第1部 特集 ICTの利活用による持続的な成長の実現
第3章 ICTによる経済成長と競争力の強化

(2)我が国のイノベーション環境の検証


●我が国のイノベーション環境を定量データにより国際比較

 以下では、イノベーションの考え方を整理するととともに、我が国がイノベーションにより高付加価値な財・サービスを創出しやすい環境であるかを、定量データを用いて国際比較しながら評価してみる。

ア イノベーションの考え方

●技術革新のみにとどまらず、社会へと普及浸透し、経済効果をもたらすことこそがイノベーション

 一橋大学イノベーションセンターによると、イノベーションとは「経済効果をもたらす革新」を指す。注意すべきは、新規の発明、発見や技術開発はイノベーションの重要な源泉とはなるが、それだけでは経済効果に結びつかないという点である。つまり革新的なアイデアが価値ある技術革新につながり、さらに市場で受容される商品となった上、社会に普及浸透し、収益ある事業に結実して経済効果がもたらされる一連の過程こそがイノベーションとされている(図表3-2-1-3)。以降ではイノベーションをこのような概念として扱うこととする。

図表3-2-1-3 イノベーションの構造
図表3-2-1-3 イノベーションの構造
創造された知識が価値ある革新につながり、そこから生み出された商品が市場さらには社会に普及浸透し、収益に結実するプロセスがイノベーション
東洋経済新報社『一橋ビジネスレビュー』(2008年SPR、55巻4号)所収 青島、楠木「システム再定義としてのイノベーション」により作成
https://www.toyokeizai.net/shop/magazine/hitotsubashi/detail/BI/16a422fe7767318c489c0b6421c5e19d/

イ 既存の国際調査による日本のイノベーション環境評価

●既存調査では決して低くない日本のイノベーション環境評価

 まずは、日本のイノベーション環境が既存の国際調査においてどのように評価されているかを、図表3-2-1-4で概観する。いずれの調査結果においても日本のイノベーション環境の評価は上位に位置しており、特にEIUの調査では米国やスイス、フィンランド、スウェーデンといった西欧諸国等を抑えて1位という結果となっている。

図表3-2-1-4 既存の国際調査によるイノベーション環境評価のランキング(10位まで掲載)
図表3-2-1-4 既存の国際調査によるイノベーション環境評価のランキング(10位まで掲載)
いずれの既存調査においても、日本のイノベーション環境はトップ10位以内と高評価

 そして、このことを裏付けるように、一部の日本企業はイノベーションによって優れた業績を達成している事実がある。一例をあげると、平成21年版情報通信白書第2章第1節では、今般の不況下でも情報通信技術を経営に積極的に活用することにより、多くの企業が業績を悪化させる中で過去最高益の業績を達成または見込む企業を紹介(http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h21/html/l2132000.html)したが、これらの企業のうち、国内最大のインターネットショッピングモール「楽天市場」や旅行サービス販売サイト「楽天トラベル」等を運営する楽天3、携帯電話向けサイトの「モバゲータウン」を運営するディー・エヌ・エー4、国内SNS「GREE」を運営するグリー5などのイノベーションにより急成長したとされる企業は2009年度業績についても引き続き過去最高益を達成している。

●既存のイノベーション環境調査からでは、一国全体への波及経路がみえない

 しかし、これらの調査でイノベーション環境が充実していると評価されている諸国(すべての調査で10位以内に入っている日本、米国、デンマーク、スウェーデン、フィンランド)について、2000年以降の経済成長を比較すると、実質GDP成長率(図表3-2-1-5 左図)は、日本が多くの年において最も低い値を示している。また、一人当たり名目GDP(図表3-2-1-5 右図)に関しても、他の諸国が順調に値を伸ばしているのにもかかわらず、日本一国のみがほぼ横ばいとなっている。

図表3-2-1-5 イノベーション環境評価が高い諸国の実質GDP成長率及び一人当たり名目GDPの推移
図表3-2-1-5 イノベーション環境評価が高い諸国の実質GDP成長率及び一人当たり名目GDPの推移
日本はイノベーション環境の高評価が経済成長に結びついていないようにみえる
IMF“ World Economic Outlook Databases( April 2010 edition)”により作成
http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2010/01/weodata/index.aspx

