ここでは、我が国産業界におけるICT投資・利活用の現状を明らかにすると共に、ICT化の効果と関連が高いとされる組織改革・人的資本への取組状況や、ICT化の進展が産業や企業の成長につながる効果に焦点をあて、企業業績との関係性についても分析する。
ICT投資の目的(棒グラフ赤)としてどのような項目を設定しているのかをみると、「売上向上」よりも、「コスト削減」を目的と設定する傾向にある10。
また、得られた効果(棒グラフ緑)をみても、「コスト削減」の効果を得られている割合が高い傾向にある。
目的と効果の関係を目的達成率(折れ線グラフ青=棒グラフ緑÷棒グラフ赤)として観察すると、ICT投資によりコスト削減を実現している企業の割合が高い。日本企業はICT投資の目的としては、「売上向上」よりも「コスト削減」を重視する傾向にあり、効果をみても「売上向上」より「コスト削減」の効果をより得ている傾向にある。
さらに、「社外効果」と「社内効果」を比べると、社内での組織改革や従業員への対応は目的としている割合も高く、効果も得られている傾向にある。一方で、社外との連携や交流に関しては目的および効果とも低い傾向にある(図表2-1-1-4)。
次に、利益増加にICTが貢献したと回答したものと、それ以外のものに分けて、産業別にICT投資の目的設定状況をみる。
利益増加にICTが貢献と回答したものはそれ以外のものに比べて、売上向上とコスト削減双方をICT投資の目的として設定している割合が高い。ICT投資を業績向上に結びつけている企業はICT投資を売上向上とコスト削減双方をめざし、実施している姿が窺える。それ以外のものでは「コスト削減」を目的として設定している割合が「売上向上効果」を目的として設定している割合よりもやや高い(図表2-1-1-5)。
さらに、ICTの利活用の現状について、産業別に見てみる。本調査では、端末貸与、ネットワーク化、クラウド化、ICTシステムの状況等についてアンケートを行った。各産業でICT化がどのように進展しているかを個別にみてみたい。
社員への端末貸与については、製造業及び情報通信業では、スマートフォンやタブレット端末の普及が進んでいる。他方で農林水産業は低い水準にとどまっている(図表2-1-1-6)。
ネットワーク化についても、製造業及び情報通信業ではおおよそ半数以上が部門内及び部門を超えた企業内でのネットワークが整備されていると回答しており、取引先・顧客等を含めたネットワークについても先行している。他方で不動産業、運輸業については、部門内のネットワーク化についても3割に満たない状況となっている(図表2-1-1-7)。
ICTサービスについては、全ての産業においてホームページ開設は他に比べ相対的に高く、農林水産業、不動産業、運輸業以外では過半数が開設していると回答している。また、SNS利活用はホームページに比べ、低くとどまっているものの、他の項目と同様、製造業及び情報通信業では取組が進んでいる(図表2-1-1-8)。
モバイルソリューション(GPSなど)、センサー技術、M2M(Machine-to-Machine)の活用については、他の項目と同様、製造業が高いが、モバイルソリューションについては、他の項目で利活用が低い運輸業の利用割合が高い(図表2-1-1-9)。
今回の調査では、これらの個々のICT化の取組について、スコア化(24点満点)を行い、各産業のICT化の状況を見てみた。その結果、製造業、情報通信業で平均スコアが高くなっており、他の産業に比べICT化が進展している一方で、農林水産業や運輸業では他の産業に比べ低い傾向となった(図表2-1-1-10)。
次に、企業規模で大企業と中小企業に分け、それぞれのICT化進展スコアを比較してみたところ、全ての項目で中小企業が大企業を下回り、特に「社内向け」カテゴリの差が他に比べて大きい結果となった。このことから、中小企業ではICT投資・利活用を伸ばす余地が大きいことがうかがえる(図表2-1-1-11)。
さらに、産業別に売上、利益のそれぞれで業績を向上させていると回答したものと、それ以外のもののICT化進展スコアを比較してみた。
その結果、売上及び利益双方で全ての産業において、業績を向上させている企業の方が、ICT化の進展が高い状況にある。また、産業別にみるとスコアの差は商業や不動産業で大きく、業績が向上した企業群はICT化が進展しているといえる。一方、金融・保険業や情報通信業では、相対的にスコアの差が小さい結果となった(図表2-1-1-12、図表2-1-1-13)。
では、ICT化の進展と雇用の関係はどのような関係だろうか。雇用の増減とICT化進展スコアの関連をみてみると、雇用が増加したと答えた回答者のスコアが最も高く、ついで「雇用減少」「雇用不変」の順となっている。このことから、雇用が不変の企業よりも、雇用を変化させている企業の方が、ICT化を積極的に行っており、中でも、雇用を増加させている企業が最も積極的にICT投資を行っている様が窺われる(図表2-1-1-14)。
(1)で述べたとおり、先行研究によると、ICT化の効果を十分に発揮するには、意思決定の見直し、組織のフラット化、人材面の投資等の組織改革・人的資本への取組が重要であるとされている。
それでは、日本の産業界はこれらの改革にどのように取り組んでいるのであろうか。社内での業務改革、社外との取引改革、人材面での対応・投資、効果測定の実施等について調査を実施した。
まず、社内での業務改革では、どの業種でも「社内業務のペーパーレス化」が最も高く、次いで「業務知識やノウハウ、応対マニュアル等をシステムにより共有化(ナレッジ共有)」が高い業種が多い(図表2-1-1-15)。
また、ICT化に伴う人材面への対応や投資についてみると、「従業員の社内もしくは社外研修の充実」は、製造業、金融・保険業、情報通信業で実施しているという回答の割合が他産業に比べ高い。一方で、建設業、商業、情報通信業では、ICTに関連する専門の人材を新卒で採用するより、中途採用している割合が高い(図表2-1-1-16)。
