現在の情報通信技術(ICT)を巡る状況を眺望した際、我が国を含め、世界に大きな影響力を与えているものの一つに人工知能(AI:Artificial Intelligence)1が挙げられることは論をまたないだろう。
例えば、人々はスマートフォン等を通じて対話型生成AIと気軽にやりとりを行うようになっており、雑談の話題、目的地までの経路、おすすめの飲食店など、知りたい情報の獲得にAIを利用する情報行動が、日常生活の様々なシーンで浸透しつつある。また、企業や公共機関の活動でも、いわゆる「壁打ち」と言われるアイデアの考案、打合せや会議に使用する資料、議事録やメールの案文作成などに生成AIを利用することが広がりつつある。新聞、テレビ、インターネット等を見れば、日々AIに関する情報が盛んに伝えられており、AIに関する書籍も多数出版されるようになっている。2025年末、「「現代用語の基礎知識」選 T&D保険グループ 新語・流行語大賞」に、対話型生成AI「ChatGPT」の愛称である「チャッピー」がノミネートされたり2、米国TIME誌の「パーソン・オブ・ザ・イヤー」に「AIの設計者たち」が選ばれたりしたことは3、AIの急速な発展と浸透が世界的に進んでいることを示す象徴的な出来事であったと言えるだろう。
このように、人々の社会生活や企業等の活動に普及するAIに関し、我が国では、2025年5月に「人工知能関連技術の研究開発及び利用の推進に関する法律」(令和7年法律第53号。以下「AI法」という。)が成立し、同年9月に全面施行されるなど、制度的な取組も急速に進んでいる。AI法は、AIの「研究開発及び活用の推進に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図り、もって国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に寄与すること」を目的とし(第1条)、研究開発力の保持、関連産業の国際競争力の確保、適正な研究開発及び利用のための透明性の確保、国際的な協調と国際協力における主導的な役割を果たすこと等を基本理念に(第3条)、AIの研究開発及び活用の推進に関する基本的な計画の策定(第18条)、内閣総理大臣を本部長とする人工知能戦略本部の設置(第4章)等について規定している(図表Ⅰ-0-0-1)。
2025年12月には、このAI法に基づき、人工知能基本計画(以下「AI基本計画」という。)が初めて閣議決定された(図表Ⅰ-0-0-2)。現行のAI基本計画では、「信頼できるAI」の追求を軸として、「イノベーション促進とリスク対応の両立」、「挑戦と学習」、「アジャイルな対応」及び「内外一体での政策推進」という4つの原則や「AI利活用の加速的推進(AIを使う)」、「AI開発力の戦略的強化(AIを創る)」、「AIガバナンスの主導(AIの信頼性を高める)」及び「AI社会に向けた継続的変革(AIと協働する)」という4つの基本的な方針、これらを実現するための施策等が具体化されている。
こうした国内の制度的取組の基音となっている「信頼できるAI」については、我が国は、早くから国際的な舞台で議論を提唱・リードしてきた。2016年4月に開かれたG7香川・高松情報通信大臣会合において、高市総務大臣(当時)が、AIの研究開発の原則の策定に向け、8項目の原則(①透明性、②利用者支援、③制御可能性、④セキュリティ確保、⑤安全保護、⑥プライバシー保護、⑦倫理、⑧アカウンタビリティ)を提示の上、経済協力開発機構(OECD:Organisation for Economic Co-operation and Development)等において国際的な議論を進めるよう提案し、各国から賛同を獲得した67(図表Ⅰ-0-0-3)。こうしたインプット等を土台に議論が重ねられた結果、2019年5月には、AIについての最初の政府間のスタンダードとなる「AIに関する理事会勧告」(OECD AI原則)が策定された。
OECD AI原則では、「信頼できるAI」を実現するため、AIの開発・運用に携わる全ての関係者(AIアクター)が推進及び履行すべき5つの原則(①包摂的な成長、持続可能な開発及び幸福、②法の支配、人権並びに公平性及びプライバシーを含む民主主義的価値の尊重、③透明性及び説明可能性、④頑健性、セキュリティ及び安全性、⑤アカウンタビリティ)と、各国が推進すべき5つの取組(①AIの研究開発への投資、②包摂的なAIを推進するためのエコシステムの整備、③AIを推進するための相互運用可能なガバナンス及び政策環境の形成、④人材育成及び労働市場の変化への備え、⑤信頼できるAIのための国際協力)が示された8。これらの考え方は、我が国における「人間中心のAI社会原則」(2019年3月29日内閣府統合イノベーション戦略推進会議決定)とも軌を一にするものであり、また、2023年5月のG7広島サミットで立ち上げられた「広島AIプロセス」や、2024年4月に総務省・経済産業省で取りまとめられた「AI事業者ガイドライン」、そして先述のAI法・AI基本計画等においても、理念として共有・継承されているものである。
