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第1部 5Gが促すデジタル変革と新たな日常の構築
第4節 5G時代のサイバーセキュリティ

(2)消費者の安心感の醸成

さらに、このリスクの高まりに加えて、消費者がセキュリティの確保に対して高い関心を有していることにも留意する必要がある。

これまで本章で言及してきたとおり、我が国の消費者は米国、ドイツ及び中国の消費者に比べて、パーソナルデータの提供に当たり安心や安全性を重視する傾向にある。

例えば、パーソナルデータの提供を求められた場合に提供してもよいと思う条件を聞いた設問に対しては、日本の回答者のうち6割を超える者が「提供したデータの流出の心配がないこと」を挙げており、他国と比較して15ポイント以上大きくなっている(図表3-4-6-2)。また、「提供した企業によるデータの悪用の心配がないこと」についても6割弱と、我が国の消費者が他国の消費者よりもデータの悪用についても心配していることが分かる。

図表3-4-6-2 消費者がパーソナルデータの提供を求められた場合に提供してもよいと思う条件(複数選択)
(出典)総務省(2020)「データの流通環境等に関する消費者の意識に関する調査研究」
「図表3-4-6-2 消費者がパーソナルデータの提供を求められた場合に提供してもよいと思う条件(複数選択)」のExcelはこちらEXCEL / CSVはこちら

また、自身のパーソナルデータを提供する際に最も重視する事項について尋ねた設問においても、「提供先が十分なセキュリティを担保すること」を選択した消費者は半数にものぼり、他国の消費者に比べた、我が国の消費者のセキュリティへの関心がうかがえる結果となっている(図表3-4-6-3)。

図表3-4-6-3 消費者がパーソナルデータを提供する際に最も重視する事項
(出典)総務省(2020)「データの流通環境等に関する消費者の意識に関する調査研究」
「図表3-4-6-3 消費者がパーソナルデータを提供する際に最も重視する事項」のExcelはこちらEXCEL / CSVはこちら

本章での分析により、データの活用が企業経営に様々なプラスの効果をもたらすことが明らかになったが、セキュリティ対策の不備は、これからの企業経営に必要となるパーソナルデータの円滑な取得を難しくしかねない。消費者が安心してデータを企業に預けられるためのセキュリティ対策は必須であり、ひとたびセキュリティ事故が発生した際の損失は財政的影響のみならず、企業の信用失墜にもつながる。5G時代のデータ活用を進めるためには、これまでにも増したセキュリティ対策が不可欠であると言えるだろう。

コラムCOLUMN 4 活用が進むブロックチェーン技術26

1 ブロックチェーン技術の概要

(1)ブロックチェーン技術の特徴

近年、従来型の中央管理型のデータベースに変わる技術として、ブロックチェーン技術に注目が集まっており、様々な分野での活用が期待されている。

平成30年版情報通信白書でも述べたとおり、ブロックチェーン技術とは、情報通信ネットワーク上にある端末同士を直接接続して、暗号技術を用いて取引記録を分散的に処理・記録するデータベースの一種であり、「ビットコイン」等の暗号資産に用いられている基盤技術である。(図表1

図表1 管理手法のイメージ
(出典)総務省(2020)「ブロックチェーン技術の活用状況の現状に関する調査研究」

このブロックチェーンを活用したデータベースは、従来型のデータベースに比べ、三つの点で優れていると言われている。①分散管理・処理を行うことでネットワークの一部に不具合が生じてもシステムを維持することができる可用性、②取引データが連鎖して保存されているため過去の記録と整合的な改ざんはほぼ不可能であり、また、データの改ざんをリアルタイムで監視可能である完全性、③従来のデータベースでは取引において必要であった仲介役が不要になることによる取引の低コスト化である。

