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第Ⅰ部 特集 AIの進展がもたらす多面的影響〜人間とAIが健全に協働するデジタル社会の実現に向けて〜
第1節 企業におけるAI利用の現状

(1) AI導入・活用を効果的に進めていくために重要となる要素

ア 経営戦略に基づくAI活用方針の決定

今回の調査で個別のヒアリングを実施した、AI活用で先進的な取組を進める企業では、企業全体の経営戦略の重要な要素としてDXを位置付けており、AIの導入・活用についても、経営課題を解決し、企業の競争力を強化する観点から、経営層がその有効性を認識している。その上で、AI活用に優先的に取り組むべき領域を具体的に明示している企業も見られた。また、経営層による社内外への積極的な発信があることも共通の特徴の一つとして挙げられる。

本節1における企業向けアンケート調査結果からは、日本では、今回調査した他の3か国に比べてAIを効率化ツールとしてとらえている傾向が見られた。一方、今回個別のヒアリングを実施した、AI活用で先進的な取組を進める企業では、経営層が、業務の効率化に留まらず業務の変革をもたらしうるものとしてAIを位置づけていることがうかがわれた。今後更なる普及が見込まれる日本の企業活動におけるAI活用については、こうした経営層における意識の変革が伴うことが望ましいと考えられる。国立情報学研究所の佐藤一郎教授は、「企業経営者はAIをコストではなく資産として位置付けるべきであり、企業は業務の自動化を目標にするのではなく、ノウハウや知見を資産化するための手段としてAIを捉え、導入した方が良い」と指摘している33。AIが企業にとっての資産として位置付けることが可能であるのは、「AIによって、これまでできなかったことができるようになり、新たな価値を創出できるようになること」や「これまで現場や個人のレベルで蓄積されてきた知見を、無形資産として企業全体が活用可能になること」によるという34

また、AIの活用が作業の自動化に留まると、効率はたしかに向上するが、AI自体の資産価値は上がらないことになる一方、知見・知識・ノウハウをAI化することは、利用すれば利用するほどAI側に知見が蓄積されてゆき、時間とともに価値が上がるようなAIを作れることにつながるとし、そういったAI活用を行えるかどうかが、今後の企業の成長等を左右するのではないか、と佐藤教授は示唆している35

イ AI活用を前提とした業務変革

本調査でヒアリングを実施したAI活用先進企業の多くは、個人作業の効率化に留まらず、AI活用を前提とした業務の抜本的な変革に係る取組を進めている。業務プロセスの再設計に当たっては、各社、人間とAIの役割分担の設計を重要視している。業務領域の特性や人間が負うべき責任の範囲を見極め、業務プロセス全体において「どのタスクはAIを人間の思考や判断の補助として用い、どのタスクはAIに自律的に実行させるべきか」といった点を検討している。

AIの適用領域を検討・設計する際には、企業価値や競争力を最大化することにどれだけ寄与するかといった評価に加え、人間が負うべき責任の範囲といったガバナンスの観点、また、AIの技術的な特性も踏まえて総合的に検討することが求められる。特に、生成AIは、事実とは異なる情報を出力してしまうハルシネーション、ユーザーに過剰に同調してしまうシカファンシーといった現象のほか、偏見やバイアスにつながる出力リスクも指摘されている。

こうしたAIの特性も含めた総合的な観点から、人間とAIの協働により成果を最大化できるよう、個別の業務領域への組み込みを設計していく必要がある。

なお、企業活動における各業務領域において、現在、どのような形でAI活用・人間とAIの協働に関する事例が見られるかについては、本節2日本企業におけるAI活用事例(業務領域別)で概観している。

ウ AI活用の効果創出を支える環境・基盤の整備

さらに、本調査でヒアリングを実施したAI活用先進企業は、自社で見定めた業務領域でAI導入・活用を進めつつ、効果創出とリスク対策を両立させるため、全社的な仕組みや環境を整備している。

(ア)組織体制

本調査でヒアリングを実施したAI活用先進企業の多くにおいて、まず、事業部門の現場における個別のニーズや課題意識を検討の起点としており、そこに、AI活用を推進するDX推進部門が、具体的なアイデアの創出、AI導入に際しての技術的アドバイスやセキュリティ対策、効果測定のほか、AIスキル等の学習や知見共有を受けられる機会の設定といった伴走支援を担当していた。各社共通して、現場が抱える具体的な業務課題やニーズ、また詳細な業務プロセスに対してAIを適用することによって、真に価値を創出できるためとしている。

なお、DX推進部門は、これら事業部門の伴走支援と並行して、全社DX戦略に基づき、全体最適を見据えた共通基盤の整備、部門横断的な変革の推進、効果測定等を担っていることが多い。

