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第2部 ICT が拓く未来社会
第3節 地域の課題とICT

フィクションで描かれたICT 社会の未来像

3. 仮想現実技術

1 「味ラジオ」〜ラジオから放送される仮想現実

日本においてもこれまで数多くのSF小説が生み出されてきた。その中にショートショートSFというジャンルがある。掌編とも言われ、短編小説の中でも特に短いものを指して言うが、星新一はそのジャンルを世に知らしめた代表的な作家である。

「味ラジオ」は星新一が1967年に、「妄想銀行」という短編集の中に収録して発表したショートショートSF作品である。「味ラジオ」に描かれた世界では、ラジオから“味”が放送されており、歯の内部に収まった受信機でその味を受信している。無味のガムやパンを口にすることでラジオから放送されているさまざまな味が口の中に広がる。人々は口の中に常に美味しい味が広がっていることが当たり前で過ごしており、放送が不調をきたした際に混乱が起こってしまう。

視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚といった五感の情報通信技術については10年以上前から取組が始まっている。ロボットを通して触感まで伝達できる“テレイグジスタンス(Telexistence)”という技術が開発されている。東京大学名誉教授の舘ワ教授が率いる開発チームは、圧覚、低周波振動覚、高周波振動覚、皮膚伸び覚、冷覚、温覚、痛覚という7種類の感覚を組み合わせることにより、すべての触感を再現する“触原色原理”というコンセプトを応用して、遠くのものを本当に触っているかのような感覚を得ることに成功した22。携帯電話やインターネットの登場で、情報は自由に行き来するようになったが、触感はその場に行かなければ感じることができない。それを変えるのが“テレイグジスタンス”である。

舘教授のチームは、布や紙に触れた際の細やかな感触を伝えられる遠隔操作ロボットシステム“TELESAR V(テレサファイブ)”を開発している。ヘルメット型、ベスト型、手袋型の各装置を身に着けた操縦者の身体の動きをそっくりそのまま模倣し、その動作によって得られた情報を感覚としてセンサーで操縦者に伝える。操縦者はロボットが物体に触れた際の“すべすべしている”、“ざらついている”、“熱い”、“冷たい”といった感覚を自分が触っているかのように感じることができる。ロボットの目はカメラになっており、見た3D映像を操縦者が装着した頭部搭載型ディスプレイ(HMD)に映し出すことで、あたかも操縦者がロボットと一体化したような感覚を得ることも可能である。また、マイクでロボットの周囲の音を拾うこと、スピーカーから操縦者の声をロボットの周辺にいる人に伝えることも可能だ(図1)。

図1 TELESAR V
(出典)東京大学 舘研究室/慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科Reality Media Project

こうした技術は、遠隔コミュニケーションの他、遠隔医療や遠隔介護、極限環境下での遠隔作業など様々な分野への展開が期待されている。さらに開発が進めば、世界の色々な場所にあるロボットとつながって、時間や距離の制約を超えた感覚を味わうことも可能になると考えられる。


2 「スタートレック」〜ホロデッキ

『宇宙、それは人類に残された最後の開拓地である。そこには人類の想像を絶する新しい文明、新しい生命が待ち受けているに違いない。これは人類初の試みとして5年間の調査飛行に飛び立った宇宙船USS・エンタープライズ号の驚異に満ちた物語である。』(「スタートレック」テレビシリーズ 1966年 より引用)

「スタートレック(原題:Star Trek)」は、この冒頭のナレーションとともに、1966年にテレビシリーズの放送を開始した。2000年代に入ってもテレビシリーズや映画の制作が続けられ、2013年にはシリーズ12作目の映画が公開されている人気シリーズである。日本でも1969年から「宇宙大作戦」のタイトルで最初のテレビシリーズの放送がスタートしている。

スタートレックシリーズで描かれるのは、おおむね22〜24世紀の未来である。超高速航行技術を開発した地球人は、作中の架空の異星人であるバルカン人などいくつかの種族と惑星連邦という組織を形成しており、様々な異星人と交流しながら、銀河系の未開拓領域の探索を進めている(図2)。