(2)現状における技術的な課題と利用領域の拡大

このような特長を持つブロックチェーンであるが、一方で、いくつかの課題も指摘されている(図表2)。これらの課題に対しては対応が進められているところであり、例えばスケーラビリティ性能については、ブロックチェーン自体の処理性能の向上や、ブロックチェーン外部のシステムとの連携により解決するといった方策が検討されているところである。

図表2 現状の課題
(出典)総務省(2020)「ブロックチェーン技術の活用状況の現状に関する調査研究」

このような課題がある一方で、様々な事業者によりブロックチェーン技術を利用するためのサービスがBlockchain as a service (BaaS)として提供されるなど、ブロックチェーン技術が幅広い領域で利用されるようになった。これらのサービスを利用することで、比較的簡易にブロックチェーン技術を活用したアプリを構築することが可能となり、ブロックチェーンの活用領域の拡大に寄与している。

2 各分野における活用状況

(1)金融分野以外における活用事例

ア 活用が期待される事例の類型

当初は暗号資産に代表されるように、金融分野での活用が先行していたブロックチェーン技術であるが、近年ではその他の分野においても活用に向けた検討が進められている。

それらの分野におけるブロックチェーン技術の活用場面として5つが主に考えられる27図表3)が、本稿においてはそれらの主なユースケースについて紹介を行う。

図表3 ブロックチェーン技術による社会変革の可能性
(出典)総務省(2020)「ブロックチェーン技術の活用状況の現状に関する調査研究」

(ア)価値の流通・ポイント化、プラットフォームのインフラ化(iBank)

銀行代理業等を営むiBankは、2020年3月に、SOMPOひまわり生命保険と共同で、先着3,000ユーザに対しブロックチェーンを活用したポイントサービスの企画を実施することを表明した。

このサービスにおいては、キャンペーン達成の判定からポイント付与まで、スマートコントラクトで自動化するとしている。

ブロックチェーン技術を活用することにより、例えば、子どもがお年玉として獲得したポイントでの用途を限定するなど、ポイントの取得形態等に応じた、個別の情報を付与することができる。また、ポイント管理システムをオープン化することにより、様々なポイントサービス、利用メニューを簡易に拡充することが可能になっている。

図表4 iBankによるサービスのイメージ
(出典)総務省(2020)「ブロックチェーン技術の活用状況の現状に関する調査研究」

(イ)権利証明行為の非中央集権化の実現(ソニー・ミュージックエンタテインメント)

ソニー・ミュージックエンタテインメントは、ブロックチェーンを用いて、音楽著作権の登録管理を簡易化し、クリエイターが権利情報処理に係る作業の効率を高めることを目的として、2019年に本取組の構想を発表し、Amazonやレコード会社等とも連携して運用に向けた実証実験に取り組んでいる。

ブロックチェーン技術の活用により、従来、書面でのやり取り等も多く、創作活動を行うクリエイターが権利処理を行う負担が大きかったものが、著作権情報処理システムを介した簡易な情報の管理が可能になるとしている。

さらに、権利処理の体制を、ブロックチェーンを用いてステークホルダー全体で共有することで、中央主権的な仕組を防ぐことが可能となり、音楽業界に存在していたステークホルダー間での複雑な権利関係から解放された、関係各所に配慮した取引が可能となる。

図表5 ソニー・ミュージックエンタテインメントによるサービスのイメージ
(出典)総務省(2020)「ブロックチェーン技術の活用状況の現状に関する調査研究」

(ウ)遊休資産ゼロ・高効率シェアリングの実現(LIFULL)

不動産サービス事業を運営するLIFULLは2019年11月から、ブロックチェーンを用いた不動産情報の安全・効率的な管理、そして不動産賃貸契約を簡易に完結可能な仕組みの構築を目指し、実証実験を開始している。

従来、データベース内の契約情報は意図的にねつ造が可能であり、電子署名による本人認証も、コストや認証機関の不正についての懸念があったが、ブロックチェーン技術の活用により、安全な契約情報の管理が可能となった。

