第1部 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety 5.0
第2節 デジタル経済の進化はどのような社会をもたらすのか

(2)GDPの枠外

ア 消費者余剰

消費者余剰とは、消費者が支払っても良いと考える価格と実際に支払う価格との差である。デジタル化により固定費用、限界費用の双方が下落すると、生産者余剰(価格と費用の差)が減少し、消費者余剰が増加する(図表2-2-3-4)。

図表2-2-3-4 デジタル化による消費者余剰の変化
(出典)総務省(2016)「平成28年版情報通信白書」を基に作成

生産者余剰はGDPとして定量的に推計され、消費者余剰は主観的なものであり確立した計測方法がないが、前述のインターネット上の無償サービスの消費者余剰を推計する研究も存在する。

本節で示した通り、金銭的な授受がないサービスは、GDPを直接計測することが困難であるため、機会費用、広告、データベースへの投資、消費者余剰などの観点から間接的に計測することが議論されている。

機会費用アプローチは、インターネットにアクセスすることで、消費者が諦めたその他の時間の使い道により得られる価値(機会費用)によって、無償サービスの価値を評価するという考え方である。デジタルサービスの評価を試行したBrynjolfsson and Oh(2012)49によると、アメリカでは2007年から2011年のGDPの年平均成長率が0.75%向上するという推計結果が報告されている。

広告からのアプローチは、Nakamura他(2017)50が、SNAの物々交換(barter transaction)の概念を援用し、以下のような新しい概念を提案するものである。まず、消費者が「無料コンテンツ」を受け取る代わりに、「広告視聴」という生産活動を行い、その「広告視聴」を広告事業者が購入する。またその取引価額は、広告事業者による広告収入に等しいとする。これらの取引についてSNA上では、広告事業者が購入した「広告視聴」が広告事業者の中間消費および産出として、家計が視聴(=消費)した「広告」分が家計最終消費として、それぞれ擬制的に計上される。その結果GDPが押し上げられる、という考え方である。

イ 時間

余暇もGDPに含まれない経済厚生の代表的なものとされる。

ウ 持続可能性

ダイアン(2015)では、「財やサービスの生産量増加を数字で示すときに、現在の成長が未来の成長を犠牲にしているかどうかが考慮されていない(略)。たしかにGDP統計には資産価値の下落分(資本減耗)が計上されている。だが、明日の消費分を今日食いつぶしてしまう現象を測定するのに、この指標ではあまりにも限定的過ぎる」と指摘し、「持続可能性については早急に正式な指標を用意しなくてはならないだろう」と述べている。

森・日戸(2018)では、「たとえば、世界銀行が開発を進めている「ウェルス・アカウンティング(富の会計)」などの統計を補完的に利用する必要があるだろう。これは資産・資本に注目したという意味で、企業会計の貸借対照表に該当するが、興味深いことに物理的な資本(建物・設備等)だけではなく、人的資本、社会資本、そして自然資源も含めた「包括的な富(Comprehensive wealth)」を計測しようとしている。ウェルス・アカウンティングはまだ開発途上であるが、将来的に国内総余剰とペアにすることで、企業が行うような資産回転率などの分析や、自然資源の減耗を可視化した上での経済成長といった新たな視点がマクロ経済においても提供されることが期待できる。」と指摘している。

エ サテライト勘定

SNA(GDP統計)体系は、生産、分配、支出といったそれぞれの勘定が密接な関係をもって定義され、その経済活動量を計測しているため、この関係を崩さないようにしつつ、デジタル経済の計測を改善させることは容易ではない。そのため、OECDではシェアリングエコノミー、クラウドコンピューティング等のデジタル経済の計測を目的とするデジタル経済サテライト勘定の整備を提唱している。サテライト勘定とは、ある特定の経済活動を経済分析目的や政策目的のために中枢体系(SNA本体系)の経済活動量と密接な関係を保ちながら別勘定として推計する勘定であり、旅行・観光、環境保護活動、介護・保育、NPO活動、無償労働などの分野で整備されている。 OECDでの取組はRibarsky, Ahmad(2018)51など、アメリカでの取組はBarefoot他(2018)52などで報告されている。



49 Erik Brynjolfsson, Joo Hee Oh(2012)“The attention economy: Measuring the value of free digital services on the internet”

50 Rachel Soloveichik, Jon Samuels, and Leonard Nakamura(2018)“Bartering for ‘Free’ Information: Implications for Measured GDP and Productivity”

51 Jennifer Ribarsky, Nadim Ahmad(2018)“Towards a Framework for Measuring the Digital Economy - OECD”

52 Kevin Barefoot, Dave Curtis, William A. Jolliff, Jessica R. Nicholson, Robert Omohundro(2018)“Defining and Measuring the Digital Economy”

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