図2 「スタートレック」(テレビシリーズ 第1シリーズ)
素材提供:パラマウント・ジャパン
TM & (c) 2013 CBS Studios Inc. STAR TREK and related marks are trademarks of CBS Studios Inc.
CBS and related logos are trademarks of CBS Broadcasting Inc. All Rights Reserved.
TM, (r) & (c) by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
※2015年6月現在

スタートレックシリーズではホロデッキと呼ばれる架空の装置が登場している。ホロデッキ自体は数メートル四方の立方体の部屋のことで、ホログラム映像、遠景を表現するために使われる映像、ホログラム映像に実体を持たせるフォースビームなどが組み合わされて使われており、現実とほとんど変わらない仮想現実の世界を作りだす。

2010年にマイクロソフトがXbox360用の周辺機器として発売したキネクトは、プレーヤーのジェスチャーや音声認識によって直観的なゲームプレイを可能にした。筐体に光学カメラや赤外線センサーを複数内蔵しており、プレーヤーの動きを検知して、コントローラーを使うことなくゲームを操作できるキネクトの技術は、発売と同時にその可能性が各所から注目された。その後、マイクロソフトには様々な企業や団体からの活用の相談が寄せられ、2012年にはソフトウェア開発キットを公開、Kinect for Windowsを発売しており、現在は様々な企業、団体がキネクトのモーションセンサーを活用した新しいアプリケーションが開発しており、医療や障害者支援、介護といった分野から、衣料販売やエンタテインメントの分野まで、当初の想定を超えて創造的に活用されている。

アメリカのNorthrop Grumman社は、「Virtual Immersive Portable Environment(VIPE)Holodeck」23というシステムを開発している。VIPE Holodeckは、360度のバーチャル訓練システムである。360度の画面には兵士たちが戦場で直面する状況が映し出され、キネクトを組み込んだナビゲーション・センサーを使うことで、没入型の環境において、這う、歩く、走る、止まる、ジャンプする、横に動くといった動作に対応する。また、軍の訓練だけでなく、銃撃事件や人質事件に対する警察や災害時の救援隊の訓練にこの装置を活用する方向も探られている。

こうした技術には前項までに触れた技術が組み合わさることもあるだろう。前出したNICTの大井主任研究員によれば、ホロデッキのような装置に対しホログラフィの技術は親和性が高いという。他にも立体映像を出す技術はあるが、ホログラム以外の立体映像はディスプレイ面の周辺に映像を出しても、30センチ離れると映像がぼけてしまい、ディスプレイ面の1メートル奥に映像を出そうとすると光が分散してうまく像が結ばなくなってしまう。また、ホロデッキの中に登場するものは、「スタートレック」の設定上では、前出のフォースビームにより実体化されている。現実の物をそこに出現させることは難しいが、実体の感覚を得る技術としてテレイグジスタンスの活用は有効になるだろう。

「スタートレック」のホロデッキはまだ実現していないが、そこに向かった歩みは確実に進んでいる。


3 「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」〜光学迷彩の実現

「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」は1989年に発表された士郎正宗の原作マンガをもとに、押井守が監督して1995年に日本で公開された劇場用アニメ映画である。大友克洋監督の「AKIRA」と並んで日本のアニメが北米で評価を高めた最初の大人向けアニメで、後述する「ニューロマンサー」の影響が強く感じられる世界観をアニメという手法で提示した作品である。

「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」の冒頭では、主人公である草薙素子が光学迷彩服を身にまとい、怪しく微笑みながら夜景に溶け込んでいく印象的なシーンが描かれている。“光学迷彩(熱光学迷彩)”は、特殊な光学技術を応用して、使用者の姿を光学的及び熱領域レベルまで視覚的にカモフラージュする事が可能な技術と設定されており、最初に映画公開された「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」以後、攻殻機動隊シリーズに頻繁に登場する装備である(図3)。

