コラムCOLUMN 1
災害時における偽・誤情報への対応
[1] 令和6年能登半島地震におけるインターネット上の偽・誤情報の流通・拡散の状況
(1) 能登半島地震における偽・誤情報について
能登半島地震において、SNSは情報収集手段や安否確認手段として寄与していた一方で、SNS上では、迅速な救命・救助活動や円滑な復旧・復興活動を妨げる1ような偽・誤情報が流通したと指摘されている。
X(Twitter Japan社)によれば、X(旧Twitter)における能登半島地震に関する偽・誤情報を含む投稿の主なものとして、今回の地震が「人工地震」であるとの言葉を含む投稿が約10万件、「窃盗団」(が現地に出没)に関する投稿が約200件、「支援要請」(偽の寄付を募るもの)に関する投稿が約350件、「救助要請」に関する投稿が約21,000件あったとされる2。
また、日本ファクトチェックセンター(JFC)では、能登半島地震をめぐる大量の偽・誤情報の拡散を踏まえ、継続的に情報を検証し、事実確認を実施している。2024年1月27日には、災害発生時から復旧・復興など、それぞれの段階で何が話題になるかの傾向について、整理・公表した3。災害時に広がる偽情報5つの類型を分類するとともに、「『志賀原発から海上に油19800リットルが漏れ始めた』は誤り」「『仮想通貨で寄付を呼びかけるサイト』は誤り」といったファクトチェック記事を公開している。
情報通信研究機構(NICT)が開発・試験公開した災害状況要約システムD-SUMM(ディーサム)4でのX(旧Twitter)における投稿分析5によれば、今回の能登半島地震では、発災後24時間の間に投稿された救助を求める報告の数(総報告数16,739のうち1,091)が、2016年の熊本地震の際の報告数(総報告数19,095のうち573)と比較して倍増した。この1,091件のうち254件の投稿で矛盾報告が検出され、デマと推定できた6のは104件あった。システムが分析するのはXの日本語投稿の10%であるが、熊本地震の救助を求める報告数(573)の中で、偽情報とみられたものは1件であり、今回の能登半島地震において、SNS上で偽情報がより多く投稿されていたことが分かった7。
災害発生時には、災害情報や避難情報を確実に取得することが重要となる。正確な情報を入手する上では、政府・自治体のホームページ、取材と編集に裏打ちされた情報発信を行う放送などのほか、ファクトチェック団体による情報も情報源として有用である。
(2) 能登半島地震時の偽・誤情報の特徴
東京大学大学院情報学環の澁谷准教授は、能登半島地震時の偽・誤情報には次のような特徴があったことを指摘している。
(ア)X(旧Twitter)
善意による投稿もあるが、閲覧数稼ぎを目的としたと考えられる救助要請に関する複製投稿や金銭搾取を目的としたと考えられる虚偽の救助要請や振込依頼に関する投稿等が見られた。
また、複製投稿については、そのユーザーのうち9割が日本語使用者以外と推定されるユーザーによるものという点も特徴的であった。
(イ)X:コミュニティノート
コミュニティノート機能は、令和3年以降Xでより正確な情報を入手できるようにすることを目的に作られた機能であり、誤解を招く可能性のあるツイートに対し、ユーザーが協力して背景情報を提供することができることから、不確かな情報に対するファクトチェックの役割を担うことが期待されるものである。能登半島地震に関連して、多くのコミュニティノートが作成され、コミュニティノートの作成に初めて参加した人の数が能登半島地震のときに最大の数を記録した。
[2] 総務省における対応
SNSにおける偽・誤情報の流通・拡散を踏まえ、岸田文雄首相は、震災翌日1月2日の記者会見で、「被害状況などについての悪質な虚偽情報の流布は決して許されない。厳に慎んでほしい。」と呼びかけた。総務省では、同日、総務省のSNSアカウントにおいてネット上での偽・誤情報に対する注意喚起を行うとともに、主要なSNS等プラットフォーム事業者8に対し、総務省SNSアカウントによる注意喚起を情報共有し、各社において、利用規約等を踏まえた適正な対応を引き続き行うよう要請した。
総務省による注意喚起の発信は、X(旧Twitter)では180万件の表示等があり、他の投稿と比較しても大きな反応があった9。また、FacebookやInstagramでも多くのリアクションを得た(図表3)。
1月4日には、総理大臣会見で、主要なSNS等プラットフォーム事業者に対し、各社において、利用規約等を踏まえた適正な対応を引き続き行うよう要請した。1月5日、総務省から事業者への上記対応要請への対応状況を適時確認するため、①震災後の投稿削除・アカウント停止件数、②①の対象となった主な投稿内容、③ファクトチェックで偽情報とされた情報への対応有無・件数、④偽情報に関する外部からの削除要請への対応状況、⑤偽情報への対応体制の強化の有無・内容、⑥事業者間の連携状況(情報共有等)、⑦各省庁との連携状況について、プラットフォーム事業者に対して毎日の報告を求める連絡を実施している。
