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第1部 特集 「スマートICT」の戦略的活用でいかに日本に元気と成長をもたらすか
第1節 新たなICTトレンド=「スマートICT」が生み出す日本の元気と成長

3 スマート革命がもたらす事業活動の変化

(1)ICTの進化と「コトづくり」の広がり

昨今、「コトづくり」が産業界復活のキーワードとして取り上げられることが多くなってきている。なぜ、「モノづくり」だけではなく「コトづくり」の必要性が主張されるようになってきたのだろうか。

端的にいえば、それは、多くの分野においてモノがコモディティ(汎用品)化し、モノを売るだけでは利益を上げることが困難になっているからである。アジア諸国に代表される新興国・途上国の躍進によって、先進国よりもはるかに低いコストで品質の高い製品を生産できる国が増えてきた。また、製品そのもの及び製品の製造プロセスにおけるデジタル化と部品のモジュール化が進むことで、熟練技術をそれほど必要とせず、市場で入手できる部品を組み合わせることで高度な製品を作ることもできるようになり、モノづくりの相対的な付加価値は低くなってきた。

一方で、情報通信技術の発達により、オープンなコミュニケーション基盤を活用して、ユーザーを含む多様な関係者が協働することによって、新しい価値が生み出される事例も増えてきた。そのような事例においては、商品の価値はモノ自体の機能にあるというよりも、モノに付随するサービスや、ユーザーがモノの新しい利用体験を作り出すことが価値だとみなされている場合が多い。

このような状況から、「モノづくり」を超える事業モデルとして、あるいは「モノづくり」を補完する考え方として、「コトづくり」が主張されているのである。

本項では、一般の人にはあまり聞き慣れない「コトづくり」の概念について、その定義の説明を行った後、時代とともに変わってきた「コトづくり」の変遷を紹介する。その後、「コトづくり」とICTの関係性、「コトづくり」の主な事例、今後の「コトづくり」の方向性について説明を行い、最後に、「ICTコトづくり検討会議」での議論を紹介する。

ア 「コトづくり」の定義

ビジネスの実務に近いかたちで「コト」という概念が注目されはじめたのは、流通業を中心としたマーケティングの分野である25。1980年代半ばには、消費者のライフスタイルに合わせた売り場づくりなどが行われ、そのような状態がコトづくりと呼ばれていた。

マーケティングの分野では、「コト」という概念こそ使われていないが、現在の「コトづくり」の意味を考えるにあたって、サービス・ドミナント・ロジック(SDL)26の考え方も重要である。SDLは、商品の交換価値に注目するグッズ・ドミナント・ロジック(GDL)ではなく、製品やサービスを顧客が使用する段階における使用価値に注目して商品開発を行うべきだという提案である。図表1-1-3-1に示されているとおり、GDLは、商品自体に価値を埋め込み、その交換価値を重視するのに対して、SDLは、モノとサービスを一体化させ、顧客が買ってくれた後の使用価値や経験価値27を高めることを重視する。SDLの考え方では、企業と顧客の関係は商品を顧客に販売した段階で終わるのではなく、顧客が商品を使っているあいだ継続する。このような考え方は、製造業のサービス化(サービサイゼーション)の動向とも共通しており、上述したような流通業を中心とした売り場づくりだけでなく、製造業の企業がサービスを通じた顧客との継続的な関係の中から価値を生み出すこともコトづくりであると言われている。

図表1-1-3-1 グッズ・ドミナント・ロジックとサービス・ドミナント・ロジック
(出典)富士通総研「企業の競争力を高めるICTの新たな活用法とマネジメント 第2回 〜サービス・ドミナント・ロジック視点でのビジネスを支えるICT〜」

一方、製造業における「モノづくり」の現場に近い視点で、より「モノづくり」と関連した「コトづくり」についても述べられている28

商品の交換時(販売時、購入時)にモノとしての機能以外の付加価値を与えるコトや、モノをユーザーが利用することで生まれる価値としてのコトだけではなく、価値を生み出す仕組やプロセスをつくりあげることもまた「コトづくり」であると主張されているのである29

顧客の主観的な意味づけを重視し、顧客と共同で価値を作っていくという観点からは、3Dプリンティング30の事例もコトづくりに含まれると考えてよいだろう。米国では、3Dプリンターというモノだけではなく、多くの個人がCADデータを共有し、二次利用しながら新しいモノを創造する3Dプリンティングというコトとしての活動・行為が、製造業復活につながり、次の産業革命につながるのだと主張されている。