図3 「攻殻機動隊」
(c)1995 士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の稲見昌彦教授は、人間が透明に見えるマントや、車体の後部が透明になって外部が見える“透明プリウス”を開発しており、これらの開発に用いた技術を「光学迷彩」と呼んでいる。

人物の背後の風景を、リアルタイムで撮影し、プロジェクターを使って人物の体の上に立体映像で投影する。しかし、平面でない人間の体に、後ろの風景を投影しただけでは、映像が歪んでうまく映らないし、周囲が明るければ、映像自体が見えなくなってしまうので、道路標識や自転車の反射板に使われている再帰性反射材を利用する。再帰性反射材は、光が入射したのと同じ方向に反射する性質を持っている素材で、この素材で作られたマントを使うと、投影した光が乱反射せず、見る側に直接戻ってくるので、平面ではないマントの上であっても、周囲の明るさに関係なく、背後の立体映像を、マントの上にはっきりと映し出すことが可能になる。透明プリウスのシステムでは、車体の後方の背景を動画撮影し、その映像を後部座席に投影することで透明に見せている。投影面には、再帰性反射材で作られた多数のビーズが織り込まれている(図4)。

図4 光学迷彩
写真提供:Ken Straiton

稲見教授に“光学迷彩”の実用的な目的について伺った。

透明プリウスの技術は、操縦支援です。操縦時の視界の確保や運転時に死角をなくすということの役に立つと思います。あとは医療用です。手術をする時、あるいはその前に体の中が透けて見えたかのようにして手術を行うことができると考えています。(稲見氏)

さらに、実際に開発した技術と「攻殻機動隊」との関係についてもお話を伺った。

研究室に配属されたとき、議論したければまずはこれを読めと研究室の必読書「攻殻機動隊」を渡され、光学迷彩という言葉を初めて知りました。ただ、すぐ実現しようとは思わなかったし、出来るとも思っていませんでした。その後、ホログラムを含めて立体映像を研究している中で、背景を立体的に出してあげれば透明に見えるのではないか、それが光学迷彩そのものではないかということで繋がりました。よく誤解されるのは、アニメやSFで何かを見てそれを作ろうとして作っている人はあまりいないということです。あるところで結びつきはするのですが、作りたいということと実現できる手段は全然違うことが多く、フィクションにはそれが実現されたWHATの世界のことは描かれていますが、どうすれば実現するかというHOWの部分は描かれていません。研究者はHOWをどのように実装するかというところに時間をかけます。光学迷彩もたまたま立体映像というHOWの部分と「攻殻機動隊」で描かれたWHATの部分があるところで繋がって、それが実現できたかに見える。WHATとHOWがつながる瞬間が色々なところであって、結び付くと、一般の方にも説明しやすいパッケージにできるということです。それは他のロボットやAIでも同じで、これ(フィクション作品)があったからこれ(技術)が出てきたというのとは違う書き方の方が実態に即すと思います。(稲見氏)

フィクションで描かれる世界観や技術と実際に開発される技術が簡単に結びつくほど現実の世界は単純ではない。しかし、それらは相互に関係しあっている。

HOWとWHATの間の相互作用が起きていると思います。作品はリアリティを出すためにHOWという部分で現実のキーワードを使います。HOWを作っている人たちはその中で自分たちのやっていることを説明するために作品のWHATの部分を専門用語としてもしくは共通言語として使っています。エンジニアとかの世界の中では、フィクションの世界の作品や技術はテクニカルタームとして使われているという言い方ができるかもしれません。海外でも使われているところがポイントで、オフィシャルな論文では使いませんが、アイデア出しのディスカッションなんかでは“こういうことがしたいのです”という時に作品や技術の名前を出すと“そういうことか”とすぐ伝わる。そこは非常に大きいです。「スターウォーズ」や「スタートレック」、ハインライン24のようなSFは説明がしやすい。ハリウッドムービーは楽なのですが、「攻殻機動隊」も私の分野の研究者は知っている人が多い。「ドラえもん」もアジアでは大体通じます。(稲見氏)

