平成21年版 情報通信白書

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第1部 特集 日本復活になぜ情報通信が必要なのか

第1章 情報通信と成長を結ぶ経路

(3)生産要素の投入増による経路(「経済力」の第一の経路)の実証

 「経済力」の経路は、生産要素を通じた第一の経路も、生産性を通じた第二の経路も、いずれも経済成長の要因分解という同じ分析手法で実証的に検証することが可能である4。まず、前者の生産要素について、資本と労働に分けた上で、実証分析を整理しよう。

ア 資本

●情報化投資による情報資本の蓄積が成長に寄与するが、日本はその効果を活かし切れていない
 2つの生産要素のうち、まず資本に注目しよう。図表1-2-2-1は、経済成長の要因分解についての国際比較(日欧米比較)を示したものである。なお、資本は、情報資本と非情報資本に、労働は労働時間と労働の質にそれぞれ分けた上で要因分解を行っている。日本の経済成長率はいわゆる「失われた10年」を経て大きく低下し、欧米地域との差が開いている。その中で、第一の経路である生産要素のうちの情報資本に注目すると、いずれも情報資本によるGDP成長率への寄与はプラスになっている。しかし、1980〜95年と1995〜2005年の二期間でみると、情報資本の成長への寄与は、欧米では上昇(欧州では0.38から0.57、米国では0.52から0.77へ)しているのに対し、日本では横ばい(0.46)となっている。つまり、情報資本の投入増という形での情報通信から成長への経路は、日米欧の先進国経済では確かに存在しているものの、日本では1995年以降にインターネットの普及が始まって「IT革命」のブームが沸き起こったにもかかわらず、その経路が十分に活かしきれなかったと理解することが出来る。
 
図表1-2-2-1 経済成長の要因分解(日欧米比較)
図表1-2-2-1 経済成長の要因分解(日欧米比較)
EU“KLEMS Database”により作成
http://www.euklems.net/
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 一方、非情報資本による成長率への寄与は、日本は欧米と異なり1980〜95年では高かったが、1995〜2005年には大きく落ち込んでいるのが、特徴的である。

イ 労働

●少子高齢化の日本に必要な労働力人口の下支えに、テレワーク等の情報通信活用が有効
 一方、図表1-2-2-1における労働に注目すると、米欧では労働投入は概ねプラスに寄与しているが、日本では労働投入量の寄与が1995年以降にマイナスに転じている。世界最速といわれる少子高齢化が進展する中で、労働力の中心となる生産年齢人口は低下傾向にあり、日本の労働力をどう確保していくかは大きな課題である。これに関し、高齢者の労働力率は諸外国と比較して高い5ものの、女性や若年層の労働力に課題がある6ことが指摘されている。例えば、日本の女性の労働力については、結婚・出産で一度退職し、子育てが一段落すると再び労働市場に参入するという特徴を示す「M字カーブ」が有名だが、近年そのM字の谷が緩和しつつある(図表1-2-2-2)。しかし、これは晩婚化による未婚有業者が増えていることが主因とされ、結婚・出産した女性が継続就業または再就業できる環境が整ったとはいえない状況にある。また、日本では、主要先進国の中では、高学歴の女性の労働力率が低いという特徴もある(図表1-2-2-3)。
 
図表1-2-2-2 年齢階級別にみた女性の労働力比率
図表1-2-2-2 年齢階級別にみた女性の労働力比率
左図:(出典)厚生労働省「平成20年版 働く女性の実情」
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/03/h0326-1.html
右図:(出典)内閣府「平成20年版 男女共同参画白書」

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図表1-2-2-3 女性の学歴別労働力率(国際比較)
図表1-2-2-3 女性の学歴別労働力率(国際比較)
(出典)厚生労働省「平成16年版働く女性の実情」
(OECD(2004)“Education at a Glance 2004”により作成)
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2005/03/h0328-7.html
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 このような状況の中、情報通信が労働力の下支えに寄与する可能性がある。図表1-2-2-4は、国連開発計画(UNDP)が作成するジェンダー・エンパワーメント指数(GEM)とインターネット加入率の関係を示したものである。この指数は女性の社会進出度を示す指標で、北欧諸国で高くアフリカやアジアで低い傾向が見られる。インターネットの普及はこの指数と正の関係にあり、情報化の進んだ地域ほど女性の社会参加が高まる。インターネットや携帯電話等の進展により、女性が働きやすい環境が整備されることが要因ではないかと考えられる。また、図表1-2-2-5は世界経済フォーラム作成のICT国際競争力とテレワーカー比率の相関をみたものだが、両者の相関は高く、情報通信の利用が勤務形態の柔軟化に貢献しているものと考えられる。
 