イ 「コト」の時代的変遷

「コト」や「コトづくり」に関する事例は、1980年代以降、大きく3つの時代に分けることができる。第1期が1980年代から2000年頃まで、第2期が2000年頃から2010年頃まで、そして第3期が2010年以降である。これらの時代について、経済環境、日本企業の経営戦略、情報通信システムという要素を踏まえて、「コト」の意味をまとめる。

まず第1期は、モノづくり先進国として日本の製造業が世界的な注目を浴びた時期から、バブルがはじけて製造業の競争力が失われつつあった時期と重なっている。この時期の企業の経営戦略は、いかに製品のコモディティ化を克服し、他の企業と差別化を図るかということが大きな課題だった。

この時期においては、商品の交換時(企業側から見れば販売時、消費者側から見れば購入時)の価値を高める取組として、売り場づくりに工夫を凝らしたり、製品のデザインやインタフェースなど機能以外の価値を重視したりすることがコトづくりだと考えられていたと言ってもよいだろう。

第2期では、情報通信技術の観点からは企業におけるインターネットの活用が進み、「ウェブ1.0」とも呼ばれるように、企業が消費者に対してウェブを通じて積極的に情報発信を行う一方で、調達活動などにもインターネットを利用する動きが広がってきた時代である。

この時期においては、製造業の経営者が商品販売後のサービス重視の姿勢などを表す言葉として「コトづくり」を使っている例が見られるようになっている。また、「価値を創造する仕組」としての「コトづくり」が主張されてきたのもこの時期である。つまり、第1期では商品の販売時における価値に焦点があたっていたのに対して、第2期では、「コトづくり」という考え方は、商品の使用時(サービス提供時)および商品の創造時・生産時にまで広がっていったと言えるだろう。

「コトづくり」に関する第3期では、個々の企業から取引先へと広がってきた価値づくりの主体が、消費者やユーザーを巻き込んだソーシャルなグループへとさらにオープンに広がってきた。経済環境としては、リーマンショック以降、従来型の市場資本主義の短期的な利益だけを求める企業経営よりも、社会全体を取り込んだ企業活動が重視されるようになってきた。顧客を単なる市場と見るのではなく、あるいは消費者を単に商品を消費する存在として見るのではなく、市場を知識創造の「場」と捉え、消費者を価値創造プロセスの中に巻き込んでいく動きであるともいえる。イノベーションのあり方も、企業だけが主役なのではなく、「オープン・イノベーション」、「イノベーションの民主化」といった言葉で表現されるように、多くの関係者と協働しながら新しい価値を創造することが注目されるようになった。グローバル展開の際にも、先進国から新興国・途上国に一方的に事業を展開するのではなく、最初から新興国・途上国の人々も含めた包括的なビジネスモデルや、革新の方向性を新興国・途上国から先進国へと逆方向に進めるリバース・イノベーションも必要とされている。

もちろん、このように「コトづくり」の主体が個別企業からサプライチェーンへ、そして第3期においては顧客や利用者を巻き込んだソーシャルなグループにまで広がっているのは、それを支える情報通信技術の普及があったからであり、各種のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)、動画共有サイト、オークションサイトなどがあってはじめて、利用者や消費者が「コトづくり」の主体になりえるのである(図表1-1-3-2)。

図表1-1-3-2 「コト」に関する時代的変遷
(出典)総務省「「コトづくり」の動向とICT連携に関する実態調査」(平成25年)

図表1-1-3-3は、「コトづくり」という概念が、時間および主体という2つの軸で広がってきたことを示す図である。すなわち、「コトづくり」は、当初、流通業を中心として、消費者がモノの機能以外の価値を求めるようになってきたという消費社会論などを背景として、商品の販売時に商品をより魅力的に見せる売り場づくりという意味で使われた。さらに、製造業においては、デザインやインタフェースといった意味的価値を製品に組み込み、製品自体の差別化を図る取組として「コトづくり」が語られていた。これらの取組は、1980年代から始まったものであるが、現在でも引き続き重要な課題として認識されており、たとえば、地域活性化のための「まちづくり」の分野でも「コトづくり」という言葉が使われている事例もある31

図表1-1-3-3 「コトづくり」概念の広がり
(出典)総務省「「コトづくり」の動向とICT連携に関する実態調査」(平成25年)

