平成16年版 情報通信白書

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第1章 特集 「世界に拡がるユビキタスネットワーク社会の構築」

1 ユビキタスネットワーク社会の姿

日本独自の新しい概念であるユビキタスネットワーク社会

1 ユビキタスネットワーク社会における人々の生活とネットワーク利用

 ユビキタスネットワーク社会とは、「いつでも、どこでも、何でも、誰でも」ネットワークにつながることにより、様々なサービスが提供され、人々の生活をより豊かにする社会である。「いつでも」とは、パソコンで作業を行う時だけでなく、日常の生活活動の待ち時間や移動時間等あらゆる瞬間においてネットワークに接続できるということであり、「どこでも」とは、パソコンのある机の前だけでなく、屋外や電車・自動車等での移動中等あらゆる場所においてネットワークに接続できるということであり、「何でも、誰でも」とは、パソコン同士だけでなく、人と身近な端末や家電等の事物(モノ)やモノとモノ、あらゆる人とあらゆるモノが自在に接続できるということである(図表[1])。

 
図表[1] ユビキタスネットワーク社会の概念

図表[1] ユビキタスネットワーク社会の概念

 ユビキタスネットワーク社会において人々は、より豊かな生活を実現するために、より多くの時間、ネットワークにつながり、よりネットワークを利用するようになることが予想される。インターネット導入期には、家庭で書斎にいるときや、職場で机に座っているとき、あるいは店頭で業務に携わるとき等がネットワークの主な利用シーンであったが、ユビキタスネットワーク社会では、移動中、外出中のみならず、家庭内でも風呂、寝室、台所等、これまでネットワークを利用しなかった場所でのネットワーク利用も可能になる。また、インターネット導入期では、ネットワーク回線や端末等が限られていたのに比べ、ユビキタスネットワーク社会では、ADSL、FTTH等のブロードバンド回線、第3世代携帯電話、無線LAN、ブルートゥース(Bluetooth)等、ネットワークが多様化し、端末においてもテレビ、冷蔵庫や洗濯機等の家電がネットワークにつながり、電子タグ等の小型チップが様々なものに付けられるなど多様化する。さらに、家電等の身近な端末がネットワークにつながることにより、これまでパソコン等が使えずネットワークを利用できなかった人も含めた幅広い人々がネットワークを利用できるようになる。

2 日本独自の新しい概念であるユビキタスネットワーク社会

 「ユビキタス」(Ubiquitous)という言葉はラテン語で「いたるところに在る。遍在する。」ということを意味する。「ユビキタス」という言葉が初めて情報通信分野で用いられたのは、1988年に米国のゼロックスのマーク・ワイザー(Mark Weiser)氏が「ユビキタスコンピューティング」(Ubiquitous Computing)という概念を発表したときであると言われている。同氏のユビキタスコンピューティングとは、高度な情報処理能力を有した機器、すなわちコンピュータをどこにいても活用できることを意味している。
 他方、現在考えられているユビキタスネットワーク社会とは、情報通信ネットワークの進化により、我が国独自の概念形成が行われている情報通信技術パラダイムであり、ユビキタスコンピューティングを含む、より上位の概念である。すなわち、ユビキタスネットワーク社会とは、個別の情報通信の活用を指すのではなく、情報機器からネットワーク、プラットフォーム、そしてサービスまで含めた広い概念を指すものである。マーク・ワイザー氏のユビキタスコンピューティングをインターネット普及以前のコンピューティングの概念とするなら、ユビキタスネットワーク社会は、インターネットが普及した後の時代の新しい情報通信環境やその利活用環境を指す概念である。

