昭和62年版 通信白書

本文へジャンプ メニューへジャンプ
トップページへ戻る
操作方法


目次の階層をすべて開く 目次の階層をすべて閉じる

1 個人の利益の保護

 今までみてきたように,情報化の進展は,個人生活に大きなメリットをもたらしている。しかしながら,一方では,情報化の進展は,個人の利益を侵害する可能性を有している。

(1)プライバシー保護

 情報化の進展による個人の利益の侵害の中で最も重要な問題として,個人のプライバシー侵害がある。

 ア マス・メディアとプライバシー侵害
 30年代以降,私生活をみだりに公開されないという法的保障を求める動きが大きくなり,判例においても,このような内容のプライバシー権が認められてきている。
 マス・メディアは,極めて広い範囲に情報を伝達するので,マス・メディアによってプライバシーの侵害が行われた場合,とりわけその情報が事実でなかった場合には,回復しがたい損害を与えることがある。
 (訂正放送等とプライバシー)
 今日,最も強力なマス・メディアである放送について,放送法は,このような場合に個人の利益の回復のために次のような規定を設けている。訂正放送等に関する第4条第1項では,真実でない事項の放送をしたという理由で,その放送によって権利の侵害を受けた本人や関係者から,放送のあった日から2週間以内に請求があったときは,放送事業者
は,調査をして,その結果真実でないことが判明したときは,判明した日から2日以内に,相当の方法で,訂正又は取消しの放送をしなければならないことが定められている。これにより,権利の侵害を受けた本人等がその不利益の解消を求める道が開かれている。
 また,この訂正放送等の実施を確保するために,放送事業者は,放送後3週間以内は訂正や取消しの関係者が確認することができるように必要な措置を講じなければならないこととされている。
 さらに,放送法第4条第1項の違反については,罰則規定も整備されている。
 具体的に訂正放送等の事例としては,選挙報道で落選者を「当確」と発表した例,住居侵入事件で被害者を「被疑者」として報道した例,「危篤」を「死亡」と誤報した例等がある。
 このように,放送においては,訂正放送等により,事後的ではあるが,個人の利益の保護が図られている。
 (出版メディアとプライバシー)
 放送以外の分野においては,雑誌の取材による個人の私生活上の自由の侵害が問題となった事件について,法務局が,人権擁護の観点から当該出版社に対して再発防止に特段の配慮を求める旨の勧告を行う事例が発生するなどマス・メディアによる個人のプライバシーの侵害が大きな社会問題となっている。

 イ 情報化の進展とプライバシー
 近年では,情報化の進展に伴い,プライバシーに関しても新たな問題が生じている。すなわち,データ通信の発達により個人情報の流通・加工が増大しているほか,企業による個人情報の収集・利用の増大,等がみられる。60年に経済企画庁が実施した「事業活動における個人情報の収集,利用等に関する調査」によれば,23.3%の企業が個人情報を保有しており,保有企業についての1企業当たりの平均保有情報量は,142万人分に上っている。
 こうした中で,本人の知らない間に,本人が秘匿を希望する個人情報が収集,利用されたり,その情報が事実に反するにもかかわらず訂正されないため,個人に不測の損害を与えたり,さらには,個人情報が収集目的以外に使われたり第三者に転売されたりするなどの問題が発生している。