商品の販売時の価値を高めるための取組として最初に使われた「コトづくり」という言葉は、次に、商品の使用時および生産時における価値創造に関しても使われるようになっていった。商品の使用時の価値を重視するSDLや「製造業のサービス化」も、「コトづくり」に関する考え方とされている。この流れは、技術進歩によって価値の提供企業が利用者の使用データを把握できるようになり、そのデータに基づいて新しい価値を利用者に提供することへとつながっていった。さらに、時間の軸で生産・販売・使用の過程に着目した場合には、生産時点における価値創造の「仕組づくり」も「コトづくり」と呼ばれるようになった。この領域では、製造業における大企業を中心とした企業内の生販統合、さらには取引先の中小企業を巻き込んだ垂直的な情報連携、さらには中小企業同士の水平的な連携による価値創造の仕組づくりも「コトづくり」に含まれる場合がある。

「コトづくり」概念の広がりのもう一つの軸は、誰がコトを作るのかという主体である。当初は、コトづくりの主体は、あくまで価値を創造する組織に限られていた。売り場づくりの主体は流通業であり、デザインやインタフェースなどの意味的価値を創造するのは製造業である。しかし、時の流れと技術の進歩とともに、コトづくりの主体は複数の企業、あるいは企業間へと広がり、価値の生産時点において、大企業と取引先の中小企業や、中小企業同士の連携が行われるようになった。この動きは、さらに、世界中の専門家や個人へと広がっていく。アップルのApp Storeのようなプラットフォームの上では、プラットフォーム企業と補完商品の提供企業がエコシステムを形成し、新しい価値を生み出す。App Storeのアプリ作成者は必ずしも大企業ではなく、個人が作成している場合もある。オープンなプラットフォーム上では世界中の個人さえもが価値創造の主体になることの好例である。

また、モノの使用時点についても、企業がユーザーの使用情報を管理するだけでは主体は企業側だが、ユーザーの使用情報が(個人情報や機密情報などを取り除いた状態で)オープンになれば、ユーザー自身や第三者がそのようなオープンデータを活用して新しい価値を創造するという活動が発生する。さらに進めば、モノの使用状況に関するデータや使用によって生まれた結果を共有し、そこから連鎖的に新しい価値が生まれる「N次創作」のプロセスへとつながっていくことも考えられる。

「コトづくり」という概念は、このように大きな広がりを持ったものであると言ってよいだろう。

ウ 「コトづくり」の分類

これまで「コト」および「コトづくり」に関する文献を調査し、ビジネス界における「コトづくり」の時代的変遷をながめ、「コトづくり」という概念が時の流れと技術の進歩とともに、時間および主体という2つの軸で広がってきていることを説明した。そして、以下のように、価値発生の時間軸に沿って「コトづくり」を3つのタイプに分類することにした。

(ア)販売・交換時の「コトづくり」

企業が利用者に商品を販売する際の価値としての「コト」をつくること。この分類における価値としての「コト」とは、「モノ」の機能的価値以外の意味的価値のことであり、具体的には、以下のようなものを含む。

・製品デザイン(感覚的なもの)

・感覚的なインタフェース

・ストーリー、記号、ブランド

・ソリューション(提供物の組合せによる課題解決)

(イ)使用・サービス時の「コトづくり」

利用者が商品を使用することから発生する価値としてのコトをつくること。具体的には、利用者による継続的な使用を重視したSDLによる商品作り、製造業のサービス化の取組、ユーザーの使用情報に基づく付加価値づくりなどがこの分類に含まれる。さらに、主体をソーシャルな領域まで広げていけば、商品を使用することによる価値のN次創作もこの分類にあてはまる。

(ウ)生産・創造時の「コトづくり」

優れた商品を作り出すための仕組(活動、プロセスを含む)としてのコトをつくること。具体的には、以下のような取組がこの分類にあてはまる。

・社内の仕組・組織づくり(設計=生産=販売の統合など)

・取引先との垂直な仕組づくり(サプライ・チェーン・マネジメントなど)

