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第2部 ICTが拓く未来社会
第3節 ICTによる新たなワークスタイル―テレワークの可能性

(4)大槻昌美さん

ア 「子育てしながら」を前提に、柔軟な働き方ができる環境

非営利型株式会社Polarisの大槻昌美さんの職場は、東京都調布市の住宅地にある。商店街の三階の3DKのスペースに大きなテーブルやWi-Fiなどのインターネット環境を備え、Polarisの事務所であると同時に、イベント用のレンタルスペースや会員制のシェアオフィスとしても活用されている(図表4-3-5-8)。

図表4-3-5-8 「cococi」で仕事をする大槻さん

「“cococi” Coworking Space」というその場所は、子連れで利用できるのが大きな特徴だ。一緒に来た子供たちは、仕事やセミナーに参加する母親の傍らで遊んだり、和室で昼寝をしたりしながら時間を過ごしている。「cococi」は、都心まで出て行くことはできないけれど何か仕事をしたい、そんな思いを持った地域の女性達が、親子で利用できる場として運営されているのだ(図表4-3-5-9)。

図表4-3-5-9 子連れの参加者もいる「cococi」でのセミナーの様子

大槻さん自身も、この地域に暮らす母親である。二人の子供は小学生なので仕事場には連れて来ないが、子供の具合が悪い時や学校の用事があって半休をとるときなどは自宅で仕事をする。柔軟な働き方が可能なのは、ワーキングマザーの事情に理解のある環境の他に、必要な情報やコミュニケーション手段の多くがクラウド化され、インターネット環境とパソコンがあれば仕事ができるようになっていることが大きい。最近は顧客との打ち合わせやイベント運営などで外出が多いが、そんなときも電車の中でメール返信をしたり、カフェに立ち寄って仕事の続きをしたりできて助かっているそうだ。

イ 母親たちがチームでシェアする新しいスタイルの仕事をコーディネート

Polarisは、時間や場所に制約はあるけれども働きたいという意思を持つ母親たちを「セタガヤ庶務部」という名前で組織化し、企業から請け負った様々な仕事をメンバーに割り当てて実施している。

仕事の内容は、インタビュー録音の文字起こしやデータ入力、翻訳など、インターネットを利用して在宅でできるものが多くある。そういった仕事は、納期を守れば作業時間はある程度自由になるものが多いので、子供が幼稚園に行っている午前中や子供が寝た後の夜など、子育て中の生活スタイルに合わせて取り組みやすい。住む場所に関係なく手を挙げられるので、夫の転勤で海外に転居後も継続的に仕事をしているメンバーもいるそうだ。

一見、母親に特化したクラウドソーシングのようだが、ワーカーが個人で仕事を請け負うクラウドソーシングと異なり、「セタガヤ庶務部」ではひとつの仕事を複数人で共同で行うのが特徴だ。チーム単位で担当することで、一人が受け持つ仕事の量が調整しやすくなり、子育ての都合でほんの少しの時間しか仕事ができない、といった場合でも参加しやすくなる。また、チームメンバー同士で互いのバックアップができるため、子供の病気などの緊急時にも仕事に穴を開けなくて済むのだ。

また、クラウドソーシング型ではあまり見られないものとして、地域に密着した中長期的な仕事もある。例えばマンションのモデルルームに待機し、訪れたお客さんに地域の情報を提供するなど、その土地に暮らす主婦や母親ならではの経験や視点が活かされる仕事だ。

大槻さんは、これらの多種多様な仕事のコーディネートを担当している。まずは顧客から相談を受けて見積もりを作成するところから始まり、受注が決まれば仕事の流れを整理して具体的な作業内容に落としこみ、「セタガヤ庶務部」のメンバーに希望者を募るのだ。

「セタガヤ庶務部」を始めて3年経ち、最近では「こんなことができませんか?」という顧客からの相談が増えているという。会社員やパート・アルバイトとして働くのではなく、かといって自分で仕事を獲得して個人で仕事をするのでもない、様々な経験やスキルをもった人達がチームになって仕事をシェアするという新しいワークスタイルが受け入れられつつあるということだろう。

ウ 在宅で仕事をするためのスキルや環境面の課題

在宅で仕事ができるかと考えた時に、インターネットやパソコンといった環境の整備やそれらを使いこなすスキルの面で壁を感じる人もいるだろう。

後述するが、「セタガヤ庶務部」ではFacebookやGoogleドキュメントなどのツールが使いこなせないと仕事に参加しづらい。最初は使い方がわからない人やSNSに対する不安感を持つ人もいるが、説明会の場でスタッフが一緒に登録作業をしたり、不安に思う内容を聞いてその対処法を教えたりし、なんとか始めてもらうようにしているという。

また、顧客のデータを取り扱うため、情報セキュリティに関する基本的なリテラシーや意識付けが求められる。「セタガヤ庶務部」の場合は、事前準備として家族と共用ではない個人のメールアドレスの取得やセキュリティソフトの導入の指導をする、仕事を始めるときには各メンバーと業務委託契約と機密保持契約を取り交わす、業務が終了したら利用したチャットツールやファイル共有の仕組みからメンバーの登録を解除して個人がデータを持たないようにする、といった対応で、事故を予防している。

エ SNSやクラウドサービスで可能になるチームワーク

「セタガヤ庶務部」の仕事を進める上で、SNSやクラウドツールの利用は欠かせない。まず、新しい仕事の情報はFacebookの「セタガヤ庶務部」のグループ上で発信され、その仕事に対する応募や質問などもそこでやりとりされる。仕事が実施される段階になると、関係者に限定してチャットツールやファイル共有サービスを活用し、業務連絡などを行う。用途に応じて様々なサービスやツールを活用しているのだ。

在宅で自分の都合に合わせてできると言っても、子供の面倒をみながら、あるいはそのために子供の預け先を確保して働くのは、やはり大変な面がある。一人で仕事をすることに孤独感を感じてしまうと、なかなか続かないだろう。「セタガヤ庶務部」の場合は、オンラインでのコミュニケーションや作業環境があることで、一人ではなく「チームで仕事をしている」という充実感や安心感を得られるのだという。

自宅ではなく、地域の現場に出向いて行う仕事でも同様だ。例えば、地元の八百屋の売り場スタッフをするという仕事があり、「セタガヤ庶務部」として週二回四時間ずつのシフトを受け持っている。それを四人のチームで分担しているので、一人が仕事をするのは月に二回ほどだが、各自が仕事をするたびに専用のFacebookグループで業務報告を行うため、その日に行かなかったメンバーも売り場で起きたことや仕事の流れが分かる。他のメンバーの経験も自分の仕事に活かしていくことができるのだ。

出産や子育てのために仕事を離れた女性達は、どうしても子供のことが優先になり、自分自身の成長やキャリアについて考えることを後回しにしがちだ。チャレンジしてみたいという思いはあっても、「ちゃんとできるのか」という不安が先に立って飛び込んでいけない人も多い。そんな人たちも、チームメンバーの助けも得ながら少しの時間からでもできる「セタガヤ庶務部」の仕事なら挑戦がしやすいのだろう。

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