(別記3)調停案の提示に際して

調停案の提示に際して
公害等調整委員会調停委員会
昭和53年2月21日・22日

大阪国際空港騒音調停申請事件において、申請人ら(参加人らを含む。以下同じ。)が国(代表者運輸大臣)を相手として調停を求める事項中、大阪国際空港(以下「本件空港」という。)に離着陸する航空機の騒音、振動及び排気ガス(以下「騒音等」という。)の影響によるとする慰藉料等請求に係る事項の処理に関連して、当委員会は、ここにその基本的見解を示す。ついては、両当事者がこの見解を軸として適切な解決を図ることを期待するものである。
 本件は、申請人らが司法上の手続によらず、行政委員会である当委員会に調停という形式で申請をしたことに特色があるので、当委員会は、この特色を事件処理に当たり考慮することとした。
 まず、慰藉料等請求問題について考えると、さきに大阪国際空港夜間飛行禁止等請求訴訟事件が、1、2審とも住民側の勝訴となったために、申請人らは、この事実を踏まえて権利の主張をするであろうし、これにひきかえ、相手側である国は、第1審以来その支払義務そのものを否認し続け、上告審においても徹底的に抗争する姿勢を崩そうとはしていないと見受けられるので、現状のままでは当事者の互譲は期待し難い。
 ところで、航空機騒音に係る慰藉料等請求事件としては、上記訴訟の1、2審判決以外は先例を見ず、その違法性の基準、違法性の認定方法、損害額等に関する法律的評価はいまだ定まっておらず、これら法律上の諸問題は、最高裁判所の判決をまつほかはない。このような状況にもかかわらず、行政委員会である当委員会が司法機関の最終判断との整合を考慮しないで、慰藉料等の支払義務の有無、その額について独自の調停作業を行うことは問題なしとしない。当委員会は、以上のことを各当事者に説明して各々の意見を聴取した結果に基づいて、慰藉料等請求に係る調停の手続は、上告審の判断を俟って、適当な時期に再開することとする。
 翻って、当委員会は、本件調停事件において見られるように、広い地域にわたる多数の住民が、長年航空機騒音等に悩まされてきた事実や、これからも航空機騒音等からたやすく免れ難い生活環境に置かれている現状にかんがみると、さきに当事者間において成立した音源対策、空港周辺対策等の騒音対策に関する調停条項が、被申請人の努力により逐次実施に移されつつあるとはいえ、国の行政施策としては、申請人らを含む各地区の多数住民の民生安定、福祉のためにする空港周辺地区の生活環境等の整備に関して、なお検討を要するものがあり、また、空港周辺地区の防災に関する対策についても、更に工夫を要するものがあると考える。したがって、この際、被申請人が本件調停手続の場において、可及的速やかにこれら生活環境等の整備や防災対策のための施策に関し、更に十分な調査、研究を行いその成果を順次効率的に実施に移し、よってその行政責任を果たす用意のあることを表明するよう大いに期待する。
 他方、申請人らにとっては、この機会にまずもって申請人らを含む地域住民のすべてに対し、一日も早く、ひとしく民生安定、福祉並びに防災に関する行政施策がなされるように、被申請人をして動かしめる途をその合意の上で開いておくことができるとすれば、申請人らにとって、本件調停申請をしたことに十分意義があったこととなるであろうと考える。
 そこで、当委員会は、以上に述べた考え方に基づいて、運輸省が、本件空港の設置管理者として、上記の行政施策の策定、実施に率先して関係行政機関、関係地方公共団体等と共に強力に取り組むことを要請するものである。そして、その取組み方の大筋として、当委員会は、被申請人が今後とも現行法令の弾力的運用により、可能な限りの施策の具現に努めるべきことはもちろんであるが、現行制度のままでは、施策の内容、財源の手当等において、今後あるべき姿の新しい空港周辺整備対策としては、なお十分検討の余地があると考えるので、被申請人は、この際、当委員会の手続において、かねて指摘があり問題とされていた本件空港周辺地区の今後の計画性ある整備のあり方について、全般にわたる調査、研究をする必要があるものと思料する。
 ところで、本件空港周辺整備の目標は、申請人らを含む多数住民の居住地区における土地利用の現況を考慮しながら、それぞれの地区に対応する適切な土地利用計画を策定実施して、騒音等の緩和を図るとともに、周辺地区の防災対策を改善し、更に周辺地区全体の生活環境を総合的に整備することにあると考えられる。当委員会は被申請人に対し、これまでの被申請人に対する事情聴取の過程を経て、幸いにして昭和52年度に設置されるに至った大阪国際空港周辺整備計画調査委員会(国の関係行政機関、関係地方公共団体、大阪国際空港周辺整備機構、学識経験者等からなる)の機能を更に充実、強化して、広く本件空港周辺地区の生活環境の整備等に関する諸問題の解決と改善のために、必要とされる土地利用計画上あるいは財源上のもろもろの施策について総合的調査、研究を促進することを求め、なお、必要あれば周辺整備に関する特別な立法措置の要否にまでも立ち入って考究してほしいと考える。
 次に、これらの調査、研究の結果が、適切かつ効率的に国及び地方公共団体等の施策に反映されるように、運輸省を中心として空港周辺整備に関係ある国の諸機関、地方公共団体、その他、例えば大阪国際空港周辺整備機構等をもって構成される高い責任を負うことのできる強力な協力体制を確立することが必要であると思料する。そしてまた、申請人らを含む地域住民の意見が、国及び地方公共団体等の施策の特定及び実施に適切に反映されるような措置が講ぜられるべきものであることは言うまでもない。このための方策について、被申請人が一段と工夫をこらすことを期待する。
 以上のように、被申請人は、本件空港周辺の整備のために優れた企画性を発揮して、その実現に最大の努力をすべきものと考えるが、申請人らがさきに当委員会に調停申請するに至った理由にかんがみ、今後とも、本件空港の航空機騒音等の申請人らを含む地域住民に対する肉体的、精神的影響の実態を怠らず調査して、その結果を集積し、分析し、適時、適当な対策を講ずるよう努めることが必要であると思料する。
 なお、国及び地方公共団体等の本件空港の新しい周辺整備対策について、前述の関係者の外、航空行政や航空業務に関係あるものが、これを理解し協力することが極めて望ましい。
 次に、当委員会は、申請人らに対しては、上述の国及び地方公共団体等の行政施策といえども、国全体としての、あるいは地方公共団体等としての法制上又は財政上の制約をおのずと受けざるを得ない性質を有するものであること、また、その実施に当たっては、施策の緊急性、手順などが勘案されるものであることについても十分理解を示し、それぞれの時宜に対応する施策の実施に協力を惜しまないことを期待してやまない。
 当委員会は、今回、幸い当事者間において合意が成立した場合には、その調停成立事項の実施状況を必要に応じ、適当な方法をもっては握し、当事者間の調整を図るなど現行法上可能な限りの努力を払う所存である。

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