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第1部 特集 ICTがもたらす世界規模でのパラダイムシフト
第2節 ICTのさらなる利活用の進展

(2) 農業におけるICT活用事例

我が国の農業の課題については、基幹的農業従事者15の減少とその高齢化が挙げられる。平成7年から平成22年までの間に、基幹的農業従事者は256万人から205万人に減少し、平均年齢は59.6歳から66.1歳に上昇している(図表4-2-3-11)。

図表4-2-3-11 基幹的農業従事者の年齢構成
(出典)内閣府地域資源戦略協議会(第5回) 農林水産省提出資料(平成26年)

このため就農者の減少に伴う耕作放棄地の増加も指摘されている。

こうした状況に対して、我が国農業の活性化を図るために、ICTの活用による農作物の栽培条件の最適化や、高い生産技術を持つ篤農家の技術・ノウハウをデータ化・可視化し、活用可能とする技術の確立による生産性向上、生産から消費までの情報連携による消費者のニーズに対応した農作物の生産や付加価値の向上が期待されている。

世界最先端IT国家創造宣言においても、農業の現場における計測などで得られる多くのデータを蓄積・解析することで、高い生産技術を持つ篤農家の知恵を人材育成や、小規模農家も含む多数の経営体で共有・活用すること等による収益向上等、多面的に利活用する、新たな生産方式の構築に取り組むこととしている。また、農場から食卓までをデータでつなぐトレーサビリティ・システムに関する取組が進められようとしている中で、バリューチェーンを構築し、付加価値向上との相乗効果による安心・安全なジャパンブランドの確立を図ることとしている。

ここでは、我が国における農業でのICT活用の動向について、農業におけるノウハウに着目した先進的な事例を紹介する。また地方公共団体のアンケートの結果で示された、鳥獣被害対策でのICT利活用の先進的な事例を紹介する。

ア 農業についての地方公共団体アンケートの結果

農業についての地方公共団体アンケートの結果では、現状では運営又は参加・協力している取組として、「インターネット直販」(25.4%)、「トレサビリティー」(17.0%)が挙げられている。また、現状との比較で今後実施する予定又は検討している取組を見ると、「鳥獣被害対策」(11.2%)、「圃場管理16」(5.5%)がICT活用の重要な分野として考えられていると言える(図表4-2-3-12)。以下では、本アンケートの結果を踏まえ、圃場管理及び鳥獣被害対策におけるICT利活用の先進事例について紹介する。

図表4-2-3-12 農業についてのアンケートの結果
(出典)総務省「地域におけるICT利活用の現状に関する調査研究」(平成26年)より作成
「図表4-2-3-12 農業についてのアンケートの結果」のExcelはこちらEXCEL / CSVはこちら
イ ICT利活用の先進事例
(ア)圃場管理の一種としてのICTを利用した施設園芸(GRA)

宮城県の農業生産法人GRAでは、ICTを利用したイチゴやトマトの施設園芸を同県山元町等で行っている。平成23年の震災が創業の経緯であり、山元町のイチゴ生産農家等と協業して生産を行っている。当初は旧来型のビニールハウス生産だったが、オランダ視察を機に新技術導入に踏み切った。オランダの施設園芸農業は、センサーやコントローラーの活用をはじめとする技術導入の結果、施設栽培での単収が10アールあたり約70トンになり、日本の3倍強17に達する。なお、同国のPriva社は世界最大の施設園芸用複合環境制御装置メーカーである18

同社がイチゴを選んだ背景には、山元町が産地であることに加えて、投資が必要な施設園芸では市場規模が重要になることがあった。イチゴの市場規模は約1,800億円であり、トマトの市場規模も約2,500億円と大きい。

各圃場内は無線LANでイントラネットに接続され、各農場とは本社とは光回線で接続されている。また農場と他の研究機関、海外の圃場とを連結し、栽培に関するテレビ会議も行っている。圃場への入室管理や労務管理等に関する入力作業にあたり、携帯性に優れるスマートフォンの活用も進んでいる。自社の生産システムの開発でも、簡易なものを実験的に作成して、小農家への展開に無理がないよう工夫している。

ICT導入の効果には少数の熟練農業者で農業生産が可能になることと、収穫量増大がある。イチゴ栽培で重要なポイントとなる、ビニールハウスの①温度②CO2③湿度について、ICTの活用によって現地の農家が保有する数値化されていないノウハウを学習することで、イチゴ収量が年間約3.7トンから約7トンに向上した。ビニールハウスの窓の開閉もシステムから操作可能になっている(図表4-2-3-13)。

図表4-2-3-13 イチゴの施設園芸の模様
(出典)総務省「ICTの進化がもたらす社会へのインパクトに関する調査研究」(平成26年)

ICT活用は、規模拡大に伴い増大する労務管理のコストを抑えることにも貢献した。また農業生産におけるICT導入の効果として、新規参入が容易になったことが考えられており、同社には今までイチゴ栽培経験がなかった人からの問い合わせが多い。