3 情報通信社会の変遷

 ユビキタスネットワーク社会は新しい概念ではあるものの、突然発生した概念ではなく、あくまで、これまでの情報化の延長上にあり、情報のデジタル化とネットワーク化がより高度に進んだものである。「移動体」、「マルチメディア」、「インターネット」、「ユビキタス」という言葉が新聞に登場した回数をみると、現在のモバイルという概念の草分け的存在である「移動体」という言葉が1990年前後から利用され始めている。この頃から、アナログ携帯電話、自動車電話、ページャー(無線呼出し)等が利用されるようになり、電話といえば固定電話や公衆電話であった時代とはコミュニケーション形態が大きく変化した。その後、1990年代半ばには「マルチメディア」という言葉が急速に普及し、テレビゲーム機、パソコン、MD(Mini Disc)、CD-ROMの普及等、身の回りの製品や情報のデジタル化が進んだ。1990年代後半には、ウィンドウズ搭載パソコン、ISDNの普及等とともに、「インターネット」時代の幕開けとなり、21世紀を迎えた現在では、パソコンだけでなく、携帯電話やゲーム機等でのインターネットの利用も進んできている。「ユビキタス」という言葉はこれらに続いて急速に普及し始めてきた言葉である(図表[2])。

 
図表[2] 情報通信社会の時代区分と新聞へのキーワードの登場頻度

図表[2] 情報通信社会の時代区分と新聞へのキーワードの登場頻度

4 ユビキタスネットワーク社会の独自性

 ユビキタスネットワーク社会は、これまでの情報化の延長にはあるが、情報のデジタル化とネットワーク化の両面において、独自の要素も持っている(図表[3])。

 
図表[3] 情報通信社会の進展とユビキタスネットワーク社会の独自性

図表[3] 情報通信社会の進展とユビキタスネットワーク社会の独自性

 ユビキタスネットワーク社会における情報のデジタル化の特徴は、これまで形式化されていなかった情報のデジタル化にある。音楽、文字、映像等アナログ形式で存在したデータのデジタル化は、マルチメディア社会において実現されてきた。他方、ユビキタスネットワーク社会においては、人やモノが存在しているという情報、それら固有の属性を表す情報等これまでデータとして扱われることがなかった情報までもがデジタル情報として扱われる。具体的には、店頭に並ぶ食品の生産情報をデジタル情報にして、商品につけた電子タグに記録し、消費者が生産情報を参照できるようにしたり、子供や老人が電子タグを身につけることにより、その人の存在情報をデジタル信号として近くに走る自動車に送信し、自動的に危険を回避させたりすることが可能になる。
 ユビキタスネットワーク社会における情報のネットワーク化の特徴は、これまで情報端末ではなかったものの情報端末化、意識せずに持ち運べる情報端末の実現、接続していることを意識せず活用できるネットワークの増加や回線当たりの容量の増加等が挙げられる。これまでの情報通信社会では、パソコンや携帯電話等の情報通信ネットワークを使うための専用の情報端末が普及してきた。ユビキタスネットワーク社会では、こうした専用の情報端末以外に、これまでは情報端末ではなかったものが情報端末化する。例えば、住居の監視装置や家電をネットワークに接続することにより、外出先から常に自宅を監視し、異常があれば知らせてくれるシステムが実現したり、外出先からネットワークを通じて家電を操作することが可能になったりする。また、携帯電話等の小型な端末の発達により可能になったモバイルネットワークの活用が更に進化した形として、電子タグやウェアラブル端末等意識せずに持ち運べる情報端末が実現し、超小型チップ(端末)を用いて、持ち歩いていることを意識せずに個人認証を行ったり、障害者や高齢者、幼児等が超小型チップを身に付けて、歩行中に周辺の情報とやりとりし、自動的に安全を確保したりすることが可能になる。
 これまでのネットワークの発達は、利用者が意識的に用いるネットワークの多様化によってもたらされてきた。現在、パソコンをインターネットにつないだり、携帯電話でメールを送ったりする際には、常に利用するネットワークを意識する。しかし、ユビキタスネットワーク社会では、ネットワークの利用を意図しつつも、日常的には意識することなく利用する場面が出てくる。例えば、事前に興味がある分野を携帯端末に登録しておくと、外出先で商店の前を歩いている際に、その分野に関連する新商品の情報や安売り情報等を商店から自動的に受信することが可能になる。また、ネットワークの発展は、回線当たりの容量の増加によっても実現される。有線、無線共にブロードバンド化が進み、回線容量が拡大することにより、医療用の画像データ等、高い精度が要求され情報量が多いデータも容易にネットワークを通じてやりとりすることが可能になる。

