AI分野は日々新たな技術やモデルが発表され、目覚ましく技術革新が進んでいる分野である。その技術革新の動きをすべて述べることはできないが、LLM分野を中心に、最近起きている大きな技術動向を取り上げる。
OpenAIは2024年9月、難解な問題を解決する推論モデルとして「OpenAI o1」シリーズの開発を発表した。o1は、従来の生成AIが苦手としていた、科学、コード生成、数学の分野における多くの評価指標で、OpenAIのGPT-4oモデルを上回る結果を出した。例えばアメリカ数学オリンピック予選のテストで、o1はその約83%を解くことができた。これは全米の学生のうちトップ500人に匹敵する成績とされる。他にも、化学、物理学、生物学の専門知識を問う評価指標では、博士号を持つ専門家を上回る成績を残している2。また、2025年に実施された東京大学の入学試験問題3を、o1モデルに解かせたところ、合格最低点を上回ったと報じられた4。
2025年1月、中国のAIスタートアップ企業であるDeepSeekが新たなAIモデル「DeepSeek-R1」の開発を発表した。このモデルは、様々な技術的な工夫5を講じることで、米OpenAIの推論モデル「o1」と同等の性能を持つとされているほか、同モデルは、モデルを誰でも利用可能な形でオープンにしたことや、新興の中国スタートアップ企業が開発したこと、開発コストの低さで特に注目を集めた6。
DeepSeek-R1が発表された直後、半導体企業やクラウドサービス等を通じてAIインフラを提供する企業の株価が下落するなど、AI関連銘柄全体に影響が及んだ。低コストかつ高性能を実現したと言われるDeepSeek-R1の登場により、高性能モデルの開発には巨額投資が必要であるというこれまでの通説に疑問が呈されたことの現れが影響した可能性がある。
しかし、高度なAIの開発や運用には、多くのデータ処理が必要であり、かつ低コスト化が進んだ場合は開発者・利用者が増えることが見込まれるため、AI半導体需要はむしろ増えるという見方もある78。
LLMの開発競争が激化する一方で、LLMの中でも相対的に小規模なパラメータで構成されたモデルの開発にも注目が集まっている。一般的にパラメータ数が多いLLMほど学習能力が高いが、大規模であるためクラウドサービス経由、あるいはAPI経由でのみサービス提供されることが多く、膨大な計算処理によって応答に時間がかかる場合や、入力した情報がLLM提供事業者側のAI学習データとして利用される場合がある。一方、小規模なモデルは、相対的に軽量で高速な処理が可能なため、ネットワークに接続しない環境(ローカル環境)や特定の用途に限った利用では、小規模なモデルに優位性がある場合があることから、積極的に開発が進められている。
例えば、Microsoftは、小規模モデルとして「Phi」シリーズを展開しており、2024年12月に140億パラメータの「Phi-4」を公開している。Phi-4は、複雑な推論に対応したモデルであり、数学コンテスト問題において、他社の同規模のモデルを上回る性能を見せたとされている9。
生成AIの進展に伴い、「AIエージェント」と呼ばれるサービスが広がりを見せつつある。AIエージェントの定義は開発企業によって異なるが、最近は、設定された目標や、自然言語で与えられた指示に対して、自動的にタスクを決定(必要に応じてタスクを細分化)して処理を実行する機能をもつものが、AIエージェントと呼ばれる傾向にあると考えられる。
2024年後半から、「AIエージェント」を標榜するサービスが多く開発・展開されてきている(図表Ⅰ-1-2-2)。AIエージェント自体は技術的に先進性があるわけではないとの指摘もある10一方で、テキスト、画像、音声、動画など複数のデータ形式を統合的に処理できるマルチモーダルAIや、論理的思考が可能な推論モデル等、LLMの進化によってAIがより複雑なタスクをこなせることになりつつあることは事実であり、今後はLLM等を活用して利用者にとってより使いやすいサービスの登場が増えることが期待されている。
AI技術をロボット分野に応用する、AIロボティクス分野への開発・投資競争が過熱している。背景には、AI分野における画像認識や自然言語処理の飛躍的な革新により、柔軟かつ複雑な処理が可能になったことや、少子高齢化による労働力不足が懸念される海外先進国において労働力の代替としてロボットが期待されていることが挙げられる。
その一分野として、例えば、昨今、人型ロボット(ヒューマノイド)の開発が活発化している。人型ロボットについての明確な定義はないが、人間の形状や能力をモデルとしており、物体をつかんだり部品配置するなどの工場等での利用から、洗濯物をたたむなどの家庭での利用を想定した作業まで、幅広い作業に対応することを目指して設計されることが一般的である。人型ロボットは、人間に似た形状を持つことで人間を中心に設計された社会インフラに導入しやすいと考えられており、将来的には、人間が行う作業を補助・代替する可能性が期待されている12。
