総務省トップ > 政策 > 白書 > 27年版 > ICT産業の構造変化の特徴
第1部 ICTの進化を振り返る
第3節 ICT産業の構造変化

(2)ICT産業の構造変化の特徴

前述したICT産業における構造変化について、特に影響を与えた要因や現象等を説明する。具体的には、技術革新の進展、コモディティ化、モジュール化、国際分業化の側面に着目する。

ア 技術革新の進展

ICT産業の発展や構造変化においては、様々な技術革新がインパクトを与えてきた。たとえば、産業の「米(こめ)」とも呼ばれてきた半導体産業を例にみると、しばしば「ムーアの法則」2をその技術指針として取り上げ、その法則に基づく技術革新と生産規模の拡大が進展してきたところである。同法則によれば半導体の微細化によりその性能は指数関数的に向上していくことになり、そのため機器の数値競争の根底には、半導体の集積度を高めることで機能や性能を引き上げ続けるという構図があった。このような構図において、半導体商品の価格は大幅に下落した。他方、収益性の低下に伴い、前述の法則に基づく技術開発投資や生産に係る費用の捻出といったサイクルが成り立たなくなり、産業構造の再構築が必要となった。代表的な商材であるDRAM(Dynamic Random Access Memory)市場は、主役が汎用コンピューターからパソコンへと転換し、欧米や韓国のメーカーがパソコン向けの安いDRAMを大量生産するようになり、後述するモジュール化の進行に合わせて、新興国との国際分業体制へと発展した。HDD(ハードディスクドライブ)やフラッシュメモリ、光ディスクなどに代表されるデータの記憶・保存に係る記憶装置等の製品においても同様の変化がみられる。2000年以降は、面積あたりの記憶機密度は年率30%〜50%の増加率で向上しており3、これに伴い記憶装置の単価の減少が続いている。市販のHDDのGBあたり単価に換算すると、1985年から30年間で約100万分の1まで下がっている(図表1-3-1-2)。

図表1-3-1-2 ストレージ単価の推移
(出典)総務省「グローバルICT産業の構造変化及び将来展望等に関する調査研究」(平成27年)

また、コンピューティング技術やその利用形態の変化も注目される。歴史的なコンピューターの利用形態の変遷をみると、1970年代から1980年代前半にかけては、メインフレーム(汎用機)による定型業務の集中処理型であった。1980年代後半から1990年代にかけては、特定の役割を集中的に担当するサーバーと利用者が操作するクライアントパソコンとの役割を分ける分散処理型が主流となり、効率化が図られた。その後、インターネット環境の高速化により、企業等が情報化投資の見直し等を行い高機能なサーバーシステムを持たずサーバー機能をアウトソーシングする、ネットワーク中心の集中処理型へとシフトした。具体的には、インターネットをベースとしたASP(Application Service Provider)型サービス、更にはSaaS(Software as a service)型サービスへと、現在のクラウドサービスの原型が発展してきた経緯がある。そして、2000年代後半から、世界中に分散したユーザーがサーバーを意識せずサービスを受ける、クラウドコンピューティングの処理形態(コンピュータリソースの集中型)へと発展してきている。

イ コモディティ化の進展

前述した技術革新による単価減少等を背景に、情報関連財における急激な低価格化、いわゆる「コモディティ化」の現象が指摘される。「コモディティ化」とは、ある商品の普及が一巡して汎用品化が進み、競合商品間の差別化(機能、品質、デザイン、ブランド等)が難しくなって、価格以外の競争要素がなくなることをいい、その結果として価格下落を招くことが多い。たとえば、特別な技術をもつ自社だけが生産できる製品を投入し、先行者利益をあげることが可能だが、やがて製造技術の普及やモジュール化、対抗する他社の製品の機能向上等により、機能や品質の面で大きな差のない廉価製品が市場に登場し、熾烈な価格競争が繰り広げられるようになるプロセスを指す4

ここでは、コモディティ化の現象を我が国の情報関連財の物価傾向から確認する。図表1-3-1-3は、情報通信に関連する財の物価指数の推移である。2010年時点を100として通信自由化時まで遡って推移をみると、情報通信機器は、電子部品・デバイスや電機機器と比べても物価が大幅に減少していることがわかる。情報通信機器についてさらに詳しくみると、図表1-3-1-4のとおり、テレビ(53%)、携帯電話機(60%)、パソコン(デスクトップ型)(62%)等のデジタル関連製品については価格低下が大きい5。前項でみたように、下位レイヤーにおいては、売上高の規模が拡大する一方で収益性が低下している傾向が見られた。

