ここでは、世界のICT市場について、市場のレイヤー分類に基づき、コンテンツ・アプリケーション、クラウド/データセンター、ネットワーク、端末に分けて近年の動向等を概観する(図表1-4-1-1)。
全体的な動向として、「ネットワーク」及び「端末」の下位レイヤーの市場は、規模は大きいが成長率は低くなっている。対照的に「コンテンツ・アプリケーション」及び「クラウド/データセンター」の上位レイヤーの市場規模は相対的に小さいが成長率は高くなっている。デジタル経済の進化との関係で特徴的な動向としては、コンテンツ・アプリケーションではサブスクリプションサービスの増加、クラウド/データセンターではデータ流通量の増加を背景にした市場規模の拡大、ネットワークでは仮想化、端末ではICT利用産業における利用の拡大が挙げられる。
●コンテンツでは、動画・音楽共にサブスクリプションサービスの拡大が市場の成長を牽引
コンシューマ向けのコンテンツ配信サービスのビジネスモデルは、一般に「広告収入型モデル」(主として無料)と「課金型モデル」(有料)に大別される。これまでインターネット広告の拡大とともに、とりわけ前者のモデルの利用が拡大してきた。
後者については、従来のダウンロード課金型サービスから、月額料金を支払うことで視聴し放題で利用できる定額制(サブスクリプション)サービスのシェアが上昇傾向にある(図表1-4-1-2)。
今後の予測では、ダウンロード課金型が横ばいなのに対し、定額制は大きく伸長するものとみられる。
有料音楽配信サービスでは、ダウンロード課金型サービスが主流であったが、最近では動画配信と同様に定額制サービスの売上高が拡大している(図表1-4-1-3)。2020年時点の代表例としては、Spotify、Apple Music、Google Play Music、YouTube Music、Amazon Musicなどが挙げられる。2016年にダウンロード課金型と定額制の売上高は逆転し、今後も音楽配信市場においては、定額制配信型サービスの拡大が市場を牽引することが見込まれている。
スマートフォン・タブレット向けのアプリケーション市場は、これまでは消費者向けのゲームの伸びが市場全体の伸びを牽引してきた。英国の調査会社Informaによると、アプリケーション市場の拡大は今後も続くものの、今後はゲームに替わって、翻訳や学習、健康管理などの生活密着型アプリの成長が見込まれている(図表1-4-1-4)。
●データセンター・クラウドサービス共に引き続き拡大
コンテンツ・アプリケーションの利用を支えるのが、データセンターでありクラウドである。データセンター事業者の売上高は今後も幅広い用途での成長が見込まれるが、これまでデータセンターの主な用途だった自社設備からクラウドサービスの活用にシフトが進んでいるため、他のカテゴリも引き続き成長が見込めるものの、クラウド・ICTサービスの比率が今後は徐々に高まるものと推測される。(図表1-4-1-5)。
地域別では、全地域で拡大傾向にあるものの、北米では既に市場が成熟してきているのに対し、アジアにおいては、通信事業者やITサービス企業が積極的に投資を行っていること及びグローバル展開をする事業者が税制などの優遇により欧州での投資を増やしていることから、これら地域での高成長が見込まれる(図表1-4-1-6)。
クラウドサービスとは、インターネット上に設けたリソースを提供するサービスであり、Iaas、PaaS、Caas、 SaaS2の類型がある。コンテンツ配信や電子商取引(EC)などのサービス・アプリケーションから、多様なIoTプラットフォームまで様々なICTソリューションを支えており、企業のクラウド活用の増加に伴い、高成長を遂げてきた3。今後は、IaaSやSaaSの成長率が鈍化する一方、PaaSやCaaSは引き続き高い成長率を維持するものと予測されている(図表1-4-1-7)。
地域別動向としては、先行して立ち上がり、既存市場としても最大の規模である北米で今後も高成長が見込まれる一方、現地のIT企業が積極的に投資をしている中国を中心としたアジア太平洋や、クラウドによるビッグデータの利活用市場が立ち上がりつつある中南米の成長率が相対的に高くなる(図表1-4-1-8)。
ネットワークレイヤーでは、通信サービス市場及び通信機器市場について概観する。
●通信サービスは、固定・移動共に今後は緩やかに拡大
世界の固定ブロードバンドサービスは、Informaによると、今後もアジア太平洋地域を中心に増加を続けていき4、2022年には12億契約まで拡大すると予想されている(図表1-4-1-9)。
携帯電話及びスマートフォン等の移動体通信サービスの契約数についても、今後の新規契約の成長は緩やかに推移していくものと見込まれている(図表1-4-1-10)。
