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第1部 5Gが促すデジタル変革と新たな日常の構築
第4節 5Gが変えるICT産業の構造

(2)5G時代に向けての各レイヤーの動向

前項では我が国におけるICT産業の構造やエコシステム全体の変遷を振り返るとともに、5G時代においてエコシステムの変化の可能性について展望してきた。続いて、本項では5G時代に向けての各レイヤーの動きに関して、ネットワーク、端末・デバイス及びサービス・アプリケーションの3レイヤーに分けて展望する(プラットフォームレイヤーについては、次項において詳述する。)。

ア ネットワークレイヤー
(ア)ネットワーク仮想化等の進展

5G時代に向けて、ネットワークレイヤーにおいては、クラウド技術に加え、仮想化技術22、ネットワーク・スライシング技術23等の活躍が期待されている。具体的には、5Gの進展において、2020 年代半ばにおいては、ネットワークにおけるコア機能の更なる仮想化や、エンドツーエンドでのスライスの提供、ネットワークのクラウド化等の進展が予想される(図表1-4-2-3)。こうしたネットワークの迅速かつ柔軟な拡張、リソース(計算処理・データ容量など)の共有、俊敏な最適化等を実現する技術は、5Gの超高速・大容量、超低遅延、多数同時接続といった特長の真価を発揮させるものである。

図表1-4-2-3 ネットワーク技術の進化

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(出典)総務省(2020)「第五世代移動通信システムのもたらす経済及び社会の変革に関する調査研究」

また、仮想化技術をはじめとするこうした革新的技術の活用は、ネットワークの「設備」を設置する主体と、「機能」を活用する主体の分離が加速するなど、より柔軟なネットワークやサービスの設計、さらにはネットワークを基盤とした機動的なビジネス展開やイノベーション、新サービス等の価値創造を可能とするものである。さらに、我が国におけるローカル5Gは、特定のエリアや業種、ユースケースに特化した垂直型モデルといえる一方で、経済合理性の観点から設備共用やクラウド基盤でのコアネットワークの共同利用が進展するなど、仮想化技術等によるネットワークの変遷が、想定より早く進展する可能性もある。

5G時代における根本的なネットワークの技術変革において、もう一つ重要な技術としてエッジコンピューティングが挙げられる。ネットワーク上のデバイス、アプリケーション、トラフィックがより多様化する中、従来のクラウドサーバを中核とするクラウドコンピューティングに対して、エッジコンピューティングではよりユーザに近い領域(ネットワークゲートウェイ、顧客施設、またはエッジ・デバイス上)においてデータ処理機能を汎用的なサーバー上で提供することでクラウドを補完する。ユーザは、用途に応じてクラウドコンピューティングやエッジコンピューティングを組み合わせて使うことで、ネットワーク柔軟性のメリットを享受することができる。エッジコンピューティングは、4Gでも使用可能な技術であるが、5Gとの組み合わせで伝送速度や遅延が最適化されることによって、従来は困難であった、自動運転やテレロボティクスなど遅延時間に敏感なアプリケーションを実現するワイヤレスソリューションの基盤構築が可能となる。

このことにより、前述した特定の分野やニーズに特化したネットワーク・スライシング技術等と組み合わせることで、製造、自動車、ヘルスケア、農業など、様々な業態やユースケースにおける多様な要件に対応した、新たな画期的なサービスの実現につながる。

(イ)技術革新による市場構造の変化

仮想化等の進展により、ネットワークの「機能」と「設備」の分離が進展すると、ネットワークの「機能」を活用する主体として、例えば通信事業者以外の事業者等がネットワークレイヤーへの関与を強め、設備を自ら設置することなくネットワーク・オーケストレーション24やスライシングサービス等のサービスを提供することも想定される。従来、通信事業者がデータセンターに高価かつ専用のハードウェアとソフトウェアを構築してネットワークサービスを提供したところ、現在は、仮想化技術の発達によりクラウドのプラットフォーム上で同等の能力と信頼性を低費用で提供できるようになっている。これにより、ネットワークサービスの提供形態やネットワークに関与する主体の範囲が変わり、ネットワーク構造や市場構造が大きく変化する可能性が考えられる。