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 これらの事実から一見、日本ではイノベーションの環境が充実しているにもかかわらず実際の経済成長に波及していないようにみえる。別の見方をすれば、既存のイノベーション環境調査がいずれも、日本のイノベーション環境が我が国全体の経済成長に適切に結びついているかを十分に把握できていないといった捕らえ方もできよう。

ウ 独自の観点に基づくイノベーション環境評価

(ア)イノベーション環境の評価手法

●独自の評価により、イノベーション環境が一国全体に及ぼす経路を明確化

 このような問題意識の下、日本のイノベーション環境が一国全体の経済効果にどのような経路で結びついているのかについて、独自の観点に基づいた定量的な評価を行った。まず、基本的な考え方として、一橋大学イノベーションセンターによると「イノベーションが生まれるためには、革新的なアイデアなどの「知識創造」だけではなく、それを経済効果に結びつけるための「資源動員」が必要である。」とされていることから、インプット(投入)、アウトプット(直接効果)、アウトカム(最終成果)の3段階に分けてイノベーション環境測定の指標を整理することとした。

図表3-2-1-6 本白書におけるイノベーション環境評価の基本的な考え方
図表3-2-1-6 本白書におけるイノベーション環境評価の基本的な考え方
知識創造と資源動員をインプット、イノベーションをアウトプット、一国全体に及ぼす経済効果をアウトカムとしてイノベーション環境関連の指標を整理
東洋経済新報社『一橋ビジネスレビュー』(2008年SPR、55巻4号)所収 青島、楠木「システム再定義としてのイノベーション」により作成
https://www.toyokeizai.net/shop/magazine/hitotsubashi/detail/BI/16a422fe7767318c489c0b6421c5e19d/

 そして、具体的な評価手法としては、既存の国際調査で用いられてきたイノベーション環境に関連する21項目の指標6を選択した後、因子分析7でこれらの指標からイノベーション環境に影響を与える因子を抽出することにより、イノベーション環境のインプットとみなすこととした。同時に21項目の指標から主成分分析8で1つの指標を抽出、これを「イノベーション総合力」としてイノベーション環境の高さがもたらすアウトプットとした。最後に、1人あたりGDPと労働生産性を一国全体の経済効果であるアウトカムと定義することとした。また、評価対象国は、地域バランス及び指標データの存在等を考慮し、29か国9とした。

(イ)イノベーション環境の評価結果

●イノベーション環境のインプットを5つの因子に集約し、アウトプットやアウトカムとの関係性を分析

 評価手法に基づき、インプット、アウトプット、アウトカムの各値を具体化し、さらに互いの関係性を分析した結果が図表3-2-1-7である。インプットについては、評価対象29か国のイノベーション環境に関連する21の指標を分析した結果、「因子1:持続的変化対応力」「因子2:製品・サービスの洗練度」「因子3:ビジネス基盤成熟志向」「因子4:市場開放志向」「因子5:科学技術のビジネス化対応力」の5つの因子が抽出された。
 以下、本結果について詳述する。

図表3-2-1-7 イノベーション環境の因子分析結果
図表3-2-1-7 イノベーション環境の因子分析結果
29か国のイノベーション環境に関連する21の指標から因子分析により5つの因子を抽出
総務省「ICT利活用による地域活性化と国際競争力強化に関する調査研究」(平成22年)により作成

A イノベーション環境のインプット、アウトプット、アウトカムの関係性の分析

●インプットの「因子1:持続的変化対応力」「因子2:製品・サービスの洗練度」「因子3:ビジネス基盤成熟志向」「因子5:科学技術のビジネス化対応力」が、アウトプットの「イノベーション総合力」さらにはアウトカムの経済指標に影響

