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第2部 ICT が拓く未来社会
第1節 地域の企業とICT

(2)地域系企業におけるICT利活用の先進事例

これまでの分析から明らかとなったように、地域の住民を対象としてサービスを提供する企業群(医療・福祉業、小売業等)や、地域資源を活用して事業を展開する企業群(農林水産業、宿泊業等)では、その他の企業群(製造業等)と比べて、全般的にICT利活用が遅れている。同時に、これら地域系企業では、ICT利活用に積極的に取り組む企業とそうでない企業の差が激しい。このため、ICT利活用に積極的に取り組む企業の経験を広くベストプラクティスとして共有することで、地域系企業全体のICT利活用水準を底上げすることが重要となる。

そこで以下では、ICT利活用に積極的に取り組むことで具体的な成果を上げている地域系企業の例を、幅広く紹介していくことにしよう(図表3-1-2-14)。

図表3-1-2-14 紹介するICT利活用事例の一覧
(出典)総務省「地方創生と企業におけるICT利活用に関する調査研究」(平成27年)
ア ユーザメイドのシステム導入でデータを有効活用し、業務を効率化(サンライフゆもと)

福島県の介護老人保健施設サンライフゆもと(医療法人社団秀友会)は、福島県で最初に開設された老人保健施設(以下、老健とする)である。介護保険制度の導入に伴い書類作成の負担が高まったことから、データベースソフトを活用した独自システムを構築し、一度入力したデータを有効活用すること等により業務効率を高めている。その結果残業時間を0にするなどの効果を得ている。

老健では以前から書類作成の負担が大きかったが、2000年の介護保険制度導入に伴い、さらに負荷が高まった。作成しなければならない書類が増えるとともに、多職種で協働して作成しなければならないものが多くなったからである。はじめは手書きで書類を作成していたが、それでは業務時間内に作成することができず、書類作成を効率化することが大きな課題となっていた。

そこで、書類作成を支援するシステムを構築することとした。システムは市販のデータベースソフトを活用して構築されている。単にワープロソフトで書類の電子化を図っただけでは、入力したデータの活用ができないが、データベースに情報を蓄積するとデータの再利用や統計加工に活用できるからである。システム化した書類は現在56種類を数え、要介護認定基本調査、ケアプラン作成、リハビリ実施計画書、栄養ケア計画書等の多岐にわたっている。システムはパソコン又はタブレット端末から利用することができる。

介護の書類では共通して利用する情報が多い。そのため、一度入力したデータは改めて入力せず、既に入力したデータを呼び出して効率化している。また、以前作成した書類を参照しながら作成しなければならない書類では、作成中の書類の横に関連する書類を表示し、必要な部分をコピーして修正できるようにしている。その他にも、たとえば、利用者がどの部屋のどのベッドに所在するかをまとめた居室表について、以前は入退所や部屋の移動が生じるたびに手作業で修正、コピーして配布していたが、現在は入所者のマスターデータに登録された部屋番号から自動作成できるようにして、作成の手間と時間を大幅に短縮している。

その他、多職種が協働して作成する書類の場合には、それぞれの担当者が並行して作成を進めた上で、最後に統合する仕組みとすることで、作成にかかる時間を短縮している。また、職種ごとの作成状況は色分けされて表示され、どの職種での作成が遅れているかどうか等を一目で確認できるような工夫もしている(図表3-1-2-15)。

図表3-1-2-15 多職種が協働して作成する書類の作成状況一覧画面
(出典)介護老人保健施設サンライフゆもと提供資料

システムのインタフェースは紙の書類をベースに一つの画面で入力できるようにしており、新しく入った職員でもすぐに使うことができる。介護の現場では使い勝手に対する要求が高い。画面上の入力フォームやボタンの位置にもこだわりがある者が多く、使いにくさを感じると有効に活用されない。そのため、職員がよく利用する機能はボタン一つで操作できるようにするなど、現場のニーズにきめ細かく対応し、使い勝手を高める工夫をしている。

システム利用により業務が効率化したため残業時間を減らすことができた。システムを活用しているリハビリテーション科、支援相談員、栄養相談員では、ほとんど残業が生じていない。ケアマネージャも30分程度の残業で業務に対応できるようになっている。

我が国で医療・福祉業に従事する人の比率は年々増加しており、その傾向は特に地方で顕著である。地方における「雇用の受け皿」となっている医療・福祉業において、ICT利活用により業務の合理化を図ることは、若者にとって魅力のある雇用機会の確保という観点から特に重要である。医療・福祉業では導入コストの高さからICT導入に踏み切れない団体も多いが、本事例は、創意工夫次第ではコストをかけなくても効果的なICT利活用が可能なことを示している。

