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第1部 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety 5.0
第1節 デジタル経済史としての平成時代を振り返る

(1)我が国における「産業の情報化」

まず、我が国における「産業の情報化」47すなわち様々な産業におけるICTの利用の動向について振り返る。なお、ICTを利用する産業について、ここでは前述の「ICT産業」(ICTの供給に関わる産業)との対比の観点から「ICT利用産業」と呼ぶ。

ア 1960〜70年代:世界に先駆けてオンラインシステムを構築

データ通信によるオンラインシステムの可能性を示した1964年東京五輪

1964年に開催された東京五輪は、我が国においてオンラインによる「産業の情報化」が進んでいくきっかけとなった。具体的には、日本IBMが当時海外には例のなかった通信回線を使用したオンラインシステムを構築し、30か所以上の競技場に置かれた端末からプレスセンターにリアルタイムで記録を配信した。これにより、コンピューターと通信とをつないだデータ通信の可能性が広く知れ渡ることとなった。

同じ1964年には、当時の日本国有鉄道(国鉄)が、座席予約システム「MARS(マルス)101」を稼動しており、この国鉄のシステムとどちらが世界初なのかという点については議論がある48。いずれにせよ、通信回線を使用したデータ通信によるオンラインシステムは、我が国が世界に先駆けて構築したものであった。

図表1-1-2-1 1964年東京オリンピックで活用されたオンラインシステム
(出典)日本IBM提供資料

複数の拠点間で大規模な情報のやり取りを行う業界・企業を中心にオンラインシステムの構築が進む

東京五輪の翌年の1965年には、当時の三井銀行がオンライン・バンキング業務を開始し、以後各銀行においてオンライン化の動きが進んだ。また、1968年には全国地方銀行協会の為替交換システムである「地銀協システム」が稼動を開始した49。銀行以外の金融業について、野村證券では1955年に日本初の実用商用コンピューターを導入していたが、1970年には証券業界で初の大規模オンラインシステムである、「第一次総合オンラインシステム」を完成させた。金融以外の産業においても、例えば1968年に、流通業の日本通運がコンピューターによるオンライン網を開通させた。

このように、東京五輪の後、日本各地に事業所を有する等により複数の拠点間で大規模な情報のやり取りを行う必要性のある業界・企業を中心に、オンラインシステムの構築が進んでいった。このほか、1968年に当時の新日鐵(現日本製鉄)の君津製鉄所で生産管理に前述の汎用機(IBMのSystem/360)が導入される等、業務で高度な計算を必要とする業種の大企業において「産業の情報化」が進展した。

情報システム部門の発展と子会社化

「産業の情報化」が進む中で、企業において情報システムの導入や運営に関する業務量が増加し、従来は「機械計算係」といった位置付けであった情報システム部門は、課、更には部のレベルにまで強化されることとなった。特に、1960年代後半からは、経営管理に情報を活用するためのシステムであるMIS(Management Information System:経営情報システム)が注目される等により、情報システム部門に経営を支える役割が期待されるようになったとされる50

同時に、情報システム部門を子会社として外部化する動きも出てくることとなった。例えば、1966年には、野村證券の電子計算部が分離・独立して野村電子計算センター(現野村総合研究所)となった51。また、1973年には、大和運輸(現ヤマトホールディングス)のコンピューター室が分離・独立してヤマトシステム開発となった。このような動向の背景には、コスト節減、要員管理からの解放、スペースの有効活用等があったとされる52

また、情報システム部門の独立は、後述する「情報の産業化」へとつながることとなった。

イ 1980年代以降:1990年代がピークとなり情報化投資は減少傾向

情報化投資額(名目)で見る限り、平成時代は「産業の情報化」がほぼ停滞

1980年代には、ICT利用産業による「産業の情報化」は更に進展し、統計上でも情報化投資額の拡大が顕著に現れている。しかしながら、1990年代に入ると、バブル崩壊に伴い情報化投資額は減少し、年代の後半には回復したものの、我が国経済のデフレやハードウェアの性能向上による価格低下も背景としつつ、1997年をピークとしてICT利用産業の情報化投資額(名目)は減少傾向となっている(図表1-1-2-2)。

図表1-1-2-2 我が国におけるICT利用産業の情報化投資額(名目)の推移
(出典)内閣府国民経済計算を基に作成

また、情報化投資額について、ICT産業も含めて業種別に見たものが図表1-1-2-3である53。更に、各産業の付加価値額についても1990年代以降一部の業種を除き、総じて伸び悩んでいる(図表1-1-2-4)。

図表1-1-2-3 我が国における業種別情報化投資額(名目)の推移
(出典)内閣府国民経済計算
図表1-1-2-4 我が国における業種別付加価値額(名目)推移
(出典)内閣府国民経済計算

