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【講演録】
日本固有の制度としての公害等調整委員会への期待(後編)

 弁護士  園尾 隆司

園尾隆司弁護士ご講演の様子

6 裁判・調停の判断原則についての欧米諸国と日本との比較

(1)欧米諸国の裁判・調停が目指すもの
 先ほど、司法的紛争解決として説明しました内容は、実は、欧米の裁判が理想とする姿です。いずれにも偏らない判断、予断を持たない公平無私の裁判が欧米の裁判の理想とするところです。欧米の正義の女神像は、目隠しをして秤を手に持っています。予断やわたくし心を持たない公平無私の女神像です。欧米法の基礎となったローマ法の歴史の中で、紀元前450年頃に編纂され、以後約1000年にわたって公法・私法の基本法典として存続した「十二表法」があります。十二表法では、支配者の専横を抑制するため、審判人制度と呼ばれる制度を作り、裁判政務官が争点決定をし、人民の中から選ばれた審判人が事実の認定を行うこととされていました。その認定事実を前提として、裁判政務官が判決を下すのです。
 この制度を今に承継するのが陪審制です。裁判官が争点決定をし、国民の中から無作為で選ばれた予断のない陪審員が当事者双方から提出された証拠を直接見て判断します。裁判官は、陪審員の事実認定を前提として判決を下します。陪審員は素人だから間違った判断をする可能性が高いだろうというのは日本的な正義感なのです。欧米の紛争解決機関では、真実は何かを追求するよりも、「どちらにも偏らない」「公平無私」による判断を最善の判断とするのが基本姿勢なのです。これと対比する趣旨で、日本における紛争解決のエピソードをお話します。

(2)日本における債務者の詫びと債権者の許し
 我が国の特徴のある国民性を表す非常に興味深い書物があります。倒産弁護士の先達というべき清水直弁護士の『続・プロが語る企業再建ドラマ』の描写です。
 「私が初めて企業再生事件を手がけたのは、弁護士登録をしてまだ3か月もたっていない昭和37年初夏の頃のことであった。東京深川のオオタケ商店という材木屋の私的再建事件であったが、下町の人たちは極めて人情に厚く、債権者・債務者が協力し合って、いかに平穏裏に整理するかについて話し合い、迷惑をかけた人たちに誠意を持って頭を下げて、許しを請いに来ているという者について、石もて追いかけるようなことはできないよと。債権者が。誠意を持って頭を下げてきている債務者に対して、けしからんと言って石を投げつけることはできないと、和気あいあいに話しながら、債権者・債務者の会議が終わるや、債権者・債務者が一緒になって、債務者の女房の手作りの松前漬けをさかなにして一杯飲んで散会するという夕べが続いた」と、こう書いてあるのです。
 ここで書かれた何が珍しいのかというと、「深川で松前漬けを食べた」というのが珍しいわけではありません(笑)。松前漬けはイカと人参と昆布があればどこでも作れます。そうではなくて、債権者・債務者が債務整理の協議をしたあと、和気あいあいとお酒を酌み交わす。債務者が「皆さんに迷惑をかけました」と誠意を持って頭を下げて許しを請うと、債権者もそれを許す。すみませんでしたと真摯に許しを請うと、債権者は、そういう者を石もて追いかけるようなことはしない。それが日本の人情であると言っているのです。