 まず、「イノベーション総合力」とインプット及びアウトカムとの関係性をみると(図表3-2-1-8)、「イノベーション総合力」との関係性が特に強いのはインプットのうち「因子1:持続的変化対応力」「因子2:製品・サービスの洗練度」「因子3:ビジネス基盤成熟志向」の3つであり、「因子5:科学技術のビジネス化対応力」との間も強い関係性が認められる。また、「イノベーション総合力」はアウトカムの一人あたりGDPと労働生産性の双方と関係性が強い。

図表3-2-1-8 イノベーション環境のインプット、アウトプット、アウトカムの関係性
図表3-2-1-8 イノベーション環境のインプット、アウトプット、アウトカムの関係性
イノベーション環境のアウトプット「イノベーション総合力」は、インプットの「因子1:持続的変化対応力」「因子2:製品・サービスの洗練度」「因子3:ビジネス基盤成熟志向」、アウトカムの一人あたりGDPと労働生産性との関係性が特に強い
総務省「ICT利活用による地域活性化と国際競争力強化に関する調査研究」(平成22年)により作成

 すなわち、イノベーション環境整備の進展度合いを表すインプットの5つの因子が高められると、アウトプットである「イノベーション総合力」が強まり、それがさらに一人あたりGDPや労働生産性の上昇に結実するといった、イノベーション環境が一国の経済成長に結びつく経路が存在しているといえよう。

B イノベーション環境のインプットの評価

●イノベーション環境に強い影響を与える5つの因子が存在し、我が国は「製品・サービスの洗練度」は強い反面、その他の因子は改善の余地がある

 次に、インプットについてみてみよう。我が国は、「因子2:製品・サービスの洗練度」(29か国中第2位)は突出しているが、「因子1:持続的変化対応力」(29か国中第8位)、「因子3:ビジネス基盤整備志向」(29か国中第7位)については上位国に一歩譲り、「因子4:市場開放志向」(29か国中第28位)、「因子5:科学技術のビジネス化対応力」(29か国中第27位)については多くの国と比べて見劣りしている状況がある。

図表3-2-1-9 イノベーション環境に関する5因子の29か国比較
図表3-2-1-9 イノベーション環境に関する5因子の29か国比較
我が国は、他国と比較して「因子2:製品・サービスの洗練度」は29か国中第2位だが、「因子4:市場開放志向」は29か国中第28位、「因子5:科学技術のビジネス化対応力」は29か国中第27位となっている
総務省「ICT利活用による地域活性化と国際競争力強化に関する調査研究」(平成22年)により作成

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C アウトプット「イノベーション総合力」の評価

●我が国の「イノベーション総合力」は29か国中第8位で、上位5か国(スウェーデン、米国、シンガポール、デンマーク、フィンランド)との間に格差が存在

 続いて、評価対象29か国のイノベーション環境に関連する21の指標から主成分分析により抽出したアウトプットの「イノベーション総合力」について29か国の偏差値を比較した結果(図表3-2-1-10)、我が国は29か国中第8位に位置することが明らかになった。数値をみると、我が国が57.7であるのに比べて、スウェーデン(64.4)、米国(64.3)、シンガポール(62.4)、デンマーク(62.3)、フィンランド(62.0)の上位5か国はいずれも60を超えている。

図表3-2-1-10 アウトプット「イノベーション総合力」の29か国比較
図表3-2-1-10 アウトプット「イノベーション総合力」の29か国比較
29か国のイノベーション環境に関連する21の指標から主成分分析により抽出した「イノベーション総合力」を比較すると、我が国は29か国中第8位である
総務省「ICT利活用による地域活性化と国際競争力強化に関する調査研究」(平成22年)により作成

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D 効率的なイノベーション環境整備に向けた日本の課題

●イノベーション環境のインプットのうち、「因子1:持続的変化対応力」「因子3:ビジネス基盤成熟志向」「因子5:科学技術のビジネス化対応力」について、ICTを活用しつつ注力することが今後の課題