また、不動産賃貸契約についても、従来借主の審査・契約手続・引渡しに時間を要していたものが、スマートコントラクトにより、安全・効率的に契約を締結することが可能になったという。

図表6 LIFULLによるサービスのイメージ
(出典)総務省(2020)「ブロックチェーン技術の活用状況の現状に関する調査研究」

(エ)オープン・高効率なサプライチェーンの実現(カレンシーポート)

ブロックチェーン技術を活用したサービスを提供するカレンシーポートは、ベジテック、三菱総合研究所と共同して、事業者が生産・流通履歴等の情報を入力・管理する、食品トレーサビリティプラットフォームを開発し、2019年1月から2月にかけて実証実験を実施した。

このプラットフォームの活用により、ブロックチェーンを介して流通品の生産履歴等を管理することが可能となり、従来よりも事故品の特定や回収、そして流通品の情報管理が容易になるとしている。

また、本サービスによって、ブロックチェーンを介して、サプライチェーンに関わる事業者毎にシステム構築を行うことなく、情報を共有可能となることから、複数のサプライチェーンを従来よりも簡易に管理することが可能である。

図表7 カレンシーポートによるサービスのイメージ
(出典)総務省(2020)「ブロックチェーン技術の活用状況の現状に関する調査研究」

(オ)プロセス・取引の全自動化、効率化の実現(ソニー・グローバル・エデュケーション)

ソニー・グローバル・エデュケーションは、2016年、ブロックチェーンによる学習到達・活動記録のオープン化技術を開発し、ブロックチェーンを用いて、生徒の学習履歴の管理を効率化し、生徒の学習の効率化、正確な学習履歴の評価を可能とするサービスを富士通等に提供している。

このサービスを活用することで、初等教育のみならず、リカレント教育等、個人が学んだ学習データを蓄積・活用することが可能となるほか、学習データを基に、学習者向けに教育コンテンツのリコメンドや、転職マッチングサービス等を提供が可能となる。また、学習データのポータビリティが確保され、ブロックチェーンを通して、個人の学習データを、事業者やサービスを問わずに利用出来る環境の構築ができる。

図表8 ソニー・グローバル・エデュケーションによるサービスのイメージ
(出典)総務省(2020)「ブロックチェーン技術の活用状況の現状に関する調査研究」

イ 日本通運における活用事例

様々な分野において活用が進むブロックチェーン技術であるが、日本通運においては医薬品の物流に生かす取組が進められている。

医薬品の流通においては、流通過程における医薬品の品質保証の基準であるGDP(Good Distribution Practice)が定められており、温度管理をはじめとする完全性28の保持や偽造薬の流通の防止が求められている。この基準への準拠のためには、ハード面のほか、運用手順やトレーサビリティといったソフト面も求められるが、同社ではこれを実現するためのソフト面の取組の一環として、ブロックチェーン技術を活用している。本取組を通じて様々な業界の関係者を巻き込んだ商流サービスプラットフォーム構築することにより、同社は流通上のコスト負担の肥大化という業界の課題を解決し、産業基盤の強化に貢献することを目指している。

図表9 日本通運の取組の概要
(出典)日本通運

同社によれば、ブロックチェーン技術の採用を決めた背景として、情報の公開性を保ちつつ、多くのステークホルダーにリアルタイムで情報共有を行うことができることがあるとのことである。同社はこの技術の活用により、品質トレーサビリティや、在庫のコントロール、契約・決済の簡素化やトラック業者・物流拠点の稼働の最適化を実現することを期待している。現在、温度情報や位置情報の継続的な記録等を検証する技術検証を終え、医薬品業界の物流構造を模した条件下での業務検証を実施しているとのことである。

(2)金融分野における活用状況

ア Libraの発行を巡る動き

かつては暗号資産の中核技術として金融分野で用いられていたブロックチェーン技術であるが、それ以外の場面における活用も模索されだしている。その中の動きとして注目すべきものはFacebookが開発を主導するデジタル通貨「Libra(リブラ)」の発行に向けた動きだろう。

