第1部 特集 ICTの利活用による持続的な成長の実現
第1章 ICTによる地域の活性化と絆の再生

コラム デンマークの学校風景


 北欧諸国の一つ、デンマークはICT利用先進国として世界の先頭を走っている。WEF(世界経済フォーラム)ICT競争力ランキングでは、2006年から3年連続の第1位、2010年にも第3位を獲得し、その地位を不動のものにした。その背景には、デンマークの早期かつ継続的な教育分野への投資が上げられ、学校のインターネットアクセス、教育システムの品質、国家全体の教育費など、教育に係る多くの項目にて高い評価を受けている。
 日本では、教育分野におけるICT利用が長年の政策課題であるが、国際的に評価の高いデンマークの教育分野において、ICTはどのように利用されているのであろうか。2009年11月、首都コペンハーゲンにて公立学校(フォルケスコーレ)を訪問し、実際の教育現場におけるICT利用の実態について調査した。その内容の一部を紹介する。
 まず最も注目すべきは、デンマークの学校教育において、ICTは決して特別なものではなく、子供たちの日々の学校生活に溶け込んでいるということであろう。訪問先の校長によれば、公立学校のICT利用で最も効果があるのは、学校、児童・生徒、保護者とのコミュニケーション分野であるという。ペアレント・イントラネットと呼ばれるシステムを活用し、双方向の情報伝達が行われている。具体的には、時間割、事務連絡、成績表の配布など学校側からの情報提供だけではなく、宿題の提出、保護者と教員との日常的な意見交換にも活用されている。このシステムは、2004年に導入されたが、既に利用率は95%を超える。デンマーク全土に急速に広まった背景には、高いブロードバンド普及率、高いインターネット利用率、少ない所得格差(パソコンの保有とネット接続が一般的)があるということだ
 写真1は、オープンな図書館(メディアセンター)である。校舎の中心にあり、各教室を結ぶハブ的な役割を果たしている。図書館とパソコンルームが統合され、誰でも自由に図書館システムやインターネットを利用できる。日々の学びと遊びを通じて、子供たちがICTと自然に触れ合うことができるよう、物理的な環境が用意されている。

(写真1)
(写真1)

 写真2は、数学の授業をしている風景である。一人一台のコンピュータを利用することで、個人のレベルに適した教材の提供、履歴の活用による復習の強化、自らの成長を実感できることによる生徒のモチベーションの向上、誤答傾向の分析による教員の講義の品質の向上など、ICT利用の効果が期待できる。デンマークでは、児童・生徒と教員、双方の成長のために「教育品質そのもの」を向上させる手段としてのICT利用を目指している。

(写真2)
(写真2)

 写真3は、カフェのように飲み物が置かれたオープンな職員室である。基本的に校務のデジタル化が徹底されており、機密文書もないため児童・生徒がいつでも自由に出入りできる。このため、先生と生徒がコミュニケーションを深める場所としても利用されている。

(写真3)
(写真3)

 写真4は、生徒がグループワークを行うための、簡易型の壁掛け机である。校内にはこのような「しつらえ」が多く存在し、生徒たちがいつでもどこでも、気が向いたときに議論したり、協働で学習したりすることができる環境がさりげなく用意されている。

(写真4)
(写真4)

 デンマークは、意思決定のプロセスにおいて組織間のコンセンサスを重視する社会風土を持つ。デンマークのコンセンサス社会を形成する起源は、これらのオープンな学校教育にあると思われる。
 さて、今回の調査で判明した興味深い事実とは、ICTの利用では世界のトップランナーであるはずのデンマークであっても、教育領域における最大の課題は、教員のICTリテラシーの向上にある、ということであった。それが原因で、授業でのICT利用がなかなか進まないのは、どうやら我が国固有の問題ではないらしい。教員向けのさまざまな研修や教員養成大学を準備するなどして、対策に力を入れているのも日本と同じである。ただし、デンマークと日本とでは、教育分野におけるICT利用のアプローチが全く異なる。デンマークは教育に関する情報化領域すべてを視野に入れつつ、ICTを保護者、児童・生徒、教員間のコミュニケーション分野から先に普及させ、現在はすべての授業において教育水準を高めるためにICT利用に取り組んでいる。一方、日本では授業でのICT利用を優先させたため、他の校務やコミュニケーションの情報化に本格的に着手するのが大幅に遅れてしまった。難しい課題に正面から取り組んだために、教科やコミュニケーション・スキルの育成に関しても、十分な普及がなされないまま、時間が経過してしまったことになる。
 子どもと携帯の問題、掲示板への書き込みなどを通じたネットのいじめ、ネットの有害コンテンツ、詐欺などの犯罪行為に巻き込まれる危険性などが顕在化していることもデンマーク・日本に共通する課題である。これらの「教育とICT」に関する課題について、デンマークでは、SNSを通じて、解決に向けた活発な議論が行われている。学校の垣根を越えた情報共有、相互学習が共通のプラットフォームを通じて全国規模で行われていることは、注目に値する。日本はICTの負の側面をとらえてICT利用を制限する傾向があるが、デンマークはICTの持つ可能性を最大限に活用しながら、それらの課題をいかに解決すればよいのか、議論しながら打開策を模索していると言える。このような違いが、両国のICT利用の格差に少なからず影響していると考えられる。

国際大学GLOCOM猪狩典子・豊福晋平「デンマークICT利用調査報告」(2009)より作成

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