図表1-2-2-4 情報化と女性のエンパワーメント
図表1-2-2-4 情報化と女性のエンパワーメント
以下の統計資料により作成
ジェンダーエンパワーメント指数:UNDP(2008)
“HUMAN DEVELPEMENT REPORT 2007/2008”
http://hdr.undp.org/en/reports/global/hdr2007-2008/
百人当たりインターネット加入率:ITU“ICT Statistics Database”
http://www.itu.int/ITU-D/ICTEYE/Indicators/Indicators.aspx#
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図表1-2-2-5 情報化とテレワーク
図表1-2-2-5 情報化とテレワーク
以下の統計資料により作成
日本のテレワーカー比率:国土交通省「平成17年度テレワーク実態調査」
米国のテレワーカー比率:米国テレワーク協会「2005年調査」
その他諸国のテレワーカー比率:欧州委員会SIBISプロジェクト「2003年調査」
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ウ 資本と労働の代替・補完関係
●情報資本と高技能労働は補完関係、情報資本と低技能労働は代替関係となる傾向
 次に、資本と労働の関係について見てみよう。情報通信技術の導入は効率化を高め、雇用を減らす(代替関係)という考え方もあるが、一方で情報通信技術を使う業務への需要を高めて雇用を増やす(補完関係)という考え方もある。そこで、日本の産業別データを使用して、情報資本と高技能労働・低技能労働の代替・補完関係を検証した結果が図表1-2-2-6である。
 
図表1-2-2-6 情報資本と労働の代替・補完関係
図表1-2-2-6 情報資本と労働の代替・補完関係
総務省の推計による

 製造業、サービス業ともに、情報資本と高技能労働は補完的、情報資本と低技能労働は代替的な関係が得られた。つまり、ソフトウェアによってプログラム化できるような定型的業務や、ウェブサイト・電子端末等で自動化できる受付業務等は、情報通信システムによって代替が可能である一方、高度の専門知識を必要とするシステム構築や、膨大な情報の中から取捨選択して付加価値を生むような企画立案等は、情報通信システムを使いこなす業務であるためむしろ情報資本と補完的な関係となる。
 以上のような関係は、産業別に細かくみていくと、必ずしもすべての産業に該当するとは限らない7が、全般的な傾向としては概ね当てはまると考えられる8。経済成長との関係では、情報資本の蓄積が低技能労働を代替しつつ高技能労働を補完することにより、一人当たりの情報資本(情報資本装備率)が上昇して情報資本の深化が進み、情報資本の生産力が高まるとともに、生産性が上昇する結果、成長に寄与することとなる。
 なお、情報資本の蓄積が進んだ結果、全体としての雇用の増減にどう影響するかは議論のあるところである。理論的には、情報資本の補完的な効果と代替的な効果の優劣に依存するが、国の発展段階や産業構造等の状況によっても異なると考えられる。ただし、ここでは、情報通信技術のイノベーションによって新規事業や新規市場が創出され、新たな雇用が生まれるような効果は織り込んでいない。情報通信市場では、新たな市場が次々に生まれて産業のすそ野が拡大しており、これらの効果も織り込めば、情報資本の蓄積は雇用にプラスの影響を与えると評価して良いと考えられる9


4 以下の分析ではEU“KLEMS Database”による各国のデータを使用した。これらのデータを用いた先行研究例として、Timmer, O'Mahony and van Ark(2007)やFukao and Miyagawa(2007)等が挙げられる
5 内閣府「平成15年 年次経済財政報告書」を参照
6 厚生労働省「労働経済白書」「働く女性の実情」を参照
7 産業別の詳細については、西村・峰滝(2004)を参照
8 OECD(2003)“ICT and Economic Growth”でも、OECD諸国において、ICT投資比率と高技能労働比率の相関が高いこと(相関係数0.68)を示している
9 厚生労働省(2001)「平成13年版労働経済白書」、厚生労働省(2003)「雇用創出企画会議第一次報告書」、通商産業省・アンダーセンコンサルティング(1999)「IT革命がもたらす雇用構造の変化」等を参照。なお、深尾(2009)は、1970〜2000年の日本において、労働投入の増加とTFPの上昇は基本的に負の相関関係にあるが、半導体や電子計算機などの産業では労働投入の増加とTFP上昇が両立していること、1995年以降の米国では情報・通信、小売、運輸、金融仲介などITを多用する多くの非製造業でも、労働投入の増加とTFP上昇が両立していること等を指摘している

 第2節 情報通信と成長を結ぶ「経路」

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