総務省トップ > 政策 > 白書 > 令和元年版 > デジタル経済と格差を巡る議論
第1部 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety 5.0
第2節 デジタル経済の進化はどのような社会をもたらすのか

(3)デジタル経済と格差を巡る議論

エレファント・カーブの衝撃

2012年に経済学者のブランコ・ミラノヴィッチが示した「エレファント・カーブ」は、世界の格差に関する現状を象徴的に示すものとして、大きな話題を呼んだ。すなわち、図表2-2-1-5に示すとおり、1988年から2008年までの20年間で、先進国の高所得者層と、新興国・途上国の中間層の所得が大幅に上昇している一方で、先進国の中所得者層は、所得を減少させているというものであった。このグラフの形があたかも鼻を上げた象の姿のように見えるため、「エレファント・カーブ」と呼ばれている。

図表2-2-1-5 エレファント・カーブ
(出典)各種公表資料より総務省作成

これは、世界全体でみれば、格差は縮小していることを示すものであるといえる。すなわち、新興国・途上国の人々の所得は、先進国の人々の所得に近付いていることになる。

他方、先進国に限ってみると、高所得者層と中間層の格差が拡大していることになり、このことが米国におけるトランプ大統領の誕生や、英国におけるEU離脱に向けた動き(Brexit)等、現在の国際情勢における大きな動きにも関係しているという見方もある。

ICTは格差を生んでいるのか

「エレファント・カーブ」に象徴される世界の格差に関する変化は、ICTと関係しているのだろうか。更にいえば、ICTが格差を生んでいるのだろうか。

この論点に関連する分析を行ったものとして、2017年にIMFのエコノミストが公表したワーキングペーパー11がある。このワーキングペーパーでは、1991年から2014年にかけて、世界で労働分配率がどのように変化したのか、そしてどのような要素がこの変化に影響をもたらしたのかについて分析している。労働分配率とは、生み出された付加価値のうち、どのぐらいの割合が賃金等の形で労働者に還元されたかを示すものである。

これによれば、労働分配率は、高スキルの労働者についてのみ高まり、中スキルと低スキルの労働者については減少している。そして、先進国の中スキルの労働者に限ってみれば、労働分配率の減少をもたらした要因の大部分を「技術」が占め、これに次ぐ「グローバルバリューチェーンへの参加」と合わせた2つの要因で大部分を占めている(図表2-2-1-6)。

図表2-2-1-6 労働分配率の変化と各要素の寄与度
(出典)M. C. Dao, et al.(2017)を基に作成

「技術」について、ワーキングペーパーでは、ICTが機械を含むあらゆるモノの価格を下げることにより、ルーティンタスクの機械化が進む12点に着目している。「グローバルバリューチェーン」については、第1節で述べたとおりICTの発展・普及がもたらした現象ととらえることができ、ワーキングペーパーにおいてもこの点を指摘している。その上で、低スキルの労働集約的な生産過程が先進国から新興国・途上国に移る点に着目している。このように、労働分配率からみた格差の状況には、ICTが大きく関係していると結論付けている。

具体的には、どのようなことが起こっているのだろうか。あくまでも米国を対象とした別の研究結果13において、次のような分析がなされている。

1979年から2012年にかけての全般的な傾向として、低・中スキルの職業の労働者が減少する一方で、より高いスキルとより低いスキルの労働者の双方が増加している。低・中スキルの職業の労働者の減少の背景としては、ICTの導入等による機械への代替や、新興国への業務の移転等が考えられる。

他方、10年ごとに細かくみると、1999年までは低スキルよりも高スキルの労働者の方が増加していたものの、1999年以降は高スキルよりも低スキルの労働者の方が増加している。すなわち、近年では中スキルの職業の労働者が、高スキルの職業ではなく低スキルの職業へと移動する傾向にあることを示している。高スキルの職業への移動が進まないのは、中スキルの職業の労働者が短期間でスキルを高めることで高いスキルを要する職業に移動することが、近年は難しくなってきているといったことが考えられる(図表2-2-1-7)。

図表2-2-1-7 米国におけるスキル別の雇用の変化
(出典)David H. Autor(2015)を基に作成

我が国においては、ルーチン業務が比較的残っている

我が国においても、中スキルの職業の労働者が機械により代替されているのだろうか。この点に関連し、ICTの活用度14とルーチン業務の相対的な多さ15の関係について、OECD加盟国を対象に各国比較を行った分析がある16。これによると、米国、フィンランド、デンマーク等では、ICTの活用が進むと同時に、ルーチン業務が減少している一方で、我が国ではICTの活用はさほど進んでおらず、ルーチン業務も比較的多い(図表2-2-1-8)。この点について、我が国においては、ルーチン業務は機械ではなく非正規雇用に代替された可能性が指摘されている17

図表2-2-1-8 ICT活用度とルーチン業務の相対的な多さの国際比較
(出典)S De la Rica and Gortazar(2016)を基に作成

ICTは「一人勝ち」を生むのか

ICTは、ネットワーク効果18等により「一人勝ち」を生むという傾向を持つことが指摘されている。先端的な企業と他の企業で生産性の向上に差があるという前述のような分析があるとおり、この点が格差につながっているとの見方がある。