フィクション作品は、実際の技術の開発に直接結びついているわけではない。しかし、お互いの存在を意識し、影響し合っている。稲見教授はこの関係を車の両輪のように感じると言う。「攻殻機動隊」と“光学迷彩”の関係は、そうした関係の中で生まれた幸せな結実なのだ。


4 「ドラえもん」〜ひみつ道具「もしもボックス」

1970年にマンガ連載が開始され、1979年から放送を開始したテレビシリーズ、1980年から年1作のペースで公開を続ける劇場用映画シリーズを中心に、玩具やステーショナリー等の関連商品やCM等で幅広い展開を見せる「ドラえもん」は日本の代表的キャラクターである。

生活ギャグという分野をずっとやってきて、このへんで集大成みたいな作品を描きたいと思い立ったわけです。SFあり、ナンセンスあり、夢も冒険も、その他なにもかもぶち込んだゴッタ煮みたいなマンガをと…それが「ドラえもん」なのです。だからひとつひとつの作品にいろんな要素が入り込んでいるのです。(小学館ドラえもんルーム編「藤子・F・不二雄の発想術」2014年より引用)

こうした要素を作品の中で結び付けているのが、ドラえもんが四次元ポケットから取り出す22世紀の「ひみつ道具」である。作品の中に頻繁に登場する「タケコプター」や「どこでもドア」など、原作マンガだけで1,600種類に及ぶひみつ道具が登場している。

図5 「もしもボックス」(ドラえもん(テレビアニメ)より)
©藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK

「もしもボックス」は、そうしたひみつ道具のひとつで、ドラえもんはのび太に『もしもこんなことがあったら、どんな世界になるか』を体験するための道具と説明している。公衆電話ボックス型で、中に入って電話をかけ、『もしも〇〇だったら』と申し出て、しばらく待つと設定が完了して電話機のベルが鳴る。ボックスの外に出てみると、外の世界は自分が望んだ通りの世界に変化している(図5)。

「もしもボックス」はこれまでさまざまな世界をのび太の前に出現させてきた。1984年公開の映画「のび太の魔界大冒険」では、のび太が「もしもボックス」を使って魔法が実在する世界を作りだす。科学が廃れて迷信として扱われ、魔法が文明の礎となった世界である。学校には魔法の授業があり、動力源も魔法という、現実の世界で科学によって開発され、使われていた日常的なもののすべてが魔法に切り替わっている世界である。

実際にない世界が社会の仕組みも含めてそこに現れる、これは極限の仮想現実だ。「もしもボックス」のような技術は勿論実現していない。

「ドラえもん」の作者である藤子・F・不二雄は自身の作品を“SF=サイエンス・フィクション”ではなく、“SF=すこし・ふしぎ”と定義している。サイエンスという言葉をはずすことで、発想は自由になり、そこにドラえもんという理想的なキャラクターと、四次元ポケットから取り出される「ひみつ道具」という究極のシステムが生まれたのではないだろうか。「タケコプター」や「どこでもドア」、「タイムマシン」などの道具を除いて、毎回の話の中で登場する「ひみつ道具」は、便利ではあるもののどこかに突っ込みどころがあって、のび太のたくらみはいつも失敗に終わる。夢は自分で叶えるものという考えが根底にあって、便利な道具を出したらおしまいという話にはなっていない。「ドラえもん」という作品が日本のみならず、海外の人からも長く愛される作品として現在まで人気を保ち続けているのは、こうした構造が見る側にとってのリアリティとして受け止められているからだろう。

また、富士ゼロックス株式会社は、自社サービスのITソリューションの宣伝として「四次元ポケットPROJECT」25という名称で、複数の企業の技術を駆使して「ドラえもん」の「ひみつ道具」作りにチャレンジするプロジェクトを2014年からスタートした。クラウド上で情報共有を行い、複数の企業がそれぞれの得意技を活かしながら、「ひみつ道具」の実現に挑戦するというもので、「セルフ将棋」、「望遠メガフォン」、「室内旅行機」という3つの「ひみつ道具」を製作した。