このような背景の下、米国・中国を中心に、商用化を目指す人型ロボットの開発競争が過熱している。現在は製造現場や工場での試験導入や産業活用を目的として開発されているが、長期的には家事や娯楽等、日常生活での活用も見据えた人型ロボットを目指している企業もある。今後、汎用性の高いロボットへの研究・開発が進んでいくことが予想される(図表Ⅰ-1-2-3)。
2 OpenAI「Learning to reason with LLMs」〈https://openai.com/index/learning-to-reason-with-llms/〉(2025年3月11日参照)
3 大学入学共通テストと東京大学第2次学力試験
4 共同通信(2025年4月5日)「AIが東大理科3類「合格水準」 25年入試、最低点を上回る」〈https://nordot.app/1281148575208423464〉(2025年4月14日参照)
5 DeepSeek-R1及びそれのもととなったDeepSeek-V3は様々な技術的工夫を行い、低コストで高性能な結果を達成したとされている。例えば、DeepSeek-V3は、MoE(Mixture of Experts)という入力ごとに呼び出される複数の専門ユニット(Expert)を内包する手法を使っているが、このために必要な並列計算を効率化するために、様々な工夫を行ったとされている(Preferred Networks岡野原大輔代表取締役へのインタビューによる。)。
6 DeepSeek社は、1モデルの開発にかかった費用を約560万ドル(約8億6,000万円)と説明しており、米スタンフォード大学の開発コスト計算によると、米Googleの「Gemini Ultra」は1億9,100万ドル、OpenAIの「GPT-4」は7,800万ドルと単純比較してもDeepSeekモデルは米大手の10分の1以下で開発できていることになる。なお、論文で引用された数字が開発過程全体のコストを表していない可能性があるため、開発コストについては議論がされているものの、米テック業界内でも従来と比べ大幅に安価なコストで開発したと見る向きは多い。(日本経済新聞「公開技術でAI開発費「10分の1以下」DeepSeekの衝撃」〈https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN27CE40X20C25A1000000/〉(2025年3月12日参照))
7 有識者ヒアリング(株式会社ABEJA 木下正文 執行役員)等による。
8 Meta社は2025年にAI関連のプロジェクトに最大650億ドルを投じる計画を明らかにしており、米Googleの親会社であるAlphabetもデータセンターとAI向けインフラ構築関連に2025年は750億ドルの設備投資を見込んでいる。(Bloomberg「Meta Shares Rise, Longest Streak of 12 Consecutive Gains -Market Cap Gains $240 Billion」(2025年2月5日)〈https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-02-04/SR63J7DWLU6800〉(2025年3月18日参照)、Bloomberg「Alphabet shares plummet revenue falls short of expectations -cloud growth slows」(2025年2月5日)〈https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-02-04/SR6G6DT0AFB400
〉(2025年3月18日参照)より)
9 Microsoft,「Introducing Phi-4:Microsoft’s Newest Small Language Model Specializing in Complex Reasoning」〈https://techcommunity.microsoft.com/blog/aiplatformblog/introducing-phi-4-microsoft%E2%80%99s-newest-small-language-model-specializing-in-comple/4357090〉(2025年3月16日参照)
10 慶應義塾大学 栗原聡教授インタビューによる。
11 Microsoft「AIエージェントで実現する業務効率化とイノベーション:日本の最新事例」(2024年12月18日)〈https://news.microsoft.com/ja-jp/2024/12/18/241218-operational-efficiency-and-innovation-enabled-by-ai-agents-latest-case-studies-from-japan/〉(2025年3月18日参照)、日経クロステック「MSが純正AIエージェント発表、ナデラCEOは「エージェンティックワールド」目指す」(2024年11月20日)〈https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/03012/112000001/