Libraは2019年に構想が発表され、現在、非営利団体「リブラ協会」が構想策定・実証を進めているデジタル通貨である。

当初、このデジタル通貨が他の暗号資産と異なる特長として提唱していた点としては、主要法定通貨のバスケットに連動させ、価値を安定させるという点が挙げられる。現在の多くの暗号資産は、取引量が少ないことや、値動きに上限が無いこと、規制の影響を受けやすいこと等から、価格の変動が激しく専ら投機手段として用いられており、価格の安定性が求められる用途での活用は困難な状況である。一方、このデジタル通貨は、発行額と同額のドル、円といった法定通貨を保全することで、価格の安定性が高い仮想通貨(ステーブルコイン)を構築することを目指していた。

そのため、この通貨の普及により、従来の銀行送金等より低い手数料で、短期間で国際送金が可能になることが期待されていた。

イ 規制当局等の反応

しかし、この動きに対して通貨当局等から懸念を示す発表が相次いでいる。例えば、米国連邦議会は個人のプライバシーや国家安全保障への懸念から開発の一時停止を要請しているほか、規制当局からもマネーロンダリング等、犯罪へ用いられることへの懸念の声が上げられている。

図表10 Libraのサービスのイメージ
(出典)総務省(2020)「ブロックチェーン技術の活用状況の現状に関する調査研究」

このような懸念の声もあり、構想が発表された2019年6月時点では、28事業者のリブラ協会への参加が予定されていたものの、7事業者が脱退を表明し、2019年10月のリブラ協会創設時の参加事業者は21事業者であった。また2020年4月には、法定通貨へのバスケットを断念し、単一の法定通貨に裏付けられた複数種類のステーブルコインを発行する可能性を表明した。

一方で、このような動向も受けた形で、各国の中央銀行もデジタル通貨の発行に向けた技術検証等に取り組んでいる。例えば中国人民銀行は2019年10月に世界で最初にデジタル通貨を発行するとの見通しを表明したほか、欧州中央銀行や日本銀行などは2020年1月に中央銀行によるデジタル通貨の発行を視野に入れた新しい組織を設立すると表明したところである。

暗号資産の中核技術として注目が集まったブロックチェーン技術であるが、ここ最近では様々な分野での活用が検討されだしている。また、金融分野においても暗号資産という枠を超え、我々の生活に身近な通貨のあり方も変えようとしている。今後、この技術の活用が生活の隅々まで進むにつれ、我々の生活は大きく変わっていくだろう。

コラムCOLUMN 5 O2OからOMOへ29

1 O2O・OMOとは何か

インターネットの普及とともに、これまで実店舗でのみ事業を展開していた事業者によって、SNSによる情報発信やアプリでのクーポンの配信など、オンライン上で活動することで実店舗へと顧客を誘導する取組が活発に行われるようになっている。このようにオンライン上での情報発信活動を積極的に行い、商品の購買やサービスの利用増等につなげる取組はO2O(Online to Offline)と呼ばれる。

さらに近年OMO(Online Merges Offline)という業態にも注目が集まっている。これは、消費者がオフライン(実店舗)上に居つつもオンライン(インターネット)上のサービスを利用できることで、従来オフライン上で体験できなかった新たなサービスが体験できるものであり、オフラインとオンラインの境目がなくなった状態を指すものとされる。

インターネットの普及と、さらにIoTの進展により、オフラインとオンラインが高度に融合されたSociety 5.0の社会においては、今後こうしたOMOの事業者は増えていくと予想される。本稿では先行事例として、我が国及び海外の小売事業者のOMOの取組の特長を、消費者及び小売事業者のメリットとともに紹介したい。