(イ)技術的な環境ならびにデータの整備

本調査でヒアリングを実施したAI活用先進企業、特に全社的にDXを推進する専門的な部門を擁する大企業においては、各事業部門での変革の取組を支援するため、最新のAI技術を活用可能な共通基盤を整備するとともに、社内システムや社内データとAIの連携を進めている。

例えばイオングループでは、幅広い業態で蓄積された膨大な顧客データの活用に向け、複数のAIエージェントが連携するマルチエージェントシステムを内製により開発中であるという36。また、ダイキン工業では、空調機の専門知識に関する生成AIの精度向上を目指し、独自のLLM開発に着手しているという37。いずれも、自社で独自のノウハウやデータを持ち、競争力の源泉となる領域において更なる価値創出を図るための取組といえる。

国立情報学研究所の佐藤一郎教授は、「AI導入に成功するための最初のステップとして、AIに対応するデータがあるかどうか、つまり「AI-Ready」化が出来ているかどうかという点がある」と指摘しており、特に、AIエージェントの活用に向けては、データの精度と鮮度がより重要となってくるという38。また、AIの学習用データの整備においても生成AIを活用することが有効であり、AIの学習用に特化したデータ(画像データ等)を作成する生成AIも、今後キラーアプリになりうると指摘している39

なお、企業においてAI導入・活用を本格的に進める場合、ピークの読めないトラヒック負荷が企業のネットワーク環境に生じうるとの分析もあり、リアルタイム性とデータ処理能力、双方のニーズに対応する技術としてNaaS(Network as a Service)の利用が有効であるとの指摘もある40

(ウ)人材育成

本調査でヒアリングを実施したAI活用先進企業においては、社内に独自のDX人材育成プログラムを持ち、事業部門の現場において、AIを含めデジタル技術を用いたビジネスの変革や新規ビジネスの創出を実現できる人材の育成を強化している。

先述した中外製薬の事例のほか、ダイキン工業の事例が挙げられる。ダイキン工業では、2017年に「ダイキン情報技術大学」(DICT)を立ち上げ、新入社員向け、既存社員向け、基幹職向け、幹部向けの4階層で講座を開催している(図表Ⅰ-2-1-22)。新入社員向け講座では、毎年100名程度を対象とし、AIやデータ分析技術に関して2年間もの長期にわたる専門的な教育カリキュラムが組まれている。ダイキン情報技術大学の“卒業生”は各部門に配属された後、AI等のデジタル技術を活用して、事業部門の現場から業務変革を担うキーパーソンとして活躍しているという41

図表Ⅰ-2-1-22 デジタル人材を育成する仕組み(ダイキン工業)
(出典)ダイキン工業
(エ)ルール・ガバナンス体制の整備

本調査でヒアリングを実施したAI活用先進企業においては、各事業部門において生成AI活用を推進するに当たり、従来からの継続的なAI統制、AIリスク管理に加え、生成AIによる利用の裾野拡大を受けて、利用ポリシーやガイドライン整備、評価スキームの仕組みづくりなどの対応を進めている。今後も、AI技術の進展やセキュリティリスクの高まりを受け、引き続き情報収集を行いつつ、法務部門等の各部門と協力して対応に当たるとしている。

また、生成AIと社内データや社内システムとの連携が普及していく中で、データへのアクセス権限についても、より慎重に設定する必要が出ている。AI活用先進企業の社内でも、部門や職階によってアクセスすべきでない情報を出力することがないよう、AIが参照するデータの範囲を絞って利用可能にするなどの対策がとられている。

さらに、対外的な業務での生成AI活用や、自律性の高いAIエージェントの活用が進むことも見据え、企画・設計時点の審査体制等も含めた整備の必要性を認識して対応の検討を開始している。



33 国立情報学研究所 佐藤一郎教授へのヒアリングに基づく。

34 同上。

35 同上。

36 イオン株式会社へのヒアリングに基づく。

37 ダイキン工業株式会社へのヒアリングに基づく。

38 国立情報学研究所 佐藤一郎教授へのヒアリングに基づく。

39 同上。

40 BUSINESS JOURNAL(2026年4月21日)BUSINESS JOURNAL編集部(小平 貴裕 協力)「日本企業の53%が注目する「NaaS」とは?ネットワークは“持たない時代”へ」〈https://biz-journal.jp/company/post_394369.html別ウィンドウで開きます〉(2026年4月21日参照)。同記事によれば、「NaaSとは、ネットワークインフラを自社で構築・保有するのではなく、クラウドのようにサービスとして利用するモデルを指す。ユーザー企業は、回線やルーター、スイッチといった物理機器を保有せず、必要な帯域や機能をサブスクリプション形式で利用する。」とされている。

41 ダイキン工業株式会社へのヒアリングに基づく。

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