通信インフラは、様々なネットワーク機器・設備やそれを支える技術によって成り立っている。ここでは、ルータ・スイッチ、光伝送機器市場、仮想化ソフトウェア・ハードウェア及びFTTH機器市場について取り上げる。
●ネットワークの仮想化は、今後も市場の拡大が続く
通信事業者、データセンター事業者が用いるルータ・スイッチの市場規模は、全体としては増加傾向にある。Informaによると、ルータに関しては、ネットワークの仮想化及び機器の低価格化により、出荷金額は直近では減少し、今後も価格下落や仮想化による機器台数の集約の影響が続くことから、市場規模は横ばいの推移が見込まれている。また、スイッチ5に関しては、トラフィックの増加に伴い、企業向けネットワークスイッチの大容量化が進んでおり、ポートあたりの単価下落や仮想化による機器の集約の影響を上回って今後も需要の増加が見込まれている。
なお、2020年の予測値は、データセンター向け設備投資が一巡したことに伴う反動減により、前年より減少するものと推測されている(図表1-4-1-11、図表1-4-1-12)。
光伝送機器の市場規模は、引き続き増加傾向がみられる6。日本や欧米などの先進国では光ファイバーのインフラは普及が一段落しているが、中国ほかアジアなどの新興国での需要や、先進国でのデータセンターにおける大容量化に対応した更新需要により、今後の市場規模はゆるやかな拡大が見込まれる(図表1-4-1-13)。
固定ネットワークにおける近年の特徴的な動きの1つが、仮想化である。サーバーの仮想化やクラウドサービスの普及が進んだことに伴い、物理的なマシンとコンピュータリソースの利用とが独立するようになっている。これに伴いネットワークの構成も柔軟に設定する必要が生じている。また、ネットワークを仮想化することで、従来個別のハードウェアが必要であった多様なネットワーク環境が汎用的なハードウェア及びソフトウェアで構成可能となり、システム全体の柔軟性と稼働率が向上し、設備投資コストや運用コストを下げることも期待される。
Informaによると、カテゴリ別7では、SDNやNFV技術によるネットワークの仮想化は、この5年間で普及が進み、今後も市場全体の拡大が見込まれる。また、キャリア網における仮想化に続き、データセンターネットワークにおける仮想化も拡大が続いている。(図表1-4-1-14)。地域別に市場規模を見た場合は、いずれの地域も高い伸びを示すものと予測している(図表1-4-1-15)。
FTTH機器は、2016年から2019年まで減少しているが、2020年以降は増加が見込まれている。Informaによると、新興国を中心に2016年のオリンピック需要の反動減があったことや、2019年に2.5ギガビットのPONの価格下落があったことから減少した。2020年以降は次世代PONの導入により増加に転じ、2022年には50.1億ドルまで拡大すると予想されている(図表1-4-1-16)。
●スモールセル基地局の拡大が続く一方、マクロセル基地局は横ばいで推移
移動体ネットワーク機器市場のうち、マクロセル基地局10市場は、中国におけるLTE投資額が大きかった2015年をピークに2018年まで縮小している。2019年は、中国を中心に5G設備投資の前倒しがあったため市場規模は増加したが、前倒しの反動により2020年は減少するとの予測が出ている。それ以降はほぼ横ばいでの推移が見込まれている(図表1-4-1-17)。
スモールセルは、マクロセル基地局を補完してカバレッジを確保するものである。特にLTE以降の移動通信システムは、高い周波数の帯域を用いており、電波の直進性が強い(障害物があると電波が届きづらい)ことからスモールセルの必要性が増している。マクロセルと比べると単価は低いが、屋内設置の増加など、利便性改善のための投資拡大が続いており、2020年以降も市場規模の拡大が見込まれている(図表1-4-1-18)。
●LoRaWANを中心に、引き続き拡大
IoTは、多種多様なアプリケーションの通信ニーズに対応することが求められる。このうち、従来よりも低消費電力、広いカバーエリア、低コストの通信を担うのが、LPWA(Low Power Wide Area)と呼ばれる技術である。LPWAの通信速度は数kbpsから数百kbps程度と携帯電話システムと比較して低速なものの、一般的な電池で数年以上運用可能な省電力性や、数kmから数十kmもの通信が可能な広域性を有している。
これまでLPWAモジュール市場は、欧州企業であるSIGFOXによるSigfoxとCiscoをはじめとした米国企業が推進するLoRaWANとが牽引してきており、出荷台数ではLoRaWANが最も多くなっている(図表1-4-1-19)。
