総務省トップ > 政策 > 白書 > 24年版 > トピック スマートフォンの二面性―水平分離か垂直統合か
第1部 特集 ICTが導く震災復興・日本再生の道筋
第2節 「スマートフォン・エコノミー」〜スマートフォン等の普及がもたらすICT産業構造・利用者行動の変化〜

トピック スマートフォンの二面性−水平分離か垂直統合か35


 スマートフォン、特にiPhoneの市場席捲は我が国のモバイル産業に大きな衝撃を与えた。しかし、それがビジネスモデル、ひいては水平分離対垂直統合の産業構造にあたえる示唆については議論がまだ整理されてない。それはiPhoneには2つの「顔」があるからである。
 我が国の従来型の携帯電話と比較すれば、iPhoneは通信網とアプリが分離された点で水平分離された製品である。この見解をとると、垂直統合されていた我が国の携帯電話産業こそが問題であり、それを水平分離してオープンな世界に変えたのが、iPhoneの成果であり、また成功の理由ということになる。日本のモバイル産業を「ガラパゴス」と批判する人は、この見解を取ることが多い。
 しかし、iPhoneはパソコンあるいは欧米の従来の携帯電話産業と比較すると、OSと端末とそしてアプリまでが一企業の制御下にある点で、垂直統合された製品である。Appleの成功は垂直統合にこそあるというのはApple自身によって言及されており、この見解をとると、現在日本で生じているのは、キャリアによる垂直統合がメーカーによる垂直統合に置き換わっただけであり、垂直統合自体が失敗の理由ではないことになる。
 つまり、iPhoneをめぐっては、垂直統合こそが(日本の)失敗の理由であるという言い分と、垂直統合こそが(Appleの)成功の理由であるという言い分が併存している。これをどう理解したらよいのだろうか。
 右の図表1の横軸は水平分離と垂直統合の程度をあらわしている。左に行くほど水平分離型でその「代表選手」がパソコンである。WAP36を採用し、キャリアと端末が水平分離された欧米の携帯電話産業はパソコンほどではないが左よりに位置する。一方、右に行くほど垂直統合型でその代表選手が、ほとんどすべてを統合化していた日本の従来型携帯電話である。

図表1 パソコン・iPhone・携帯の構造比較
図表1 パソコン・iPhone・携帯の構造比較の図
(出典)総務省「スマートフォン及びタブレットPCの利用に関する実態及び意向に関する調査研究」(平成24年)

 iPhoneはいわばこの軸の中間点、パソコンと日本の従来型携帯電話の中間に登場し、巨大な成果をあげたことになる。現在、ユーザーは右の日本の携帯電話からも、左のパソコン・欧米の携帯電話からも中間領域のスマートフォンに移ってきているとみられる。軸の真中にユーザーが集まってきているとき、全体として軸の右に向かっているか左に向かっているかは判定しにくい。市場が垂直統合に向かっているか水平分離に向かっているかについての言い分が分かれるのは、このためと思われる。 振り返ると、これまではICT産業は水平分離が競争優位であるという見解が支配的であった。垂直統合的ビジネスは“walled garden”(箱庭的)と呼ばれ、批判の対象になっても評価の対象ではなかった。
 しかし、スマートフォンの登場はこの見解に再検討を促している面がある。例えば米国の経営戦略分野の議論37では、スマートフォンの隆盛を背景に、Walled Gardenモデルにも利点があることを述べ、囲い込まれた複数の箱庭が相争うのがこれからのモバイル市場の競争の在り方ではないかとの指摘もある。水平分離ではオープンゆえの自由さ、活発な参入による競争などの利点があるが、垂直統合にも投資回収の容易さ、動作の安定性・セキュリティなどの利点がある。従来は水平分離の利点しか話題にならなかったが、現在の状況はその再考を促しているというのがその論旨である。
 では、モバイル市場は水平分離と垂直統合型のどちらに向かうか。別の言い方をすれば、図表1の軸上でどこがユーザーを引き付けるのか。ひとつの試金石になるのが、iPhone以外のスマートフォン、とりわけAndroid・スマートフォンの動向である。
 Android端末ではiPhone以上に水平分離してパソコン型モデルにすることができる。最新のOSを「素」のまま、最高速のCPUに乗せ、アプリの制限もつけず使い方はユーザーにゆだねるというやり方がそれである。しかし、通信事業者やメーカーがカスタマイズし、独自仕様をつけて垂直統合的にすることもできる。日本でいえばいわゆる「ガラケー」的機能を盛り込み、キャリアによる保証やサービスをつけたスマートフォンで、このような形態のスマートフォンは「ガラスマ」とも呼ばれている。 ユーザーがパソコン型スマートフォンを好むのか、統合型スマートフォン(ガラスマ)を好むのかが将来を占う試金石となる。これは図表1でいえばiPhoneの左側と右側のどちらにユーザーの需要があるかという問題と言い換えられる。iPhoneより水平分離したスマートフォンとiPhoneより統合度を高めたスマートフォンのどちらがユーザーに支持されるのか。
 この点について次の調査を行った38。パソコン型スマートフォンと統合型スマートフォン(ガラスマ)の利点をユーザーに示し、それぞれにユーザーがどれくらいの価値を見出すかをウェブアンケートにより尋ねたものである。図2がその結果で、横軸はスマートフォンで利点とされるものを並べている。横軸の項目のうち、最初の4項目はパソコン型スマートフォンの利点で、「アプリがどの店(サイト)からでも(買えること)」、「アプリの数が多いこと(iPhoneの半分とiPhoneの2倍の場合を比較)」、「通信キャリア変更可能」を挙げた。後の5項目は統合型スマートフォンの利点であり、「動作保証・トラブルは業者が解決」、「スパム・なりすましは業者が対処」、「クリックのみでの支払」、「お財布ケータイ、クレジット機能」、「詳細なマニュアル」を挙げている。縦軸はそれぞれの機能にユーザーが払ってもよいと考える金額すなわち支払意志額である(支払い意志額はコンジョイント分析による推定である。)。なお、本件調査は日米で同内容の調査を行い、並べて結果を表示している。

