トピック ファブラボについて34
A ファブラボの概要
「ファブラボ」(Fab Lab)とは、デジタル・ファブリケーション(パソコン制御のデジタル工作機械)を揃え、市民が発明を起こすことを目的とした地域工房の名称である。こうしたラボの概念を提唱したのはマサチューセッツ工科大学(MIT)のビット・アンド・アトムズ・センター所長のニール・ガーシェンフェルド氏であり、同氏が世界で最初のファブラボをボストンの旧スラム街とインドの田舎の村に設置したのは1998年のことであった。同氏は、コンピュータの進化が巨大なメインフレームコンピューターから個人用のパーソナルコンピューターのように小型化・民主化してきたことになぞらえ、いずれ工作機械も、現在工場に置かれているような巨大なものから個人用のパーソナルなものへと進化していくことを予想した。その現場検証のためにこうした場所にラボを設置したところ、意欲ある市民が通う溜まり場となり、大学で行われる学術研究とは異なる意味で、現場指向の「草の根発明」が多数起こされたという。
その後同氏は、個人的な人脈をつたって、ガーナ、ノルウェー、南アフリカ、ニューヨーク郊外などにファブラボを設置していった。そのような経験を同氏がまとめ、著書35として出版したところ、その概念が世界に知られることになり、世界各地で自発的にファブラボを立ち上げる動きが起こり始めた。ファブラボはフランチャイズではなく、「ファブラボ憲章」に従えば誰でも名乗り、立ち上げることができる施設である。2013年現在、世界50か国以上に200カ所以上のファブラボが存在する36。
その運営形態はさまざまで、政府や市がバックアップしているもの、大学が支援しているもの、美術館・科学館・図書館の中にあるもの、NPOやNGOが管理しているものから、個人的なパトロンの支援によるものまでがある。ファブラボでは「グローバルな情報共有(世界に広がるラボ間での交流)」と、「ローカルな市民へのアクセス」(市民がデジタル工作機械に触れる機会をつくること)」の2つの原則を掲げており、大学や企業の中に閉じた状態で運営されているラボのことはファブラボとは呼ばない。
世界のファブラボでは、毎年国際集会を開いており、そこでファブラボ憲章も議論されている。また、ファブラボでは世界共通のロゴを用いているが、そのロゴは「MAKE(作る)」「LEARN(学ぶ)」「SHARE(分かち合う)」の3つのコンセプトが具現化されたものになっている。
「ファブラボを名乗る」ために備えなければならない工作機器として、レーザーカッター、CNCミリングマシン、CNCルーター、ペーパーカッター、電子工作機材一式及びビデオ会議システムが指定されている。
多くのファブラボに3Dプリンターが導入されているが、指定機材リストに含まれていない(2012年時点)。市場で販売されている3Dプリンターは高価であり、製造時間が長く、材料費も高く、通常は大量生産のための型の製造に利用されているためである。
B ファブラボの基礎研究
世界にファブラボが増えていくことに呼応するように、新しい学術分野の創成が議論されるようになった。2013年3月、MITビット・アンド・アトムズ・センターはEXECUTIVE OFFICE of the PRESIDENT of the UNITED STATESと共催で、「デジタル・ファブリケーションの科学」と題されたイベント37を開催した。
米国では現在、オバマ大統領が先頭に立って、「製造イノベーション推進機構」(NAMII : National Additive Manufacturing Innovation Institute)を2012年8月16日にオハイオ州ヤングスタウンに設置し、そこでチタンやインコネルなどを用いる超高性能3次元プリンター(Additive Manufacturing:付加製造方式)の研究が行われている。ボーイングやIBM、カーネギーメロン大学などの大企業や大学、非営利団体からなるコンソーシアムからの資金に加え、米国防総省はNAMIIを軌道に乗せるために3000万ドルを提供している。3Dプリンターへの興味を既に示している米航空宇宙局(NASA)や米国立科学財団(NSF)なども資金提供する予定である。
しかし、ファブラボの提唱者ニール・ガーシェンフェルド氏は「3Dプリンティングはデジタル・ファブリケーションの中の一部でしかない」と警鐘を鳴らし、デジタル・ファブリケーションの本質は、「データをものにし、ものをデータにすることである」と述べた。ものがデータとして記述されれば、物理的な輸送を伴わずに、メールで転送ができるようになる。また、データをものとして出力する方法は、3Dプリンティングだけではなく、レーザーカッター、CNCミリングマシン、ミシン、編み機など様々な方法がある。