5 ユビキタスネットワーク社会の意義

 ユビキタスネットワーク社会の意義は、物理的にも心理的にも様々な人やモノと快適につながる情報通信ネットワーク環境・サービスが提供されることにより、「もっと知りたい・行動したい(元気)」、「もっと守りたい・守られたい(安心)」、「もっと楽しみたい・共感したい(感動)」という利用者の高度な欲求が満たされ、利用者の生活を一層豊か(元気、安心、感動、便利)にすることである(図表[4])。

 
図表[4] ユビキタスネットワーク社会の実現による便益の例

図表[4] ユビキタスネットワーク社会の実現による便益の例

 ユビキタスネットワーク社会では、情報家電等の機器やネットワーク等への需要の増加により情報通信産業が引き続き活力を発揮するほか、利用する産業、個人の消費を促進し、経済が活性化される。ユビキタスネットワークは、企業内の生産・販売・開発等の業務の効率化、企業間・企業内の連携の強化、新たな販売機会の創出等、企業の効率化や付加価値の増大に寄与するため、ユビキタスネットワークは、情報通信産業に発展をもたらすだけでなく、製造業や素材産業、さらには、娯楽、流通、食品、医療、住宅等のサービスなど広範囲にわたる産業を、新たな付加価値を創造する産業に変えていく。そして、情報通信の先進的な利用や新市場の開拓で諸外国に先行することにより、我が国の産業の国際競争力の強化にもつながる。
 また、様々な産業が新たに創造するユビキタスネットワークサービスは、少子高齢化や医療福祉問題、食の安全、環境問題、交通渋滞・交通事故、職業転換のための教育研修等、日本が直面する様々な社会的・公共的な課題を解決する手段としても活用される。ユビキタスネットワーク社会では、多様な分野においてサービスモデルが柔軟に生み出されるため、新たな雇用の源泉として重要であり、地域の産業の育成や地域コミュニティの活性化にもつながる。
 さらに、年齢、性別等、人々が持つ様々な特性や違いを越えて、すべての人々にとって利用しやすくしていこうとする考え方(ユニバーサルデザイン)の下、誰でも使いやすい機器やネットワーク環境が開発されることにより、高齢者や障害者も含め、誰もが様々なサービスやコンテンツをストレスなく利用し、ユビキタスネットワーク社会における便益を享受することが可能となる。同時に、これらの環境を利用して、例えば、高齢者が長年蓄えてきた知識や経験を社会に発信し、これらの知恵が社会で共有されるなど、多様な個々人が自らの希望や能力に応じて、より一層社会参画や社会貢献することが期待される。
 このように、ユビキタスネットワーク社会では、情報通信技術を活用して利用者の生活を一層豊かにし、安心・安全かつ便利で豊かな誰でも参加できる社会をどの地域でも実現し、我が国の産業が活性化するとともに国際競争力が向上すると期待されている。

6 ユビキタスネットワーク社会の実現に向けた取組

 総務省では、平成16年3月からユビキタスネット社会の実現に向けた政策懇談会を開催している。同懇談会では、本格的なユビキタスネットワーク社会の実現に向けて、[1]ユビキタスネットワーク社会の概略設計図とその実現方策、[2]新たなビジネスの創出、人材育成等の環境整備の推進方策、[3]ユビキタスネットワーク社会の影の部分への対応方策等、幅広い見地から検討を行っている(図表[5])。また、総務省では、ユビキタスネットワーク社会の実現のための多岐にわたる研究開発課題に、産学官の連携により取り組むなど、ユビキタスネットワーク社会の実現に向けた政策を総合的に推進している。