特に、グローバルのIT系事業者やプラットフォーマー等が、ネットワークの各種機能を自らのサービスの一要素として取り込み、垂直統合的なサービスを展開することも想定される25。さらには、設備を保有する事業者と、管理や機能を提供する事業者の役割や境界線が変わることで、従来、通信事業者が保有していた設備の一部をユーザ企業、または通信事業者とユーザ企業の間の中間層としてのプラットフォーマーが保有・管理するようなビジネスモデルも登場し得る。

通信ネットワークとクラウドが融合していく潮流の中で、実際に、近年ではグローバルIT大手・プラットフォーマーがネットワークレイヤーに進出し、自社のサービスメニューを充実させるとともに、通信事業者との連携を強化する動きがみられる(図表1-4-2-4)。

図表1-4-2-4 グローバルIT大手・プラットフォーマーによるネットワークレイヤーへの進出

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(出典)総務省(2020)「第五世代移動通信システムのもたらす経済及び社会の変革に関する調査研究」
(ウ)通信事業者の事業展開

前述したネットワークの設備と機能が分離する潮流において、通信事業者においては、効率的な設備投資・運用を進めながら、機能面での高付加価値化を実現し、自ら成長性を生み出しながら事業転換を図ることが求められている。特に、先進国の市場においては、通信サービスの普及が飽和する中、いわゆる回線事業の提供だけでは事業の成長性に限界があることから、通信事業者においては、多様なソリューションの提供、サードパーティとの連携、開発のエコシステムの整備等を通じた、新たな事業展開等の方向性を見出しながら、事業再構築を迫られている。

これまで通信事業者は、消費者や企業に通信サービスを提供し、その対価として通信料金を得る「BtoX」のビジネスモデルを展開し、主として消費者向けサービス(BtoC)に普及の牽引力があった。しかしながら、BtoC市場が飽和しつつある中、5G普及促進の起爆剤はBtoC市場では必ずしも見えていない状況にある。そのため、「B2B2X」モデルを通じて、様々な分野や産業における企業等のデジタル・トランスフォーメーションを推進しながら新たな市場形成を模索している(図表1-4-2-5)。実際、5Gに関わる国内外の通信事業者やベンダー、サービス事業者等は、製造、流通、金融など多様な産業を連携相手としたネットワーク整備やオープン・イノベーションによるアプリケーション開発などを推進する構えを見せる。例えば、IoTに不慣れな日用品メーカーなどが新たに5G向けサービスに乗り出す場合も、オープンイノベーション(共創)を通じて外部の知見を活用しつつアジャイル型開発26などを導入すれば開発期間の短縮も可能となる。5Gを用いた多種多様な新サービスの創出が想定される。

図表1-4-2-5 5G時代におけるB2B2Xモデル等連携型モデル

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(出典)総務省(2020)「第五世代移動通信システムのもたらす経済及び社会の変革に関する調査研究」

一方、設備・インフラへの投資や整備が世界中の通信事業者の課題となっている。特に、4G網までのネットワーク整備は、通信事業者自身のインフラ資産を活用することができたが、5Gでは高い周波数帯も活用することから、基地局はより高密度な設置により、都市部でも設置環境に制約が生じる課題があることから、他社や公共の資産の活用が必要となる。そのため、近年は通信事業者間や公共インフラとの設備の共用も進んでいる27

他方、GAFAが席巻するサービス領域においては、通信事業者自らが保有するビッグデータ・AI等を駆使し、サードパーティ28の多様なデータを組み合わせながら、付加価値を提供するサービスを模索している。例として、米国の携帯電話事業者Verizonが提供するプラットフォーム“Orion”では、端末操作等から得られるユーザのモバイルでの情報行動等や位置情報、顧客管理関連情報、使用回線や端末等の基礎情報を組み合わせることで、ユーザの把握や予測を行っている。

イ 端末レイヤー

端末レイヤーでは、BtoC市場におけるスマートフォン、タブレット、スマートウォッチ、VR/ARに対応したスマートグラスなどコンシューマ・デバイスの5G対応に加え、IoTの普及等により、従来の自動車をコネクティッド・カーや自動運転車へと進化させる取組が急速に進展している。また、工場等のBtoB市場や産業分野では、建機、工作機械、ロボット、監視カメラ、ドローン等の遠隔制御とエッジコンピューティングによるインテリジェント化が進み、多くのエッジ・デバイスが5Gネットワークに接続されることになる。このように、5Gの普及は、端末の多様化を促すことが予想されるが、BtoC市場では米中韓の大手端末ベンダーによる競争が激しさを増している。