 ウ プライバシー侵害に関する国民の意識
 (プライバシー侵害を感じる場合)
 どのような場合にプライバシーが侵害されたと思うかということについて,56年に総理府が実施した「プライバシー保護に関する世論調査」と60年に総理府が実施した「個人情報の保護に関する世論調査」における回答をみると,第2-3-1図のとおりである。
 これをみると,「ダイレクトメールが頻繁に舞い込む」という回答が56年では16.3%,60年では33.2%,「自分や家族のことについてウソを言いふらされた」という回答が56年では34.9%,60年では30.8%,「自分に関する資料(情報)が知らないうちに集められていた(使われていた)」という回答が56年では28.3%,60年では30.4%,「自分の過去の経歴を言いふらされた」という回答が56年では22.8%,60年では24.5%,「たびたび嫌がらせの電話がある」という回答が56年では16.8%,60年では22.9%である。また,「勝手に写真をとられた」という回答が56年では12.7%,60年では17.3%となっており,肖像権に対する意識も強まっていることを示している。
 (個人情報が知られていると感じたときの気持ち)
 62年世論調査によると,自分の住所,年齢,収入,家族構成などの個人情報が知られていると考えられるような電話があったり,郵便物が来たことがあると回答した者が35.4%である。あると回答した人に対する,その場合どのような気持ちがしたかという質問に対しては,電話の場合,「不愉快で嫌な感じがした」(49.8%),「どうしてわかったのか不思議に思った」(25.9%),「不安に感じた」(10.6%)などと回答しており,郵便物の場合,「どうしてわかったのか不思議に思った」(33.3%),「不愉快で嫌な感じがした」(30.4%),「何とも思わなかった」(15.5%)などと回答されている(第2-3-2図参照)。
 (プライバシー侵害の増加)
 60年に総理府が実施した「個人情報の保護に関する世論調査」によると,「最近,個人の情報の利用に関係した,プライバシーの侵害が増えたと思いますか」という質問に対して「そう思う」と答えた人が48.2%に上っている。
 また,「個人の情報の利用に関係したプライバシーの侵害は,将来,どのようになると思いますか」という質問に対して,「多くなりそうだ」と回答した人が70.6%に達しており,プライバシー侵害に対する国民の危ぐが高まっている。
 いずれの質問においても,女性より男性,高年齢層より若年齢層の方がプライバシー侵害の増加を感じている。
 (コンピュータの普及によるプライバシー侵害)
 コンピュータの普及によるプライバシー侵害について,56年に総理府が実施した「プライバシー保護に関する世論調査」と60年に総理府が実施した「個人情報の保護に関する世論調査」をみる。「コンピュータの普及によって個人の私生活が侵される危険が増えた」という意見について「そう思う」又は「まあそう思う」と回答した人が,56年では42.5%,60年では51.2%となっており,「あまりそうは思わない」又は「そうは思わない」と回答した人(56年では36.7%,60年では32.2%)を上回っている。
 また,「現代は,『情報化社会である』と言われていますが,あなたは,このことについてどう思いますか」という質問に対して「そう思う」と回答した人の「コンピュータの普及によって個人の私生活が侵される危険が増えた」という意見についての意識をみると,「そう思う」又は「まあそう思う」と回答した人が,56年では49.3%,60年では59.4%となっており,いずれの調査でも,全体に対する割合よりも高く,情報化社会であると思っている人ほど,コンピュータの普及による個人の私生活の危険を強く感じていることが分かる(第2-3-3図参照)。

 エ プライバシー保護対策についての意識
 プライパシーの侵害の増加を意識する人が多い中で,56年に総理府が実施した「プライバシー保護に関する世論調査」によると,「プライバシーを守るために,国や地方公共団体が何らかの保護対策を設けることについて,どの程度必要だと思いますか」という質問に対して「必要である」又は「まあ必要である」という回答が78.8%に上っている。ま
た,民間企業についても同様の回答が77.6%に上っている。
 また,60年に総理府が実施した「個人情報の保護に関する世論調査」によると,国の行政機関における個人の情報についての各種保護対策に関する考えは,第2-3-4図のとおりである。
 これをみると,「収集する目的をはっきりさせて,目的以外の使用を原則禁止する」及び「収集された自分の情報の閲覧と訂正の機会を認める」という対策について7割以上の人が「必要である」又は「まあ必要である」と回答しており,その他の対策についても過半数の人が同様の回答をしている。また,いずれの対策についても高年齢層より若年齢層の方が,そして,「最近,個人の情報の利用に関係した,プライバシーの侵害が増えたと思いますか」という質問に対して「そうは思わない」と回答した人より「そう思う」と回答した人の方が,その必要性を感じている。

