昭和54年版 通信白書

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2 通信手段の高度化,多様化

 近時におけるエレクトロニクス技術の急速な発展と経済社会の高度化は,通信手段の高度化,多様化をもたらしつつある。
 このような通信手段の高度化,多様化は多岐にわたっており,例えばデータ通信は,銀行のオンラインシステム,列車等の座席予約システムをはじめ社会活動の重要な分野に普及しつつあり,また,宇宙通信の実現は,国際通信の拡大を急速に進めている。更に,画像通信の発展は,ファクシミリ,電子郵便,キャプテンシステム等の新たなメディアの発生を促している。このような状況のもとに,従来,独立していたメディアが相互に影響し合い協力しながら役割を分担するといった「メディアの重合現象」があらわれてきている。
 また,通信手段の発達は,社会の高度化に伴って発生する都市問題,省資源,省エネルギー問題等,新たな社会問題の解決に役立つことが期待される反面,プライバシーの保護といった新たな問題を生み出しつつある。
 このような通信手段をめぐる動向に対しては,通信政策の新たな展開による適切な対応が求められている。

(1) 郵便と電気通信

 近年のファクシミリ等の新しい電気通信技術の進歩は,郵便の利用態様にも種々の影響を及ぼすと予想されている。このような情勢の中にあって,米国で誕生したメールグラムという新しい通信手段の成長は,各方面から電子郵便に対する関心を喚起することとなった。
 米国(メールグラム,1970年1月から実施),カナダ(テレポスト,1972年10月から実施)ではテレタイプ系のサービスが実用段階にあり,ヨーロッパではスウェーデン,フランス等でファクシミリ系のサービスが試行段階にある。更に,最近の動きとしては,「第1章第3節2.(2)急展開を始めた電子郵便サービス」で述べたように米国郵便事業(USPS)のEMSSと呼ばれる新たなシステムの計画,ECOMと呼ばれる国内電子郵便サービスの試行計画が進められているほか,INTELPOSTと呼ばれる国際電子郵便サービスの実験が1979年に予定されている。
 我が国においては,郵政省が50年度から電子郵便に関する将来性,技術的可能性等について調査研究を進めている。

(2) ポストテレホン

 電気通信の今後の動向については,諸外国においても強い関心が持たれ,また,あらゆる学問的分野を集めた政策研究等が行われており,西独の電気通信システム開発委員会の報告(1976年1月),フランスの「社会の情報化」と題する通称ノラ報告書(1978年1月)等が代表的なものである。
 以下,我が国における電気通信の今後の動向について,電話サービス,画像通信等の非電話系サービスに区分してみていくこととする。
ア.電話サービスの新たな発展
 電話サービスの量的充足に伴い今後は高度化,多様化と質的充実が期待されており,基本的には次の4つの視点からの方向性が考えられる。
 第1に,全国的に平等な電話サービスの普及という観点から,利便を享受できない国民に対する普及施策の展開が考えられる。具体的には既に進められている加入区域の拡大のほか,遠隔地,離島対策としての衛星通信方式の実用化構想の推進,社会福祉に寄与する電話機の開発,実用化があげられる。
 第2に,既存の電話網をより便利にまた有効に利活用するための新しい電話サービスの開発と普及がある。すなわち,既にサービスが提供されているプッシュホンやホームテレホン,新形親子電話等利用態様に応じた電話機のほかデータテレホン等,新たなサービスの早期実用化が検討されている。
 第3に,いつでも,どこからでも自由にかけられる電話を目指して,既に国民生活に根を下ろしているポケットベル,高速道路通信,列車公衆電話等の他,新しい移動体通信の発展がある。この分野における最近の動向としては,54年3月にサービスを開始した自動船舶電話,54年12月にサービスを開始した自動車電話の他,屋内用のコードレステレホン等,新たなサービスの開発,実用化が進められている。
 第4に,緊急時の連絡,災害時の通信の確保,トラヒックふくそう対策等,通信網の信頼性確保の面においても,トラヒック制御方式の実用化,伝送路の多ルート化等の施策がなされており,今後とも不安のない社会を目指してさまざまな技術開発が行われるであろう。
イ.画像通信の進展
 電話サービスは,聴覚情報に限られるため人間の五感で感知する情報の60〜80%を占める視覚情報が提供できない,記録性がないなどの欠点を持っているほか,双方向性を持ちながらも発信者側に主導権が与えられ,受信者側は常に受け身に立たされているなどの限界が指摘されている。
 このような電話サービスの限界を補うものとして,画像通信等の非電話系サービスの検討が進められている。
 画像通信の中で注目されるのは,ファクシミリ通信である。このファクシミリ通信は,漢字伝送に適しており,46年5月の公衆電気通信法の改正により公衆通信網が一般開放されたことに伴って急速に普及し,現在では,米国に次いで第2位にあたる10万台を超す普及台数となっている。また,このサービスは,不在通信ができるほか,記録性があるなど電話サービスの欠点を補うものとして,今後,中小企業から一般家庭へと普及していく可能性がある。このようなファクシミリ通信の大衆化のために,ディジタル網を用いた公衆ファクシミリ網の開発が進められている。これは,低廉な端末機の開発と蓄積変換技術を取り入れたディジタル網を構成して,豊富なソフトウェア技術により同報通信,親展通信,異機種間通信等の多彩なサービスを低コストで提供することを意図したものである(第1-2-56図参照)。
 更に,画像通信の中では,画像情報システムの発展がみられる。これは,いつでも,どこでも,誰でも,安い個別情報を受け手主導で入手できるシステムであり,ビデオテックスと呼ばれている。これには,1979年3月から本格サービスを開始した英国のプレステル,1980年に実験開始が予定されている西独のピルトシルムテキスト,フランスのテレテル等がある。我が国では,郵政省と電電公社が共同してキャプテンシステムと呼ばれる文字図形情報システムの実験を,54年末頃から東京都内において開始する予定である(第1-2-57図参照)。また,電電公社では更に高度なシステムであるVRSの実験を52年から続けている。