5 「ニューロマンサー」〜“古くさい未来とはおさらばだ”

「ニューロマンサー(原題:Neuromancer)」は、アメリカの作家ウィリアム・ギブスンが1984年(邦訳は1986年)に発表した小説である。共通の設定や登場人物を持つ第2作、第3作を合わせて「スプロール・シリーズ」と呼ばれ、サイバーパンクSFの代表的シリーズとして知られている(図6)。

図6 小説「ニューロマンサー」(文庫本表紙)
(出典)株式会社早川書房提供資料

サイバーパンク(cyberpunk)とは、サイバネティクス(cybernetics)とパンク(punk)を合わせた造語である。それまでのハードSFやスペースオペラなどに対抗する考え方で、テクノロジーやネットワークが高度化した社会を背景に、人体と機械の融合、人間の脳内とコンピューターの情報処理の融合が押し進められた社会を描写する作風を指す。サイバーパンクが成立した1980年代前半は、欧米を中心にパソコンの一般家庭への普及が始まり、また現在のインターネットにつながる研究がすでに始まっていた時代である。こうした機器や概念に触れる機会が増えたことで、それらが発展した未来への着想が生まれ、それまでのSF作品が描いていた未来とは全く異なる未来を予見する作品群が誕生した。

「ニューロマンサー」の物語の舞台は、超巨大電脳ネットワークが地球を覆い尽くし、“ザイバツ”と呼ばれる多国籍企業と“ヤクザ”と呼ばれる犯罪組織が圧倒的な機能と影響力を持つ近未来である。物語は電脳都市チバ・シティから始まる。主人公のケイスは、デッキと呼ばれる端末を使って“マトリックス”と呼ばれる電脳空間にジャックイン(意識ごと没入すること)し情報を盗み出すコンピューター・カウボーイで、依頼人からのミッションを遂行するうちに、依頼人を操る巨大な存在の正体に近づいていく。

物語には眼窩にミラーシェードのディスプレイを埋め込んだ女サムライや生前の情報がROMとして残されている擬似人格、背景に合わせて模様が変化する擬態ポリカーボンを着込んだティーンエージャーたちというような人物と、皮膚電極を額に付けて電脳空間にジャックインするためのデッキと呼ばれる端末や他人の五感を共有する疑験(シムスティム)、そして“マトリックス”と呼ばれる電脳空間が存在している。“サイバースペース”という言葉は、この作品において初めて登場し、その訳語として現在では一般化した“電脳空間”という言葉が生まれた。

これらは、1980年代のICT技術の急発展の萌芽をヒントに、その先にある未来を想像し、提示したもので、それまでのSF作品が提示した未来とは全く異なるものだった。読者の多くはこの作品が提示した世界に、1982年に公開された「ブレードランナー」で映像化された未来を重ね合わせ、未来に関する新しいイメージを得た。「ニューロマンサー」の登場に対し、サイバーパンク運動を推進していたSF作家ブルース・スターリングは『おなじみの古臭い未来とはおさらばだ』とのコメントを残している。

ジャックインはバーチャルリアリティの実現の仕方で、神経を直接刺激するというやり方と考えられる。この言葉は、1990年代にヘッドマウントディスプレイを使ってバーチャルリアリティ体験をする時によく使われたが、実際に皮膚電極を頭に付けてサイバースペースに神経を入り込ませるようなジャックインの技術はまだ開発されていない。

しかし一方で、脳科学の研究を活用した技術には注目が集まっている。身体を自由に動かせない人が機器を動かすなどに役立つ技術である。工学的なアプローチによってより実用的な目的で脳を活用しようとする研究のひとつが、“ブレイン・マシン・インターフェース”と呼ばれる、脳情報を使って機械やコンピューターを制御する研究である(図7)。脳情報を読み出し、外部機器と情報をやりとりすることで、視力を失った人に視覚を生じさせたり、義手を自分の手のように動かせるようになる技術である。ワイヤレスのヘッドセットを使って、脳からの信号をセンサーで読み取り、PCに送って使用者の意志を伝えて機械や道具を動作させる小型脳活動計測装置も開発されている。

