専門委員の選任は、事件の処理において最も重要な手続と考えられます。本件については、事案の解明のためにはサンゴの生態及びその死滅の原因を検討する必要がありました。上記の工事の原因以外にも、オニヒトデ等による食害の可能性なども考えられるところであり、申請人らの主張立証活動のみで因果関係の立証をすることが容易な事案ではありませんでした。
 専門委員の役割として、専門的知見を活用し、裁定委員会及び事務局を補助する役割を果たすことが期待されております。土屋専門委員の選任により、サンゴ研究の第一人者の専門的知見が活用できることとなり、非常に心強いものを感じました。このあと説明しますが、職権調査の実施における指導、意見書の作成、調停条項案の関与と事件全般でご活躍いただき、調停成立後の専門委員会への関与と現在においてもご尽力いただいております。また、専門委員の人選を主として進められた環境省出身の内藤審査官の功績も大きいと考えております。公害等調整委員会は、裁判所からだけでなく、行政庁(内閣府、総務省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、環境省等)からの出向者が多数配置されており、専門性の高い事件に対し即応できる力を持っていることに当時非常に感心したことを覚えております。

(2)職権調査の実施

 専門委員の選任手続と並行して職権調査を行うこととしました。「宮古島市における海中公園工事個所周辺サンゴ類生息状況調査」というものです。この調査においては、海底掘削工事前に作成された「平成21年度宮古島市海中公園環境調査業務委託報告書」により得られている同工事前のサンゴの生息状況等との比較を行い、それらの変化を可能な限り定量的に検討することとし、また、同工事の前後におけるサンゴの生息状況に明確な変化があった場合には、考えられる原因についても併せて検討することになりました。職権調査の実施は、公害等調整委員会に認められた大きな権限であり、事案の解明のために予算を講じて調査機関に調査を委託することが行われます。
 調査を実施した、いであ株式会社の報告書によれば、(1)施設全面の礁原(海面付近に広がる平坦面)のサンゴは、施設から20m程度離れた場所においても、死サンゴも少なく裸岩に近い状態が見られるため、破損した汚濁防止膜の一部が波浪により翻弄されて海底を移動したことによる物理的破壊を受けたと考えられる。また、流出した赤土、その他破砕物の分布状況から破砕物の影響も受けたと考えられる。これらの工事に起因すると考えられるサンゴへの影響は、当初想定していた工事の影響を受けると考えられた範囲よりも広い範囲まで及んでいるといえる。なお、オニヒトデの食害の可能性はゼロではないものの、周辺礁原のサンゴ被度が高い点を考えると主たる原因ではないと推定される。(2)施設前面の礁縁と礁斜面のサンゴは流出した石灰微粉の分布状況から影響を受けたと考えられるが、他方で相当数のオニヒトデが駆除されており、沖合側ではオニヒトデのサンゴ死滅の可能性も除外できない。(3)移植したサンゴは全て死滅しており、移植地点における自生のサンゴも極めて少なかった。海中観察施設前面海域に移植したサンゴの多くは工事による破砕物の影響により死滅後、台風による波浪により消失したと考えられるなどとされました。
 いであ株式会社の作成した報告書は、職1号証として平成23年1月に当事者双方にも示されました。
 この報告書の成果は、被申請人である宮古島市において、宮古島市長名での平成24年5月14日付け「宮古島海中公園の今後の取り組み」と題する書面が提出されたことにあります。同書面においては、被申請人が宮古島市狩俣において建設した海中公園海中観察施設の工事に際し、海面に設置した汚濁防止膜が時化により破損し、当初想定していた工事影響範囲外にも及んでいること、また、工事で発生した濁水を汚濁防止膜設置区域外に拡散させた事実があったことを踏まえ、当市としては、今後、サンゴ再生に取り組みたいとして、(1)破損した海域へのサンゴ移植については、海中公園を運営している指定管理者、サンゴの養殖をしている漁民と連携しながら自然着床だけに頼らず移植も積極的に実施すること、(2)オニヒトデ駆除については関係機関と連携しながら今後も駆除活動を継続して行きたいことを明らかにしました。