3GPPが進めるセルラー系LPWAは、SigfoxやLoRaWANに比べると高ビットレートで、LPWAの中では比較的ハイスペックと位置づけられる。現状では2G/3G 網に切り替えて接続する方式の旧規格(右図のotherに相当)の利用が多いが、今後はLTEベースの技術の運用ノウハウの蓄積やコストの低廉化等により、新規格へのシフトが見込まれる(図表1-4-1-20)。
端末は、エンドユーザー向けでは主に固定通信を利用するパソコンが普及した後、移動通信を利用するタブレットとスマートフォンの利用が広がってきた。その後、眼鏡や腕輪として身に着けるウェアラブル端末が開発され利用が進んできている。
また、従来のインターネット接続端末に加え、様々なモノがつながるIoT化が進展したことから、エンドユーザー向け以外のスマートメーター、自動車に搭載されるセルラーモジュール等の様々な端末の利用が拡大してきた(IoTデバイスの普及状況については、図表1-4-1-28参照)。ロボットについては、ヘルスケア・介護や店舗の接客等でも利用されるサービスロボットも増加している。遠隔操作や自動制御によって無人で飛行できるドローンは高機能化と低価格化が進み、個人が趣味に使うほか、高所・遠隔地でのモニタリング等企業での活用も広がってきている。
さらに近年では、AIの発達を受けて、AIのパーソナルアシスタンス機能を活用したAIスピーカーの利用が始まっている。また、AR(Augmented Reality:拡張現実)/VR(Virtual Reality:仮想現実)端末も普及が始まっている。
●スマートフォンは横ばい、タブレットは低迷
スマートフォンの出荷台数は、スマートフォンの普及が進んだことから2017年をピークに減少に転じている(図表1-4-1-21)。2020年は新型コロナウイルスの影響もあって、大幅な減少が見込まれているが、今後は、5Gの普及とともに増加へと転じるものと見込まれている。また、市場規模としては、中国系企業が高価格帯の端末を市場に投入し、売れ行きを伸ばした結果、金額ベースでは増加傾向で推移しているとみられている。
タブレットの出荷台数は、スマートフォンやウルトラブックといった超薄型ノートパソコンなどとの競争等から、コンシューマ向けの市場で世界的に低迷が続いている(図表1-4-1-22)。
●情報・映像型は低価格化による縮小から回復傾向
IoT時代における通信端末としてウェアラブル端末が挙げられる。一般消費者向け(BtoC)では、カメラやスマートウォッチなどの情報・映像型機器、活動量計等のモニタリング機能を有するスポーツ・フィットネス型機器などがある。業務用(BtoB)では、医療、警備、防衛等の分野で人間の高度な作業を支援する端末や、従業員や作業員の作業や環境を管理・監視する端末が既に実用化されている。
一般消費者向けのウェアラブル端末の市場規模の推移を種類別にみる(図表1-4-1-23)。Informaによると情報・映像型ウェアラブル市場13は、2016年までの市場の立ち上げ時期はハイエンド品中心であったが、アジア系メーカーが参入し低価格化が進んだため、2017年の市場規模は縮小した。その後、2018年以降は一転して市場は拡大基調にあり、2022年には245.2億ドルになると予想されている。
また、スポーツ・フィットネス型については、先進国のみならず新興国においても健康意識の高まりやPOC(point of care)の需要が見込まれる一方で、アジア系メーカーの参入により低価格化の影響があることから、2019年以降、市場規模は前年並みで推移すると見込まれている。
●様々な現場での導入が進み、引き続き拡大
ロボット家電・コンシューマ向けロボット14の世界市場は拡大が続いており、家事負担の軽減等を目的とした導入が進んでいるとみられる。Informaによると2020年以降も堅調に拡大すると予想されている(図表1-4-1-24)。
コンシューマ向けドローン15の世界市場も拡大が続いている(図表1-4-1-25)。Informaによると、2020年以降も緩やかに拡大すると予想されている。
●出荷台数は引き続き拡大
機械を操作するためのインターフェースの1つとして音声が注目されつつあり、Informaによると2020年以降もAIスピーカー(スマートスピーカー)市場の拡大が見込まれている(図表1-4-1-26)。AIスピーカー(スマートスピーカー)市場への参入は、GoogleとAmazonが先行し、それぞれGoogle Home、Amazon Echoを販売している。日本企業もLINEやソニーが参入している。