端末を構成するデバイス(部材等)に着目すると、5Gの周波数帯に対応した高周波デバイスや高周波部材が、前述した端末に内蔵されるようになる。大容量映像を撮影するための撮像素子の高精細化、それを表示するためのフラットパネルディスプレイの高精細化・大型化や、データを蓄積するためのメモリーの高速・大容量化、低遅延によるバッテリー寿命の増加を促進することが予想される。当該デバイス・部材市場は、日本の部材メーカーが競争力を有している領域が多いのも特徴である。一方、キーデバイスとなる5G向け通信モジュールについては、モバイル分野に限らず米クアルコム社が独占的に供給する体制が構築されつつある。同社は、標準化や高周波デバイスへの対応にいち早く取り組み、デバイスレイヤーのプラットフォーマーとして、端末ベンダーや通信事業者に影響力を及ぼす位置付けとなっている(図表1-4-2-6)。

図表1-4-2-6 モバイル市場の端末レイヤーにおけるエコシステムの変化
ウ サービス・アプリケーションレイヤー

Googleのクラウドサービス、Netflix等の映像ストリーミングサービス、Uber等のライドシェアリングサービス等の多様なプラットフォームの登場やIoTによる双方向化の実現により、あらゆる企業が必要なネットワーク等のリソースを組み合わせ、オンデマンドにサービス・アプリケーションを提供できる新たなビジネスモデルが生まれている。ソフトウェアから、コンピューター、エンターテインメント、自動車、産業機器など、BtoC・BtoBにかかわらず、製品自体を販売するのではなく、従量制または月額の定額制(サブスクリプション)など、あらゆる製品の使用等に課金する形態が増えている。特に、こうしたさまざまなサービスやアプリケーションをインターネット経由で提供・利用するサービスは「Everything as a Service(XaaS)」と称されている29図表1-4-2-7)。

図表1-4-2-7 Everything as a Service(XaaS)の例

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(出典)総務省(2020)「第五世代移動通信システムのもたらす経済及び社会の変革に関する調査研究」

近年のビジネスモデルの潮流として、サプライヤーがサービスのデータ分析と保守を担当し、クラウド及びIoT等を通じてリアルタイムにアップグレードと改善を提供するモデルが挙げられる。例えば、製造業では、ロールスロイスが、航空宇宙業界の企業向けに供給したタービンエンジンについて、飛行時間に対して固定料金を課金するXaaSモデルを導入した。エンジンにはIoTセンサーが搭載されて状態が管理されており、同サービスには保守・運用が含まれる。これにより、メンテナンス中等のエンジンのダウンタイムを縮小させ、利用企業側はコストを平準化させる(予見性を高める)ことができる。



22 従来、個別の機能を有する専用機器を組み合わせて実現していたネットワーク運用について、ソフトウェアを通じて、汎用機器を機能単位で仮想化して専用機器と同様に運用可能とした上で、プラットフォーム上で統一的に制御可能とする技術。

23 仮想化されたネットワークリソースを「スライス(物理ネットワークを複数の仮想ネットワークに分割したもの)」として切り出して、事業者やユーザ向けに提供することを可能とする技術を活用したサービス。

24 NFVO(NFV オーケストレータ。NFV の統合的管理を実施)、VNFM(仮想化機能マネージャ)、VIM(仮想化基盤マネージャ)等、仮想化されたネットワークリソースを統合的に管理する仕組み

25 具体的には、海外の上位レイヤーの事業者がスライシングサービスを外部から管理・運用し、サービス品質等を動的に制御することも想定される。

26 開発の途中で仕様や設計の変更があるとの前提に立って、最初から厳密な仕様を決めずにおおよその仕様だけで開発に着手し、小単位での「実装→テスト実行」を繰り返しながら、徐々に開発を進めていく手法を指す。

27 例えば、KDDIとソフトバンクは、両社が保有する基地局資産を相互利用し、地方における5Gネットワークの早期整備を共同で推進する旨を発表している。

28 ここでは、通信事業者とGAFA以外の企業を指す。

29 こうしたコンセプトはインターネットの登場以前から存在する。1960年頃に、当時のハロイド社(現ゼロックスコーポレーション)は、コピー機をオフィスへリースして手頃な価格で広範囲に使用できるようなビジネスモデルを導入した。具体的には、ハロイド社は、機器・サービス・サポート等のサービスを顧客企業に提供し、同サービスに含むコピー使用量の上限を超える使用量に対して課金した。

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