図表1-3-1-3 情報通信機器に係る物価指数の推移
(出典)日本銀行、企業物価指数(2010年基準、消費税を除く)
図表1-3-1-4 情報通信機器の主要分類・品目の物価指数の推移
(出典)日本銀行、企業物価指数(2010年基準、消費税を除く)
ウ モジュール化の進展

デジタル化は、製品等の製造過程に大きな影響を与えた。具体的には、製品に係る設計や構造等のアーキテクチャの「モジュール化」である。まず、ここで言うデジタル化とは、マイクロプロセッサ(マイコン)とこれを動かすファームウェア(ソフトウェア・プログラム)によって制御されるシステムに変わることを意味する。そして、モジュール化とは、こうした製品を構成する部品の相互のインターフェースが規格化され、その部品を組み立てるだけで完成品ができ、その際に細かな部品間の調整をする必要がない状態を言う。今では、パソコンについても市販部品を集めて組み立てれば個人が作れるようになっているが、これらは基本的に設計のモジュール化によるものといえる6

モジュール化された部品とその組み立てによる分業により、短期間で大規模な生産能力を構築することが可能になるとともに、高度な技術や技能を要しない組立工程に多数の企業が参入することになった。大量生産に伴う規模の経済性により生産コストが下がり、さらに企業参入による競争と相まって製品価格が低下し、普及拡大によってさらに生産台数が増え、価格が低下するという循環が起きた(図表1-3-1-5)。

図表1-3-1-5 モジュール化による需給構造の変化の過程
(出典)総務省「グローバルICT産業の構造変化及び将来展望等に関する調査研究」(平成27年)

加えて、前述した規格化においては、国際的な標準化が重要な要素となる。すなわち、組み立ての要素となる部品の規格が標準化されていれば、どこにおいても容易に入手でき、規模の経済を享受することができる。特に、国や地域をまたいだ、より大きな市場において共通仕様の部品を製造することは、コスト競争上有利となる。前述したIntelとMicrosoftによってデファクト標準となったパソコンや欧州域内の標準規格であった第二世代携帯電話は典型的な例であり、いずれも機構部分が少ない情報関連製品であり、製品アーキテクチャがモジュール化され、国際標準化が進んだ製品の代表例といえる。

エ 国際分業化の進展

モジュール化により、製造工程における技術的な障壁が低下したことから、人件費や操業コスト、特に製造業の場合は生産拠点の設置コストが低い新興国等の国・地域で行う方が有利となる。この点は、テレビ、パソコン、携帯電話などの情報関連機器においては、機構部分をあまり持たず機器の動作はソフトウェア的に動作させることから、製造コストの競争となりやすく、特に顕著に表れる。こうした背景から、情報関連機器においては、特に国際分業化が急速に進展した。たとえば、代表的製品であるパソコンについては、1970年代には、米IBMを中心とする数社の巨大コンピューター・メーカーがハードからソフトに至るまで、すべてを供給する寡占構造が出来上がっていたが、市場が急激に拡大した80年代以降、ソフト部門を含めた供給構造において、主要部品に特化したメーカーが登場し、市場のセグメンテーション化が進んだ。参入企業の増加により競争は激化し、各部品メーカーはシェア拡大のための戦略として、自社製品の規格をオープン化し、超小型演算処理装置(MPU)などの主要部品やオペレーティング・システム(OS)の標準化が進行した。主要部品の機能の向上並びに標準化は、パソコンの組み立てに要する生産技術を大幅に低下させた。これに伴い、開発・設計・デザイン等を米国で行い、それ以降の生産をアジアへ、具体的には1990年代半ばに米・日から台湾へ、2000年代に台湾から中国へと移してきた経緯がある。そして、生産の担い手としていわゆるEMS(電子機器受託製造サービス:Electronics Manufacturing Service)事業者が急成長した(図表1-3-1-6)。特に、米Appleなど多くの企業の生産を受託しているHon Hai Precision Industry(鴻海精密工業)をはじめ、台湾等に本社を置きながら、生産拠点を中国中心とする企業が台頭してきている。こうした背景から、図表1-3-1-7に示すとおり、中国で生産して輸出するICT財が急激に増加している。