また、発災直後から、総務省から放送事業者に対して偽・誤情報に関する視聴者への注意喚起の実施を依頼するとともに、SNS等プラットフォーム事業者やメディアによる情報の受け手への注意喚起を呼びかけた。
さらに、震災から2週間後の1月15日にも、偽・誤情報に関する注意喚起に加えて、ネット上の真偽の不確かな投稿の例を紹介しながら、総務省のSNSアカウントにおいて、再び注意喚起を行った。
1月25日に取りまとめられた「被災者の生活と生業(なりわい)支援のためのパッケージ」(令和6年能登半島地震非常災害対策本部決定)を踏まえ、1月31日には政府広報室と連携し、被災4県10向けのウェブ広告を掲載して注意喚起を実施するとともに、2月9日には政府広報室と連携し、新聞広告を掲載して注意喚起を実施した。
[3] 事業者による対応
(1)プラットフォーム事業者
1月5日、利用規約に基づく対応について毎日の報告を求める連絡を踏まえ、LINEヤフーにおいては、モニタリングを強化し、明らかな偽情報などの違反投稿については削除等を実施するとともに、災害時におけるSNSのデマ・誤情報について注意喚起を実施していること、X(旧Twitter)においては、無関係なコンテンツをスパムとしてラベル付けするとともに、QRコードを活用した疑わしい支援要求についてはアカウント凍結していること、Metaにおいては、通報に対する投稿の削除対応等を実施するとともに、Facebook上の「災害支援ハブ11」による情報共有をしていること、Googleにおいては、YouTubeにて一定期間集中的にモニタリングする体制整備とともに、信頼できる情報を見つけやすくする施策を実施していることが報告された。
その上で、総務省では、「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」において、各事業者の取組状況を確認・分析し、デジタル空間における情報流通の健全性の確保に向けた今後の対応方針と具体的な方策の検討に活用するため、2024年2月から3月にかけて、プラットフォーム事業者へのヒアリングを実施した。ヒアリング結果のうち、令和6年能登半島地震関連の偽・誤情報の流通・拡散への対応状況に関して以下の点が挙げられた12。
・投稿の削除・非表示やアカウント停止等を実施した日本国内における全体の件数について、一部の事業者から回答あるものの、ほぼ全ての事業者において、投稿の削除等モデレーション等を行った日本国内における全体の件数が不透明。
・ファクトチェック機関により明確に誤りとされていることを根拠として削除を実施した件数について、一部の事業者から回答はあるものの、ほぼ全ての事業者は、投稿の削除等のモデレーション等におけるファクトチェック機関との連携や削除等を実施した件数が不透明。
・日本国内の災害時における情報流通の健全性、ひいては権利侵害・社会的混乱その他の実空間や個人の意思決定の自律性に与える影響・リスクの適切な把握と対応等について、投稿の削除等のモデレーション等の対応件数やステークホルダーとの連携・協力等という全体的な傾向に関する観点、そして、ファクトチェック機関や伝統メディアとの連携等という個別具体的な場面に関する観点の両面において、日本国内における事業者の取組状況及びその透明性・アカウンタビリティの確保が不十分。
今回の能登半島地震では、偽・誤情報の流通・拡散が迅速な救命・救助活動や円滑な復旧・復興活動を妨げる等深刻な問題となった。生成AIの技術発展が進む中で、今後もさらに精巧な偽動画像が簡単に生成され、偽・誤情報の流通・拡散が飛躍的に増加することが懸念される。SNS等のプラットフォーム事業者には、偽・誤情報等の流通・拡散の低減に向けた社会的責任が求められ、問題となる投稿の削除等のコンテンツモデレーションを実施するなど、情報流通の適正化などについて一定の責任を果たすことが期待される。
(2)放送事業者
今回の能登半島地震においては、前述のとおり偽・誤情報がSNS上で流通・拡散したことが課題となった。
このような偽・誤情報に対して、放送事業者においては、地震の原因が「人工地震」という主張について科学的根拠が全くない偽情報であることを伝える報道、うその救助要請について注意喚起をする報道、冷静な対応を呼びかける報道などを行った。放送事業者は、放送法に規定する「報道は事実をまげないですること」などの番組準則に則って、災害情報などをあまねく伝える責務を有しており、今回の能登半島地震においても被災者が正確な情報を入手する手段として重要な役割を果たした。
[4] 今後の災害時における偽・誤情報への対応に向けて
今後の災害時において期待される対応・対策として、「①事前からの注意喚起や啓発に加え、拡散や影響の最小化への対応・対策が必要」「②拡散されやすい情報の特徴・傾向を踏まえた対応」「③各ステークホルダーの役割に応じた対応・対策の推進と強化」が示唆されている14。
