第2部 基本データと政策動向
第11節 海外の政策動向

(2)英国

英国では2015年5月に下院総選挙が実施された。2010年5月から5年間にわたって自由民主党とともに連立政権を運営していた保守党が単独過半数を確保し、1990-1997年のメージャー政権以来となる保守党単独政権が誕生したが、基本的な通信政策は概ね前政権の方針が踏襲されている。一方で、通信庁(Ofcom)が2004年から実施した通信分野の市場の定義や規制の在り方の見直しである「電気通信の戦略的レビュー」から10年以上が経過し、市場が変化していることから二回目となるレビューが実施されることとなった。また、放送政策に関しては、BBC特許状の期限が2016年末となっていることから、特許状の更新に向けた議論も活発化している。さらに、ICT市場の変化に対応するため、国を挙げて包括的なイノベーション政策を進めると同時に、5GやIoT等の新分野への具体的な対応を推進している。

ア Ofcomの「デジタル通信戦略レビュー」

英国では、通信・放送分野の規制機関であるOfcomが電気通信市場の長期的な改革を目指すために「電気通信の戦略的レビュー(Strategic Review of Telecommunications)」を2004年4月に開始した。当時ブロードバンドなどの技術革新により消費者行動の変化が起きており、従来の電気通信規制のアプローチを見直す必要があると考えられたためである。このレビューの中心は市場支配力を持つ既存事業者であるBTに対する規制の在り方であり、結果としてBTのローカルアクセス部門を機能分離させブロードバンドを普及させるためにBTグループ内に新しい事業部門「オープンリーチ(Openreach)」が誕生することとなった。

Ofcomはその後の通信市場の変化を踏まえ、約10年を経て第2回目となる「デジタル通信戦略レビュー」を実施することとした。2015年3月にはレビューの実施要項(TOR)を発表、7月には公開諮問が実施され、第1フェーズとして重要項目に関する選択肢を含む討議資料「Strategic Review of Digital Communications:Discussion document」が発表され、2016年2月に第2回デジタル通信戦略レビューの第一結論が発表された。同レビューにおいて「持続可能な競争の確保」を検討する上で、議論の中心となっていたオープンリーチの在り方について、競争事業者等が強く要望していた構造的分離は選択肢として残しておきながらも、第一結論では採用しないとした。その代わりにオープンリーチのガバナンスの改革を行うとともに、予算や投資計画等の策定はBTグループからの関与を受けることなく一定の距離を置き、独自の判断が行われるよう、組織の独立性を確保することで同部門を改革することとした。

イ BBCの次期特許状の検討

英国では、英国放送協会(British Broadcasting Corporation:BBC)の設立・存続及び業務運営の根拠である「特許状(Royal Charter)」及び「協定書(Agreement)」の有効期限が2016年12月31日までとなっていることから、2017年からの次期特許状の在り方について、BBCのガバナンス体制、テレビ受信許可料(TV License Fee)、将来のサービス範囲等を巡る議論が行われている。

文化・メディア・スポーツ省(DCMS)は2015年7月に次期特許状の在り方をまとめた試案文書(グリーンペーパー)「BBC Charter Review」を公開諮問として発表し、①BBCの使命、目的、価値、②BBCの規模と業務範囲、③財源、④ガバナンス及び規制の四つの重要項目に焦点を当てて現状を分析した上で関係者に広く意見を求めた。2016年3月には、試案文書に出された意見について概要を公表したが、メール、書状、オンライン調査への回答の合計数は19万2,564件に上り、過去最大規模の公開諮問となり、BBCの在り方に関する国民の高い関心がうかがえた。

また、DCMSは2015年9月に、BBCのガバナンスと規制の在り方に関する独立レビューを開始した。上記グリーンペーパーの中で、ガバナンス及び規制の在り方の重要性が指摘されていたことから、これらに焦点を置き議論が行われ、2016年3月には報告書が公表された。報告書では、BBCの規制に関する監督業務をOfcomに移管させること、現在2つに分かれているBBCとBBCトラストの理事会を、統一理事会(Unitary Board)として統合させ、その過半数を非常勤理事とすること等が提案された。

