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第1部 特集 ICTがもたらす世界規模でのパラダイムシフト
第1節 成長のエンジンであるICTの重要性と我が国の取組

(1) ICTと経済成長

経済成長とICTとの関係を検証する研究は数多くなされている。1980年代の米国で、新しい技術であるICTへの投資が行われているのにも関わらず生産性の上昇率が低いというSolow(1987)が指摘した生産性のパラドックスは、過去の話となり、今やICTが生産性を高めて経済成長へ寄与することを確認した研究が多く見られるようになった2。ただし、日本のICT投資の水準は米国や欧州諸国と比較すると低い状態にある(図表2-1-1-1)。その要因の1つには、ICTを導入しても思うように効果を上げることができない企業も多く存在することが考えられる3

図表2-1-1-1 設備投資全体に占めるICT投資の割合
(出典)EUKLEMSより作成
総務省「ICTによる経済成長加速に向けた課題と解決方法に関する調査研究」(平成26年)
「図表2-1-1-1 設備投資全体に占めるICT投資の割合」のExcelはこちらEXCEL / CSVはこちら

ここで、付加価値を向上させることにより、経済成長をもたらす要素を改めて確認したい。

企業の生産活動を考えると、資本設備や労働力が投入されて、製品やサービスを生み出し、それをもとに得た利潤=付加価値となる。付加価値が多く生み出されると、国全体としてGDPが増加し経済成長をもたらす。

また、技術革新が起こると、資本や労働の投入要素が一定であっても、多くの付加価値を生み出すことができるようになり、生産要素(資本、労働)あたりの付加価値を高めることから、技術革新は生産性向上の源泉と考えられている4

ICTはこのうち、ICT投資による資本蓄積及びICT分野における技術革新によるTFP(全要素生産性)の上昇により、経済成長に寄与している。

その他、付加価値の向上に資する要素として注目されているものに、ソフトウェアや知的財産権等の無形資産がある。無形資産は、機械設備等の有形資産と同様、本来は付加価値を生み出す資本の一部とすべきものではあるが、その投資額や効果について十分に把握されてこなかった。しかし近年、経済成長に与える影響について注目を集めている5

無形資産は、Corrado, Hulten, and Sichel(2005)によると、情報化資産(Computerised information)、革新的資産(Innovative property)、経済的競争力(Economic competencies)に分類される(図表2-1-1-2)。

図表2-1-1-2 無形資産の分類と内容
(出典)Corrado, C., Hulten, C. and Sichel, D. (2005). Measuring capital and technology: a expanded framework, Board of Governors of the Federal Reserve System(U.S.). 及び宮川・比佐(2013)「産業別無形資産投資と日本の経済成長」財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成25年第1号(通巻第112号)2013年1月をもとに作成
総務省「ICTによる経済成長加速に向けた課題と解決方法に関する調査研究」(平成26年)

上記分類における経済的競争力の中に含まれる人的資本や組織変革といった無形資産とICTとの関係については、米国におけるBrynjolfsson等の一連の研究6によると、ICTを導入して成功を収めている企業は、ICTを効果的に活用できるように組織の業務慣行の見直しが行われていることや人的資本への投資を行っていることを指摘している7

以上、先行研究の成果等からは、ICTは、①ICT投資による資本蓄積を通じた生産能力の向上、②ICT分野での技術革新によるTFP(全要素生産性)の向上、③ICT投資と併せて、人的資本への支出、企業改革等を行うことでICT投資の効果の一層の向上により、経済成長を高めるといえる8図表2-1-1-3)。

図表2-1-1-3 ICTと経済成長の関係
(出典)総務省「ICTによる経済成長加速に向けた課題と解決方法に関する調査研究」(平成26年)

以下では、アンケート結果9をもとに、タブレットやスマートフォン等の新たな端末の活用、クラウド技術・サービスの浸透、ネットワーク化の状況といった我が国の産業界でのICT化の進展状況を明らかにするとともに、意思決定の権限移譲や組織のフラット化、CIOの設置状況、人材面の投資等の組織改革・人的資本への取り組みの状況についても把握し、企業業績(売上・利益)の高い企業が、どのようなICT化及び組織改革・人的資本への取組を行っているかについて検証を行った。

加えて、仮にICT化と組織改革・人的資本への取組が遅れていて業績向上に繋がっていない企業が、それらの取組を行い業績向上企業へとなった場合に行われるICT投資の増分を算出し、このICT投資・利活用の拡大が経済成長に与える潜在的なインパクトを生産関数によるシミュレーションにおいて試算した。



2 篠ア(2003)「情報技術革新の経済効果―日米経済の明暗と逆転」日本評論社.にソロー・パラドックスの起源と背景及び解消の経緯が分かりやすく記されている。

3 篠ア・山本(2009)「国際比較による企業改革と IT 導入効果の実証分析:アンケート調査結果のスコア化による日米独韓企業の特徴」情報通信総合研究所, InfoCom REVIEW, No.48, pp.26-47.では、日米独韓の4カ国を比較したとき、日本においてITの導入が売上や投資収益率の向上に効果があったとする企業の割合が低いことを確認している。

4 経済成長の要因分解を行う手法として成長会計がある。成長会計を用いると、経済成長の要因を投入要素(資本、労働等)と技術革新に代表されるTFP(全要素生産性)とに分けることができる。成長会計を用いて日本の経済成長を分析したものに、深尾・宮川(2008)『生産性と日本の経済成長』東京大学出版会が挙げられる。

5 OECD(2013)では、データ、ソフトウェア、特許、意匠、新たな組織プロセス、自社に特有の技能等これらの無形資産を知識資産と位置づけるとともに、多くのOECD諸国において、これらの無形資産への投資の伸びが、機械や建物等の有形資産への投資の伸びを上回っていると報告しており、欧州と米国では、企業における無形資産への投資が労働生産性の平均的な成長率の20%から34%程度に寄与するとしている。

6 Brynjolfsson, Erik, Hitt, Lorin M. and Shinkyu Yang (2002) "Intangible Assets: Computers and Organizational Capital," Brookings Papers on Economic Activity: Macroeconomics (1): 137-199. Brynjolfsson, Erik, and Lorin M. Hitt. 2000. "Beyond Computation: Information Technology, Organizational Transformation and Business Performance." Journal of Economic Perspectives, 14(4): 23-48.等。

7 また、ICT等の新しいシステムを中途半端に採用した場合には、むしろ生産性を低下させる可能性があることも言及している。

8 なお、九州大学篠﨑彰彦教授、神奈川大学飯塚信夫教授及び情報通信総合研究所久保田茂裕研究員の研究によると、ICT投資は、その他の投資より、経済成長に寄与する効果(乗数効果)が高いとの結果がでている。

9 アンケート会社のウェブアンケートモニターのうち、就業中のモニターを対象としたウェブ調査を行い、10業種を対象として4,147サンプル(うち、有効回答数:4,016)を得た。調査の概要については、付記1を参照。

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