図表2 支払意志額、日本と米国(単位:円)
図表2 支払意志額、日本と米国(単位:円)のグラフ
(出典)総務省「スマートフォン及びタブレットPCの利用に関する実態及び意向に関する調査研究」(平成24年)

 これをみると統合型スマートフォンの利点への支払意志額が全体的に高い。ユーザーは、業者によるアプリの動作保証、セキュリティ対策にはそれぞれ1万円近く払ってもよいと考えている。これに対し、アプリがiPhoneの2倍あること、通信事業者の選択が自由であることに払ってもよい金額はそれぞれ4〜5千円程度にとどまる。一般ユーザーは動作保証やセキュリティ対策をなにより求めている一方、アプリの数はすでに十分あり、通信設備の料金・性能は平準化してあまり気にならなくなっていると解釈できる。
 実際には、iPhoneでも既にアプリ動作保証やセキュリティ対策は十分な可能性もあるので、この図2だけから「ガラスマ」に需要があるかどうかはまだわからない。しかし、少なくともスマートフォンがパソコン的な水平分離の方向に向かっているとも断言できない。垂直統合型であるwalled gardenの再評価という論調は、このようなユーザー側の需要の変化を背景に生じていると考えられる。
 なお、この調査結果で興味深いのは日米のユーザーにあまり差がないことである。キャリアやメーカーに頼るのは日本人の特性で、米国のユーザーは自己責任を重視するのではないかという印象があるかもしれないが、本調査結果からはそのような差は見いだせなかった。日本の利用者は米国と違いはなく、これを踏み込んで解釈すれば、日本市場において利用者に支持されるスマートフォンであれば、世界市場でも支持される可能性は十分にあるとみることができる。
 スマートフォンの登場で新たな競争が始まったばかりのモバイル市場で、今後の水平分離・垂直統合どちらの方向に向かうのか、現状で断定的な判断を下すのは難しく、今後数年の推移を見守る必要があるが、垂直統合型モデルは自動車産業をはじめ様々な製品・サービスで日本企業が成功してきた形態であり、それを選択することもありうる戦略とはいえよう。


35 本トピックは、慶應義塾大学田中辰雄准教授の協力を得て執筆した。
36 Wireless Application Protocolの略で、携帯端末用の通信プロトコル。Ericsson社、Motorola社、Nokia社、Unwired Planet社(現Openwave Systems社)によって設立されたWAP Forumによって策定された。無線区間ではデータを圧縮して転送するなど、少ないリソースや遅い転送速度でも効率よく通信が行えるように工夫されている。
37 Walled Garden Rivalry: The Creation of Mobile Network Ecosystems Thomas Hazlett, David Teece, Leonard Waverman (2011)
38 調査概要は付注8参照。
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