 さらに、インプットとアウトプットとの関係性について、インプットの各因子がアウトプットの「イノベーション総合力」に及ぼす影響の度合いを横軸、各因子における29か国の因子得点偏差値を縦軸に取り、我が国と「イノベーション総合力」が特に高い5か国との間で詳細に比較してみよう(図表3-2-1-11 上図)。
 まず、この図からは横軸の幅が大きい、すなわち「イノベーション総合力」への影響が強い因子1、2、3や5といった因子の改善への注力こそが、イノベーション環境の効率的な整備を意味するといった示唆を得ることができる。
 このことを念頭において他国の傾向をみると、スウェーデン、米国、デンマーク、フィンランドは、「因子1:持続的変化対応力」「因子2:製品・サービスの洗練度」「因子3:ビジネス基盤成熟志向」「因子5:科学技術のビジネス化対応力」のいずれもがバランス良く高い値を示している。
 一方、我が国は、先述したように「因子2:製品・サービスの洗練度」が高い一方で、新しい製品・サービスを生み出す「因子1:持続的変化対応力」や、ICTの利活用を促す「因子3:ビジネス基盤成熟志向」についてはこれら諸国に一歩譲り、高度人材育成等の「因子5:科学技術のビジネス化対応力」に至っては29か国平均を大幅に下回っている現状にある。
 従って、今後我が国は「因子1:持続的変化対応力」や「因子3:ビジネス基盤成熟志向」、とりわけ「因子5:科学技術のビジネス化対応力」に注力することにより、「イノベーション総合力」を効率的に向上させ、ひいてはアウトカムの経済効果に波及させることが課題であるといえよう(図表3-2-1-11 下図)。

図表3-2-1-11 イノベーション環境のインプットとアウトプットの関係性の比較(6か国)と我が国の課題
図表3-2-1-11 イノベーション環境のインプットとアウトプットの関係性の比較(6か国)と我が国の課題
我が国はインプットの「因子2:製品・サービスの洗練度」のみが突出しており、今後は「因子1:持続的変化対応力」「因子3:ビジネス基盤成熟志向」「因子5:科学技術のビジネス化対応力」へのバランスのとれた注力が必要
総務省「ICT利活用による地域活性化と国際競争力強化に関する調査研究」(平成22年)により作成

 そして、このような課題に対しては、例えば、図表3-2-1-7で「因子3:ビジネス基盤成熟志向」と関係の強い「電子政府成熟度」や「インターネット利用率」といった指標には、ICT利活用促進が直接プラスの影響を与えることができる上、「因子1:持続的変化対応力」と関係の強い「企業における有能な人材の獲得度」「企業の研修教育」「教育システムの質」などについては、第1章第1節1前節でみたようにICTによってプラスの影響を与えられる余地があるといったように、ICTが貢献する可能性があるといえよう。


2 北米自由貿易協定に加盟するアメリカ、カナダ、メキシコの3カ国
3 (出典)CNET Japan(2010年2月12日(http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20408492,00.htm))を参照
4 (出典)Sankei Biz(2010年4月30日(http://www.sankeibiz.jp/business/news/100430/bsb1004301535007-n1.htm))を参照
5 (出典)Sankei Biz(2010年1月27日(http://www.sankeibiz.jp/econome/news/100127/ecc1001271813014-n1.htm))を参照
6 種類及び出典については付注10を参照
7 多数の変数の相関関係に基づいて、直接測定できない因子を求める統計解析手法
8 複数個の変数を合成して、1個、又は少数個の総合指標を求める統計解析方法
9 [1]日本、[2]米国、[3]英国、[4]韓国、[5]シンガポール、[6]スウェーデン、[7]デンマーク、[8]イタリア、[9]インド、[10]オーストラリア、[11]オーストリア、[12]オランダ、[13]カナダ、[14]ベルギー、[15]スペイン、[16]ドイツ、[17]ギリシャ、[18]フィンランド、[19]アイルランド、[20]フランス、[21]ポーランド、[22]ポルトガル、[23]スロバキア、[24]チェコ、[25]ハンガリー、[26]ロシア、[27]中国、[28]メキシコ、[29]ブラジルの計29か国
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