イ 農業生産技術の見える化による収量・品質の安定化(新福青果)

宮崎県の有限会社新福青果は、ごぼう、さつまいも、にんじん等の根菜類、キャベツやほうれん草等の葉物類を生産している。その他、ごぼう、にんじん等の加工品を手がけ、レストランや総菜メーカー等に納入している。同社では、スマートフォンを通じて登録した作業者の作業内容と、農地に設置した固定カメラ及びセンサーによる情報、収穫量等の情報とを組み合わせて分析することで、栽培における経験や勘を見える化し、安定的な生産、品質の向上を実現している。また、記録したデータから農地ごとに収支状況を確認することが可能となり、経営改善等にも役立てている。

現社長が家業である農業を継いだときに、休日もなく働いても収入は不安定であるなど旧態依然とした農業経営の実態に愕然とした。家族経営であるために勤務時間や休日が曖昧になりやすく、また規模が小さいために所得も低く、後継者不足という課題を抱えていた。そこで他の産業と同等の労働環境、所得を実現する必要があると考え、家族農業から企業的農業8への転換を図った。企業的農業経営へと転換するために規模の拡大を図り、現在では県内に345か所、120ヘクタールの栽培面積を抱えるまでになっている。

そこで農地ごとに栽培・作業履歴を蓄積し、過去の成功情報、失敗情報に基づく技術情報を広く社内で共有することによって、ヒューマンエラーをなくし安定的な収量、品質を確保することを実現した。当初は、農作業が終わり事務所に戻ってから作業日報を作成していた。2、3日分をまとめて記載するといったこともあり正確性に欠けるところがあった。現在はスマートフォンのGPS機能を使うことで、それぞれの作業者がどの農地に、いつ入退場したかが自動で記録される。加えて実施した作業内容や使用した農薬等の情報をスマートフォンからその場で作業者が登録するため、正確な記録ができるようになった。

同時にそれぞれの農地にセンサーを設置し、リアルタイムに地中の温度や水分量、日照時間等の環境データを取得してクラウド上に蓄積できるようにしている。アメダスの気象情報から降水量や大気温度等も取得している。

これらの取得した情報や作業記録と収穫量等とを過去にさかのぼって分析することにより、ベテランの農業生産者が持っている栽培における経験や勘を数値化して知識に変えていくことができる。農業生産技術の見える化によって、作業ミスを減らすとともに、収穫量の変動がなくなり安定的な生産ができるようになった。また品質の向上にも繋がっている(図表3-1-2-16)。

図表3-1-2-16 農業生産技術の見える化
(出典)総務省「ICT地域活性化懇談会第1回公開ワークショップ」資料4-3(2011年3月)

さらに、新福青果ではマーケットインの考え方に基づき、いつ、どれだけの農作物が欲しいという顧客の需要に基づいて生産計画を立てている。連作障害が生じないよう配慮しながら計画を作成するには時間がかかっていたが、現在では農地ごとに過去の栽培データや土壌データ等を蓄積していることから、出荷時期から逆算して適切な作付け時期や作付けする農地を短時間で決定できるようになっている。

また、農地ごとに作業者の作業時間や投入した農薬・資材の量等を記録していることから、それぞれの農地の生産原価を算出できる。収穫量や出荷金額とあわせて「農地ごとの決算書」を作成し、収支状況を確認し、赤字の農地を黒字化するにはどうしたら良いかなど改善策を検討する上でも役立っている。

我が国では農業従事者の高齢化と後継者不足が深刻化しており、農業の収益性を高めることで農業を若者にとって魅力ある就業先にしていくことが求められている。本事例では、ICTを活用して農業生産技術を見える化することで、作業のミスや無駄を削減するとともに、データに基づいた収益性改善策の検討を可能にしている。農業生産技術の見える化は、新規就農者の農業生産技術の習得にかかる期間の短縮にも貢献している。本事例は、農業分野でのICTの積極的な活用が、地方における若者の就農促進にもつながり得ることを示している。

ウ 顧客データの分析によって無駄を省く(スーパーまるまつ)