AIの研究開発の原則の策定に向けた8項目が示されてから10年が経過し、AIを巡る状況は劇的に変化している。世界的に進む研究開発によってAIモデルが高度化しているほか、AIは人間の社会経済活動における様々な場面に広範に普及し、人々の日常生活や企業等の活動に対して多面的な影響を及ぼすようになっている。そこには、時間や手間を効率化できることによる情報行動や業務の能率化、人間の思考や発想がサポートされることによる生産性の向上といったポジティブな側面だけではなく、大規模言語モデルの学習に伴う膨大なエネルギー消費、ハルシネーション等による偽・誤情報の生成・拡散リスク、過度な利用による批判的思考力の低下リスクといったネガティブな側面も指摘されるようになっている。このように、人間に対してAIが有するポジティブ・ネガティブ双方の影響が現実に明らかになりつつある今だからこそ、我が国として、「信頼できるAI」の重要性を改めて認識し、「信頼できるAI」の追求に向けた取組を一層推進し、深化させていくことが必要である。それにより、我が国において、より安全・安心にAIを開発・活用することができる環境が醸成され、より便利な国民生活やより豊かな企業活動の実現が可能になるとともに、我が国の強みである信頼性を価値としたAI関連の技術、サービス、制度的な取組等の国内・国際的な普及・展開も進み、我が国がAI開発・活用において勝ち筋を着実に進むことにも繋がってゆくものと考えられる。
以上を踏まえ、今回の情報通信白書では、「AIの進展がもたらす多面的影響〜人間とAIが健全に協働するデジタル社会の実現に向けて〜」と題し、我が国の個人や企業等におけるAI利用の「現在地」について、国際的なアンケート調査による比較も交えつつ、我が国における活用事例や、最新の開発・実装動向等にも焦点を当て、分析を行う。その上で、AIの進展に伴い近時指摘されるようになっている課題と対応の動向等についても概観し、「信頼できるAI」の追求ひいては人間とAIの健全な協働に関し、一定の展望を試みたい。
1 AIの定義に関し、総務省・経済産業省(2026)「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」では「現時点で確立された定義はなく(統合イノベーション戦略推進会議決定「人間中心のAI社会原則」(2019年3月29日))、広義の人工知能の外延を厳密に定義することは困難である。本ガイドラインにおけるAIは「AIシステム(以下に定義)」自体又は機械学習をするソフトウェア若しくはプログラムを含む抽象的な概念とする。」とした上で、AIシステムとして「活用の過程を通じて様々なレベルの自律性をもって動作し学習する機能を有するソフトウェアを要素として含むシステムとする(機械、ロボット、クラウドシステム等)。」と定義し、OECD AI原則における定義「AIシステムは、明示的又は暗黙的な目的のために推測するマシンベースのシステムである。受け取った入力から、物理環境又は仮想環境に影響を与える可能性のある予測、コンテンツ、推奨、意思決定等の出力を生成する。AIシステムが異なれば、導入後の自律性及び適応性のレベルも異なる」を参考として記載している。また、AI法第2条は「この法律において、「人工知能関連技術」とは、人工的な方法により人間の認知、推論及び判断に係る知的な能力を代替する機能を実現するために必要な技術並びに入力された情報を当該技術を利用して処理し、その結果を出力する機能を実現するための情報処理システムに関する技術をいう。」と規定している。本白書においても、こうした国内法・国内ガイドラインにおける規定やOECD AI原則において定義されている内容を指すものとして「AI」という語を用いており、このうち、学習したデータに基づき、テキスト、画像、音声、動画、プログラムコード等の新たなコンテンツを生成することができるものを指して「生成AI」と表現することがある。
2 自由国民社「「現代用語の基礎知識」選 T&D保険グループ 新語・流行語大賞」〈https://www.jiyu.co.jp/singo/
〉(2026年3月6日、4月8日参照)
3 TIME “The Architects of AI Are TIME’s 2025 Person of the Year”〈https://time.com/7339685/person-of-the-year-2025-ai-architects/
〉(2026年3月6日、4月8日参照)
4 内閣府「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)」〈https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_act/ai_act.html
〉(2026年3月6日、4月8日参照)
5 内閣府「人工知能基本計画(概要)」〈https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_plan/ai_plan.html
〉(2026年3月6日、4月8日参照)
6 総務省 経済協力開発機構(OECD)〈https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ictseisaku/oecd_ai/index.html
〉(2026年3月6日、4月8日参照)
7 総務省 AIの研究開発の原則の策定〈https://www.soumu.go.jp/joho_kokusai/g7ict/main_content/ai.pdf
〉(2026年3月6日、4月8日参照)
8 総務省 経済協力開発機構(OECD)OECD「人工知能(AI)に関する勧告」改定版(仮訳)〈https://www.soumu.go.jp/main_content/001032571.pdf
〉(2026年3月6日、4月8日参照)
9 総務省 G7香川・高松情報通信大臣会合〈https://www.soumu.go.jp/joho_kokusai/g7ict/index.html
〉(2026年3月8日、4月8日参照)