第1部 特集 ICTの利活用による持続的な成長の実現
第3章 ICTによる経済成長と競争力の強化

みんなでつくる情報通信白書コンテスト2010 一般の部 優秀賞受賞コラム


進化したやりとり

執筆 家城 武尚(いえき たけひさ)さん (看護師・愛知県名古屋市)
家城 武尚(いえき たけひさ)さん

コメント:時代の進化によって、デジタルは冷たいという印象が強いけれど、僕はそうは思わないという事。

 一人暮らしを始めた頃、まめな父から毎日のように手紙が届いていた。朝はきちんと起きているか、遊んでばかりではないか、野菜は食べているか。たまには顔を見せに帰ってこい。実家での毎日の出来事を綴った文章の終わりは、必ず僕を心配していた。
 父から初めての手紙が届いた時、僕が迷わずメールで返事をすると、携帯電話が震えた。電話の主は勿論父で、「俺は古い人間だから、デジタルじゃなくアナログがいいんじゃ。手紙が届いたら、手紙で返すのが常識だと思わんのか」と怒られた。あまりの声の大きさと勢いに押され、片目をつぶり、携帯電話を10cmほど耳から離した。仕方なしに、家になかった便箋を買いに行き、持つことの少なくなったペンをとり、父に手紙で返事をする毎日が続いていた。
 しかし、父も年を重ね、手の震えから字を上手に書けなくなってしまったようで、毎日の手紙は途絶えてしまった。そんな父を心配に思い、実家へ帰った僕は、父が嫌いな事を知りながら、ボタン一つで文字を書く事の出来るメールを教えた。案の定、頑なに「メールなんかじゃ気持ちは伝わらんわ」みたいな事ばかり言っていたが、覚えるうちに面白さに気づいたのか、メールを使い始めていった。その事をきっかけに、父の好奇心はパソコンやインターネットへと波及し、サーバが重いとか、CPUは最低限これぐらい必要だとか言い始めた。「アナログがいいんじゃ」と言った言葉はどこへ行ったのやらと思いつつも、僕がパソコンやインターネットで困った事があると、父に教えてもらうまでとなった。そして今では、自分で作ったパソコンで、ホームページを作成したり、世界中の人達とメールをしたりする事が、白髪まじりの60歳の男の生きがいとなっている。
 父とのやりとりは、毎日の手紙から毎時間のメールへと変わった。返信に追われる僕は、どちらが大変か良く分からなくなったのだが、父とのやり取りが途絶えずにすみ、とりあえず安心している。
 手紙という伝達手段は、文字から発する温かみがあり、とても良い物だと思う。しかし、文字を書く事の出来なくなった父からのメールは、変わらず温かい。大事なのは、手紙とかメールという過程ではなく、伝えたいという気持ちなのだという事。伝え方が変わっただけであって、気持ちが変わったわけではないと感じた。
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