(3)調停成立に至るまで

 このような被申請人の意見表明を踏まえ、裁定委員会としては調停による解決の方向性も検討することとなりました。土屋専門委員には意見書の作成を依頼するとともに、平成24年5月16日に那覇市内で開催された第1回審問期日においては事務局において当事者双方から今後の進め方についての意向を確認することとなりました。
 土屋専門委員の平成24年6月27日付け意見書においては、当事者双方からの提出証拠及び職権調査の結果を踏まえて、サンゴの被度が激減した、あるいはサンゴが消滅した原因については工事の影響が最も大きく、その原因として汚濁防止膜が剥離し、波浪により周辺を移動してサンゴに物理的に損害を与えたこと、微細粒子が長時間海水中に滞留してサンゴに悪影響を与えたことが考えられ、他方で、オニヒトデによるサンゴ礁の食害による被害が工事の前後の時期において発生した可能性は低いと思われるとの意見が示されたほか、提言として、(1)日本サンゴ礁学会の協力の下で、サンゴ礁に関する勉強会を開催して相互に理解を深めること、(2)「エコアイランド宮古島宣言」に基づいた統合した環境管理保全策を策定すること、(3)自然の仕組みについて勉強し、人材育成に向けた努力をすること、(4)今後は、日本サンゴ礁学会の専門家や申請人ら地元で活動している地見者の協力も得たサンゴの育成やオニヒトデ対策といったサンゴの保全等、宮古島の自然環境保全に資する取り組みを進めることなどが提示されました。この意見書は職2号証として当事者双方にも示されることとなりました。
 これに対しては、宮古島市長名での平成24年7月3日付け書面において、(1)今後行う公共工事において、海洋の水質汚濁を防止するため最善を尽くします、(2)宮古島市は、「第一次宮古島市総合計画」において、「美しい海と島を取り巻く海岸は本市のかけがえのない財産」との認識の下に、美しい海と海岸の保全に向けてマナー向上の意識の啓発や自然環境保全活動を促進することとしております。土屋専門委員からご指導のありましたコメントを今後の宮古島の美しい海、海岸等の保全に役立てていきたいと思います、との意見が述べられました。
 このように、被申請人である宮古島市においても、土屋専門委員の提言に賛同する意向が示されたことから、事務局としては調停案の作成に取り組み、当事者双方の意見聴取を踏まえるとともに、土屋専門委員からの意見に基づく修正を加えるなどして、当事者双方との協議を行ったところ、裁定委員会は、平成24年12月3日、公害紛争処理法第42条の33及び第42条の24第1項の規定により職権で調停に付すこととなりました。そして、被申請人である宮古島市においても同月10日に調停について市議会での了承が得られたこともあり、同月17日に那覇市内で開催された第1回調停期日において、裁定委員会から調停案を提示したところ、当事者双方はこれを受諾して調停が成立し、原因裁定申請については取り下げられたものとみなされ、本件は終了しました。調停成立に向けた経過についてはあまり詳らかにはできませんが、(1)サンゴの移植・移設・再生等及びオニヒトデの駆除活動等を実施するための専門委員会の設置、(2)公害等調整委員会事務局及び申請人らにつき同委員会にオブザーバー参加することについて実現することができたことは調停の大きな成果ではないかと思っております。
 この調停に基づき、平成25年8月19日、宮古島市海中公園環境整備専門委員会が発足し、土屋専門委員が同委員会の委員長に就任しました。現在においても専門委員会の活動は続いており、残念ながらサンゴ再生への道は容易なものではないようです。

3.おわりに

 本件は、事務局による現地調査、職権調査の実施、専門委員の選任及び意見書の作成という公害等調整委員会の専門性がフルに発揮された事案といえます。それにより、調停に基づく専門委員会の設置及び公害等調整委員会事務局によるオブザーバー参加によるフォローアップの実施という成果を挙げることができました。審理期間は約1年10か月となりますが、比較的早く事件処理ができた事案ではないかと思います。
 当職は、公害等調整委員会には平成22年4月から平成25年3月まで在籍しており、多種多様な事件の経験をさせていただきましたが、本件は、当職にとって思い出深い事件の一つとなりした。
 地方自治体の皆様におかれましても、このような活用法があることをご理解いただき、公害等調整委員会の専門性を発揮するに適した事例がございましたら、ご連絡・ご相談いただければ幸いです。

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