図表1 O2O及びOMOのイメージ
(出典)総務省(2020)「O2O及びOMOの現状に関する調査研究」

2 特徴的な取組事例

(1)アマゾン(米国)

アマゾンは、米国内において2018年1月より、レジのない実店舗「Amazon Go」をオープンしている。顧客は事前にクレジットカード情報を登録した専用アプリに表示したQRコードを入場ゲートにかざして入店し、欲しい商品を手に取ったままゲートから退店すると、アカウント情報と商品情報が紐づき後払いとして請求される(図表2)。店内に配置された多数のカメラや商品棚に設置された重量センサーや音声マイクを組み合わせて、店内の顧客の商品をピックアップする動きを捕捉し、買い物している商品を認識することにより、このようなタッチ&ゴー型の店舗を可能にしている。米国内では、その店舗網を2020年3月現在で26店舗に拡大しつつある。

図表2 Amazon Goのサービス概要
(出典)総務省(2020)「O2O及びOMOの現状に関する調査研究」

顧客にとっては、レジ決済が不要であることから、レジに並ぶ、現金やクレジットカードなどの支払い金額を準備するといった動作がいらないというメリットがあり、アプリを入り口のゲートにかざし、商品を手に取ってそのまま退出するだけで支払いが完了してしまうという、新たな買い物体験をすることができる。一方、事業者にとっては、これまでオンラインだけでしか捕捉することができなかった会員の購買活動をオフラインでも捕捉することが可能となり、実店舗の改良や新たな実店舗の開発が可能となる。また、「Amazon Go」で活用する技術をパッケージングしたJust for Walkと呼ばれるソリューションの提供を開始すると公表するなど、新たなビジネスに繋がる可能性もある。

(2)b8ta(米国)

2015年に米国で創業した同社は、Retail as a Service(RaaS)の概念を提唱する。スタートアップ企業が中心に製造するスマートホームデバイス、IoT製品、ドローン等、先進的なハード商品を店頭に展示するが、あくまでも消費者に対して商品と触れ合う体験を提供することに特化し、販売は一切しない「売らない」事業スタイルを取る。2020年1月現在、世界の25店舗において1,000以上のブランドが出店し、消費者と商品の関わり(エンゲージメント)は5,000万以上に上っており、今後は日本国内でも2020年夏を目標に2店舗の出店が予定されている30

同社の扱う商品は、例えば骨伝導型イヤホン、自撮り撮影用ドローン、アプリ連携したボールペン等、消費者がこれまでに体験したことがなく使用に当たって説明を要するものが多い。そのため、同社では商品ごとにタブレットを設置し、消費者はタブレットを用いて使い方の説明や利用事例等のコンテンツを閲覧する。この際、商品の製造主はタブレットの利用状況や店内のカメラやセンサーから来店者の情報を収集し、自社のマーケティングに活用することができるようになっている(図表3)。

図表3 b8taのサービス概要
(出典)総務省(2020)「O2O及びOMOの現状に関する調査研究」

消費者にとっては、他の小売事業者では取り扱っていないような、先進的な商品にいち早く触れることができる一方、商品を製造しているスタートアップ企業にとっても、これまで店頭で取り扱われなかった商品に対する消費者の反応について情報を収集できるというメリットがある。また、b8ta社は、展示品の販売をしない一方で、消費者情報を収集・提供するために展示スペースを貸し出すことで、スタートアップ企業から収益を得ている。さらに、先進的なハード商品に対する消費者の反応データを属性別に収集し分析することにより、反応の良い商品の傾向や、そういった商品を開発できるスタートアップ企業の傾向をつかみ、連携するスタートアップ企業や取り扱う商品について、消費者の支持を集めそうなものを抽出することができる可能性がある。

(3)パルコ(日本)