株式会社スーパーまるまつは、福岡県柳川市でスーパーマーケット1店舗を営業している地元資本の会社である。「新鮮良品こだわりの店」をモットーに、青果、水産、精肉、惣菜の生鮮4品を中心に一般食品、日配品、菓子、雑貨などを扱っている(図表3-1-2-17)。同社では、POSデータを活用した来店客数や販売数量予測に基づき、効率的な仕入れを行い、廃棄ロスを減らしている。また、チラシ配布をやめ、代わりにポイントカードを導入することで、固定客の囲い込みに成功している。

図表3-1-2-17 スーパーまるまつの外観と売り場
(出典)株式会社スーパーまるまつ ホームページ

賞味期限の長い日用品や加工食品は、仕入れの規模が違う大手スーパーには価格面で勝てないため、生鮮品での品ぞろえ、価格での差別化を図ることを経営方針としている。そのために同社では、自社で企画した情報分析ツールを利用して、売上データ及び顧客データの分析を行っている(図表3-1-2-18)。POS購買履歴データ、気象データ(天候、気温)、季節・曜日、周辺でのイベント有無等により、来客数及び販売数の予測を行い、仕入れ数の決定に役立てている。データに基づく仕入を行うことにより、機会損失を減らすとともに、売れ残りによる廃棄ロスを極小化している。以前は4%程度あった廃棄ロスがデータ活用により2%前後まで削減した。こうしたデータ活用により、仕入れに伴う業務量も削減され、少人数での効率的な対応が可能となった。販売結果に基づいて、粗利の悪い商品を洗い出すことも行っており、こうした一連の取り組みで収益性の改善を図っている。

図表3-1-2-18 スーパーまるまつのシステム構成図
(出典)株式会社スーパーまるまつ 資料

POSデータの利用は30年間にわたって行ってきた。現在はスーパーマーケット向けパッケージソフトをカスタマイズして使っている。カレンダー形式で個別商品別の販売状況を示すといった現場が必要なデータを、簡単な操作でディスプレイに出させるようにしている。

売上を維持していくためには、上得意客を囲い込むことが大事であるとの認識のもと、ポイントカード(現在はFSP:Frequent-Shoppers-Programに移行)を導入している。通常の買い物でたまるポイントに加えて、月間の利用金額に応じてボーナスポイントを付与する。また、旅行など顧客向けイベントの抽選権を上得意客に付与する。さらに、利用状況をシステムでみて得意客に月末にダイレクトコールを行うこともある。現在では、ほとんどの客がポイントカードを利用している。同スーパーでは、折り込みチラシの経費をこうした顧客囲い込みの施策に振り替えた。インターネットが普及し、媒体としての折り込みチラシの価値が落ちていることから、徐々に頻度を減らした。折り込みチラシによる来客数のバラツキがない方が、天候、季節・曜日等と来客数との関連性が把握しやすく、来客数や販売数の予測精度が上がるというメリットもある。

商圏が地理的に限定される小売業では、コストの削減と顧客リピート率の向上が生産性・収益性改善の鍵となる。小売店は地域における住民の生活基盤の一つであり、競争力ある地場小売店の存在は地域全体の活力にもつながる。本事例は、地場の小規模事業者がICTの活用によってコストの削減と顧客リピート率の向上を達成し、大手スーパーに劣らない競争力と収益性を実現している例として注目される。

エ 購買履歴分析による客単価向上、顧客の経営改善支援による売上向上(みらい蔵)

大分県の株式会社みらい蔵は、農業資材の店舗販売、農家に対する営農指導、土壌分析・診断等の事業を展開している。農業資材販売店「夢アグリ」では約2万5千点の商品を販売している(図表3-1-2-19)。同社では、購買履歴分析に基づいて顧客にあった商品提案を行うことで、顧客単価を向上させている。さらに土壌診断、肥料設計のシステムを開発して農家の経営改善に役立てることで、顧客との関係を深化し、店舗販売への相乗効果も得ている。

図表3-1-2-19 農業資材販売店「夢アグリ」
(出典)株式会社みらい蔵ホームページ

1997年の開店当初は、競合他社との競争、新規顧客の伸び悩み、農業知識・商品知識の不足等もあって売上が低迷していた。開店当初は地域に適していない商品を仕入れるなど適切な品揃えができていないこともあった。そこで、どのような商品が売れているのか、売り逃しはないのか、死に筋の商品はないのか等を数字に基づいて分析した。その結果、顧客や商品の流れ等が把握できるようになり、顧客に対してタイミングよく商品・サービスの提供が行えるようになった。