 オ プライバシー保護の現状
 我が国では,国民のプライバシーの保護を図るために,51年に戸籍法が,そして60年に住民基本台帳法が改正されて,戸籍や住民基本台帳の不当な利用の抑制が図られた。
 また,行政機関のもつ個人情報の保護については,51年,事務次官等会議申合せにおいて,電子計算機処理に係る個人情報等の漏えい,滅失,き損等を防止するため,データの管理,オペレーションの管理,電子計算機室の管理等に関して,電子計算機処理データ保護管理準則が定められた。さらに,61年12月に閣議決定された「昭和62年度に講ずべき措置を中心とする行政改革の実施方針について」においては,行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護の制度的方策については,法的措置を講ずる方向で,そのための具体的検討を行うことが決定されている。
 一方,自治省の調べによれば,62年4月1日現在,個人情報保護のための条例を制定している地方公共団体は,341市町村, 4一部事務組合,計345団体となっている。
 諸外国においては,スウェーデン,米国,西独,カナダ,フランス,デンマーク,英国等で,個人情報保護のための立法が行われている。また,OECDでも55年に「プライバシー保護と個人データの国際流通に関するガイドラインに関する理事会勧告」が採択されるなど国際的にも,個人情報の保護を図ろうとする動きが活発である。

 カ プライバシー権の変容
 プライバシーの概念は,時代,社会の変化を背景として「そっとしておいてもらう権利」という消極的,受動的な概念に加えて,「自己に関する情報の流れをコントロールする権利」という積極的,能動的要素を含むとの議論もなされている。

(2)通信の秘密の保護

 通信の秘密の保護についてみると,まず,憲法においては,表現の自由を規定している第21条で検閲の禁止と並べて,「通信の秘密は,これを侵してはならない」と規定されている。これを受けて,郵便法では,第8条で検閲を禁止するとともに,第9条で,「郵政省の取扱中に係る信書の秘密は,これを侵してはならない」こと,「郵便の業務に従事する者は,在職中郵便物に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない」こと及び「その職を退いた後においても同様とする」ことが規定されている。
 そして,信書の秘密を侵した者には一年以下の懲役等の罰則が定められており,郵便の業務に従事する者についてはさらに厳しい罰則が規定されている。
 また,電波法,有線電気通信法及び電気通信事業法にも通信の秘密の保護に関する規定がある。
 このように,通信の秘密の保護は,通信に関する最も基本的な人権として厳格に保障されている。

(3)メディアの発展と消費者利益の保護

 放送や電気通信システムを利用した経済取引は,消費者保護の見地から見て,適正に行われない場合には,重要な課題を提起することとなる。
 (放送と消費者保護)
 放送は,広告媒体として視聴者の消費行動に大きな影響を与えてきた。近年では,生活情報を提供する番組において,いわゆるテレビショッピングという広告手段も広く用いられている。
 放送事業者は,広告番組についても,その放送の番組編集者としての責任を有している。
 広告番組については,民放連は,「事実を誇張して視聴者に過大評価させるものは取り扱わない」,「視聴者に錯誤を起こさせるような表現をしてはならない」等の基準を設けて,放送の広告によって消費者に被害が出ないよう努めている。
 また,テレビショッピングについては,60年4月の国民生活審議会消費者政策部会の報告では,景品付販売や二重価格表示がなされるとか,また,商品についての説明の中で最大級表現を使ったり,いかにも買得商品であるかのように思わせたり,限定販売と称して消費者に買い急がせるといったケースがみられ,また,短い時間しか放映されないため,適正な消費者選択を行うに当たって問題が少なくないと指摘されている。放送事業者としてもこれらの問題が生じないよう更に努める必要がある。
 (電気通信システムと消費者保護)
 近年,データ通信の発展やビデオテックス等のニューメディアの登場により,ホーム・ショッピング,ホームリザベーション,電気通信システムを利用した銀行取引等が実現し,あるいは,試行されている。
 こういった電気通信システムを利用した取引では,従来の対面での意
思確認あるいは書面での意思確認とは全く異なった問題が生じる可能性がある。
 ホームショッピングについては,60年4月の国民生活審議会消費者政策部会の報告では,商品の内容や販売条件,販売者の免責事項等が,消費者に対して十分に開示されない可能性があることなどが問題点とされており,商品の受領後一定期間は,消費者が無条件で返品をなし得るものとするなどの消費者保護措置の必要性が指摘されている。
 電気通信システムを利用した銀行取引については,この分野の先進国である米国では,53年,EFTA(Electronic Fund Transfer Act)が制定されて,無権限振替に対する消費者の責任額は,カード等の盗難又は紛失の通知前に生じた無権限振替については,50ドルを限度とすること,銀行は,期間計算書を少なくとも振替がなされた月ごと又は3か月ごとに発行しなければならないことなどが定められている。
 我が国においても,60年4月の国民生活審議会消費者政策部会の報告では,消費者の責任限度額の設定の検討,消費者の取引内容に関する疑義についての銀行による調査,回答の実施等の必要性が提言されている。