(3)日本における金銭債務不履行への姿勢
 次に、1998年、私が2度目にアメリカの制度の調査に行けと言われて出かけていったときのことです。そのときにはバブルが崩壊した時期でしたから、外国出張に支給される手当も削りに削られました。そのため、私はまずはロサンゼルスで2週間、日本人が経営する大変な安宿に泊まって2週間を過ごしたわけです。
 そのホテルにフロリダから逃げてきたという日本人夫婦がいて、私とよく一緒に洗濯場に行って洗濯機を回していたものですから仲よくなって、いろいろ話をしたのです。そこで、ジャッジなのになぜこんな安宿に泊まっているのかと訊かれ、家内と子供を育てていかなくてはいけないので、この時期、若いジャッジはとても大変だと説明しました。そうしたら、いたく同情されまして、こちらが聞かないのに問わず語りに話してくれたのは、「私たちは破産の準備をするために、2年間こういう生活をしている」ということでした。
 「破産の準備をするとはどういうことですか」と訊くと、「破産の申立てをしたら、過去2年間にわたって、破産管財人は全金融機関に強制的に調査する権限を持ちます。そこで、もし詐欺行為だとか税金の不申告があると、刑務所に行かなければならない」と言うのです。「ですから、私たちは2年間、現金だけで暮らしてきました。現金生活をしたら、銀行その他にクレジットの記録が残らない。だから、あともう少し頑張ろうと思う」と言うのです。
 アメリカでは破産事件が多いといわれます。債務を払わない者は簡単に破産しているのだろうと思われているのですが、それは表面的な見方です。アメリカでは非常に厳しい取立てがある。その厳しい取立てを免れるために、破産の申立てをせざるを得ない。日本とは事情が違うのです。
 フロリダで飲食店を経営していた店主が収入をごまかして納税していなかったとなると刑務所行きです。そういう非常に厳しい規律の中で、それでも申し立てをしていくのがアメリカの破産手続です。アメリカあるいは欧米の基本にあるのは、ローマ法古法である十二表法です。そこには、金銭債務の支払いを怠った者は奴隷の地位に落ちると規定されており、それが金銭債務不履行に対する欧米諸国の基本的な考えの中に厳然と残っているのです。刑務所に入るのが原則です。
 日本ではそうではありません。お詫びをして、「本当に申し訳なかった」という真摯な気持ちを表すと、石もて追わない。しかし、よその国もみんなそうかというと、そうではないことを知っておく必要があると思います。

 園尾弁護士が講演している様子

7 公害等調整委員会への期待

(1)「ちょうせい」掲載の論稿
 公害等調整委員会に「ちょうせい」という機関誌があります。これは、単なる公報に留まらず、内容的に読み応えのある論稿が多数掲載されている広報誌です。その43号に、上野透=池田千恵「米国のADR(特に公害・環境分野)について」(2005年)という論稿が掲載されています。大変優れた内容です。私が特に優れていると感じたのは、「わが国の公害等調整委員会のような紛争解決手続を持つものは米国には見当たらない」とまとめている点です。
 法学者や裁判官が外国に出張して調査すると、ほとんど例外なく、「この点はわが国の制度設計の参考になる」とまとめます。明治維新以来、わが国では、欧米諸国の制度に学ぶために海外出張をしてきたものですから、私も優れた制度を学ぶために海外出張をしてきました。民法の教科書を見ても、民事訴訟法の教科書を見ても、はたまた破産法の教科書を見ても、法の起源として、明治にまで遡った後に、必ず欧米諸国の法制の記述になります。江戸時代に遡る記述はありません。その癖が今も残っていて、欧米諸国に留学すると、必ずわが国の制度設計上参考になる点を幾つか拾って帰ります。しかし、公害等調整委員会からの出張した上野さん、池田さんのご両名は、アメリカ各地で様々な公害・環境分野のADR(裁判外紛争解決制度)について調査を尽くした上で、結論として、「わが国の公害等調整委員会のようなADRを持つものは見当たらない」と淡々と述べています。我が意を得た論稿です。

(2)深山元最高裁判事の論稿
 『公害等調整委員会50年史』(公害等調整委員会、令和4年)の中に、ついこの間まで最高裁判事をやっていた深山卓也さんが、若い頃に公害等調整委員会審査官補佐だった当時の感想を書いているものがあります。その中に、深山さんが率直な感想を書かれています。紛争解決の王道は裁判所の手続と信じて、ここで何をやるのだろうと疑心暗鬼で赴任した。ところが、日々様々な委員の方々や事務局の方々と接触しているうちに、これは自分の考えが間違っていたと分かった。この手続について、自分は裁判所の前さばきぐらいに考えていたけれども、これは本格的な行政手続と感じたと、感銘深く語られています。