・中小企業同士の横の連携による仕組づくり

・世界中の専門家とのネットワークづくり

・利用者も巻き込んだオープンなエコシステムづくり

エ コトづくりとICT

本項では、これまでに示した「コトづくり」の概念や事例に対し、どのようにICTが関連しているかを示す。

(ア)ICT基盤の変化

1980 年代以降のICTの変化をおおまかに表現したのが図表1-1-3-4である。この図では、1980 年代のICT活用を「デジタル革命期」、1995 年から2005 年ころを「ネットワーク革命期」、2010 年以降を「ユーザー革命期」と表現している。1980 年代はコンピュータの中心が汎用機からパソコンへと変化する時期だったが、企業の基幹業務はいまだ汎用機で処理されており、技術の主な目的は人間の作業を代替する合理化であった。もちろん、単なるコスト削減だけが目的だったのではなく、市場におけるシェア向上を目指す戦略的情報システム(SIS:Strategic Information System)の開発が盛んに行われていたのもこの時期である。

図表1-1-3-4 ICTの変遷
(出典)総務省「「コトづくり」の動向とICT連携に関する実態調査」(平成25年)

ついで、ICTはクライアント・サーバーの時期へと移行した。クライアントパソコンとサーバーがネットワークでつながり、企業の基幹業務においても、ダウンサイジングという言葉とともに大型汎用機はクライアント・サーバー・システムにリプレースされていった。また、この時期は、インターネットの商用化が本格化した時期でもあり、企業がドメインを取得して電子メールを活用したり、ホームページを開設したりすることが一般的になっていった。インターネットというオープンなネットワークの普及で、企業間システムも広がり、販売だけでなく調達業務にも電子商取引が広がっていった。この時期の企業における技術導入の目的は、調達から生産、販売、サービスにいたるまで、すべての業務を電子化し、ネットワーク化することでビジネスプロセス全体を変革することであった。

2010 年以降になって、SNSなどのソーシャルメディアが本格的に普及し、スマートフォンなどを使って消費者がいつでもどこでもインターネットにアクセスできる時代になり、ソーシャルなICTの時代になってきた。この時代の技術の目的は、これまでのものに加えて、人間の知的活動を総合的にサポートすること、人間と人間の協働(コラボレーション)をサポートすることであると言ってもよいだろう。企業にとっては、ソーシャルメディアを活用して、組織内に閉じた知的財産を活用するだけではなく、よりオープンな「場」をつくり、多様な関係者とともに新しい価値を継続的に生み出せるかどうかが、成功のカギを握っている。この時代には、売り手と買い手、企業と消費者の関係は、単に前者が後者のために価値を創造して提供するのではなく、両者が共感しあい、同じ方向を目指して、新しい価値を共創することが重要になる。そして、そのような共感の醸成や価値の共創を実現する土台が、オープンなプラットフォームとしての情報通信基盤である。

(イ)「コトづくり」の広がりとICT

(1)アでは、コトづくりに関連する重要なコンセプトとしてSDLがあることを指摘した。そして、SDLを支える情報通信技術は、図表1-1-3-5に示すように、GDLを支えるICTとは異なっている。具体的にいえば、GDLを支えるのは生産や販売などの企業内部の業務をサポートする基幹システムであるのに対して、SDLでは顧客の使用価値や経験価値を重視するため、顧客との接点をつなぐフロント部分のICTが重要になる。顧客の使用情報を収集するための社会インフラとしてのシステム、さらには蓄積された使用情報を管理するシステム、そこに蓄積されたビッグデータを二次利用して付加価値創造を支援するシステムなど、これまでとは異なる領域でICTが活用されるようになるだろう。

図表1-1-3-5 GDLとSDLにおけるビジネス視点のICT投資
(出典)富士通総研「企業の競争力を高めるICTの新たな活用法とマネジメント 第2回 〜サービス・ドミナント・ロジック視点でのビジネスを支えるICT〜」

このような動向を踏まえ、これまで説明してきたコトづくりの広がりとICTの進化とをまとめて図示したのが、図表1-1-3-6である。図表に記載されている個々の内容については既に説明済みであるために詳しい説明は省略するが、ポイントはコトづくり概念の広がりは、ICTの進化によって可能になったということである。

図表1-1-3-6 「コトづくり」の広がりとICT
(出典)総務省「「コトづくり」の動向とICT連携に関する実態調査」(平成25年)
オ 「コトづくり」の事例

本項では、「コトづくり」を具体的に理解できるように、販売・交換時、使用・サービス時及び生産・創造時のそれぞれにおける「コトづくり」の主な事例を紹介するとともに、特にICTを活用した事例について詳細に説明する。

