昭和58年版 通信白書

本文へジャンプ メニューへジャンプ
トップページへ戻る
操作方法


目次の階層をすべて開く 目次の階層をすべて閉じる

1 情報通信分野の南北問題

(1)南北問題の背景
 歴史的にみると,1960年前後に政治的独立を果たし,国際連合(以下「国連」と言う。)に加盟した新興国が多数あり,これらの国々は政治的独立に次いで経済的自立,先進国との経済的格差の是正を目指す行動をとった。
 このため国連は,1960年代以降「国連開発の10年」を3次にわたり設定し,開発途上国援助のための国連システムの整備拡充,国際開発戦略の決定,国際協力の強化等の活動を行ってきた。なお,世界における開発途上国の位置付けは,第1-2-1図のとおりである。
 しかしながら開発途上国からは,南北の格差拡大の原因が既存の国際経済の仕組みそのものに由来するため,現在の国際経済秩序を抜本的に変革し,富と所得の再分配を行うための世界的な秩序づくりが必要であるとの主張がなされた。
 1974年,第6回国連特別総会において「新国際経済秩序の樹立に関する宣言」が採択された。その内容は,[1]今後の世界経済の意思決定にすべての国が平等に参加すること,[2]開発途上国の政治主権だけでなく,経済主権を重んじる方向で各国が協力すること,[3]開発途上国の開発戦略を具体的に明らかにして国際的合意を作っていくこと,であった。
 このように政治的,経済的独立への取組が進むなかで,知的文化的面における他国への依存の問題が,政治的従属,経済的依存の問題と同様に重要な問題であることも,次第に明らかとなり,1970年代に入ってからは,情報通信問題が新しい時代の南北問題として,大きくクローズアップされるようになった(第1-2-2表参照)。
(2)最近の動向
 ア.国際連合教育科学文化機関(UNESCO)の動向
(ア)新世界情報通信秩序の提唱
 情報通信に関し開発途上国からは,世界のほとんどのニュースが先進国の大きな通信社から供給され,情報,文化の流れは先進国から開発途上国に向かう一方的なものとなっており,このため,こうした情報流通の不均衡により開発途上国側には種々の問題が生じているとの主張がなされてきた。すなわち,開発途上国の伝統的な文化や価値観が欧米化され,失われていくこと,ともすると開発途上国の暗い面(飢餓,暴動等)を取り上げがちな報道によって,開発途上国に対し先進国の人々が持つイメージがゆがめられることなどが指摘されている。
 このような情報流通の世界的に不均衡な状態を改善するため,1970年代に入ってから,世界的規模での新しい情報通信の秩序づくりが開発途上国を中心に主張されるようになった。
 こうした情報通信分野における秩序づくりの基本的考え方は従来,「北」から「南」に向かって一方的である情報・文化の流れを,もっと双方向的で均衡のとれた流れに変え,「南」の国々の現状と言い分をもっと正確に伝えるということであり,このため先進国の援助と協力を増強させ,「南」の国々の通信インフラストラクチャーを整備拡充するということであった。
 そこでUNESCOでは情報流通の不均衡によって生じる種々の問題に対応するため,世界のマス・メディアが協力して国際的に情報の均衡ある流れを作るという内容を折り込んだ宣言案の検討がなされた。
 しかし,マス・メディアに対する国家介入の必要性等をめぐり,南北及び東西間に対立があり,1976年に開かれた第19回UNESCO総会では,意見の一致をみるに至らなかった。
 このため,1977年にショーン・マクブライドを委員長とする「コミュニケーション問題研究国際委員会(マクブライド委員会)」が設けられ,コミュニケーション問題について総合的多角的な検討がなされた。この最終的な報告書は,1980年にUNESCO総会で承認されたが,この委員会の審議過程が開発途上国,西側先進国及びソ連・東欧諸国の・意見の対立にも微妙な影響を与え1978年のUNESCO総会では報道の自由と均衡ある情報の流れの重要性を訴えた「平和と国際理解の強化,人権の促進,人種差別主義,アパルトヘイト及び戦争の煽動に対抗するうえでのマスメディアの貢献に関する基本原則の宣言(マスメディア宣言)」が,全体の合意のもとに採択されるに至った。
 さらに,この直後に開催された第33回国連総会では「新しい,一層公平かつ一層効果的な世界情報通信秩序樹立の必要性を確認し……開発途上国の情報通信システムを強化するための協力と援助を奨励する」という内容の新世界情報通信秩序に関する決議も採択されるに至った。(イ)国際コミュニケーション開発計画(IPDC)の発足
 情報の均衡ある流れを達成するためには開発途上国における通信インフラストラクチャーの整備拡充が必要とされる。UNESCOでは,マクブライド委員会の勧告等を踏まえ,1980年に開かれた第21回総会で,開発途上国におけるコミュニケーションの開発を促進するため,「国際コミーニケーション開発計画」を設立した。