さらに、これら政府における議論と並行して、BBCトラストや英国議会上院、下院もそれぞれ報告書を公表するなど、議論が進められた。

2016年5月、政府は、政府原案(ホワイトペーパー)「BBCの将来:独自性ある放送事業者(A BBC for the future:a broadcaster of distinction)」を公表した。これは、上記のような経緯を踏まえ、政府としてBBCの今後のあるべき姿を提案したものである。同文書では、BBCのガバナンスの在り方をはじめとした改革が盛り込まれており、具体的には、新特許状の枠組みとして①全視聴者に対し高品質で独自性ある情報・教育・娯楽コンテンツを提供することに焦点を置き、②より効果的で信頼性の高いガバナンスと規制を導入しながら独立性を高め、③英国のクリエイティブ産業への支援をBBCの運営の中核に据えるとともに、市場への不当な負の影響を最小限に留め、④組織の効率性と透明性の向上に努め、⑤現代的で維持可能かつ公正な財源システムを構築する、といった点について具体的な改革案を提示している。なお、次期特許状の有効期限としては2028年末までの11年間と提案されている。

今後、本政府原案を踏まえた次期特許状案が政府から提案される予定であり、新特許状は2017年1月1日から導入される見込みである。

ウ デジタル経済におけるイノベーションの推進

英国政府は、イノベーション推進機関「Innovate UK」を通じて、革新的なビジネス・プロジェクトや様々なイノベーション機関の支援を通じて、デジタル経済におけるイノベーションの推進を行っている。Innovate UKを通じた助成分野は、5G、IoT、ロボティクス、無人車両及びコネクティッド交通システム、デジタル画像検索、パーソナルデータを活用した利用者体験の向上、シェアリング・エコノミー、サイバーセキュリティ等、多岐にわたっている。

特に、近年はInnovate UKにより設立された「カタパルト」と呼ばれる産学連携機関による取組が進められている。これは、アイディアを商品やサービスとして世に送り出し経済成長に結びつけるため、産学連携によるイノベーション推進機関の必要性が2010年に指摘され、その後「カタパルト」と命名されたものであり、現在11分野(2016年5月現在)にてカタパルトが設立されている。デジタル分野のカタパルトとしては2014年11月にロンドンに事務所が開設された「デジタル・カタパルト(Digital Catapult)」があり、部内データ・パーソナルデータ等様々な種類のデータの利活用やIoT分野でのデータ活用などについて、産学連携の拠点として活動が進められている。また、2015年3月には、スマートシティの研究拠点として、都市部のイノベーション推進と経済発展の実現を目的とし「将来都市カタパルト(Future Cities Catapult)」がロンドンに開設された。

エ IoT等推進政策

2014年12月、首相の委任を受けた政府主席科学顧問が、IoTがもたらす経済効果を示すとともに、政府が果たすべき役割(10の提言)を内容とする政策提言「IoT:第2のデジタル革命を最大限活用するために」を公表し、以降、IoTを推進する施策が進められている。

Ofcomは2015年1月に報告書「IoTへの投資とイノベーションの促進」を発表し、Ofcomが取り組むべき優先課題として、①周波数、②データ保護、③ネットワークセキュリティ、④ネットワークアドレス管理、をあげた。また、Ofcomは、一部帯域(800MHz帯の一部等)において特定のIoT機器を免許不要とすること等を措置している。

DCMSは2015年12月、マンチェスターを様々なIoT技術を用いたスマートシティの構築実験都市として選出した。同市は地元企業の連携団体が率いる官民で構成されるコンソーシアム「CityVerve」を設立し、利用サービス・商品のカスタマイズ化や効率・柔軟性の向上をもたらす可能性のある様々なIoTの活用方法を提案した。

サリー大学においては、5Gを推進するために、2015年9月に5G無線通信を専門とする研究所「5Gイノベーションセンター(5GIC)」が開設された。創設企業・組織は、EE(現BT傘下)、ファーウェイ、Telefonica、Vodafone、富士通、BT、BBC、サムスン、Aircom、Cobham、ローデ・シュワルツ、Ofcom等である。同研究所は現在、4G+ネットワークの実験が可能なテストベッド機能を備えており、今後2018年までにはテストベッドを10Gbs/セルの速度に、将来的には5G技術および大規模なIoT実験が可能になるようにアップグレードすることを計画している。

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