(ア)販売・交換時における「コトづくり」の事例

この分類におけるコトは、モノをユーザーが購買(交換)する時点に、モノの「機能的価値」以外の「意味的価値」を(モノと一体化して)提供することであり、モノに対するデザイン、インタフェース、サービス、ソリューション、ストーリーなどの観点で表される。この視点での「コトづくり」事例として特にICTとの関連が高いものを選ぶと、たとえば図表1-1-3-7のようなものがある。

図表1-1-3-7 販売・交換時の「コトづくり」の主な事例
(出典)総務省「「コトづくり」の動向とICT連携に関する実態調査」(平成25年)

●ICTを活用した事例(Nike+)

センサーを入れたランニングシューズと音楽プレーヤー、スマートフォンを利用することにより、利用者の運動状況(時間、距離、速度、消費カロリー)を確認するもの。ランニング中に音声でランニングデータをデバイスにフィードバックするほか、走り終わってすぐにトレーニングの詳細な情報をデバイスに表示するといった機能を備えている。

専用のウェブサイトと同期することにより、過去のランニングデータを確認できたり、世界中のランナーと記録を競い合ったりすることが可能となっている。これにより、ランニングを続けるモチベーションの向上という「意味的価値」を創出している。

(イ)使用・サービス時における「コトづくり」の事例

モノを使用することで生まれるコトは、利用者がモノを購買(交換)した後にモノを使用(サービス)する時点で価値を作ることで表され、その主体が提供者にあるか、利用者にあるか、により生まれるコトが異なる。ICTと関連の深い事例としては、図表1-1-3-8のようなものがある。

図表1-1-3-8 使用・サービス時の「コトづくり」の主な事例
(出典)総務省「「コトづくり」の動向とICT連携に関する実態調査」(平成25年)

●ICTを活用した事例(ネットワーク型家庭用植物工場)

パナソニック株式会社では、植物工場の技術を活用した家庭菜園向けの植物ミニプラントを発売し、クラウドコンピューティングを使用して温度や水量を自動管理するなどの初心者でも育てやすい育成管理サービスを一体で提供する。植物ミニプラントは幅100センチ、高さ50センチ、奥行き30センチでシステムキッチンに組み込める。また、発光ダイオード(LED)照明による光量制御や空気浄化機能など技術を盛り込み、同時に4種類の葉采を約40日で収穫できる。単なる栽培を楽しむだけではなく、有機野菜を購入するなど食の安全に気を使う顧客層への広がりや、SNSを介した成育情報の共有の場や、レストランでの調理といった多方面との連携コミュニティへの拡大も想定される。

(ウ)生産・創造時における「コトづくり」の事例

優れた商品を作り出すための仕組としてのコトづくりは、コトを作る主体に注目していくつかのパターンに分けることができる。一つは製造業の大企業を中心とした企業内でのコトづくりであり、これが中小企業を中心とした取引先へと拡張されればサプライチェーンにまたがるコトづくりへと広がっていく。サプライチェーンが垂直的な関係であるのに対して、中小企業同士が水平的に連携して商品を作り出す仕組もコトづくりといえる。また、最近では、価値創造の主体がさらにオープンになり、世界中の専門家や一般のユーザーをも巻き込んだコトづくりが行われるようになっている。この視点でのコトづくりの事例としては、図表1-1-3-9のようなものがある。

図表1-1-3-9 生産・創造時の「コトづくり」の主な事例
(出典)総務省「「コトづくり」の動向とICT連携に関する実態調査」(平成25年)

●ICTを活用した事例(ローカル・モーターズ)

ローカル・モーターズ社は大手企業では考えられない手法で自動車を製作している。ローカル・モーターズ自体は、基本的に、自動車製作の環境やSNSコミュニケーションプラットフォームである「The Forge」の提供や取りまとめに徹している。実際の企画や開発、部品調達、製作は、コミュニティに参加する総勢3万人を超える企業・個人を問わないデザイン関係や製造業に携わる人たち(中には学生なども含む)が中心となって行う。使用部品はすべて一から作る必要性はなく、既製品を組み合わせて作ることも可能である。

コミュニティ上では、部品や車両などの“モノ”だけではなく、「アイデアそのもの」も取引され、取引されるデザインは、時に、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス32に基づいて、柔軟性を持たせながら保護も行う。