販売についても、山元町産「ミガキイチゴ」としてブランド化を行ってインターネット直販を行っている。この他の販路については、百貨店での販売や大型小売店や市場への出荷も行っている。市場データの入手がメールやウェブで簡単に入手できるようになったことは、より良い価格条件の所への出荷を可能にしている。

同社の海外における事業展開については、2012年(平成24年)11月からインドで現地のNGOと連携してイチゴ栽培を始めており、センシングから得られたデータをクラウドにアップロードし、日本でそのデータを見て適切な指示を出している。同社はインド展開にあたり、日本とは通信インフラの安定性やカバーエリアが全く異なる点を踏まえた構成にする等の工夫をしている。

(イ)地図情報利用の農業日誌・圃場管理(アグリノート)

農業日誌・圃場管理においては、紙では過去の記録の参照・整理・集計が煩雑であり、記録の十分な活用が困難という課題があったが、これをクラウドサービスで高度化する取組が進んでいる。新潟県のウォーターセル株式会社では、Googleマップ等を利用した農業日誌・圃場管理サービスである「アグリノート」の開発・提供を行っている。

農家数減・超高齢化・大規模化・離散圃場といった課題を前に農家の生産性向上が必要であり、農産物の質と量の確保のためベテラン農家のノウハウを若手に継承するにあたってノウハウを最大限客観的なデータにすることが開発の動機となった。また圃場が増えて大規模化されても、歯抜け状態の農地では地図がないと記録整理等の作業が間に合わなくなることも背景にあった。

記録対象の圃場は航空写真や地図から表示されるため直感的に選択可能であり、作業内容や農薬・肥料使用、作業者、作業時聞をタブレット端末やスマートフォンのタッチパネルで入力して、端末で撮影した写真も添付可能である(図表4-2-3-14)。アグリノートで入力された記録は圃場ごとに自動的に整理・集計されるので、時系列での作業一覧や農薬・肥料の成分別の使用回数・使用量が一覧式でいつでも閲覧できるようになり、現場の作業にこれらの記録を参照して、次の作業を効率的かつ正確に実施することができる。農薬使用はトレーサビリティにおいて重要な点であるが、この使用回数の集計にあたり、ファミック(農林水産消費安全技術センター)が公開している我が国で使用許可のある農薬のデータが活用されている。また生育記録の参照から、肥料の使用時期・量や収穫のタイミングなども検討可能である。

図表4-2-3-14 地図情報利用の農業日誌・圃場管理の画面例
(出典)総務省「ICTの進化がもたらす社会へのインパクトに関する調査研究」(平成26年)

サービスは年間使用料が6名までは約4万円となっており、比較的小規模の農業者でも導入がしやすい価格設定である。このサービスによる記録を集積・活用することで、営農計画の策定や変更が簡単に行うことが可能であり、また、取引先や消費者にも情報開示をすることで、農薬使用状況などを確認ができ、安心・安全を徹底することができる。例えば、消費者に向けてコシヒカリの産直や、切り餅などの6次産業化した商品の通信販売をしている「そうえん農場」では、信頼性の高い農場としてのJGAP認証取得に同サービスを活用し、安心・安全な農場へのブランディングに役立てている。サービス自体の機能充実も進められており、平成26年4月には各圃場の輪作状況がわかりやすく整理される機能等が追加されている。

(ウ)圃場管理の一種としてのドーム型植物工場(グランパ)

株式会社グランパでは、神奈川県藤沢市、同秦野市、岩手県陸前高田市に植物工場を設置して野菜の水耕栽培を行い、農薬使用を最小限にした野菜を出荷している。同社では生産性向上を目指して新たな形態の植物工場を設計・開発した。これは、太陽光利用型のエアドーム式植物工場であり、約15年の耐久性を持つ散乱光型のフィルムを使用している。ドーム内部には約1万5千株の野菜を栽培する円形の水槽が設置されており、約1ヶ月かけて成長した野菜を収穫する構造になっている。この仕組みにより、作業性が改善され、従来型のハウスに比べて面積比で約1.5倍の生産が可能となった。平成26年1月から横浜市にこの新型ハウスを設置し、都市におけるドームハウス農業の実証実験を行っている。

ドームハウス内の水温、気温、pH、肥料濃度の自動制御は安定した周年栽培・出荷を実現し、コンピュータによる24時間管理によりスタッフの作業時間は8時間以内に短縮可能となり、農業生産における従来の厳しい労働条件の改善に貢献している。流通の効率化にもICTが貢献しており、社とは別に一般社団法人を設立した上で、施設野菜の生産者間の需給調整から生産者・バイヤー間でのビジネスマッチングまでをトータルにサポートする受発注システムの開発・提供を始めている。

今後は、大手ソフトウェアベンダと協業してクラウドサービスの利用による遠隔での施設管理を図っていくほか、植物工場における農産物の生産から加工、販売に至るプロセスを統合的に管理する仕組みをクラウドサービスとして確立し、施設管理や栽培管理、生産・販売管理などの専門的な業務ノウハウを加え、ドームハウスを利用する生産者に向けた農業運営支援サービスを提供していく予定である(図表4-2-3-15)。