(4)通信ネットワーク・セキュリティ

 データ通信,コンピュータに対する社会の依存度が高まると,システムの自然的,人為的障害により,個人生活も大きな損害を被ることとなる。
 (社会的なシステムの障害)
 59年の世田谷電話局とう道火災や,60年の国鉄通信ケーブル切断事件においては,電気通信システムの障害が,単に電話の不通にとどまらず,銀行のオンライン業務の停止や列車運行不能といった重大な二次的災害を発生させた。これは,電気通信の高度化は,巨大システムが共通にもつ弱点としてネットワークそれ自体及び社会システムのぜい弱性を増大させる面があることを示唆している。
 こうした状況の下においては,従来以上に通信システムの安全性・信頼性対策が重要である。
 (個人によって引き起こされるシステムの障害)
 電気通信システムは,対面取引によらない取引を可能としているので,これが悪用されることがある。
 警察庁の発表によれば、他人のキャッシュカードを使って金融機関の現金自動支払機(CD)から現金を引き出す事件や身代金目的誘拐事件に悪用される事例も発生している。
 また,電気通信システムの内部の人間によってシステムが悪用されることもある。
 例えば,日本電信電話公社職員が通信回線から銀行のオンライン取引データを盗聴し,キャッシュカードを偽造した事件や銀行員が,端末装置を操作し,あらかじめ開設した架空人名義の口座に振替入金があったようにみせかけて現金を引き出した事件がこれにあたる。
 さらに,第三者によってシステムが破壊されることもある。
 これには,物理的にコンピュータ・ルームを破壊する事件もあれば,電気通信回線を通じてコンピュータにアクセスしてデータを消去してしまうといった新しい型の犯罪もある。
 (安全・信頼性対策)
 こうした中で,各方面からの対策が必要であり,郵政省では,61年6月の電気通信技術審議会の電気通信システムにおける安全・信頼性対策のガイドラインの答申を踏まえて,62年2月,情報通信ネットワークの安全・信頼性の具体的な対策の指標として,情報通信ネットワーク安全・信頼性基準を告示した。
 この基準は,情報通信ネットワークを構成する設備及び情報通信ネットワークを構成する設備を設置する環境の基準である設備等基準と情報通信ネットワークの設計,施工,維持及び運用の管理の基準である管理基準から成っている。
 設備基準には,通信センターの分散等の一般基準,風害対策,地震対策等の屋外設備,屋内設備及び電源設備の基準,センターの建築物,通信機械室等、空気調和設備に関する環境基準がある。
 管理基準には,ネットワーク設計管理やネットワーク施工管理に関する設計及び施工管理基準とネットワーク保全管理,ネットワーク運用管理,データ管理,非常事態への対応,環境管理,防犯管理,教育・訓練、現状の調査・分析及び改善に関する維持及び運用管理基準がある。

(5)個人の利益の保護のために

 以上見てきたように,情報化の進展は,情報通信と国民生活とのつながりを強めており,個人の利益を様々な形で侵害する可能性を有している。国民のものである通信の役割を健全に果たすよう情報化を推進していくことが,情報化が国民に積極的に受け入れられる前提であり,個人の利益の保護に配慮していく必要がある。
 また,個人情報の収集が増加している今日,個人情報の管理,利用に携わる人間のモラルの向上とともに,制度的な手当てが必要となっている。

第2-3-1図 プライバシー侵害のイメージ(複数回答)

第2-3-2図 電話や郵便物が来たときの気持ち(個人の情報が知られていると考えられる電話や郵便物が来たことが「ある」と答えた人に)

第2-3-3図 コンピュ一タの普及とプライバシー侵害についての意識

第2-3-4図 各種個人情報保護対策の必要性

 

第2章第3節 よりよい暮らしのために に戻る 2 情報活用能力のかん養 に進む