図7 ブレイン・マシン・インターフェースによる生活機器操作の実験
(出典)株式会社国際電気通信基礎技術研究所提供資料

6 「ソードアート・オンライン」〜ゲームの世界への没入

ゲームの世界に入ることを描いた作品は、1980年代後半にはすでに子供向けのテレビアニメシリーズ等で描かれていた。現実世界で身体ごとゲームの世界に入っていくゲームは開発されていないが、オンラインでサービスされるMMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)は、それに近い感覚を実現したゲームと考えることができる。MMORPGの特徴は、多くのプレーヤーが同じ世界の中でゲームに参加すること、常にゲーム世界が存在し、その中に時間が流れていること、仮想世界でありながら社会が存在し、プレーヤー同士の人間関係が存在することである。

このMMORPGの未来形が生まれた世界での出来事を描いたのが、2002年に発表された川原礫の小説「ソードアート・オンライン」である。2012年以後テレビアニメとしても複数のシリーズが放送されている(図8)。

図8 「ソードアート・オンライン」(テレビアニメ)
©川原 礫/アスキー・メディアワークス/SAO Project

「ソードアート・オンライン」とは、小説中に登場するVRMMORPG(Virtual Reality MMORPG)のタイトルである。頭部全体を覆うVRマシンであるナーヴギアを付け、完全な仮想現実の世界でプレーする。1万本限定のゲームの予約は瞬時に完売となり、サービス開始の初日、主人公を含めた1万人のプレーヤーがこの「ソードアート・オンライン」の仮想世界に入っていった。しかし、そこに現れた設計者は、100層で構成される階層の最上部のボスをクリアしない限りログアウトができないこと、ゲーム内で死ねばプレーヤー本人が現実世界で死んでしまうことを宣言する。

80年代のアニメなどで描かれたゲームの世界に入るという感覚は、MMORPGが現在の姿になったことですでに実現されている感がある。ゲームの世界で時間が流れ、参加者はその世界のアバターにより他のプレーヤーとコミュニケーションをとり、共同し、取引を行っている。

また、こうしたVR世界への没入感覚についてはさらに開発が進んでいる。Oculus Rift26は、バーチャルリアリティに特化したヘッドマウントディスプレイである。2015年3月時点でコンシューマー用は発売されておらず、開発者用ハードウェアとして販売されている状況だが、110度という広い視野角を確保し、ケーブルで接続されたPCから送り込まれる映像は、触って反応することはないものの、極めて高い没入感を使用者にもたらすという。


参考文献

1.川原礫(2009)「ソードアート・オンライン1 アインクラッド」

2.ウィリアム・ギブスン(著)・黒丸尚(訳)(1986)「ニューロマンサー」

3.小学館ドラえもんルーム編(2014)「藤子・F・不二雄の発想術」

4.士郎正宗(1991)「攻殻機動隊」

5.星新一(1967)「妄想銀行」

6.テレビアニメーション(2012)「ソードアート・オンライン」

7.劇場用アニメーション(1995)「Ghost In The Shell 攻殻機動隊」

8.劇場用アニメーション(1984)「ドラえもん 魔界大冒険」



22 http://www.robonable.jp/news/2012/07/tachi-0714.html別ウィンドウで開きます

23 http://wired.jp/2014/01/30/holodeck/別ウィンドウで開きます

24 ロバート・A・ハインライン(1907-1988)は、「宇宙の戦士」「夏への扉」等の作品で知られるSF界を代表する作家のひとり。

25 http://www.fujixerox.co.jp/company/ad/4d-project/別ウィンドウで開きます

26 https://www.oculus.com/ja/別ウィンドウで開きます

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