むしろ同氏の研究上の関心は「いかにしてものをデジタル化できるか」であり、それは「計算のデジタル化(論理計算がアナログからデジタルに変化したこと)」「通信のデジタル化(電話回線がアナログからデジタルに変化したこと)」に続く、第3の「製造のデジタル化(物質を加工構成する方法がアナログからデジタルに変化したこと)」であるとされる。
同氏のいう「製造のデジタル化」を実現するためには、3Dプリンティングにより、ものを出力するだけではなく、それを再び分解して材料にまで戻す技術の開発が鍵であるとし、このイベントでも「Self Assembly」(自己組み立て・自己組織化)するマテリアル(素材)の研究が様々なスケールに渡って紹介された。
また、会議は学術的な集会であったにもかかわらず、市民工房「ファブラボ」の代表者も、米国各地やロシア、スペイン等から集結していた。ファブラボが現場での実践知を育むとともに、かつその現場で起こった問題や改善点を次なる基礎研究のテーマへと反映させることにより「フィールド型研究」の拠点にもなっている。大学での研究と現場での知とが混然一体となっている現在の状況が見て取れる。
C ファブラボの政策
これらの科学技術政策の動きに加えて、米国では人材の育成が重要であるとし、米民主党のBill Foster議員が中心となって、これまで草の根であったファブラボの活動を、国策として「National Fab Lab Network」を立ち上げることが宣言された38。このNational Fab Lab Networkでは、70万人に一つのファブラボを作ることをゴールとしており、これは新しい「図書館のようなもの」と喩えられている。
上述した米国の政策に加えて、都市政策の中心にファブラボを据える事例も出てきている。その一つはスペインのバルセロナであり、10年前からバルセロナでファブラボを運営してきたヴィンセント・ギャラットは、昨年、市のシティ・アーキテクトに任命された。そして、バルセロナ市内に5〜6箇所のタイプの異なるファブラボを設置することが予定されている。また、ロシアでは、モスクワ市内に20箇所のファブラボを作ることを支援する声明を発表し、ロシア全域に100箇所のファブラボの設置が予定されている。
このようにして、現在各国で急速に施策に取り入れられているファブラボであるが、過去10年間は専ら草の根の取組であった。米国内に限れば、各地のファブラボを精神的に支えてきたキーワードは「STEM(Science, Technology, Engineering, Math)」であった。STEMは技術離れ、理科離れを食い止めるための人材育成の仕組であり、オバマ大統領も頻繁に言及している制度である。米国のファブラボの多くは、地域の市民や子供(移民を含む)に、科学技術を教えながら包摂するためのコミュニティリソースとして機能している。
D 日本国内のファブラボ
日本国内では、2010年に有志団体「Fab Lab Japan」が設立され、日本におけるファブラボの実現の形について議論がなされてきた。そして、2011年に、日本初のファブラボが鎌倉と筑波に誕生したのを皮切りに、2012年にはファブラボ渋谷が、2013年には大阪にファブラボ北加賀屋が誕生した。
それらのラボを運営する中心人物は、有志団体「Fab Lab Japan」の設立当時からのメンバーであるが、ファブラボの運営には、間接的に大学が関わっている。ファブラボ鎌倉は慶應義塾大学SFC,ファブラボつくばは筑波大学、ファブラボ渋谷は多摩美術大学、ファブラボ北加賀屋は大阪大学と人的な交流がある。
現在では、ファブラボの概念が日本各地に広がっており、各地でファブラボの設立の動きが見られる。
34 本トピックは、慶應義塾大学田中浩也准教授の協力を得て執筆した。
35 「FAB―From personal computer to personal fabrication」
36 「地球上のファブラボ」インタラクティブマップ(http://maps.google.com/maps/ms?ie=UTF&msa=0&msid=100531702172447774282.00044fdbd79d493ad9600)
37 http://cba.mit.edu/events/13.03.scifab/index.html