(3) データ通信の進展とプライバシー保護

 コンピュータ等を電気通信回線に接続してデータの伝送と処理とを一体的に行うデータ通信は,ここ数年来順調な発展を遂げてきた。更に,最近では情報化社会の進展とコンピュータテクノロジーの飛躍的な発展に伴い,その処理内容はより高度化,複雑化するとともに広域化の傾向にある。
 データ通信の利用分野についてみると,バンキングシステム等企業分野から始まった我が国のデータ通信は,今日では生鮮食料品流通情報システム,救急医療情報システム等,流通,医療,教育等,社会,国民生活レベルに導入されつつあり,個人レベルの利用についてもプッシュホンを利用した「みどりの窓口電話予約サービス」等がみられ,近い将来にはキャッシュレス・サービス,予約,情報案内等で数多くのシステムの実現が予想されている。
 また,豊富な情報を迅速かつ適切に収集し,それを効率的に利用することにより,社会における諸活動を適切かつ効率化していくための手段,言わば情報化社会における知識体系の結晶とも言うべきデータベースシステムの重要性が認識されつつある。我が国においても,近年,経済情報,科学技術情報等のデータベースが整備されつつあるが,米国に比べてまだ初期の段階でもあり,今後は,国家的課題としてデータベースの構築が必要となってこよう。
 更に,今後は,超LSIやマイクロプロセッサ等の急激な技術革新により,単独のシステムがネットワークとして複合し,多くのシステムの端末,ネットワーク,コンピュータが一体として機能する高度なユーティリティを持ったシステムの出現が考えられる。
 このようにデータ通信の利用分野が国民生活のすみずみにまで広がるにつれてプライバシーの保護が問題となってきている。また,プライバシーの保護は,行政機関等に集中管理される個人データのし意的利用に対する懸念にとどまらず,外国企業等に集積される個人,企業データの管理に対する不安から企業秘密や国家主権の問題を含む極めて幅広い概念として国際間の問題にまで及んできている。我が国においては,今のところ個人データやプライバシーを保護するための特別な立法はなされていないが,欧米諸国では既にこのための法律が制定されている(第1章第3節1.(3)「プライバシー保護立法化の動向」参照)。更に,OECDではこうした各国のプライバシー法制定の動きにかんがみ,1978年2月以来“プライバシーの保護と個人データの国境を越える流通を規律するガイドライン”案について審議してきている。同ガイドラインは,第1部総論,第2部国内的に適用される基本原則,第3部国際的に適用される基本原則一自由流通及び法規則,第4部国内措置,第5部国際的な措置の5部から構成されており,プライバシーと個人の自由の保護及びプライバシーと情報の自由な流通という基本的ではあるが,競合する価値の均衡をはかることを目的としている。このガイドラインは,54年内にOECD理事会の勧告という形で公表される予定になっている。