情報化投資額(名目)で見る限り、我が国経済のデフレやハードウェアの性能向上による価格低下という要因は踏まえる必要があるものの、我が国の「産業の情報化」は平成時代においてほぼ停滞したといえる。

また、経済全体でみても、第3項で後述するとおり1990年頃までは「産業の情報化」の労働生産性上昇への貢献は大きかったと考えられるものの、それ以降はそのような効果は十分に生じていない状況にある。

情報システム構築・運用の外部委託も進む

1980年代末から1990年代にかけて、企業は自社の情報システム部門で情報システムの構築・運用を行うのではなく、全面的に外部企業に委託するアウトソーシングを積極的に行うようになったとされる。その要因としては、情報システムのコスト削減圧力に加えて、一般の企業において情報システム開発はコア業務ではなく、自社の本業を重視するべきという考え方が根強かったことが指摘されている54。伝統的に自前主義が強いとされてきた我が国企業にあって、情報システム関係業務については積極的なアウトソースの対象となってきたことは、特筆すべき点であろう。

このような動向が、第2節でみるとおり、受託開発型が中心という我が国の特徴的なICT投資の姿、そして第2章第3節でみるようなICT人材のICT企業への偏在につながっていったと考えられる。また、外部委託が進んだことは、委託元企業の情報システム部門に情報システムの構築・運用に関わるノウハウやスキルが蓄積されない、委託先企業の選定を誤ると企業活動の遂行にとって大きなリスクになるといった課題が生じるようになったことも指摘されている55

平成30年版情報通信白書においても指摘しているとおり、ICT投資が効果を発揮するためには、業務改革や企業組織の改編等を合わせて行うことが重要とされている。外部委託への依存により、特に非製造業において、このような業務改革等を伴わないICTの導入が十分な効果を発揮できず、そのことが企業のICT投資を積極的なものにしなかった可能性がある。

図表1-1-2-5 産業の情報化に関連する主な出来事
(出典)総務省(2019)「平成の情報化に関する調査研究」


47 篠﨑彰彦(2014)『インフォメーション・エコノミー』P.64においては、「産業の情報化」とは、様々な産業で情報に関連した労働や中間投入が増加していくこととしている。

48 武田春人編(2011)『日本の情報通信産業史』P.68では、「マルス101はコンピューターと通信を結び合わせた革新的なシステムではあったが、国鉄が自前で敷設している鉄道電話網を利用したという点、そして、他業種へのインパクトという面を考慮すると、コンピューターと通信の本当の出会いは、(中略)「東京オリンピック・システム」の完成まで待たなければならなかった」と述べている。

49 従前のオンラインシステムは同一銀行内に限られるものであったが、このオンラインシステムは日本全国に散在する63もの地方銀行の営業所と支店を通信回線で結ぶものであった。それまでは、遠隔地にある店舗間で貸借の決済を行う場合には、帳票に送金額および送金先の口座などの情報を暗号化したうえで記入し、それを郵便又は電報などを用いて遠隔地にある店舗へ送付していた。オンライン化によって所要時間も電報で2〜3時間、郵便で2〜3日かかっていたのが30秒程度に短縮され、暗号化と解読の作業、郵便又は電報で送る作業が廃止された。

50 折戸洋子(2008)「情報システム部門の役割変遷」経営情報学会2008年秋季全国研究発表大会

51 野村電子計算センターは、野村證券の証券取引システムや、財務会計・給与事務等のシステムを開発した。また、野村證券のシステムのみならず、1972年には損保基幹システムの構築・運用を全面受託した。

52 経営情報学会(編)(2010)『情報システム発展史』

53 専門・科学技術、業務支援サービス業は、リース業を含み、リース業は他社にリースするコンピューター等が含まれるために情報化投資額が大きくなっている

54 経営情報学会(編)(2010)『情報システム発展史』

55 経営情報学会(編)(2010)『情報システム発展史』

56 経営情報学会情報システム発展史特設研究部会編(2010)『明日のIT経営のための情報システム発展史 総合編』専修大学出版局

57 https://www.ibm.com/downloads/cas/6RW1RDAJ別ウィンドウで開きます http://www.nssmc.com/works/kimitsu/about/history.html別ウィンドウで開きます

58 JIPDEC(2017)「情報化の進展とJIPDECの歩み」(https://www.jipdec.or.jp/library/archives/u71kba000000ely0-att/jipdec50th.pdfPDF

59 セコム HP 
https://www.secom.co.jp/corporate/vision/history.html別ウィンドウで開きます

60 トヨタ自動車 HP (https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/data/company_information/personnel/information_systems/business_data_processing _systems.html別ウィンドウで開きます

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