●利用の広がりにより引き続き拡大
AR(Augmented Reality)は、目の前にある現実世界にコンピューターで作られた映像や画像を重ね合わせ、現実世界を拡張する技術、VR(Virtual Reality)は、現実にない世界又は体験し難い状況をCGによって仮想空間上に作り出す技術である。消費者向けのエンターテインメント向け以外でも、企業で利用が広がっており、例えば、不動産分野で物件を、旅行分野で旅先を疑似体験するもののほか、他の分野でも訓練や教育、3次元空間でのナビゲーション等に活用されている。
AR/VRの普及に伴い、関連ソフトウェア及びサービス支出は今後も順調に伸長するものと見られている。他方、ハードウェアについては、VRゲームに多数のベンダーが参入したものの、市場で淘汰が進んだことにより、2019年にかけて販売台数が減少する結果となった。ただし、2020年以降は販売台数の増加が見込まれている(図表1-4-1-27)。
1 「クラウド・ICT サービス」: IaaS ほかクラウドサービスを展開するベンダー向け。
「コンテンツ・デジタルメディア」:SNSや電子商取引、動画などのデジタルコンテンツ・メディアサービス事業者向け。
「コンテンツ配信ネットワーク(CDN)」:ネットワーク系のICTインフラ提供を主力とする事業者向け。
「エンタプライズ」:官公庁や教育、ヘルスケア、小売業などの一般事業会社のシステム向け。
「金融」:金融機関のシステム向け。
2 「IaaS( Infrastructure as a Service)」インターネット経由でハードウェアやICTインフラを提供。
「PaaS (Platform as a Service)」SaaSを開発する環境や運用する環境をインターネット経由で提供。
「CaaS(Cloud-as-a-Service)」クラウドの上で他のクラウドのサービスを提供するハイブリッド型。
「SaaS (Software as a Service)」インターネット経由でソフトウェアパッケージを提供。
3 Informaにおいて、カテゴリ区分の見直しを行ったことに伴い、2018年の実績値が令和元年版情報通信白書に掲載された値から下方修正されている。
4 Informaにおいて、固定ブロードバンドサービス契約数の集計方法の見直しを行ったことに伴い、令和元年版情報通信白書に掲載した固定ブロードバンドサービス契約数の値から2017年以前の数値を上方修正している。
5 Informaにおいて、従前の通信事業者用及びデータセンター内スイッチに加えて、データセンター間、キャリア網への接続、及びその他企業ネットワーク向けスイッチを集計対象としたことから、スイッチの市場規模は、令和元年版情報通信白書に掲載した値から上方修正されている。
6 Informaにおいて、集計対象企業からの指摘に伴い見直しを行った結果、2018年の実績値について、令和元年版情報通信白書に掲載した値から上方修正している。
7 Carrier SDN Hardware:OpenFlowに代表される仮想化プロトコルをサポートしたソフトウェアを実装したキャリアネットワーク機器
Carrier SDN/NFV SW+Service:キャリアネットワークにCarrier SDN Hardwareを導入・運用するためのソフトウェア及びサービス、アウトソーシング事業による売上高
DC SDN HW+SW:企業やITサービスプロバイダーのデータセンター網にソフトウェアにより定義される仮想ネットワークを導入・運用するための機器及びソフトウェア
8 Informaにおいて、集計方法の見直しを行った結果、令和元年版情報通信白書掲載のデータとカテゴリが異なる上、2015〜2017年の実績値も上方修正されている。
9 Broadband Gateway、ONT、PON、を含むFTTH CPE(Consumer Premise Equipment)を対象とする。
10 半径数百メートルから十数キロメートルに及ぶ通信エリアを構築するための基地局。
11 Informaにおいて、LPWAの集計対象とする規格の見直しを行った上、規格ごとに数値の見直しを行った結果、令和元年度情報通信白書に掲載した数値から修正が行われている。
12 接続サービスを提供するキャリアやサービスプロバイダー・プラットフォーマーの課金収入を指す。
13 Informaにおいて、2018年の実績値の見直しを行った結果、令和元年版情報通信白書に掲載した数値より上方修正されている。
14 ここでは、ロボット掃除機、床拭き機、窓拭き機、家庭用ロボット等を指す。
15 ここでは航空法による規制外のもので、個人が購入して空撮などに使うものを集計対象としている。