(3)わが国の独自性を堅持することへの期待
 公害等調整委員会の設置と手続について書いた公害紛争処理法を見てみると、物すごくたくさん枝番が入っています。ということは、随時、現状に合うように修正されて今になってきたということです。最初に定めた手続でそのまま50年運営してきたわけではない。その際に、不便なところ、不都合なところを随時修正しながら今の手続をつくり上げている。
 そうやって、ここまでつくり上げたものですから、言わば堂々と、「これは日本の固有の紛争解決制度で、日本の紛争解決のためには非常に有効な手段を備えている」という方向で物事を考えていってもよいのではないか、そんなことを考えます。紛争について、我が国特有の国民性、我が国特有の正義の観念に基づいて解決をつけていくのは非常に重要ではないかと感じます。これまでにお話しましたとおり、日本の固有性をあまり軽く見てはいけない。日本の固有性に基づいて堂々とつくった法律、日本の固有性に基づいて堂々とつくり上げた運用は、非常に重いものがあるのではないかと思います。こういう言わば我が国の固有性に着目した、世界に例のない手続は、しっかりと伸ばしていくのがよいのではないか。そんなことを考えさせていただきました。
 私からのお話はこの程度にして、ここらで何か質問、御意見、あるいは御批判、苦情などがございましたら伺いたいと思います(笑)。よろしくお願いします(拍手)。

【参加者】本日は手術直後の時期に、熱の籠もった貴重なお話を聞かせていただきましてどうもありがとうございました。私が裁定委員長として担当した事件につきましても、過分なお言葉をいただきまして恐縮をいたしております。その後、あの事案がどうなったのかなと気になっていたものですから、今日、後日談のお話も聞けて安心いたしました。
 私ども公調委としては、常に専門性ということで、専門委員などを使って測定をやったりして、専門性に基づく合理的な解決案をいつも念頭に置いておりますけれども、それだけではやはりどうしても解決はできない中で、両当事者間の関係とか、様々なことを考慮して、専門的な合理的な解決案にプラス、その事案に適した解決案を常に求めていくという姿勢を取っているのですけれども、それが、お話をいただきまして、もともと日本固有のそういう制度に起源があって、日本の国民感情に適した解決方法を模索した結果であるという認識を得て、非常に参考になって面白かったです。
 そこで一つだけ、江戸時代の村町役人の解決の方法というのが、合理性をどうやって確保していたのかと、考えたりしたのですけれども、その辺で何か分かることがあれば教えていただければ。
【園尾氏】それも大事なところだと思っています。村役人、町役人とかいうと、そこらで見かける町内会長さんと似たようなものかと思う方も多いと思いますが、明治時代の記録を見てみると、村役人・町役人だった人は、ほぼ全て、村長・町長・県総務部長とかになっているのです。江戸時代の村役人・町役人は、庄屋・大庄屋・名主・肝入などの地位にあり、今に引き直すと、村役人は村長・町長、町役人は都内各区の区長というところだと思います。大変地位が高いのです。
 今に引き直すと、公害等調整委員会は江戸時代の評定所で、各藩に相当する都道府県を従え、村役人・町役人はその下の市町村長だったと考えていただいていいと思います。現在、市町村では公害苦情相談窓口を設け、熱心に苦情処理に取り組んでいます。村役人、町役人の伝統を受け継いでいるのだろうと思います。市町村が身近な紛争についていろいろ相談に乗って、村役人・町役人の平素の識見に基づいて、こうしたらどうか、ああしたらどうかとやっているのも、江戸奉行所裁判の歴史から見てうなずけます。
 日本で、明治初期に民事調停制度の前身である勧解制度をつくりました。これは民事調停ができる前の、明治民事訴訟法の前の職権和解手続でした。そこでは、当事者の言い分を書記官の立場の人が聞くのです。双方の意見を聞いて、双方の意見の中から解決策を見いだしていくというやり方で説得をしていました。現地に出張して好評を博したとも言われています。これによって非常に高い率で調停が成立していたのです。ところが、明治23年に明治民事訴訟法をつくったときに、その勧解制度を全廃しました。どうして全廃したのかというと、明治民事訴訟法では、地方裁判所の審理は全て合議体でやるということにしました。要するに、裁判長のほか2人の陪席裁判官がいる。法曹資格を持った、法律に明るい陪席裁判官が2人いて、その陪席裁判官が和解を担当する。法曹資格のない書記がやってきた和解の仲介について、2人の優秀な陪席裁判官が担当してできないはずはないと、自信満々で勧解制度を全廃したのです。そうしたところ、それから10年もたたないうちに、物すごく事件がたまりました。その結果出てきたのが大正11年制定の借地借家調停法です。民事調停法の前身です。出張調停も多用しました。それによって非常にたくさんの事件が調停で終わったのです。
 なぜ、法律に明るい優秀な陪席裁判官2人を投入しても事件がたまってしまったのかというと、訴訟の場で裁判官が双方から話を聞いても、多くは法律的でないところで対立しているから処理が難しい。時間もかかる。法律的といえない対立感情を聞き取って、双方の対立をどう調整するかが重要なことを明治政府は分かっていなかったのです。そういう経験もあり、法的な解決をしようと頑張り過ぎないことも、一つの大事な我が国の紛争解決の仕方ではないかと思います。