 IPDCは,開発途上国の専門家を養成し,通信インフラストラクチャーの整備拡充等の国際協力を行い,開発途上国のコミュニケーション能力を高めることを目的としたものである。イ.国際電気通信連合(ITU)の動向(ア)周波数の分配,静止衛星軌道の使用等
 ITUにおいては,コミュニケーション分野の南北問題として国際協力の在り方のほか,周波数の分配,衛星の静止軌道の使用等,各国の通信権益に直接影響する問題に関し,UNESCOとほぼ時期を同じくして議論が展開され始めた。
 周波数は,時間的,空間的に占有性を有する一種の有限な資源である。この周波数について,現状は技術力,経済力に勝る先進国がその多くを使用しており,これに対し,開発途上国からは,例えば,国民の教育や知識水準の向上等にラジオ放送が比較的低いコストで大きな効果を発揮すること等から,もっと多くの周波数を開発途上国に回すべきだという主張がなされている。
 1979年の世界無線通信主管庁会議(WARC-79)では,短波放送用の周波数として,新たに13MHz帯の分配をはじめとし,合計780kHz幅の追加分配が決定された。なお,これら短波放送用の周波数の使用については,1984年及び1986年に開催が予定されている「放送業務に分配された短波帯の計画作成のための世界無線通信主管庁会議(WARC-HFBC)」において,具体的に規律がなされることとなっている。
 一方,赤道上空3万6千キロメートルの公転軌道,すなわち静止軌道に打ち上げられた人工衛星は,24時間で地球を一周するため,地上からはいつも同じ所に静止しているように見えるが,現在,静止軌道上には,通信衛星,放送衛星,気象衛星等様々な衛星が打ち上げられている。静止軌道上では,同一周波数が使用される場合には,電波の干渉を避けるため,衛星と衛星との間には一定の間隔をとらなければならない。このため静止軌道も周波数と同様,有限な資源であり,その効率的な使用が問題となっている。既に先進国の多くが衛星を打ち上げているが,赤道上の国々からは将来,自国で衛星を打ち上げる際の位置確保も考慮して,自国上空の静止軌道に対する領有権等の主張が行われてきている。
 1971年に開かれた宇宙通信のための世界無線通信主管庁会議(WARC-ST)では,有限な静止衛星の周波数及び軌道に関し,開発途上国から強い要求があり,「同等の権利によるすべての国の使用に関する決議」が採択され,1973年のマラガ=トレモリノス全権委員会議でもその趣旨がITU条約の中に盛り込まれた。
 WARC-79においては,静止軌道及びこれを使用する宇宙業務に分配された周波数帯の使用について,早い者勝ちの現状は修正すべきであるとの主張が開発途上国からなされ,これらの公平な使用を実際に保証するため宇宙業務に関する世界無線通信主管庁会議を開催する旨の決議が採択された。
 さらに,1982年にナイロビで開催された全権委員会議においては,ITU条約の中に,各国が静止軌道を使用する際には「開発途上国の特別なニーズ及び特定の国の地理的事情を考慮して・・・・・・」という文言が明記された。なお,静止軌道の使用については,1985年及び1988年に「静止軌道の使用及びこの軌道を使用する宇宙業務の計画作成に関する世界無線通信主管庁会議(WARC-ORB)」の開催が予定され,そこで宇宙無線通信業務用の静止軌道位置の使用等の計画作成について具体的な検討が行われることどなっている。(イ)国際協力
 ITUは,従来から国連開発計画(UNDP)からの委託を受け,専門家の派遣,研修生の受入れ,途上国における訓練センタの設立のための技術面・資金面の協力等を実施してきた。
 1982年秋の全権委員会議(ナイロビ)においては,加盟国の過半数を占める開発途上国から,ITUの技術協力活動の充実・強化が訴えられた。特にITUが技術協力のための独自予算を設けて積極的にこれを推進すべきであるとの主張が強く行われた。
 一方,先進国からはITUの予算の肥大を防ぐ観点から,ITUの技術協力の実施はUNDPの枠内で行われるべきものであること,技術協力活動の現状を見直し,その効率化を図るべきであることなどの意見が出され,南北間の対立が見られた。
 その結果,この全権委員会議ではITUの技術協力活動について,機構上の変革は行われなかったが,国際電気通信条約の「連合の目的」の条項に「電気通信の分野において,開発途上国に対する技術援助を促進し及び提供をすること」を新たに挿入し,また,「連合の会計」の条項で,連合の経費の対象に「開発途上国に対する技術協力及び技術援助」が新たに追加,明文化された。こうして技術協力活動は制度,財政の面でITUの基本的な活動の一つとされることとなった。

第1-2-1図 世界における開発途上国の位置付け

第1-2-2表 情報通信に関する国際的な動き(1)

第1-2-2表 情報通信に関する国際的な動き(2)

 

 

第1部第2章第1節 情報通信をめぐる国際的動向 に戻る 2 情報通信分野の先進国間の問題 に進む