カ 今後のICTコトづくりの方向性

以上のように、これまでのコトづくりの広がりとそれを支える情報通信技術の進化を整理し、最新の動向を考慮すると、今後は大きく2つの方向性があることがわかる(図表1-1-3-10)。

図表1-1-3-10 「コトづくり」概念の広がり(2つの方向性)
(出典)総務省「「コトづくり」の動向とICT連携に関する実態調査」(平成25年)

ひとつは、企業内から企業間へと広がってきた価値創造の仕組づくりとしてのコトづくりが、よりオープンに多様な関係者を巻き込んだ仕組づくりへと発展していく可能性である。これは「オープン・イノベーション」と呼ばれる動きと連動しており、世界中の専門家が企業の課題解決に協力するイノセンティブ33や、世界中のデザイナーに仕事を依頼できる99デザインといった事例がある。また、多くの人たちがCADデータを共有して3Dプリンターでモノづくりを行うソーシャルなモノづくりのための仕組づくりも、コトづくりの一種であると言えるだろう。少数の専門家ではなく多くの人の知恵を集めて問題を解決する方法はクラウドソーシングとも呼ばれるが、このようなソーシャルな価値創造の仕組としてのコトづくりをどのように取り入れていくかということが、今後は企業の競争力を左右するようになることも考えられる。

今後のコトづくりの広がりに関する2番目の方向性は、使用価値や経験価値をさらに高める動きである。利用者の商品使用情報を企業が収集し、分析することによって新しい価値が生まれているのは事実だが、そのような情報の活用が個々の組織の内部に閉じられている限り、社会全体としては大きな発展を期待するのは難しい。データは他のデータと結びつくことで、さらに大きな価値を生む。個人情報や業務上の機密情報を取り除いたデータをオープン化することで、それまでとは違う新しい価値が生まれる可能性が出てくる。また、企業から提供される商品と、そのようなオープンデータも活用しながら、利用者自身が協働して新しい価値を生み出す二次創作も、いくつかの分野ではじまっている。具体的には、企業が提供している音声合成のソフトウェアなどを使って、アマチュアに近いクリエイターが楽曲やビデオなどを作り出す「初音ミク現象」も新しいタイプのコトづくりだろう。

ソーシャルな価値創造の仕組としてのコトづくりと、利用者が商品を使用することで次々に新しい価値を生みだすコトづくりという2つの方向性は、将来的には統合されるだろう。そのとき、コトづくりは、多様な個人や組織が関わり合いながら価値の創造-交換-使用を繰り返すという循環モデルになるのではないだろうか。そして、図表1-1-3-11にあるように、価値の循環モデルとしてのコトづくりは、これまでの組織内の業務システムに加えて、多様な人々が協働できるオープンなプラットフォームと、その上で収集・蓄積されるビッグデータを基盤にしたICTによって支えられることになるだろう。

図表1-1-3-11 循環モデルとしての「コトづくり」を支える情報通信システム
(出典)総務省「「コトづくり」の動向とICT連携に関する実態調査」(平成25年)
キ 総務省の取組-ICTコトづくり検討会議における議論-

総務省においては、2013年3月、「ICTコトづくり検討会議」を「ICT成長戦略会議」の下に立ち上げた。そして、我が国の企業がICTを活用した新たなビジネス戦略の確立と国際競争力の強化を図ることを可能とすべく、国内外における「コトづくり」の現状等を検証した上で、「コトづくり」力の強化に向けたICTの徹底的な利活用方策等について検討を進めている。

同会議では、ICTコトづくりとは「利用者視点に立ってICTを利活用することにより、高い付加価値を創出する新たなビジネス・仕組の構築」であるという共通認識の下、これを推進することにより、「ソーシャル」、「ビジネス」、「ユーザー」の3つの領域において、新たなイノベーションが創出される「データが新たな価値を生み出す持続的成長が可能な社会」の構築を目指すべきとする方向で議論が進んでいる。

こうした社会の構築に向けては、①官民が保有するデータの利活用範囲を拡大する「データの社会インフラ化」及び②ネットワークにつながるモノを拡大する「モノのICT化」の実現が必要不可欠であり、その実現のために、新サービス創出に向けたデータのオープン化、地理空間情報等の戦略的データベースの構築、新規性・創造性あるアイデアの活用、ICTコトづくりの社会実装に向けた仕組の確立、そしてICTコトづくりの共通基盤技術の整備の5つに取り組むことが特に重要であると指摘されている。