図表1-3-1-6 主要EMS事業者の売上高及び営業利益率の推移
(出典)総務省「グローバルICT産業の構造変化及び将来展望等に関する調査研究」(平成27年)
「図表1-3-1-6 主要EMS事業者の売上高及び営業利益率の推移」のExcelはこちらEXCEL / CSVはこちら
図表1-3-1-7 ICT財の輸出額動向
(出典)OECD Communications Outlook 2013( ICT goods exports)

このような、国際分業、あるいはモジュール化された部品の水平分業化については、製品のライフサイクルとセットでみる必要がある。一般的に、市場の黎明期においては、技術・開発の競争が行われながらも、市場の行方が不明瞭であり、垂直統合型によるアプローチがとられやすいが、市場の成長期においては、多くの企業が参入し、価格競争や標準化競争が急速に進み、市場の行方が明瞭なものへと進展する。その結果、効率化アプローチがとられるようになり、その時の経済情勢や経営状況にも依存するが、設計と製造の分離などの国際分業化が進展し、海外生産等へとシフトする(図表1-3-1-8)。

図表1-3-1-8 製品のライフサイクルと垂直統合・水平分業の関係性
(出典)総務省「グローバルICT産業の構造変化及び将来展望等に関する調査研究」(平成27年)

日本の製造業分野においては、分業は行わず、垂直統合と自前主義を採用してきたと指摘される。また、たとえば家電製品でみると、海外へ生産をシフトさせながらも、次世代のヒット商品を投入する、すなわち新しい市場の黎明期が並走することで、その穴埋めしてきた経緯がある。たとえば、ブラウン管テレビの国内生産が減少する一方で、CDプレーヤー、ビデオ、DVD/ブルーレイディスクレコーダーや薄型テレビなどの新製品が次々に創出され、生産品目を高付加価値製品に転換しながら国内生産が維持されてきた7

しかしながら、従来の日本の産業の強みであった、設計能力と生産能力の垂直統合によってできる高品質製品と、グローバルで大規模な国際分業によって作り出される製品との競争により、コスト差が大きく開いたことで、主力製品、特に情報関連製品の競争力が著しく減退した。さらに、次の牽引役となりうる製品、あるいは技術開発の対象とすべき新しい領域が明確でないため、新しい製品のライフサイクルを生み出すことができないというジレンマを迎えている。



2 世界最大の半導体メーカーIntel社の創設者の一人であるゴードン・ムーア博士が1965年に経験則として提唱した「半導体の集積密度は18〜24か月で倍増する」という法則。

3 Moore’s Law(ムーアの法則)と対比させLess’s Lawとして、ストレージは12か月でコストが半減し、同時に容量が2倍になるという法則として言及されることがある。

4 ニコラス・カー氏が2003年に論文『IT Doesn’t Matter』でITのコモディティ化を論じ、大きな論争となった。

5 こうした傾向が生じるのは、デフレータの推計にあたり、技術革新の激しい財についてはヘドニック・アプローチという性能向上分を物価指数に反映させる手法が採用されているためであり、たとえば同じ価格のデジタル製品であっても、処理速度や記憶容量が上がっていれば、その分価格低下が起こったものと評価されている。その結果、デジタル財の生産を含む情報通信関連製造業やデジタル財のリースを含む情報通信関連サービス業のデフレータは、大きく低下することとなっている。

6 「モジュール型」と対を成す「すり合わせ型」では、組み立て時に各部品間の細かな調整や精度合わせを行いながら製造され、そのような家庭を経て初めて高品質な製品を生み出すものである。その価値が高いことから、製造工程にコストをかけても市場がそれを受け入れるという考え方に立脚して、日本が得意としてきたモデルでもある。

7 国際分業体制が構築されているため、海外生産に必要な電子部品の多くが日本から現地拠点へ供給されている。こうした背景から、当該部品の輸出が増加するとともに、国内生産拠点は完成品から電子部品・デバイスなどの中核部品へと生産に軸足を移すことで生産効率化が図られてきている。

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