また、プラットフォーマーのような情報を伝送する側の対応だけでなく、情報を受け取る側の対応も重要であり、山口真一国際大学准教授らの調査結果によると、デマに接触した人々のうち77.5%が自分がだまされていることに気がつかず、特に50代から60代の層は若年層に比べ、その傾向が強いことが判明している15。情報の真偽を検証する活動であるファクトチェックの推進やデジタルリテラシーの向上などの取組も重要であり、「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」では、情報発信・情報受信・情報伝送という情報流通の過程に分けた基本理念の整理や、ステークホルダー(主体)ごとの役割のほか、デジタル空間における情報流通の健全性確保に向けた具体的な方策などについて、議論が進められている。
1 NHK「「不謹慎で迷惑」能登半島地震で相次いだ偽救助要請 実態は?」,2024年3月12日,<https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240312/k10014383261000.html>
2 X,「偽・誤情報に対するXの取り組みについて」(デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会(第15回)資料15-2-3),2024年3月28日,<https://www.soumu.go.jp/main_content/000938666.pdf>
3 日本ファクトチェックセンター「能登半島地震、発生直後から変化する偽情報【ファクトチェックまとめ】」,2024年1月27日,<https://www.factcheckcenter.jp/fact-check/disasters/earthquake-factcheck-list/>
4 AIを使ってX(旧Twitter)の投稿から自治体ごとの災害に関係する報告(「火災が起きている」など)を自動抽出し、整理・提示する要約システム。2016年より2023年度末まで試験公開していた。報告と矛盾する投稿がある場合、デマの可能性があるとして自動的に注意喚起を行う。分析するX(旧Twitter)の投稿は日本語投稿の10%。
5 情報通信研究機構(NICT)鳥澤健太郎フェロー「NICTにおける取り組み、検討のご紹介」デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会(2024年4月15日)発表資料,<https://www.soumu.go.jp/main_content/000942562.pdf>
6 NICTによれば、実在しない住所を載せる、デマ等に関する報道等で言及されている内容とつきあわせるなどのチェックを行い、デマか否かを推定しており、現場でデマか否かを判断しているわけではないため、推定が誤っている可能性もあることに注意が必要としている。
7 「デマ急増1件→104件…能登半島地震のSNSに「フェイクの波」、研究者の嘆き」,2024年02月27日,<https://newswitch.jp/p/40645>
8 LINEヤフー、X(旧Twitter)、Meta、Googleの4社
9 2024年1月19日時点。(デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会(第6回)資料6-4),2024年1月19日,<https://www.soumu.go.jp/main_content/000923727.pdf>
10 新潟県、富山県、石川県、福井県
11 安否報告、支援要請、災害に関する情報の入手・共有等を可能とするFacebookの機能
12 総務省デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会第22回資料22-1-1「プラットフォーム事業者ヒアリングの総括(案)」2024年6月10日,<https://www.soumu.go.jp/main_content/000951295.pdf>
13 デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会第24回会合資料24-2「令和6年能登半島地震における放送分野の状況」(令和6年3月5日),<https://www.soumu.go.jp/main_content/000931153.pdf>
14 デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会第17回資料17-1-2「災害時における真偽判別の難しい情報の伝搬傾向と期待される各ステークホルダーの対応・対策」2024年4月17日,<https://www.soumu.go.jp/main_content/000946374.pdf>
15 山口 真一「災害時のデマ情報拡散どう防ぐ 一呼吸おいて慎重に確認を 能登半島地震の事例から」2024年3月14日,<https://www.nippon.com/ja/in-depth/d00987/>