加えて、ICT投資や利活用の効果測定の実施についてみると、製造業では約29%、金融・保険業は約25%、情報通信業は約24%が効果測定を実施しており他の産業に比べ高い(図表2-1-1-17)。
次に、ICT化の取組と同様に、組織改革・人的資本への取組についてもスコア化(21点満点)を行い、各産業の状況を見てみた。その結果、製造業、情報通信業、金融・保険業で平均スコアが高くなっており、他の産業に比べ、組織改革・人的資本への取組は進んでいる一方で、運輸業では他の産業に比べ低い傾向を示した(図表2-1-1-18)。
また、ICT化と同様に、産業別に売上、利益のそれぞれで業績を増加させていると回答したものとそれ以外のものの組織改革・人的資本への取組のスコアを比較してみた。
それを見ると、全ての産業において、売上及び利益の双方で業績を向上させている企業の方が、組織改革・人的資本への取組が進んでいる状況にある。産業別にみると、スコアの差は商業やサービス業で大きく、これら業種においては業績が向上した企業群は組織改革・人的資本への取組が進展しているといえる。他方で、金融・保険業や電力・ガス等では差が小さい結果となった(図表2-1-1-19、図表2-1-1-20)。
ここまでは、ICT化の進展及び組織改革・人的資本への取り組みと業績との関連について個別にみてきたが、双方の取組を同時に実施した場合には、企業経営にはどのような影響を与えるのだろうか。
以下では、まず、経営トップの意思決定の正確性・迅速性向上、既存顧客の満足度向上、新規顧客の開拓従業員の作業効率の向上等、さまざまな経営改善効果をスコア化し(18点満点)、ICT化の進展の高低に加えて、組織改革・人的資本への取組の高低により、この経営改善スコアがどのように変化するかについて分析をおこなった(図表2-1-1-21)。
その結果をみてみると、ICT化の進展が高く、 組織改革・人的資本への取組も高いほうが、経営改善スコアが最も高い傾向を示した。つまり、このことはICT化により経営改善効果を得るためには、ICT化を積極的に実施することに加えて、組織改革・人的資本への取組を実施することが重要であることを示唆している(図表2-1-1-22)。
また、ICT化と組織改革・人的資本への取組の組合せについて、組織改革・人的資本への取組をCIO設置の有無に置きかえて、ICT化による経営改善効果を観察したところ、CIOを設置しICT化の進展が高いほうが、経営改善スコアが最も高い結果となった。
このことから、ICT化により経営改善効果を得るためには、ICT化を積極的に実施することに加えて、経営や組織運営状況を踏まえつつ、ICT化全般を統括するCIOを設置することも重要であることが示唆される(図表2-1-1-23)。
さらに、ICT化の進展とICT化に関する効果測定実施の高低についてみると、ICT化の進展が高く、効果測定も積極的に実施している方が、経営改善スコアが高く、ICT化の進展が低くても、効果測定を積極的に実施している方が、ICT化の進展が高く効果測定を実施していない方よりも、経営改善スコアが高い結果となった(図表2-1-1-24)。
つまり、ICT化の効果や結果を計測、検証し、ICT化が事業にどの程度貢献しているかを把握することにより、経営戦略や事業戦略に適応したICT化を効果的に進めることが可能となり、その結果、業績向上が実現されることが示唆される。
それでは、ICTの貢献により、実際にどのくらいの企業が業績を向上させているのだろうか。売上及び利益向上にICTが貢献したか否かをアンケート回答者に聞いた。
全回答のうち、3年前と比較して売上が増加したとの回答割合は全体の54.9%、そのうち、ICTが貢献し、売上が増加したと回答したものは、全回答の16.9%となっており、産業別にみるとICTが貢献し、売上が増加したという回答割合は製造業で最も高い(図表2-1-1-25)。
利益については、全回答のうち、3年前と比較して利益が増加したとの回答割合は全体の52.6%、さらにICTが貢献し、利益が増加したと回答したものは、全回答の16.1%となっており、産業別にみるとICTが貢献し利益が増加したという回答割合は売上と同様、製造業が最も高い。
このように売上及び利益とも、ICTの貢献により業績が向上したとの回答割合が全回答者の約16%にとどまっていることは、多くの企業が今後ICT活用による業績向上を実現する余地を残しているとも言える。また、ICTを業績向上に結びつけられているかは、業種間において差があることも示唆している(図表2-1-1-26)。
ICTと雇用の関係はどうだろうか。ICTの貢献により、雇用が増加/減少したかを聞いてみたところ、雇用が増加したと回答した割合は全体の19.0%、雇用が減少したと回答した割合は17.6%であった。また、ICTが貢献し、雇用が増加したと回答した割合は全回答の6.0%、ICTの貢献による雇用減少は3.6%となっている(図表2-1-1-27)。
このことから、ICTの導入による売上向上に伴う雇用増加、あるいはICT担当部門での新規雇用の一方、ICT導入による効率化による人員削減の両面があることが見て取れる。
10 一般社団法人 電子情報技術産業協会(JEITA)がIDCジャパンと実施した「ITを活用した経営に対する日米企業の相違分析」(平成25年10月公表 日米企業の経営者及びIT部門以外のマネージャー職以上を対象としたアンケート調査)においても、今後のITに対する期待として、日本企業は「ITによる業務効率化/コスト削減」と回答した割合が一番高い。他方で、米国企業は「ITによる製品/サービス開発強化」と回答した割合が最も高い。