ア 取組の概要

日本国内においてもOMOに取組む事業者が増えてきている。

全国で商業施設を運営するパルコでは、2010年頃より、顧客との関係構築・維持のためにSNSや外部アプリ等を活用したO2O施策に積極的に取り組んできた。2012年頃からは、オフライン上での消費者行動を十分に理解した上で、顧客の求める機能を有するオンラインサービスを設計することを目指し、経営課題としてテクノロジー活用を前提とした消費者とのコミュニケーション方法の検討に着手した。その後、2014年秋には消費者一人ひとりに最適なサービスやコンテンツを最適なタイミングで配信する仕組みを構築した独自アプリ「POCKET PARCO」を公開している。

このアプリの導入によって、従来のクレジット機能付きハウスカードによる顧客の購買履歴に加え、顧客の来店のきっかけ(来店前行動)、来店中行動、来店後行動までを定量的に捉えることができるようになった(図表4)。さらに、今後は、本アプリを活用して来店可能性の比較的高いと見込まれるアプリユーザーに対して、個人の特徴を踏まえた最適なマーケティングを実施することを目指している。

図表4 POCKET PARCOの機能概要
(出典)総務省(2020)「O2O及びOMOの現状に関する調査研究」

さらに2016年以降は、AR、VR、MRなどの仮想現実技術やIoT等のテクノロジーが従来に比べ比較的安価に活用可能となったことから、実店舗上での消費者行動に関連するデータ収集を進めている。その一環として、顧客の買い物に係る行動の情報が一つのプラットフォーム上で管理できる仕組みである「PARCO as a Service」の実現に向け、建替え工事を経て2019年11月にグランドオープンした旗艦店の渋谷PARCOの5階に、「PARCO CUBE」と呼ばれるOMO施策を取り入れたスペースを導入し、11ショップが出店している。各ショップの売場面積は従来の約半分であるため、店頭の商品在庫は絞っているが、各ショップのEC在庫データがパルコのECサイト「PARCO ONLINE STORE」と連動しているため、PARCO CUBEの各ショップや共用部に設置されているデジタルサイネージで、店頭在庫のない商品を閲覧することが可能となっている。来店した顧客は、サイネージ画面に表示されるQRコードを自身のスマートフォンで読み取ることで画面に表示された商品の情報をスマートフォンに転送でき、その後「PARCO ONLINE STORE」で決済し購入することができる。またPARCO CUBEの一部ショップでは、姿見のようなフォルムで、撮影した映像が数秒遅れで表示され背面の試着姿を確認できる「CUBE MIRROR」を導入している。加えて同フロアの吹抜け空間や外通路では、AR技術を活用した空間演出サービスも提供しており、顧客はこれらをスマートフォンで体験することができる。

本施策により、消費者にとっては、パルコに来店することでしか購入・体験できない商品・コンテンツを楽しむことができるほか、店頭レジで購入する際にも、「POCKET PARCO」や電子レシート等のテクノロジー活用により簡便化等が期待できる。さらに、同社は今後、顧客が自身の嗜好に合った魅力的な商品の紹介を受けることができるようにすることも想定している。

一方、事業者側にとっても、消費者とのタッチポイントを来店中だけでなく、来店前、来店後にも持つことができるため、消費者に関する定量的情報をより多く収集でき、従来、従業員の属人的なノウハウとなっていた消費者行動について、細かな分析が可能になる。

イ OMO施策を進める上での課題意識や今後の見通しについて

OMO施策を進めるに当たり同社は、個人情報保護に配慮をしながらオフライン上での消費者行動を十分に理解した上で、顧客の求めているような機能を有するオンラインサービスを設計することが重要と考えている。そのほか、顧客の行動理解を進めるため、購入情報の収集だけではなく、来店前・来店中・来店後といったあらゆる時間軸上で顧客とのタッチポイントを作ることも重視している。