 
図表[5] ユビキタスネット社会の実現に向けた政策懇談会における将来イメージ

図表[5] ユビキタスネット社会の実現に向けた政策懇談会における将来イメージ

 さらに、ユビキタスネットワーク社会の実現を目指し、民間企業や大学が主体となって、各種研究開発や標準化に関する情報交換等を行い業界横断的な研究開発・標準化を推進することを目的としたユビキタスネットワーキングフォーラムをはじめとする様々なフォーラムが設立されている。これらのフォーラムでは、ユビキタスネットワーク社会の早期実現に向け、基盤技術に関する研究開発のみならず、医療・食品・教育等の様々な分野における利活用のための研究開発を行うとともに、利用者のニーズや社会的影響性を視野に入れた実証実験も行われている。

7 世界に拡がるユビキタスネットワーク社会の構築

 現在、我が国では、ブロードバンドインフラの着実な普及とあいまって、携帯インターネット、非接触型ICカード、電子タグ等の利活用が世界に先駆け進展しており、今後、情報通信ネットワークのブロードバンド化、多様な利用の進展が進み、「いつでも、どこでも、何でも、誰でも」ネットワークに簡単につながるユビキタスネットワーク社会が実現することが期待されている。
 ユビキタスネットワーク社会という言葉は、日本発の新IT社会の一形態であるとも言えるものの、世界で統一されたイメージはまだ必ずしも存在していない。しかしながら、ブロードバンド化、モバイル化、ネットワークに接続する情報端末の多様化等、我が国が世界を先導している個別の情報通信ネットワークの進化については、世界的にも関心が持たれており、情報通信ネットワーク環境の整備に向けた取組が各国で始められている。現状では、米国では電子タグ(RFID)や有無線統合(有線と無線の連携)、欧州ではモバイル(次世代携帯電話)、SMS(Short Message Service)、韓国ではブロードバンド化、有無線統合、ホームネットワークに関する事例が見られ始めている。特に、韓国では、産学官の有志によってU-Korea構想(Ubiquitous-Korea構想)が発表されているほどであり、ユビキタスネットワークに対する関心が急速に盛り上がりつつある。
 また、2003年12月にジュネーブ(スイス)で開催された世界情報社会サミット(WSIS)において、我が国はブロードバンドやユビキタスネットワークの重要性を主張し、この趣旨が初めて国連サミットの文書である基本宣言及び行動計画に盛り込まれた。また、各国首脳等によるステートメントでは、麻生総務大臣が我が国におけるブロードバンドの推進や、ユビキタスネットワーク社会の実現に向けた取組状況、アジア・ブロードバンド計画の着実な推進による基本宣言及び行動計画の貢献について演説を行った。このサミットでは、我が国から「ユビキタスネットワーク社会の展望」というテーマでワークショップや展示を行い、日本発のIT社会像について各国からの出席者によって議論されるとともに、我が国のユビキタスネットワーク関連技術を体験してもらう場を提供し、サミット参加者から大きな関心を集めた(図表[6])。

 
図表[6] 2003年12月にジュネーブ(スイス)で開催された世界情報社会サミット

図表[6] 2003年12月にジュネーブ(スイス)で開催された世界情報社会サミット

 ユビキタスネットワーク社会の実現に向けて先導的な立場にある我が国には、研究開発や情報セキュリティの確保等各種課題の解決に積極的に取り組み、これらの経験・ノウハウを蓄積し、各国と協力してユビキタスネットワーク技術の国際標準化を推進し、日本発のネットワークサービスを展開するとともに、生活の豊かさの向上や経済の活性化、社会上の問題の軽減等の恩恵を具体化することが期待されている。同時に、アジア・ブロードバンド計画の推進や世界情報社会サミット(WSIS)第2フェーズ(2005年11月、チュニジア)等を通じてユビキタスネットワーク社会のコンセプトを積極的に世界に発信することにより、我が国の取組・経験・ノウハウは世界で共有され、ユビキタスネットワーク社会が世界に拡まっていくことが期待される。

関連ページ:ユビキタスネットワークサービスへの期待については、1-2-2(3)参照
関連ページ:世界情報社会サミットについては、3-9-1(4)参照

 

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