総務省トップ > 政策 > 白書 > 令和元年版 > デジタル経済の特質③:様々な主体間の関係再構築が必然となる
第1部 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety 5.0
第1節 デジタル経済の特質は何か

4 デジタル経済の特質③:様々な主体間の関係再構築が必然となる

デジタル経済の特質の3点目は、「様々な主体間の関係の再構築が必然となる」ということである。この特質により、企業と企業の関係、個人と企業の関係さらには社会やコミュニティの在り方に変革が求められていく。

企業はなぜ存在しているのか

企業はなぜ存在するのか。現代に生きる我々は、このような疑問は持たないかもしれない。企業というものが存在し、そこで働くということは、あまりにも自明のことに思えるからである。この一見哲学的な問題について、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者のロナルド・コースは、1937年に「企業の本質」という論文20において分析している。コースの問題意識は、次のようなものであった。経済活動に複数の主体がやり取りすることが必要だとしても、それは市場を通じて行うことが可能である。なぜ市場を通じて行うのではなく、企業という統制組織が必要なのか。例えば、ある人が他の人に資料の作成を依頼する場合、外部発注という形で行わせることも可能であるが、その人を採用した上で、上司と部下という関係の下で行わせることも可能である。企業がなぜ存在するかという問題は、なぜ、後者の形を取るのかという問題でもある。

ここで、コースは取引費用に着目している。自給自足経済でなければ、経済活動には複数の主体が関わることになるが、そのやり取りには取引費用が発生する。そして、市場を通じてやり取りするよりも、内部化する方が取引費用が安い場合、企業は成立するというものである。前述の例でいえば、外部発注するよりも、部下として採用して資料を作成させる方が取引費用が安ければ、後者を選ぶということである。他の人に資料作成という作業を依頼するに当たっては、誰に作業を依頼するかを探す費用、依頼の内容や条件を交渉する費用、作業を的確に行っているかをモニターする費用がかかる。上司と部下という関係であれば、確かにこれらの費用を低く抑えることができそうである。

企業には、ICTがもたらす新たな費用構造を踏まえた「内と外」を巡る経営判断が求められている

前述のとおり、ICTは、取引費用を引き下げる効果をもたらす。ここで重要なのは、企業にとって、市場を通じた外部とのやり取りに関する取引費用と、上司と部下の関係のような内部における取引費用の双方が下がるということである。例えば前者の場合、インターネットを使えば、作業を依頼する相手を探し、依頼内容や条件を交渉し、作業状況をモニターすることは極めて容易になっている。クラウドソーシングは、まさにこのような場となっている。後者の場合も、様々なICTツールを使うことで、従来の対面での打合せに比べて効率的に行うことが可能となっていることに加え、従来であれば1人の上司が10人の部下をマネージすることしかできなかったのが、20人の部下をマネージすることができるようになっているかもしれない。

したがって、企業には、ICTがもたらす新たな費用構造を踏まえ、外部に発注するか、内部で行うかという判断を、改めて行うことが求められている(図表2-1-4-1)。

図表2-1-4-1 取引費用による企業の構造の変化
(出典)各種公表資料より総務省作成

ここには、これまで内部で行っていたものを外部発注に切り替えるという「組織の市場化」と、あるいはこれまで外部発注していたものを内部に取り込むという「市場の組織化」の判断も含まれる。また、導入するICTツールを踏まえ、内部の組織の在り方や業務の進め方についても、見直しが求められることになる。篠﨑(2014)21は、ICT導入に伴う企業改革の領域が、企業の枠内にとどまらず、「企業の境界」をどこに引くかという局面にも及ぶことに触れつつ、高度な経営判断が迫られる以上、トップ・マネージメントによる改革へのコミットメントが不可欠としている。

「内と外」を巡る経営判断に当たり、取引費用以外に留意すべきことは何か

取引費用は企業のコストの全てではなく、また、リソースを内部化することは、「規模の経済性」や「範囲の経済性」といったメリットも発揮する。しかしながら、このようなメリットの位置付けも変化していることにも留意することが必要である。例えば、「規模の経済性」は大規模な設備投資や研究開発による固定費といった供給側に着目したものであるが、デジタル経済においては、利用者が多ければ多いほど更に利用者を呼び込むという、需要側に着目した「ネットワーク効果」が重要である。また、「範囲の経済性」は、組織の内部にあるリソースを複数の生産活動に応用することでメリットを発揮するものであり、企業の多角化に正当性を与えてきたものであるが、複数の主体の提携による外部のリソースの共有がメリットを生む「連携の経済性」を重視する見方も出てきている22。例えば、スマートフォンのOSは、第三者(サードパーティ)によるアプリの開発を前提としたエコシステムとなっているため、発展してきている。