【永野委員長】では、予定の時間が参りましたので、そろそろ講演をこれでお開きにさせていただきたいと思います。園尾先生には、今日は御体調が万全でないにもかかわらず、いつにもまして熱の籠もった御講演をいただきましてありがとうございました。お話しいただいたように、我が国の長い、江戸以来の長い歴史、慣習、伝統の中で形成されてきた正義観や公正の観念といったものが、現在の公調委の制度の中にも溶け込んでいる。そういったものが、これだけグローバリゼーションの洗礼を受けた我が国においても、なお国情に妥当するものがあるのではないかとのご趣旨に受け止めました。そういう意味で、今持っているこのリソースというか、この制度のよさというものを存分に生かしてやれ、自信を持ってやれというふうにハッパをかけていただいたと思います。大変御示唆に富んだお話をいただきまして、どうもありがとうございました。(拍手)

 園尾弁護士の講演の様子

<主要参考文献>

○稲葉光彦『窮民救助制度の研究 ―帝国議会開設以前史―』(慶應義塾大学出版会、1994年)
○清水直『続・プロが語る企業再建ドラマ』(銀行研修社、2014年)
○園尾隆司『民事訴訟・執行・破産の近現代史』(弘文堂、2010年)
○園尾隆司「優先主義・平等主義法制の歴史と将来展望〜ローマ法を起源とする優先主義と対比した我が国平等主義の位置づけ」(金融財政事情研究会、金融法務事情1996号(26頁)、2014年)
○園尾隆司『民事調停 世界に例のない制度がどのようにして形成されたのか』(金融財政事情研究会、2025年)
○上野透=池田千恵「米国のADR(特に公害・環境分野)について」(公害等調整委員会、機関誌「ちょうせい」第43号、平成17年)
○公害等調整委員会事務局編『公害等調整委員会50年史』(公害等調整委員会、令和4年)
 https://www.soumu.go.jp/main_content/000829083.pdfPDF

 

【御参考】

当該記事の前編は機関誌「ちょうせい」第125号(令和8年5月)に掲載しています。
https://www.soumu.go.jp/kouchoi/substance/chosei/125_tokushu.html

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