ネットワーク効果とは、第1章第3節で述べたように、あるネットワークへの参加者が多ければ多いほど、そのネットワークの価値が高まり、更に参加者を呼び込むというものである。例えば、家族や友人が使っているSNSと、そうでないSNSとでは価値が異なるため、「家族や友人が使っているSNSを自分も使う」という選択は自然だろう。その結果として、一定規模の利用者の獲得に成功したサービスを提供する事業者は、サービスの更なる拡大が実現することで市場での成功に近付くが、そうでない事業者は失敗することになる。

また、第1節で述べたとおり、デジタル化された情報の複製・伝達の限界費用がほぼゼロとなり、市場が「拡大化」する中で、「一人勝ち」の影響は急速かつ広範囲に広がるとの見方がある19

このような「一人勝ち」を生むデジタル経済の特性を、「スーパースター経済」と呼ぶ論者もいる20

格差に関する議論は、デジタル経済の進化という視点で捉えることが重要

ここまで紹介したとおり、世界における格差を巡る現在の状況には、ICTが関係しているとの見方は有力であるといえよう。少なくとも、格差に関する議論は、個別の政策の効果といった視点を超えて、デジタル経済の進化という視点で捉えることが重要となる。

新たな格差是正策を巡る議論が出てきている

先進国においては格差が拡大する傾向にあることを踏まえ、格差の是正策が必要であるという議論が出てきている。その具体的な方策として、様々な新たな考え方が示され、議論となっている。

例えば、ベーシックインカムという考え方が提唱されている。ベーシックインカムに確立された定義はないものの、一つの例として、「定期的な現金の給付であり、全ての人に個人単位で、資力調査や労働の要件なしに無条件で提供するもの」が挙げられる21。フィンランドにおいては、2017年1月から2018年12月までの2年間、無作為に選出した2000人の失業者を対象として月額560ユーロを給付する実験が行われた。実験の暫定結果によれば、幸福感は高まったものの、1年目における雇用への効果はなかったとのことである22。ベーシックインカムについては、その効果を巡る議論があるとともに、財政負担をどうするのかといった問題や、働くことによる生きがいを奪うのではないかとの批判がある。

また、ロボット税という考え方も出てきている。これは、労働者を機械により置き換えることに対し、何らかの課税を行うべきというものである。2016年に欧州議会で議論されたものの、否決されている。



11 Mai Chi Dao, Mitali Das, Zsoka Koczan, Weicheng Lian(2017)“Why Is Labor Receiving a Smaller Share of Global Income? Theory and Empirical Evidence.” IMF Working Paper WP/17/169

12 言い換えると、生産要素として資本と労働を考慮した場合、ICTが資本のコストを下げることで、労働のコストよりも割安となり、労働が資本に代替されるということである。

13 David H. Autor(2015)“Why Are There Still So Many Jobs? The History and Future of Workplace Automation”

14 OECDの国際成人力調査(PIAAC)により2011年から2012年にかけて収集したデータのうち、業務でのインターネット活用、スプレッドシート(Excel)の使用、プログラミング言語の使用等に関するものから算出されている。

15 PIAACのデータ等を用い、RTI(Routine task-intensity)として算出されている。

16 Sara De la Rica and Lucas Gortazar(2016)“Differences in Job De-Routinization in OECD Countries: Evidence from PIAAC”

17 これらの分析については、次の文献を参考にしている。
岩田一政(2019.02.25)「無形資産に関する論点整理メモ」(総務省「第3回AIネットワーク社会推進会議AI経済検討会資料」)(http://www.soumu.go.jp/main_content/000604412.pdfPDF
山本勲(2019.02.25)「AI経済と雇用」(総務省「第3回AIネットワーク社会推進会議AI経済検討会資料」)(http://www.soumu.go.jp/main_content/000604413.pdfPDF
岩本晃一(2019.01.21)「IoT/インダストリー4.0が与えるインパクト 第88回「第4次産業革命を生き抜くための日本企業の生産性向上(6)− なぜ、日本企業の生産性は低いのか −」(https://www.rieti.go.jp/users/iwamoto-koichi/serial/088.html別ウィンドウで開きます

18 「ネットワーク外部性」ともいう。

19 ブリニョルフソンは、『ザ・セカンド・マシン・エイジ』の中で、①デジタル化による限界生産費用の低下、②通信・輸送技術の進歩による広い市場へのリーチ、③ネットワーク効果が「勝者総取り」が増える原因としている。

20 「スーパースター経済」は、Sherwin Rosen(1981)“The Economics of Superstars”が初めて論じたとされ、ブリニョルフソンもこの概念を元に議論を展開している。

21 ベーシックインカムに関する国際的な啓発活動を行っているベーシック・インカム・アース・ネットワーク(BIEN)による定義。

22 https://www.kela.fi/web/en/news-archive/-/asset_publisher/lN08GY2nIrZo/content/preliminary-results-of-the-basic-income-experiment-self-perceived-wellbeing-improved-during-the-first-year-no-effects-on-employment別ウィンドウで開きます

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