平成21年版 情報通信白書

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第1部 特集 日本復活になぜ情報通信が必要なのか

第1章 情報通信と成長を結ぶ経路

(2)「社会力」の経路の実証

●地域の紐帯、ガバナンスなどの社会関係資本の蓄積は経済成長に寄与
 社会関係資本のうち、地域経済の紐帯と経済成長との関係については、Putnam(1993)がソーシャルキャピタルの概念を提示して以来、さまざまな実証研究が取り組まれている22
 実証研究の歴史は比較的浅いが、「世界価値観調査23」による「人は信用できるか」という質問項目に対する各国の回答等を代理変数として、多くの研究で経済成長との相関関係が報告されている。例えば、図表1-2-4-1(左側)は、「世界価値観調査」における「信頼度」を代理変数とした社会関係資本と経済成長の関係の例を示す。成長に影響を与える社会関係資本以外の様々な要素をコントロールした後の一人当たりGDP成長率と、信頼度との間には正の相関が存在する。
 一方、ガバナンスと経済成長との関係についても多くの研究が取り組まれており24、その結果、世界銀行が“Governance Matters25”というサイトを運営して世界各国のガバナンスに関する指標を毎年作成して公表するなど、学術的な情報共有態勢が整っている。例えば、図表1-2-4-1(右側)は、世界銀行作成の6つの指標を単純平均した「(総合)ガバナンス度」と一人当たりGDP成長率との関係を示すが、両者には正の相関が存在する。
 
図表1-2-4-1 社会関係資本と経済成長との関係
図表1-2-4-1 社会関係資本と経済成長との関係
総務省の推計による
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●情報通信は社会関係資本の蓄積に寄与
 それでは、情報通信と社会関係資本との間にはどのような関係があるのだろうか。まず、地域社会の紐帯については、Putnam(1993)は市民が直接顔を合わせることが重要であり、顔を合わせないオンライン上のネットワークは顔を合わせるコミュニケーションに基づいたネットワークを補完するもので、それ自体は紐帯において重要でないとし、米国社会でこのような紐帯が減退する大きな要因にテレビの影響を指摘した26。一方、市民活動等では、ネット上での情報共有を目的としたコミュニティ活動やオンライン上の寄付などのニーズが高まっており、場所や時間の制約がなく、人数に関係なく人とのつながりが確立・維持できるインターネットの役割は、地域社会の紐帯に重要な面も否定できないだろう。インターネットの使用とボランティア団体や政治への参加には正の関係があるとの研究もあり、情報通信が地域社会の紐帯に対してプラスとマイナスのどちらの効果をもたらすのか、予見することは容易ではない。
 一方、ガバナンスに対しては、情報通信利用が有効な役割を果たすと考えられる。インターネットの普及により、情報流通が飛躍的に高まり、情報公開や説明責任が明確に意識されて政治・行政・企業の透明性が向上したことは直感的に理解できるだろう。また、一個人でもインターネットを通じて情報の受発信が容易となり、組織や制度のガバナンスの向上に対して大きな潜在力を得たことは間違いない。最近では、アルファブロガーと呼ばれるブログの運営者が、マスメディアとともに言論に大きな影響力を持つようになっている例もある。ただし、いわゆるネット世論が過敏に反応し、韓国や中国などでも見られたように現実世界での過激な行動に結びつくといった危険をはらんでいることも念頭に置いておく必要がある。
 以上のような情報通信と社会関係資本の関係を、データで見てみよう。社会関係資本の量を計測することには困難が伴うが、国際機関が作成・公表している指数が活用できる。まず、地域社会の紐帯に注目し、代理変数として前出の「世界価値観調査」における「信頼度」を使用する。図表1-2-4-2は、信頼度とインターネット加入率との関係の例を示すが、正の相関が存在する。
 
図表1-2-4-2 情報通信と社会関係資本との関係
図表1-2-4-2 情報通信と社会関係資本との関係
以下の統計資料により作成
World Values Survey“Survey Data Files”
http://www.worldvaluessurvey.org/
World Bank(2008)“Governance Matters 2008”

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 一方、ガバナンスに注目し、代理変数として、前述の「ガバナンス度」を使用した場合、同様にインターネットの加入率との間に正の相関が得られた。情報通信の変数として、代わりに世界経済フォーラム作成のICT競争力指数を使っても同様の結果が得られる。したがって、情報通信の普及は、地域社会の紐帯やガバナンスといった社会関係資本の水準と密接な関係があることが示唆される。
 情報通信から社会関係資本へ向けた因果関係の存在については、さらなる実証研究や事例研究に委ねる必要があるが、直感的には、情報通信の利用が地域社会の紐帯やガバナンスの向上に有効に寄与する可能性がある一方で、それを阻害する潜在力も存在していることは否定できないであろう。インターネットや携帯電話への過度な依存による孤立が地域や家族の紐帯を弱める事例や、インターネット上の過激な言動がガバナンスを弱める方向に働く事例は、各国でも実際に観察されるものである。重要なことは、情報通信の利用が、プラスの効果もマイナスの効果も包含していると認識した上で、プラスの効果が大きく上回るような利用方法の知見や事例を蓄積し、社会的に普及啓発していくことである。世界銀行でも、「社会関係資本(Social Capital)」というプログラムの中に、「社会関係資本とIT(Social Capital and Information Technology)」というメニューを設け、途上国等へ向けて、ネットを通じた新たな協力関係の構築など、社会関係資本の蓄積を進めるためのICT活用支援を行っている。また、同じ世界銀行が、前述の「Governance Matters」というサイトを運営し、世界各国のガバナンス指標の整備や支援メニューを設け、ICT活用によるガバナンスの向上に積極的に取り組んでいる。

●「社会力の経路」は、安心・安全を求める社会風土の中でより重要に
 このように、情報通信の利用が社会関係資本の蓄積を通じて成長へ寄与するという「社会力の経路」は、プラス面を最大化しマイナス面を最小化するための努力が不可欠ではあるものの、「経済力」や「知力」の経路とともに、重要な役割を果たすと考えられる。日本人は、諸外国と比較して、安全であっても不安に感じやすい傾向がみられ(第2章第2節を参照)、安心・安全を求める社会風土が強い中では、この経路は特に重要性を増していくと考えられる。政策的にも、情報通信を経済成長に確実に結びつけるには、この経路の存在を十分意識して、地域社会の紐帯を高めるための地域情報化プログラムや、組織や制度のガバナンスを高めるための情報公開の促進など、社会関係資本の蓄積を加速化するような施策を重視すべきである。


22 Knack and Keefer(1997)をはじめとして、国や地域のデータを用いた多数の先行研究が存在する
23 World Values Survey Associationが、世界各国の価値観に関する調査(World Values Survey)を実施し、「人は信用できるか」等の項目の調査結果を公表している
24 IMF(2003)“World Economic Outlook-Growth and Institutions”をはじめとして、国や地域のデータを用いた多数の先行研究が存在する
25 世界銀行が、世界各国のガバナンスに関する6つの指標([1]言論の自由と説明責任、[2]政治の安定・非暴力、[3]政府の効率、[4]規制の質、[5]法の支配、[6]汚職の監視)を毎年作成して公表している。詳細は、World Bank(2008)“Governance Matters 2008”を参照
26 Fukuyama(1999)も、人間的なつきあいを抜きにして、電子ネットワーク上だけでは紐帯を築けないとしている。内閣府(2002)を参照

 第2節 情報通信と成長を結ぶ「経路」

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