その後2007年にはPOSレジ、顧客管理システムを導入し、様々な分析が迅速にできるようになった。店頭のPOSレジから購買履歴を参照できるようになったことから、レジを担当するパート従業員が買い忘れの商品がないかを確認して、「これを買い忘れていませんか」と一声かけることができるようになっている。また、購入された商品の関連商材がPOSレジに表示されることから商品知識があまりなくても、顧客にあった関連商材を提案することができる。例えば、サツマイモの種イモを購入した顧客に、「この消毒薬はお持ちですか」と聞くことで販売につなげている。顧客にとっても買い忘れによって再度来店する必要がなくなり評判は良い。結果として客単価が3,650円から4,050円へと約1割向上するといった効果を得ている。また、こうしたきめの細かい商品提案等が評価され多くの顧客を得ることにも成功している。半径50kmの商圏内に15,000戸の農家がある中で8,500戸が顧客となっている。

さらに、農家からの信頼・信用を得ていくには、単に店頭に商品を並べて売るだけではなく、農家の収益性向上につながる取組が必要であると考えた。訪問営業をする中で、農家は土壌に関して困っていることがわかった。そこで農家から送られてきた土壌を分析して診断結果をインターネット経由で提供するサービスを開始した。さらに、診断結果をもとに自動で肥料設計が行えるシステムも開発した(図表3-1-2-20)。全国から土壌分析の依頼があり、年間3,000件の診断をしている。土壌分析に基づいた肥料を使用することによって、病害虫の発生がしにくくなる。農薬の使用量も減るし、品質の良い作物を計画通り収穫することが可能となり、農家の経営改善にも寄与する。単なる売り手と買い手という関係から一歩進んだ関係となって店舗販売への相乗効果も得られている。

図表3-1-2-20 土壌分析に基づく施肥設計画面の例
(出典)株式会社みらい蔵ホームページ

人口減少により商圏内の潜在的顧客数が減少していく地方の小売業にとって、既存顧客の満足度を高め、顧客単価や顧客リピート率を向上させることが以前にも増して重要となっている。本事例は、ICTを利活用した緻密なデータ分析によって、顧客が欲しい商品・サービスをタイミングよく提供し、顧客単価向上等につなげている例として注目される。

オ Webサイトを通じた集客で個人客へと顧客層を転換(吉花)

有限会社吉花は、石川県にある山中温泉の温泉旅館「お花見久兵衛」(49室、250人収容)を運営する会社である。同社は、団体客から個人客へと顧客層を転換するに当たって、個人客のニーズに合わせた露天風呂といった商品企画とともに、Webサイトでの宿泊予約に力を注いだ。また、業務を効率化するとともに、遅れていた経営マネジメントを一新するために、クラウドシステムを活用した経営改善に取り組んだ。並行して、縦割り業務の非効率を解消するために多能工化などの取組を進めた。

こうしたICTを中心とした経営改善の取り組みによって、7割程度あった旅行代理店を経由した予約は3割程度となり、夫婦や20〜30代の若年層の客が大幅に増えた。自社ホームページを含むインターネットを通じた予約が売上全体の半分近くを占める。

従来、顧客のメインは会社の慰安旅行といった団体客であった。団体客の場合、宴会、物販といった宿泊に付随する売上も多く、原価管理をはじめとする経営マネジメント体制がきっちりとしていなくとも、経営が成り立っていた。その頃は団体をあっせんしてくれる旅行代理店向けに3人体制で営業を行っており、直販比率は1割以下だった。しかし、90年代にバブル景気がはじけ、法人需要が大幅に減少した結果、売上が減ることを前提として経営をしていく必要が出てきた。

そこで、団体客から個人客へと顧客層を変えることとし、それに合わせた経営へと転換することとなった。20〜30代の年齢層で、夫婦や家族連れといった層をターゲットと設定し、ターゲット客のニーズに対応した商品企画を行った。ターゲットとした顧客層に対しては、従来ながらの旅行代理店に頼っていては集客が難しいと考え、2005年からWebサイト構築に取り組んだ。自社サイトでアクセス数、予約成立率が向上するように様々な試みを行い、その効果を検証してきた。例えば、トップページの一番目立つところの写真を、旅館全景にしたり、食事にしたりしてひとつひとつ試していった。こうした努力の結果、2006年に0.55%だった自社Webサイト成約率は2014年には1.03%まで向上している。

