昭和50年版 通信白書

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3 混信をめぐる国際状況

 各国は第一次世界大戦後相次いでラジオ放送局を開設するようになり,これに伴いラジオ放送の国際的な混信問題が生ずることとなったが,第二次世界大戦前における混信問題解決のための国際的な体制は,1927年ワシントン国際無線電信条約附属一般規則において,各国の周波数割当ての万国電信連合に対する通知義務,既設無線局の業務に対する混信の回避等の規定を定めていたにとどまり,必ずしも実効のあるものではなかった。第二次世界大戦後1947年には国際連合の専門機関として国際電気通信連合(ITU)が新発足し,第二次世界大戦中混乱を極めた国際的な電波利用秩序の回復を図るとともに,電波利用の著しい進展に対処するため国際周波数登録委員会(IFRB)がその常設機関として設置され,周波数割当ての調整,具体的な混信問題の解決のための調査,勧告等を行っている。
 地域的にみると,ヨーロッパ地域においては,1920年代から長・中波放送が行われていたが,1948年にヨーロッパ放送条約(25か国署名)が締結され,長・中波放送用の周波数割当計画が作成されて今日に至っている。しかし,近年は,当初の計画と懸け離れ,計画の約3倍の中波放送局が設置されており,そのため同地域における夜間の中波放送には著しい混信が生じている。
 アジア・大洋州地域においては,1951年臨時無線通信主管庁会議において,中波放送を含む3,950kHz以下の周波数割当計画が作成されている。しかし,既に計画の約3倍の放送局が設置され,ヨーロッパ地域と同様激しい混信が生じている。また,同地域においては,長波の割当てがなく,超短波放送を行っている局も少ないので,ヨーロッパ地域に比べ,中波の放送品質を高度に維持したいという希望が強い。
 一方,アフリカ地域においては,1966年にアフリカ放送会議で中波放送用周波数割当計画を作成したが,ヨーロッパ地域と同一のチャンネル間隔(9kHzのものが大多数)を採用したので,10kHzのチャンネル間隔を採用している第三地域とのビート混信のために計画の実施に重大な支障を来すため,同会議は同時に,第三地域の諸国等にこの問題の検討を要請するとともに共通の周波数割当計画作成のためにITUに対し地域主管庁会議を開催することを要請した。
 この要請に基づき,国際的規模の混信問題の解決を図るため,ITUの長・中波に関する合同地域主管庁会議の第一会期が1974年10月ジュネーブにおいて3週間にわたり開催された。この会議には第一地域から連合員71,第三地域から連合員15及び準連合員1が参加し,オブザーバとして,ヨーロッパ放送連合(EBU),アジア放送連合(ABU)等が参加した。この会議の主たる目的は,[1]1975年10月に開催が予定される第二会期で作成を予定している第一及び第三地域の長・中波放送用周波数割当計画についてその基礎となる伝搬データ,変調基準及びチャンネル間隔,混信保護比等の技術上,運用上の基準を作成すること,[2]周波数割当計画に必要な周波数の要求を国際電気通信連合に提出する際の様式及びその提出期限を定めることにあり,活発な審議が行われた。討議の結果,[1]ビート混信の除去のために中波放送のチャンネル間隔は一様に9kHzとし,その整数倍を搬送周波数とすること,[2]中波の物理的特性に基づく電波伝搬曲線を決定すること,[3]周波数要求様式を定め,各国の周波数要求期限を1975年5月1日とすることなどを決定した。

 

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