平成4年版 通信白書

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第3章 ゆとりと活力のある情報社会の形成と電波利用

第1節 現代社会と電波利用

 1 電波利用の枠組み

  (1)電波利用の歩み

 電波(注)が人間社会に登場したのは19世紀の後半であり、電波利用の歴史は100年あまりにしか過ぎない(第3-1-1表参照)。
 電波利用の歩みにおける重要な出来事としては、海上における人命の安全確保の手段として発展した無線電信の開始、新聞と並ぶ生活に密着したマスメディアとして定着したラジオ放送の開始、映像を家庭にもたらし娯楽の大きな部分を占めるに至ったテレビジョン放送の開始、宇宙空間の利用により国際通信の拡大をもたらした衛星通信の開始が挙げられる。
 ア 無線電信の開始
 電波の存在が理論的に提唱されたのは1864年のことであり、英国のマックスウェルによってであった。さらに、1888年にドイツのヘルツは電磁波の存在を初めて実証した。これを受けて電磁波を通信に利用する研究が進み、1895年にはイタリアのマルコーニが電波でモールス信号を送る実験に成功した。これが無線電信の始まりである。我が国における無線電信の研究については、マルマーニの無線電信の実験に遅れることわずか1年の1896年(明治29年)に逓信省電気試験所に無線電信研究部が設置され、1897年(明治30年)には東京湾内で1カイリの無線電信実験に成功した。
 無線の利用は船舶の安全を確保することを主眼に実用化が進められ、我が国においては、1908年(明治41年)に銚子をはじめ国内の数ヶ所に無線電信局が設置され、本格的に無線電信業務が始まった。また、1912年のタイタニック号の遭難事件を契機として海上安全通信の面での国際協力も進み、1914年にはロンドン(英国)(ごおいて「海上における人命の安全に関する国際会議」が開催されている。
 一方、1912年(明治45年)には我が国で初めて無線電話が製作され、1916年(大正5年)には一般公衆通信の取扱いが開始された。その後、有線・無線の電話接続、電話加入者と無線電話との通話が開始され、さらに1934年(昭和9年)には短波を使用した我が国初の国際電話(対マニラ(フィリピン))が開設されるに至った。
 戦前においては、電波の利用は、海上の人命安全のための通信、国際通信、軍事利用のための通信などの分野に限定されていた。
 また、1930年代にはレーダが開発され、第二次世界大戦中に発展を遂げ、航空機及び船舶の安全運航に欠かせなくなっているほか、気象観測などにも活用されている。
 イ ラジオ放送の開始
 世界初のラジオ放送は、1920年にピッツバーグ(米国)で開始された。ラジオは受信機さえあれば誰でも放送を聴くことができる画期的な情報メディアとして登場し、手軽に、かつ新聞等の活字メディアよりも速く、情報を入手することが可能になった。我が国においては、1925年(大正14年)に東京放送局が、次いで大阪放送局、名古屋放送局がラジオ放送を開始した。翌年には、全国規模の放送を目指すために3つの放送局を統合して(社)日本放送協会(注)が発足し、以後の放送事業の中心的な存在となっていった。ラジオの普及によって電波は、無線通信、無線電話のような単なる情報伝達手段としての通信方法という枠を越え、より生活に密着したメディアとしての地位を獲得した。
 ウ テレビジョン放送の開始
 1948年には米国、英国、フランス及び旧ソ連においてテレビジョン放送が開始されたが、我が国においては、1953年(昭和28年)にNHKにより開始され、以後民間放送局も次々に開局した。テレビジョンの出現は大きな反響を呼び、当時は目新しさも手伝って、街頭テレビの前には黒山の人だかりといった光景が至る所で見られた。
 昭和30年代に入るとテレビジョン放送はNHK、民放ともに国内全域で受信可能となり、テレビジョン受信機の大量生産と低価格化によりNHKの受信契約数も飛躍的に増大し、昭和39年度末の契約数は1,713万となり、昭和30年代初頭の百倍以上に増加した。さらに、テレビジョンの技術開発は、映像のカラー化へと進み、我が国ではNHKと民放が1960年(昭和35年)、カラー放送を開始した。テレビジョン放送は、それまで映画館でしか見ることができながった映像を家庭にもたらし、娯楽の大きな部分を占めるに至っている。
 エ 衛星通信の開始科学技術の進歩に伴い、1960年代には人工衛星による宇宙空間における電波の利用が始まった。1962年には米国の人工衛星テルスターが大西洋を挟んで欧米大陸間をテレビジョンで結ぶことに成功し、我が国でも1963年(昭和38年)に米国の打ち上げたリレー1号により日米間衛星生中継が開始された。その第一報はケネディ大統領の暗殺事件であり、その映像は我が国にも大きな衝撃を与えた。さらに、1964年(昭和39年)の東京オリンピックの模様を世界に同時中継するために米国との間で衛星通信回線の整備が進められた。
 また、同じ1964年には世界の衛星通信網の整備と統一を目指して「国際電気通信衛星機構」(インテルサット)が発足し、1965年には初の商業用衛星アーリーバード(インテルサット1号)が打ち上げられた。これにより日米間に国際商業衛星通信が開始され、国際通信の拡充が図られた。その後、船舶と陸上、または船舶相互間の通信を行うための海事衛星も打ち上げられ、「国際海事衛星機構」(インマルサット)が1979年に発足し、多くの船舶がこの衛星を利用し、船舶通信を行っている。
 我が国における人工衛星の開発については、1970年代前半がら通信衛星、放送衛星の予備設計などの具体的な開発が進められ、初の通信衛星(CS)が1977年(昭和52年)に、初の放送衛星(BS)がその翌年に打ち上げられ、我が国においても人工衛星による電波利用が始まった。
 オ 現代社会における電波利用
 電波は周波数によって区分されており、それぞれの周波数帯における電波の伝わり方の特性に応じた利用形態が開発され、様々な用途に用いられている(第3-1-2表参照)。
 また、電波を利用した無線系のシステムは、有線系のシステムに比べて耐災害性、機動性、柔軟性・即時性、経済性等の特質があり、これらを生かして、多≦の分野で利用されている(第3-1-3表参照)。
 現代社会において、通信・放送のネットワークは世界を巡り、宇宙空間にまで汲び、更に広がり多様化しようとしており、電波は電気通信事業・放送事業、公共分野、産業分野、家庭生活、地域社会、地球観測、研究開発分野などの各分野で利用され、経済活動や国民生活に重要な役割を果たしている。電波の利用の増大に伴い、無線局数も飛躍的に増大しておリ、明治41年度末には15局であった無線局が、平成3年12月末には732万局に増大している(第3-1-4図参照)。

第3-1-1表 電波利用における主な出来事

第3-1-2表 電波の周波数,波長,名称,特徴及び主な用途

第3-1-3表 無線系システムの主な特質と主な利用分野

第3-1-4図 総無線局数の推移

 

 

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