このほか、第2項で述べたとおり、データが価値創出の源泉となってきたことを踏まえ、何をコア業務として内部に持つのかを改めて判断する必要がある。第1章第1節でみたとおり、これまで我が国の多くの企業においては、ICTはコア業務ではないとして、外部のICT企業にアウトソースされる傾向があった。このような「内と外」の在り方で良いのか、改めて経営判断が求められることになる。

ギグエコノミー−人と企業の関係の再構築

個人と企業の関わりに目を向けると、これまで個人が企業に対して労働力を提供し、対価を得る方法としては、その企業に就職するという形が一般的であった。経済活動の主体としての個人にとって、このような働き方は、労働の対価として賃金を支払ってくれる相手を探し、労働と賃金の内容や条件を交渉し、確実に賃金を払ってくれることをモニターするという取引費用が安く、また、継続的な収入を得て安定的な生活を送れるという安心感を得ることができただろう。企業にとっても、その人を雇用することは、取引費用の観点から合理的と暗黙のうちに考えていたといえる。

他方、最近では、ある特定の企業に就職するのではなく、市場を通じた個別の契約関係の中で、様々な企業に対して労働力を提供するという働き方の方が良いという考え方が出てきている。その典型が、本節冒頭で述べたフリーランスという働き方である。

このように、インターネットを通じて単発又は短期の仕事を受注するという働き方は、ギグエコノミーと呼ばれている。ギグエコノミーは、前述したシェアリングエコノミーの一種であり、「市場の細粒化」の表れであると同時に、経済活動の主体間の関係の再構築の表れと見ることができる。そして、このような個人を巡る関係の再構築は、社会やコミュニティの在り方にも変革を求めていくことになるだろう。

モジュール化とグローバルバリューチェーンの形成

モジュール化とグローバルバリューチェーンの形成も、ICTによるコスト構造の変革がもたらす企業と企業の関係の再構築とみることができる。

モジュール化とは、複雑なシステムを、機能的なまとまりのある独立した要素に分割し、システムの設計や管理を行うことを指す。そして、このような分割された個別の要素を、「モジュール」という。例えばPCのハードウェアの場合、CPU、ストレージ、メモリ、ディスプレイ、キーボードといったモジュールを組み合わせる形で構成されている。

モジュール化は、各モジュールに特化した大量生産を行うことにより各モジュールのコストの低減を可能とする他、各モジュールを様々に組み合わせることにより多種多様な商品の開発を可能とするといったメリットが存在するとされる。他方、各モジュールを組み合わせて一つの商品を作る上では、モジュール間の関係を調整するためのコストを要することとなる。モジュール間のインターフェースを標準化することにより、このような調整コストを一定程度抑えることは可能であるが、各モジュールを別々の企業が製造する場合、これら企業間のやり取りのコストすなわち取引費用が高ければ、前述のようなモジュール化のメリットが総体として発揮できないことになる。その意味で、ICTの発展・普及による取引費用の低下が企業間の分業によるモジュール化のメリットの発揮を可能としているのであり、企業の中に閉じた商品の製造から、複数の企業の分業による製造という方向へと企業を巡る関係の再構築が行われていることになる23

このようなモジュール化に基づく分業が世界規模で進展している中で形成されてきたのが、グローバルバリューチェーンであるといえる。グローバルバリューチェーンとは、商品の構想から設計・製造・マーケティング・販売等に至るまでのバリューチェーンが世界規模で展開されているものを表す24

スマートフォンを例にとると、通常は我が国の企業のほか、米国・中国・台湾・韓国といった様々な国・地域の企業がモジュール化された部品の製造等を行っており、グローバルバリューチェーンを構成している(図表2-1-4-2)。このようなグローバルバリューチェーンの形成は、ICTの発展・普及が世界規模での企業間のやり取りのコストを引き下げたことが大きな要因となっている25。そして、第2節で後述するとおり、このことが先進国から新興国・途上国への労働機会の移転といったことにもつながっている。

図表2-1-4-2 スマートフォンにおけるグローバルバリューチェーンの例
(出典)OECD(2013)を基に作成


20 R.H. Coase(1937)“The Nature of the Firm”

21 篠﨑彰彦(2014)『インフォメーション・エコノミー』

22 例として、篠﨑(2014)がある。

23 奥野正寛・池田信夫(2001)『情報化と経済システムの転換』

24 OECD(2013)“Interconnected Economies: Benefiting from Global Value Chains”

25 OECD(2013)は、ICTが遠隔地にある企業内・企業間の複雑な調整のコストを抜本的に下げたことがグローバルバリューチェーンの発展の理由としている。山本謙三「IoTでつながる世界経済、日本企業〜業種を超えた競争・協調の新時代へ」成城大学経済研究所年報第31号(2018)による解説も参照。 (http://www.seijo.ac.jp/research/economics/publications/annual-report/jtmo420000000mtr-att/a1528090521816.pdfPDF

テキスト形式のファイルはこちら

ページトップへ戻る