同社は、ECサイトで手に入る商品はECサイト上でも購入可能であることから、商品購入の価値提供だけであれば消費者の店舗への来店機会が減少していくのではないかとの考えを有している。そのため、パルコのような実店舗を有する小売事業者は、単なる商品購入のスペースとなるのではなく、「宝探しのように見るだけでわくわくする」ような、リアルかつ唯一無二の体験ができる店舗設計を行うべきだと考えているという。一方で、テクノロジー(オンライン)の活用に関連するノウハウは、他社から見て模倣しやすいものであり、そればかりに注視してはならないとしている。小売業界における唯一無二の存在を目指すためには、リアル店舗(オフライン)のコンセプトや空間設計、そして接客における工夫が重要であり、リアル店舗構築に向けたツールとしてテクノロジーの活用を進めたいとしている。

3 OMOは小売業にどのような変化をもたらすか

上記事例からOMOが小売業にもたらす変化をまとめると、消費行動、決済、タッチポイントの増加、の3点が挙げられる。

まず、OMOの進展による消費行動の変化については、図表5の3パターンでの変化が考えられる。一つは省力化であり、従来の消費行動の一部が簡略化又は省人化される。もう一つは付加価値化であり、従来の消費行動の一部に付加価値が加わるというものである。また、この付加価値化には、従来にない新サービスや新体験を実現するという形のものも考えられる。

図表5 OMOによる消費行動の変化
(出典)総務省(2020)「O2O及びOMOの現状に関する調査研究」

次に、決済の変化については、O2O施策では店頭への集客・誘致を進め、来店中のレジ決済による売上げの向上を目指していたのに対し、OMO施策では、スマートフォンアプリ上での決済など、来店中に限らず、来店前から来店後までのより広いタイミングにおける決済を可能とする。これにより、消費者は省力化等の付加価値を有する新しい買い物を体験することができる(図表6)。

図表6 OMOによる決済の変化
(出典)総務省(2020)「O2O及びOMOの現状に関する調査研究」

さらに、事業者側にとっても、OMO施策を打つことで従来よりも消費者とのタッチポイントを増やすことができ、消費者行動に紐づくデータをより多く収集することができる。前述のパルコにおけるアプリを活用した事例のように、収集した消費者データにより、事業者は消費者行動をさらに深く理解することができ、よりよいサービス提供につながると期待される(図表7)。

図表7 OMOによる消費者とのタッチポイントの増加(パルコの例)
(出典)総務省(2020)「O2O及びOMOの現状に関する調査研究」

このようなOMO施策をより推進させるために、今後小売事業者は、収集した消費者データの活用による、店頭での消費者の体験の向上を目指すことが求められることが考えられる。また、このような消費者のデータ利活用に向けた理解度促進を進めるためにも、パーソナルデータ保護に関する企業努力は重要である。さらに、決済手段が店頭のレジ上だけでなく、事前決済、事後決済、あるいはEC上での決済等、従来型の店舗よりも多岐にわたることから、今までの店舗における売上高ベースのKPIだけでなく、OMO施策の効果を適切に測ることができるようなKPI31への見直し等、ICT活用の推進に向けた企業基盤の整備も必要であろう。



26 本コラムは、総務省(2020)「ブロックチェーン技術の活用状況の現状に関する調査研究」を基に執筆した。

27 経済産業省(2016)「平成27年度 我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備(ブロックチェーン技術を利用したサービスに関する国内外動向調査)報告書概要資料」(https://www.meti.go.jp/main/infographic/pdf/block_c.pdfPDF

28 医薬品が製造販売承認に基づき製造され、市場出荷された状態を維持し、品質の劣化、改ざん、破壊されないこと。

29 本コラムは、総務省(2020)「O2O及びOMOの現状に関する調査研究」を基に執筆した。

30 三菱地所(2020)「新しい形の小売形態を展開する「b8ta Japan」社に出資 東京・有楽町に日本国内初出店が決定」(https://www.mec.co.jp/j/news/archives/mec200130_b8ta.pdfPDF

31 重要業績評価指標(Key Performance Indicatorの略)

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