また、個人客をメインとした場合、チェックインや客室案内をはじめとする接客が大幅に増えるため、業務の効率化が必須となる。そこで、2010年に旅館向けシステムを導入した。従来はすべて紙でオペレーションしており、Webサイトで予約を受け付けても、ファクシミリや電子メールで通知が旅館に来て、予約台帳に書き写していた。部屋割り等も手書きであり、全部で4〜5回転記をしていた。転記する数が多ければ人手もかかるし、転記ミスも増える。システムでは、予約するとそのデータがシステムに入力され、旅館内の各係で顧客情報を共有することができる(図表3-1-2-21)。

図表3-1-2-21 システム構成と予約情報の流れ
(出典)総務省「地方創生と企業におけるICT利活用に関する調査研究」(平成27年)

Webサイトでの予約受付や、紙媒体での広告、新商品企画など一連の取り組みで顧客層が変わり、2割程度だった20〜30代の顧客が半数まで増えた(2014年で47.4%)。自社サイトでの売上は2006年の0.9億円から2014年には2.4億円と大きく伸びており、利益率の向上に貢献している。旅行代理店からWebでの予約受付に大きくシフトしたことから、2006年に65.2%あった旅行代理店比率が2014年には28.9%まで下がった。団体客メインだった時期からみると売上は半分以下になっているが、利益は今の方が多い。

地域の観光資源と不可分に結びついている観光業は、地方における重要な産業の一つであり、今後も多くの地域で地域経済を支えていくことが期待される。法人需要の減少などによって事業継続が難しくなっている旅館・ホテルも多い中、本事例は、ICTの積極的な活用によりビジネスモデルの大胆な転換と収益性の向上に成功した例として、注目に値する。

カ インターネット通信販売で伝統工芸品を全国、海外に販売(九谷物産)

九谷焼産地である石川県能美市の九谷物産株式会社は、九谷焼の専門店「和座本舗」を運営する会社である。バブル景気の崩壊によって法人向けのカタログ販売事業が急激に落ち込み、事業継続が難しくなったことから、ネットショップを2000年に開設した。メールマーケティングで売り上げ拡大を図り、現在は、これまでに蓄積したネットショップとしての販売ノウハウをベースに自社サイトの他、国内外のインターネット通信販売(以下、ネット通販)サイトに4店舗を展開している(図表3-1-2-22)。こうした取り組みによって、全国に顧客をもつとともに、海外からの売上も1割程度にまで拡大している。

図表3-1-2-22 和座本舗ショッピングサイト(九谷物産)
(出典)九谷物産株式会社 ホームページ

同社は現代表の祖父が立ち上げた窯元「章山窯(しょうざんがま)」を起源とする。「五彩」とよばれる5色の絵の具を厚く盛り上げて塗る多種多様な上絵付けを特徴とする九谷焼は、日本を代表する陶磁器である。二代目はロードサイドに実店舗を構え、マイカーや大型バスで来訪する観光客に九谷焼を販売するとともに、法人向けを中心としたカタログ通信販売を同業者と手掛けた。バイパス道路整備に伴って実店舗を閉じ、その後はカタログ販売をメインにしていたが、バブル景気の崩壊によって法人需要が激減したために、同社の売上は最盛期の4割程度に落ち、事業継続が難しくなった。

そこで、当時、世間から注目を集め始めていたネット通販を利用して、九谷焼を販売することにした。2000年にネットショップを立ち上げたが、まだネット通販が一般的ではない時期であり、知名度の低いネットショップではそう簡単には売れなかった。そこで、問屋の規格外商品・正規販売終了商品等を販売する九谷茶碗祭りをネットショップ上で開催することを考え、カタログ通販で売れ残った在庫を価格を下げて販売したところ、九谷焼のファンに購入されるようになった。当時は、販売の低迷から百貨店での九谷焼の取扱いがなくなるなど、九谷焼を購入するルートが少なくなっていたこともあり、ネットショップでの九谷焼の販売は歓迎された。

在庫販売が終わった後は、窯元が百貨店向けに制作していた試作品を仕入れ、手ごろな価格で販売した。こうした販売を通じて顧客が定着するようになった。その後はリピーターを増やして販売を安定させるためにメルマガを発行し、顧客とコミュニケーションを図って売り上げを伸ばした。メルマガ読者が10万人に達していた時期もある。