今後、同会議の検討結果に基づき、関係府省とも連携して、上述の事項を中心に時間軸を考慮することによりスピード感をもって一体的に取組を進め、ICTコトづくりの着実な推進を図っていく予定である。

図表1-1-3-12 ICTコトづくり検討会議
(出典)総務省「ICT成長戦略会議」(第4回)資料


25 この時期には「記号消費」という言葉も話題になった。記号消費とは、フランスの哲学者ジャン・ボードリヤールの「消費社会の神話と構造」(原著は1970年、邦訳は1979年発行)によれば、ブランド品が高価なのは、生産コストが高いからでもなく、特別な機能があるからでもなく、その商品そのものが持つ特別な記号(社会的な意味づけなど)によるものだということである。

26 サービス・ドミナント・ロジックを最初に提唱したのは、Vargo and Lusch (2004)である。

27 経験価値とは、商品の販売・交換時に顧客が認識する価値ではなく、顧客が実際に商品を利用した経験によって得られる価値のことである。その意味では使用価値と同じだが、使用価値よりも感動や満足感といった感覚的・情緒的な要素がさらに強く強調される場合が多い。

28 たとえば、常盤(2006)は、「きらめく旗印を掲げて、その実現に向かって全社が一丸となって取り組めるような舞台をつくること」がコトづくりであると定義している。また、IBMビジネスコンサルティング(2006)は、「“コト”とは、製品である“もの”に付加価値、魅力を与えるサービス、ソリューションという商品、および商品を生み出すための仕組仕掛けを含む」としている。さらに、経済同友会(2011)は、「“ことづくり”とは、『顧客が本当に求めている商品は何か、その商品を使ってやってみたいことは何か』を、そのマーケットに生活基盤を置き現地の人とともに感性を働かせて考えることで、真に求められている顧客価値を提供することである。さらには顧客以上に考え抜くことで、顧客の思いもしないようなプラスアルファの喜びや感動をつくりあげることである。この文脈では、モノが持つ価値以外の新しい価値をつくりあげることがコトづくりであると言えるだろう。」と説明している。

29 価値づくりとしてのコトづくりという意味では、延岡(2011)の「意味的価値」という概念がコトづくりと大きく関係している。延岡(2011)では、「コト」には触れられていないものの、従来のモノづくりが製品の機能的価値(機能の高さによって客観的に決まる価値)を中心としていたのに対して、これからは「顧客の解釈と意味づけによって創られる価値」、すなわち意味的価値を重視すべきだと主張されている。

30 3Dプリンティングについては、C.アンダーソン(2012)などが参考になる。

31 「コトづくり」に基づいた「まちづくり」に取り組んでいる事例の一つとして、コトラボ合同会社による横浜寿町の活性化プロジェクトが上げられる。コトラボは、自社を「「マチづくり」を「モノづくり」ではなく「コトづくり」からはじめる会社です」と説明している。また、時代を遡れば、日本ショッピングセンター(SC)協会が1990年に発表した「90年代のショッピングセンタービジョン」では、90年代のSCのキーワードは、モノの枠を超えて、シアター性やアミューズメント性で色付けされたコト寄りの機能も加えた「まち」を作ることである、とされている。この当時から、流通業が、売り場づくりの延長としてコトを重視したまちづくりに取り組もうとしていたことがわかる。

32 クリエイティブ・コモンズ・ライセンスはインターネット時代の新しい著作権ルールの普及を目指し、様々な作品の作者が自ら「この条件を守れば自分の作品は自由に使って良い」という意見表示をするためのツール。同ライセンスを利用することで、作者は著作権を保持したまま作品を自由に流通させることができ、受け手はライセンス条件の範囲内で再配布やリミックスをすることができる。

33 イノセンティブ(InnoCentive)は、研究開発上の課題を抱える企業などと課題解決の能力を持った世界中の科学者など(ソルバー)をマッチングするオープン・イノベーションのためのプラットフォームである。2001年に製薬企業イーライリリーの社内ベンチャーとして設立され、2005年に独立して成長を続け、現在ではライフサイエンス、化学、計算機科学、数学など様々な分野の課題を扱っている。従来は組織内で研究されていた問題をオープンにし、世界中から知恵を集めて課題解決を図るのが大きな特徴で、2013年3月時点で約200か国30万人近くのソルバーが登録されている。

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