(4) 技術開発と新しい通信網の登場

 超LSIやコンピュータに代表されるディジタル技術の飛躍的な発達は,電気通信ネットワーク自体に本質的な変化をもたらしつつあり,音声,画像,符号の三つの通信形態を包含したディジタル通信網が構想されている。電電公社では,電話,非電話系の各種サービス信号をディジタル化によりすべて同一形弐に統一したディジタル総合サービス網(ISDN:Integrated Service Digital Network)と言われる通信網の発展形態を考えている。このディジタルネットワークの第一歩としてデータ通信網のためのディジタルデータ交換網(DDX)のサービス開始が,54年度中に予定されている。このようなディジタルデータ網サービスの開発は,諸外国においても進められており,第1章でみたように,米国の回線交換サービスDSDS,パケット交換方式による公衆データ交換網ACS,カナダのインフォスイッチ,フランスのトランスパック,北欧データ網等がその代表的なものである。
 また,伝送路について注目されるのは,光通信である。電電公社では,53年9月から東京の唐ケ崎,浜町間約20kmの区間で48芯ケーブルを用いた光ファイバケーブル伝送方式の実用化試験を開始し,その後,大都市における電話局間伝送や近距離市外伝送用から順次実用化の予定である。このような光ファイバケーブルの導入により,各家庭まで広帯域の伝送路が経済的に布設され加入者線の高速ディジタル化を容易にし,データ通信,画像通信等を包含したインフォメーションネットワークシステムへの発展が期待されている。
 このような光通信の開発は世界的なすう勢であり,開発のパターンとしては,[1]都市内の地下施設の有効利用を主目的とした市内及び近距離伝送路用の開発(米国,西独,フランス,スイス),[2]経済性に着目した長距離の大容量伝送方式の開発(英国,カナダ,オランダ),[3]加入者線画像通信方式の開発(カナダ,オランダ,スイス)に区分できる。この中で注目されるのは,米国のベルシステムが1980年に初の本格導入を都市部において予定していることである。

(5) 多様化が進む放送メディア

 放送メディアにおいても,放送衛星の実用化構想,UHF及びFMによるテレビ,ラジオの多局化,CATVの発展,放送大学構想,音声多重放送の実用化,文字多重放送の実用化構想等,新しい情報メディアの出現が既に始まり,あるいは近い将来に予定されている。
 このような状況において,新しい技術の展開として注目されるのは多重放送である。多重放送は,テレビジョン放送やFM放送の電波に別の信号を重畳して同時に放送を行う方式であり,53年9月にこのうちテレビジョン音声多重放送(ステレオホニック放送,2か国語放送)が開始された。多重放送にはこのほか文字放送,静止画放送,ファクシミリ放送が考えられ,電波資源の有効利用と共に多種多様な情報を入手できるシステムとして,今後の発展が期待されている。このうち文字放送については,諸外国においても開発が進められており,これらの開発動向は第1-2-58表のとおりである。また,ITUでは,このシステムをテレテキスト(TELETEXT)と呼んでおり,国際標準化の作業が進められている。
 また,ファクシミリ放送については,記録性,迅速性といったマス・メディアとしての多くの利点を有しており,新聞の将来形態とも考えられる電送新聞とも密接な関連性を有するため,情報メディア全体の中での今後の位置づけについて総合的な検討が必要であろう。
 次に,放送の教育的機能の発揮の見地から,教育に対する国民の強い要望にこたえ大学教育を受ける機会を広く国民に提供するため,放送大学の設立が郵政省及び文部省において44年以降検討されている。その後,49年3月の基本構想の発表以来,種々の経緯を踏まえ54年2月第87回通常国会及び同年8月第88回臨時国会に,大学設置主体であり,かつ当該大学教育のための放送を行う放送局の開設主体である特殊法人放送大学学園を設立するための放送大学学園法案が提出されたが審議未了となっており,今後の動向が注目されている。

(6) 宇宙通信の進展

 インテルサットや諸外国の国内衛星通信システムにみられるように,各国において通信衛星の利用が活発に進められており,今後も社会の高度化,多様化に伴い,通信需要の増大と需要形態の多様化によって宇宙通信の重要性は一段と高まるものと予想される。
 我が国の通信衛星の分野では,実用衛星システムに必要な技術を開発することなどを目的として52年12月に実験用中容量静止通信衛星(CS)「さくら」が打ち上げられた。また,54年2月に打ち上げられ,一部装置の不具合から静止軌道投入に失敗し所期の実験が不可能となった実験用静止通信衛星(ECS)は,55年初めにその予備機が打ち上げられることになっている。実験用中容量静止通信衛星(CS)「さくら」の開発及び実験の成果を踏まえ,我が国初の実用の通信衛星2号-a及び2号-bを57年度及び58年度にそれぞれ打ち上げることが決定されている。同衛星は,非常災害時の通信の確保,離島,辺地等との通信の確保等のため人命,財産の保護等を目的とした公共業務用通信回線及び電電公社の国内公衆通信回線に利用されるものである。放送衛星の分野では,実用放送衛星システムの導入に必要な技術開発と技術基準を確立することなどを目的として,実験用中型放送衛星(BS)「ゆり」が53年4月に打ち上げられ各種の実験が順調に進められている。放送衛星が実用化された際には,その特徴を生かして辺地,離島等におけるNHKのテレビの難視聴の解消等に大いに役立つものと期待される。
 このほか人工衛星による地表及び宇宙空間の計測,観測等のため電離層観測衛星(ISS-b)「うめ2号」静止気象衛星(GMS)「ひまわり」等,一連の観測分野の衛星が打ち上げられている。

第1-2-56図 公衆ファクシミリ網の基本構成

第1-2-57図 キャプテン実験システムの構成

第1-2-58表 諸外国における主要なテレテキストの開発動向

 

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