図表4-2-3-15 ドーム型植物工場の外観及び内部の様子
(出典)総務省「ICTの進化がもたらす社会へのインパクトに関する調査研究」(平成26年)
(エ)鳥獣害センサー(長野県塩尻市)

近年、中山間地域等において、鹿、猪、猿等の野生鳥獣による農林水産業への被害が深刻化・広域化しており、農作物の被害金額は年間約200億円に上る。経済的被害のみならず、営農意欲の減退や耕作放棄地の増加をもたらす鳥獣害への対策にも、ICT利活用が進められている。

信州大学では、平成23・24年度に、総務省の戦略的情報通信研究開発推進制度を活用し、地域全体の安全・安心を確保する防災・減災および鳥獣センシングを実現するセンサーネットワークシステムの研究開発を行った。熊、猪、鹿を感知し、音・光で追い払うと共に通知するセンシングシステムを開発し、これを長野県塩尻市の山中に設置したところ、特に猪の被害を2割に減らす等の効果を上げた。

この研究成果が活用され、塩尻市では見守りセンサーを接続していた既存の特定小電力ネットワークに、市内循環バス位置センサー、土石流センサー、水位センサーと並んで鳥獣害センサーを設置し、平時はセンサーネットワークからの各種センサー情報をそれぞれの伝達方法にて住民に配信し、緊急時は塩尻市が保有するビッグデータと連携して共通認証後に住民に提供する取組を行った。この取組は、総務省のICT街づくり実証プロジェクトの一つである、平成24年度「センサーネットワークによる減災情報提供事業」の一環として行われたものである(図表4-2-3-16)。

図表4-2-3-16 鳥獣害センサー及び長野県塩尻市のセンサーネットワーク
鳥獣害センサー:(出典)戦略的情報通信研究開発推進制度(SCOPE)成果報告(地域全体の安全・安心を確保する防災・減災および鳥獣センシングを実現するセンサーネットワークシステムの研究開発)
センサーネットワーク:(出典) ICT街づくり推進会議 普及展開ワーキンググループ第1回資料より作成
(オ)今後について

以上のように、農業分野においては、ICTを活用した先進的な取組が進みつつあり、ICT導入による農業情報の利活用方策が模索されている状況と言える。一方、現在、政府では、農業の産業競争力強化を達成するため、農業情報を利活用しようとする農業者の権利に留意しつつ、農業分野全体における広範な情報創成・流通を促進させるための農業情報の相互運用性等の確保に資する標準化や情報の取扱いに関して、政府横断的な戦略として、平成26年6月3日にIT総合戦略本部において「農業情報創成・流通促進戦略」を決定し、これを踏まえた取組を推進している。

総務省においても、「農業情報創成・流通促進戦略」と連携する形で、ICTによる農業情報の利活用を推進するため、①インテリジェント農作物生産システムの実証、②ICTを活用した農業生産指導システムの実証、③ICTを活用した青果物情報流通プラットフォームの実証、に向けて取り組んでいる(図表4-2-3-17)。

図表4-2-3-17 総務省の農業ICT化に向けた三実証

オランダの施設園芸農業の担い手

オランダの施設園芸農業は、センサーやコントローラーの活用、ロックウール利用の養液栽培技術の高度化、天然ガスを利用したトリジェネレーション技術の精緻化等により、トマト等の生産性の飛躍的な向上を実現している。この施設園芸農業を支えているのが、同国の施設園芸用複合環境制御装置メーカーのPriva社である。

同社のシステムでは、センサー、制御用コンピューター、ソフトウェアの組み合わせで、温度、湿度、CO2、焦土、養液を植物の育成に適した値に自動制御できる(図表)。既に世界のトマトやパプリカの太陽光型植物工場に導入されているため、世界中の顧客の栽培データを吸い上げて莫大な栽培ノウハウを保有しており19、これが他社に対する大きな強みとなっている。アジアにも中国の北京に拠点を置き、環境汚染から食の安全性が課題である中国への展開を図っている。

図表 Privaの環境制御システム
(出典)総務省「ICTの進化がもたらす社会へのインパクトに関する調査研究」(平成26年)


15 自営農業に主として従事した15歳以上の世帯員(農業就業人口)のうち、普段の主な状態が「主に仕事(農業)」である者で、主に家事や育児を行う主婦や学生等を含まない。

16 スマートフォンやタブレット端末、農場等に設置したセンサーの活用等により、施肥などの作業記録、湿度・土壌水分などの育成環境、作物の生育状況などの各種データを収集し、蓄積した各種データを共有することで優秀な農家のノウハウの伝承を行う。

17 三輪泰史(2014)「オランダ農業の競争力強化戦略を踏まえた日本農業の活性化策」

18 日本政策投資銀行(2014)「九州における植物工場等ハイテク農業の成長産業化に向けた課題と展望」

19 日本政策投資銀行(2014)「九州における植物工場等ハイテク農業の成長産業化に向けた課題と展望」

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