現在は、ネット通販サイトでの販売をメインとし、本店である自社サイト(和座本舗)、楽天市場、Yahoo!ショッピング、Amazon(日、米)の5店舗を展開している。芸術品に近い一点物の九谷焼を探している顧客に対して、ひとつの店舗で対応することは難しく、大きな投資が不要なネットショップだからこそ、海外を含め様々な顧客に対応する店舗をもつことができる。実際、店舗それぞれで顧客層は異なり、売れ筋も違う。また、将来、ショッピングサイトの集客力が変わることも想定されるため、特定のショッピングサイトに依存しない観点からもインターネット上での多店舗展開を行っている。実店舗であればその商圏は20km程度にすぎないが、ネット通販であれば、全国にいる顧客の方から商品を探しに来店してくれる。顧客の多様な趣味、嗜好にきめ細かく対応するためには、ネットショップが最適な販売手段である。また、海外からも注文が来るようになっている。欧米諸国からは海外駐在している日本人等からの注文も多くなっているが、アジア諸国からは現地の顧客からの注文が多い。米国Amazonではギフトシーズンによく売れている。こうした海外顧客向けの売上は同社全体の1割程度を占めるようになるまで伸長している。

様々な伝統工芸品をはじめとして、我が国の地方には世界に通用する魅力ある産品が数多く存在するが、その中には販路の未開拓などにより十分な市場性を獲得できていないものも少なくない。本事例は、ICTの巧みな活用により、嗜好品としての色彩が強い伝統工芸品の魅力を広く伝え、その販路を全国、さらには海外へと拡大することに成功した例として注目される。

キ 小括

以上、ICT利活用に積極的に取り組むことで具体的な成果を上げている地域系企業の例をみてきた。いずれも活用されている技術自体は必ずしも高度なものではなく、むしろ市販のパッケージ・ソフトウェアや外部のICTサービスを上手に活用して、低コストでの業務効率化や収益力向上を実現している。

先にも述べたように、地方からの人口流出を食い止め「地方創生」を実現するためには、東京に集中する企業拠点の地方への分散を促進したり、海外へと移転した生産拠点を地方へと呼び戻したりするとともに、地域雇用の中長期的な担い手である地域系企業における「雇用の質」を着実に高めていくことが必要である。そして地域系企業における「雇用の質」を高めるためには、コスト削減や売上拡大を通じてその生産性を高めることが重要となる。ICT利活用がそのための現実的な手段となり得ることを、ここで挙げてきた事例は示している。

ここで取り上げた事例は地域系企業におけるICT利活用事例のごく一部であり、実際には、更に様々な創意工夫が各地の地域系企業で日々行われている。そうした様々な先進的事例をベストプラクティスとして広く共有していくことで、相対的に遅れている我が国地域系企業のICT利活用水準を大きく底上げすることが期待できる。地域系企業のICT利活用水準の底上げは、地域における「雇用の質」を改善し、深刻化する地方から東京圏への人口流出を食い止めることにつながるだろう。

クラウド等を活用した地域ICT投資の促進に関する検討会

「日本再興戦略」や「まち・ひと・しごと創生総合戦略」などにおいても指摘されているように、地域の活性化は、我が国における最重要課題である。

ICTは、距離や時間等の制約を克服し、地域の創意工夫を生かしたイノベーションや新産業の創出を可能とすることによって官民のサービスをはじめとする地域のサービス水準の維持・向上、地域の産業や小規模・個人事業者の収益性・生産性向上及びイノベーションの創出に有効な手段であり、更なる利活用の推進が期待されている。

我が国では全国的に超高速ブロードバンド環境の整備が進み、ネットワークを通じたアプリケーションサービスやクラウドサービスが至る所で利用可能となっており、これらを用いたICTの利活用の推進、ICT投資の促進を図ることが重要であることから、総務省では、地域の活性化を図るためICT投資の一層の促進を図る具体策を検討することを目的として、総務副大臣が主宰する「クラウド等を活用した地域ICT投資の促進に関する検討会9」を平成27年1月から開催し、地域の小規模事業者等におけるクラウドサービス等のICT利活用普及推進に向けた具体策をとりまとめた(図表)。

図表 クラウド等を活用した地域ICT投資の促進に関する検討会


8 企業的な経営手法を農業に取り入れ、利潤の獲得を目的とし、労働者を雇用したり機械化を推進したりして、商品として農産物を生産する形態

大規模化する中で、作業者による作業のバラツキが問題となった。それぞれが経験や勘に基づいて、好きなように種をまき、農薬を散布するなどしていたため、安定した収穫量や品質の確保が難しく、またミスや無駄も発生していた。

9 http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/cloud-utilization/別ウィンドウで開きます

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