〉(2025年3月18日参照)、Salesforce「Agentforce」〈https://www.salesforce.com/jp/agentforce/
〉(2025年3月17日参照)、NTT東日本「AIエージェントとAmazon Bedrock Agentsについて解説」(2025年3月12日)〈https://business.ntt-east.co.jp/content/cloudsolution/column-578.html
〉(2025年3月18日参照)、日経クロステック「AWS・Google・MSのAIエージェント開発サービス、ノーコードでも構築可能に」(2024年10月10日)〈https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02968/100100003/
〉(2025年3月18日参照)、日経クロステック「OpenAIがAIエージェント「Operator」を発表、指示した作業を独自ブラウザーで実施」〈https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/news/24/02098/
〉(2025年3月17日参照)、日本経済新聞「AI、人の代わりにパソコン操作 米アンソロピックが開発」(2024年10月23日)〈https://www.nikkei.com/nkd/company/us/CRM/news/?DisplayType=1&ng=DGXZQOGN22DYL022102024000000
〉(2025年3月17日参照)、Bloomberg「Anthropic Reveals New AI Tool,Making the Experience More Intuitive」(2024年10月23日)〈https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-10-23/SLS7T9T0AFB400
〉(2025年3月17日参照)
12 三井物産戦略研究所「ヒューマノイドロボット -生成AIによる技術進展と試験導入の始まり-」〈https://www.mitsui.com/mgssi/ja/report/detail/__icsFiles/afieldfile/2025/02/07/2501btf_tsuji_matsuura.pdf〉(2025年3月19日参照)
13 日本経済新聞「テスラ、ヒト型ロボットを披露 家事など身近な姿を紹介」(2024年10月11日)〈https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN114AB0R11C24A0000000/〉(2025年3月19日参照)、Ledge.ai「OpenAIと提携のFigure、新型ヒューマノイドロボット「Figure02」を発表 BMWとの自動車製造の実用化に向けたテストにも成功」(2024年8月11日)〈https://ledge.ai/articles/figure02
〉、CNET Japan「Agility Robotics、二足歩行ロボット「Digit」を刷新」(2023年4月4日)〈https://japan.cnet.com/article/35202097/
〉(2025年3月19日参照)、日経クロステック「Boston Dynamicsに聞く人型ロボ、まずは自動車工場の作業員に」(2025年3月19日)〈https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/03118/00004/
〉(2025年3月19日参照)、日経クロステック「二足歩行の人型ロボはどこへ向かうのか、AIの進化で海外勢の開発競争が再加速」(2024年7月31日)〈https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/nmc/18/00011/00263/?P=3
〉(2025年3月19日参照)、日経クロステック「低価格化が後押しする社会実装、工場から家庭まで幅広く用途開拓」(2025年1月31日)〈https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/nmc/18/00163/00004/?P=3
〉(2025年3月19日参照)、Unitree〈https://www.unitree.com/g1
〉(2025年3月19日参照)、PRTIMES「PUDU、初の完全ヒューマノイドロボット「PUDU D9」を発表(2024年12月20日)」〈https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000051.000087027.html
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