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第1部 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety 5.0
第1節 デジタル経済史としての平成時代を振り返る

(2)新興国・途上国における変化−「リープフロッグ」の出現

ア 「デジタル・ディバイド」に加えて「デジタル・ディビデント」にも焦点が当たってきた

前述の1990年代後半の米国のニュー・エコノミー論に象徴されるように、1990年代の情報化は、先進国が中心のテーマと考えられてきた。他方、2000年の九州・沖縄サミット(主要国首脳会議)で採択された「グローバルな情報社会に関する沖縄憲章」において、「デジタル・ディバイド」の解消が国際社会の共通課題である旨記されたとおり、途上国においては、ICTの利用環境を巡る格差が主なテーマと考えられていた。

しかしながら、2000年代以降、識字率50〜80%の国でも、携帯電話やインターネットが一気に普及した。先進国では、電話の発明、固定電話網の敷設を経て100年以上かけて通信環境が広く普及していったが、モバイルの普及に関しては、固定電話が十分に普及していない新興国・途上国であっても、10〜15年で先進国とそん色ない水準に達している(図表1-1-3-6)。

図表1-1-3-6 1人あたりGDPとICT普及との関係
(出典)ITU、WorldBankデータを基に作成。1つのプロットが一国(地域)を表す。

篠﨑(2019)84は、「産業革命以来の歴史が物語るように、これまでの新技術は、一定の教育水準とそれを可能にする所得水準がなければ、社会への普及と定着に限界があった。(略)ところが、21世紀に入ると、人類がかつて経験したことがない現象が起きている。新技術を装備した数十億の人々が稼得機会を高め、デジタル・デバイド(格差)からデジタル・デビデント(配当)へと転換しつつあるのだ。これまでは解決できなかったさまざまな社会的課題を解決したばかりか、モバイル決済など一部の領域では、先進国を一気に飛び越える“Leapfrog型の発展”もみられるほどだ」と指摘している。

イ 新興国・途上国における「リープフロッグ」の例

先進国では、新たな技術やサービスが登場しても、既存サービスとの摩擦が生じる場合や、法制度の改正が必要となる場合には、普及までに一定の期間を要することがある。他方、新興国・途上国ではこのような制約が少ないことがあり、急速に新サービスが普及することが起こり得る。以下、このような「リープフロッグ」の例として、ケニアにおけるモバイルバンキング、ルワンダにおける医療分野でのドローンの活用、インドにおける生体認証を活用した身分証明システムについて取り上げる。

ケニアにおけるモバイルバンキング

新興国・途上国では、銀行口座を持つことが一般化していない中で、モバイルバンキングが普及するといったことがみられるようになっている。例えば、ケニアでは通信事業者Safaricomが、携帯電話を活用したモバイル送金サービスM-Pesaを2007年3月に開始している。M-Pesaでは銀行口座を持たなくとも、携帯電話からショートメッセージ(SMS)を送信することで金融取引を行うことができ、全国のどこでも同一のサービスを受けることができる。

図表1-1-3-7 M-Pesaの仕組み
(出典)総務省(2014)「平成26年版情報通信白書」

ルワンダにおける医療分野でのドローンの活用

ルワンダでは、携帯電話のメッセージ機能で注文した輸血用の血液や医薬品をドローンが届けるサービスが始まっている。

サービスを手がけるのは、米国のスタートアップ企業のZipline(ジップライン)であり、ルワンダでのサービスを2016年10月に開始した。ドローンは時速120キロで飛び、目的地まで来ると輸送品を投下して届ける仕組みとなっている。注文から配達までの平均時間は約30分であり、緊急時の配送などに利用されている(1日に約500フライト)。また、ドローンは人によって遠隔操縦されており、何か問題がある場合は、操縦者が航路を変えることができる。

現在、先進国でもeコマースで購入された商品の輸送等でドローン活用が検討されているものの、新興国・途上国では先進国ほどの交通網(高速輸送システム)が備わっていないといったことを背景に、既にドローン配送が商用サービスとして根付いている。

図表1-1-3-8 Ziplineのドローン
(出典)Zipline社HP

インドにおける生体認証を活用した身分証明システム

インドでは、Aadhaar(アダール又はアドハー)と呼ばれる生体認証を活用した身分証明システムの仕組みが構築されている。

2000年当初、インドでは戸籍制度や個人識別制度が確立しておらず、給付金の不正受給が蔓延していたことや、銀行口座の開設、携帯電話の加入などが一部の国民に限定され、格差が拡大していた。そこで、国民に身分証明書を与え、必要なサービスを利用できる環境を提供するため、Aadhaarと呼ばれる制度が検討され、2010年から登録が開始された。

Aadhaarには、インド固有識別番号庁(UIDAI)が発行する12桁のIDの他、指紋、虹彩等が登録される。生体情報や顔写真の情報が照合可能な情報として登録されているため、身分証明や本人確認のために用いることが可能となっている。この指紋・顔・虹彩を組み合わせたマルチモーダル生体認証のシステムは、我が国のNECによって提供されている。

Aadhaarに登録すれば、携帯電話料金の支払に当たり、現金やクレジットカード、決済アプリが不要で、Aadhaar ID(登録証明書)と指紋認証だけで支払を完了することができる。Aadhaarへの加入は任意であるものの、このような利便性から2018年時点で約12億人(人口の約90.4%)が登録している。

また、様々なSDK85やAPI86が公開されており、本人確認や本人に紐づく決済、医療といった各種の既存システムへの組み込みのほか、新規サービスの開発が可能となっている。

このような大規模な生体認証のシステムは先進国でも導入されておらず、既存のシステムが整備されていない新興国・途上国が、そのことを生かして先進国の最新テクノロジーを活用した事例であるといえる。

図表1-1-3-9 生体認証を活用した身分証明システム(インド)
(出典)総務省(2019)「平成の情報化に関する調査研究」


84 篠﨑彰彦(2019)「平成の「平和の配当」が終焉、米中摩擦を巡る新冷戦のゆくえ 篠﨑彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(107)」ビジネス+IT
https://www.sbbit.jp/article/cont1/36019別ウィンドウで開きます

85 Software Development Kitの略であり、ソフトウェア開発に必要なプログラムやドキュメント等を提供するものをいう。

86 Application Programming Interfaceの略であり、他のソフトウェアと連携させる場合等において、ソフトウェアの要素間でやり取りを行うことを可能とする仕組みをいう。

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